恋するエキシージ
こういうのが好きなんでしょう?(テキトー)
八
勝利の後は宴になるものらしい。戦いでたぎった血を鎮めるためには酒を飲んで騒ぐのがいいんだろう。
この日も酒宴になった。
俺も酒宴に呼ばれて、席の中央へと案内された。
凄まじい歓待ぶりだった。彼らにとって俺は『救いの英雄』ということらしい。
エキシージなんかには、また独断専行を責められたりするのかと思い、戦いの後はちょっぴりビクビクしながら過ごしていたけれど、それは杞憂だった。
エキシージは、彼女の視界に入らないようにしていた俺を見つけるなり、すぐに駆け寄って、俺の手をとった。
「助かった、コーイチ。お前のおかげで私たちの居場所が守られた。何度感謝しても足りないくらいだ」
と顔を赤くし、目を潤ませていた。
「いえいえ、恩を返しただけです……」
美人に手を取られて、俺は照れまくりで、悪い気分じゃなかったけど、宴始まった今となっては、別のことが頭をもたげてきて、とても宴や酒で盛り上がろうという気分にはなれなかった。
たしかにあれはゾエだった……。
戦場で出会った仮面の女。間違いなくあれはゾエだ。そしておそらくは仮面によって操られている……。
仮面で人を操る、そんな恐ろしく、非人道的なことが許されて良いはずがない、とは思うけど、俺も似たようなことをやっていただけに、今ものすごく自己嫌悪。
俺はそばのコップを手に取り、一気に飲み干した。中身はただの水だ。島に湧出する冷たく美味しい水なのだが、鬱々とした気分のせいか、水の味すらよくわからない。
だけど宴の空気を壊すわけにもいかない。鬱々とはしていても空気ぐらいは読める。それにこれは俺の問題で彼らの問題じゃない。そういう意味で、俺は場違いだった。ノレないなら、宴になんて出るべきじゃない。
俺は疲れた、ということで宴を中座させてもらった。空気を壊しかねないし、俺自身楽しめる感じでもなかった。
俺は小屋に戻りベッドに仰向けに寝転んだ。
さっきまでの喧騒とは打って変わってここは静寂を極めていた。虫やらなんやらの声が心地いいくらいだ。
天井を見つめ、思うことはゾエのことばかり。
どうやって助けようか。仮面を剥がせばいいのか? それとも壊すか? そういうやり方で問題ないか? ちゃんとした解除方法じゃないとマズいことになったりしないだろうか?
俺一人だけの思案じゃ適切な答えは出ない。思考は堂々巡りを繰り返すだけだ。
何にしても俺のやることは決まっている。なんとかしてゾエを助ける。それだけだ。
そのとき、ノックの音がした。
返事をする前に、ドアが開いた。
そこにいたのはエキシージだった。戦装束から着替え、村娘風の可愛らしい格好をしている。
手のトレイにコップと酒瓶が二つずつ載っている。
「お邪魔するわね」
俺の返事を待たず、エキシージはずかずかと入ってきて、コップと酒瓶はテーブルに置き、俺の横たわるベッドに腰掛けた。
俺は上体を起こしてエキシージを見た。彼女は振り向いて微笑んだ。その顔が赤い。ほのかに甘い体臭と酒の匂いが漂ってくる。そこそこ飲んでいるらしい。
「どうしたんだ? 宴会はいいのか?」
「いいの。それよりイイオトコといたほうが面白いし」
「イイオトコ……?」
イイオトコ、というのは俺のことか……?
エキシージはテーブルをベッドのそばに引き寄せ、コップに酒を注いだ。俺は飲むと言ってないのに、俺の分まで注いでしまっていた。
酒は赤い。ワインのように赤い色だ。
差し出されたコップを手にとってみたけど、やはり飲む気にはなれない。ゾエのことを思うと、酒が喉を通らない。
せっかくだけど、俺は一口だけ口をつけてからコップをテーブルに置いた。それから椅子を持ってきて、テーブルのそばに置いて座った。同じベッドで隣り合うのはなんとなくはばかられた。
「ねぇ、コーイチ、アナタにはイイ人いるの?」
エキシージがニコニコして言った。
さっきから様子がおかしい。普段のキリリと引き締まった感じは鳴りを潜め、今じゃ完全に酔っ払いだ。声がふにゃふにゃ、顔もへらへらと締まりがない。幼児退行しているようにもみえる。
「ひょっとして、かなり酔ってる?」
「うん、そうかも。それよりイイ人いるか聞いてるんだけど?」
今はそんな気をする気にはなれない。ただでさえ酔っ払いの相手は面倒だ。
「そうかも、じゃないね。もうやめときなよ。飲みすぎるのは身体に毒だ」
「そんなことどうでもいいの。今の一大事はアナタにイイ人がいるかってことだけなの」
「そんなこと聞いてどうするんだ?」
「作戦を考えるわ」
「作戦? 酔っててもちゃんと戦いのことを考えてるんだな。てっきり俺は、イイ人ってのは恋人的な意味かと思ってたよ」
「そうよ」
「ん?」
「恋の作戦よ」
「ちょっと意味がわからない」
エキシージの言うことがわからない。彼女も酔ってるけど、ひょっとしたら俺も酔ってるのかもしれない。宴会に顔を出したとき、一応場の空気を読んで少しは飲んだから、それが残っているのかも。そのせいで頭がまわらないのかもしれない。
「アナタをオトす作戦よ。恋の作戦その一、敵情視察よ。敵を知ることが戦いの第一歩よ。恋も戦争も同じね」
「お、同じかぁ? で、なんで俺をオトすんだよ」
突然、エキシージが笑い出した。馬鹿笑い。コップの酒が少し溢れた。よっぽど酔っているらしい。笑いの発作がおさまると、今度は酔眼で俺をじっとりと見てきた。妙に色っぽくて可愛げがある。俺はあわてて目をそらした。
「そんなの決まってるじゃない。アナタのことが好きだからよ、コーイチ。英雄色を好って言うけれど、アナタは違うわね。鈍すぎるもの。それともコーイチも酔ってる」
「……そうかもな」
多分、俺も酔ってるんだと思う。思い返すと、たしかに俺は鈍すぎた。ちょっとアホみたいだ。いや、結構なアホだ。
エキシージの唐突な告白は嬉しくないわけじゃない。彼女は綺麗だし、その酔態は可愛らしく、そのギャップがとてもいいと思う。
けど、今の俺はそれどころじゃない。ゾエのことを思うと、そんなことにうつつを抜かしている場合じゃない。
「気持ちは嬉しいけれど――」
目にも留まらぬ早さで、エキシージの手が伸びてきた。酔っているとは思えないほどの早さと力強さと巧みさで、俺は彼女に引き寄せられてしまった。そして二人してベッドに倒れ込んだ。
強引だ。以前の俺なら慌てふためくかもしれないが、俺だってだてに修羅場はくぐっちゃいない。この多加賀幸一に精神的動揺によるミスは決してない! と思っていただこう。
とはいえ、エキシージは魅力的だ。気をつけてかからないと危険だ。いろんな意味で。
エキシージと密着する。彼女の身体は全体的にしなやかで、それでいて柔らかく、肌は日焼けしているのにすべすべしている。
酒と甘い体臭が濃く香った。濃密過ぎて思わず呼吸が荒くなった。
初めて酔いを自覚した。振り払うべきだけど、そうする気にもなれなかった。気持ちよすぎて、気分が良くなってしまって、眠気すら覚えた。
エキシージの手が、俺の頭を引き寄せる。エキシージの顔が目の前にある。呼吸を唇で感じられる。潤んだ瞳が真っ直ぐに見つめてくる。
「ねぇ、私のこと、好き?」
「……嫌いじゃない。けれど恋愛的に好きかといえばそうじゃない。俺はまだ君を知らなさ過ぎる」
酔って眠いわりにはちゃんと言えた。
「そうね。じゃあ今から知って」
エキシージは俺の首にかけた手をほどくと、自らの服へと移した。
「それはまだまだ早いよ……、それに……」
「なぜ? 私に興味ない?」
「そういうわけじゃない。けどね」
解放された俺は、立ち上がってコップに残していた酒を一気に飲み干した。見た目はワインに似ているが、結構キツイ酒だった。まぁ、ワインなんて飲んだことないから、ひょっとしたらワインってこういうものなのかもしれない。
でもまぁ、丁度よかった。今は面倒事に煩わされずにいたい。酒はその手助けをしてくれるだろう。
「けど……?」
胸元をはだけさせたエキシージがつぶやくように言った。褐色の胸元が眩しい。けれど、今の俺には効かない。なぜなら――
「今は眠いんだ。ものすごく……」
酔いが回ってきていた。視界が狭まる。目が開かない。俺はほとんど手探りの状態でベッドへなだれこみ、やがてベッドに横たわった。
「あらあら……」
エキシージが呆れたような声を出した。それがこの日最後に聞いた彼女の声だった。俺は眠りに落ちた。
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