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できる範囲で恩返し! 『火剣の勇者』にできることといえば戦うこと! だけど戦場にまさかのゾエ……!?


 七


 こうなりゃこっそり協力するしかない。目立たず、気付かれず、邪魔にならず、それでいて、しっかり効果的に。


 機を見て行動に移るべく、俺は小屋の陰に潜んだ。ここならエキシージに見つかることはないだろう。そして何かあればいつでも戦場に駆け出すことができる。

 ときの声が上がった。それが断続的に続き、高まったとき、エキシージが叫んだ。


 「魔法防御用意!」


 迫りくる火球、氷柱、雷撃。

 それらを『魔力吸収マナドレイン』で中和し、消散させるエキシージたち。

 どうやら戦争にも順序というのがあるらしい。いや、定石セオリーというべきか。初めに大きな魔法、次に弓矢などの飛び道具、そして白兵戦。

 これがルールなのか、ただの定石なのか、それとも自然とそうなるのかはわからなかったが、順序それ自体ははっきり存在しているように思える。


 魔法合戦が終わり、次に弓矢の応酬が始まった。俺は流れ矢に注意し、経過を見守った。エキシージは櫓上にあり、高くから敵を見渡している。

 先日より降ってくる矢の数が多く感じられる。建物、櫓、地面、あちこちに矢が突き刺さっている。


 エキシージは櫓を降り、城壁に立ち、弓を取りながら忙しく立ち回っている。

 どうやら、今日の敵は先日より一段と強力らしい。

 エキシージが城壁を降りた。弓と矢筒を手近なものに渡し、


 「馬を引け、打って出るッ! 我と思わん者は共に来い!」


 大声で叫んだ。

 どうも先日の側面攻撃をまたやるつもりらしい。そう何度も同じ手が通用するのだろうか? 素人ながら素朴な疑問を覚えた。

 とにかく、俺はどうも嫌な予感がするので、エキシージに先駆けて、砦の外へ出て、いつでもエキシージを援護できるように、砦外の藪の中に隠れ潜むことにした。

 ほどなく、エキシージと十騎ほどが藪のそばを走り抜けていった。俺はこっそりその後をついていった。


 さすがに騎士にはついていけない。が、戦場はすぐそこで、目で追える範囲だ。多少遅れても問題はないはずだ。

 追いかけ、歩を進めるたびに戦場のとよみが大きくなる。俺の鼓動も大きくなる。戦場の興奮と高揚感が高まってゆく。恐怖と緊張感に口の中が酸っぱくなる。


 戦争は嫌だ。だけど、恩義には報いたい……。


 怯えもある。逃げ出したい気持ちもある。だけど、俺はそれらを振り切って進む。なぜなら俺は『火剣の勇者』だからだ。勇者はみっともなく逃げたりはしない。


 エキシージと騎士ご一行に追いついたとき、既に白兵戦は始まっていた。

 敵は突然横合いから現れた騎兵に動揺を見せていた。だが、先日ほどじゃない。さすがに敵も馬鹿じゃない。ある程度側面防御を施していたらしい。

 奇襲は意表を突くから有効なのであって、敵が備えていたならほとんど無意味だ。


 エキシージと騎士の突撃は、おそらくエキシージたちが期待したほどの効果を発揮していないように見える。

 エキシージたちは錐のように鋭く敵陣へと切り込もうとしているが、敵の防御は厚い。多少の損害は与えても、またすぐ追い払われてしまう。

 それでもエキシージたちは果敢にも突撃を繰り返す。素人目から見てそれは、無策無謀無茶の繰り返しにしか見えなかった。


 エキシージらが目指すその先には城門、そしてそれを打ち壊そうとする兵士が十人がかりで巨大な丸太を城門に打ちつけていた。

 城門は凹み、傷つき、小片を撒き散らしていた。突破されるのは時間の問題に見えた。

 エキシージたちは城門に取り付く敵兵を打ち散らすつもりだったのだろう。だけど、それはもはや無理そうだ。


 だったら、俺がやるしかない。


 できるかどうかはわからない。けれど、そんなことを考えてる場合でもない。やれるかどうかじゃなく、やるしかないんだ。

 藪から飛び出し、俺は自分の姿を敵に晒した。

 そして左手の手袋を外し、懐にしまい込んだ。錆びた短剣を左手に取り、力を込めた。

 ポッと黒い火が点り、『黒炎剣ファイア・ブレイド』が起動した。


 俺は城門に取り付いた敵に正対し、『黒炎剣ファイア・ブレイド』を高々と振り上げた。

 そして、『黒炎龍の義腕ドラゴンズアーム』の力を開放した。

 天を衝き、焦がすような黒い火柱が隆々と立ち上った。まるでそれは黒い龍のごとく。

 藪の中から突然現れた火柱に、戦場の視点が一気に俺へと集約される。

 俺は叫んだ。


 「門前の兵に警告する。すぐにその場を離れ撤退しろ。でなければ地獄の業火に焼かれて死ぬぞッ!」


 宣言してから俺は、黒い火柱を門前の敵へと向けてゆっくりと振り下ろした。

 門前の敵に限らず、そこらじゅうの敵が慌ただしく逃げ、後退した。誰もいなくなった門前、打ち捨てられた丸太に俺は火柱を振り下ろした。

 丸太は一気に黒く燃え盛り、ほんの数秒で塵と化した。


 自分でやっときながら、俺はちょっと引いてしまった。やっぱりこの力は強力すぎる。使い所を間違うと、大変なことになりかねないな……。


 一度解除し、再び剣を高々と振り上げてから再点火した。黒い火柱が渦を巻き、まるで巨大な蛇のようにうねる。


 「退けッ! 死にたくないならッ!!!」


 一喝。これで未だ前線に留まっていた敵は背を向けて後退しだした。

 ホッとした。上手くいった。これで無駄に傷つけず、傷つけられずに済むし、恩義も果たせる。


 と、思ったのもつかの間、撤退する敵を、エキシージの騎兵が追いかけだした。

 エキシージはそれを懸命に制止しているが、追う四騎の騎兵ははずみがついているのか、興奮のせいか聞く耳を持たない。逃げる敵の背に槍を突き立て、倒せばまた次の獲物を追う。


 不快だ。俺はそんなことをさせるために『黒炎剣ファイア・ブレイド』を使ったわけじゃない。

 俺は『黒炎剣』を一旦解除すると、彼らを止めるために、彼ら目掛けて走った。


 その時だった、突如、閃光が走り、敵を追っていた一騎を撃った。

 妙に見覚えのある閃光だった。おそらくあれは『電撃弾ライトニングボルト』。

 騎士は弾かれたように馬から落ちた。鎧の胸部から微かに煙が立ち上っている。


 が、命に別状はないらしい。彼は胸を手で押さえつつ、這々の体で逃げ出した。馬は主人を捨ててどこかへ走り去ってしまった。


 撃ったヤツは仮面の女。だが、俺はすぐにその女がゾエだとわかった。仮面こそ付けているが、首から下はそのまんまゾエだ。いや、よく見れば『服従の首輪オベイカラー』がなくなっている。

 あれは自力で外せるものじゃない。きっと誰かが外したんだろう。でも一体誰が? 簡単には外せないとグレイスからは聞いている。


 「ゾエ……!」


 俺はゾエに近づこうと走りながら呼びかけた。

 ゾエは俺を見た。だが、ただ見ただけだった。知らない仲じゃないはずだが、ほとんど無反応だった。

 何かがおかしい。俺の知っているゾエじゃないみたいだ。


 「ゾエ、ゾエだよな!?」


 もうあと数十メートルというところで、ゾエは杖の先を俺に向けた。

 ぞくっと冷たいものが俺の背中を走った。ゾエがどういう感情でそんなことをするのかはわからないが、その動作が何を意味しているかはわかる。

 バチッと弾ける音とともに、杖の先に閃光が走った瞬間、そこから『電撃弾ライトニングボルト』がこっちに向かって飛び出した。

 かろうじて俺はそれを『錆びた短剣』で受けた。『錆びた短剣』は『電撃弾ライトニングボルト』を吸収してくれた。


 「ゾエ、お前……!?」


 やはり様子がおかしい。俺の呼びかけにも、俺が『電撃弾ライトニングボルト』を防いだことにも、あまりにも無反応すぎる。まるで機械のように無感動だ。

 無感動……、ひょっとして感情を操られているとか、誰かに精神を乗っ取られているとか、そういった類の魔法をかけられているのかもしれない。

 『服従の首輪オベイカラー』なんてものがあるくらいだ、そんな魔法や道具があってもおかしくはない。

 というか、そうとしか考えられない。ゾエのつけている仮面、あれはゾエの趣味とは思えないほど悪趣味だ。あまりにも取ってつけたようにしか見えない。


 あの仮面を壊せば、元に戻るか……?


 そんなことを考えていると、ゾエが次弾を放ってきた。

 俺は再びそれを『錆びた短剣』で受けた。ゾエにしてもあまりにも芸がない。昔のゲームのNPCのように単調な攻撃。

 『仮面洗脳説』が濃厚になってきた。少なくともゾエが正気じゃないのは確かだ。


 とりあえず、仮面を壊してみるか? いや、顔面だぞ、危険じゃないか? なら、引っ剥がすか? 一人でできるかな? いくら女の子とはいえ、抵抗されたら一筋縄じゃいかないだろう。それにここは戦場だ。どんな横槍が入るかもわからない。


 なにはともあれ、今やれることをやるしかないだろう。

 俺は『黒炎剣ファイア・ブレイド』を起動……しようとしたらできなかった。

 代わりにバチッと静電気のような痛みが走った。


 その時、ゾエから三撃目が放たれた。

 慌ててそれを『錆びた短剣』で受ける。直後、また静電気が走る。


 思い出した、そういえば前にもこんなことがあった。あのときは……、たしかこうだったな……!


 『錆びた短剣』に『電撃弾ライトニングボルト』のイメージと魔力を注入する。ピリリと痺れるような感触が『錆びた短剣』から伝わってくる。

 『錆びた短剣』の切っ先に青白い閃光が走った。そして、そこから紫がかった青白い光の刀身が形成された。


 『紫光剣ライトニング・セイバー』。電撃の力を宿した輝ける剣。


 なんて起動してみたはいいけど、正直なところ使い方がよくわからない。どの程度の威力があるのかわからないから、気軽に使えるもんじゃない。


 さて、どうしたもんか……。


 ふと、ゾエは突然踵を返し、全速力で敵の群れの中へと駆け去っていった。

 追いかけようとした、が、やめた。周りに味方は一人もいない。俺は今、味方の最前列に立っていた。これ以上一人で前に押し出してしまったら、まず間違いなく孤立してしまう。それは危険だ。


 小さく、見えなくなりつつあるゾエの背中を、俺は追いかけたい気持ちを押し殺して、ただ見送るしかできなかった。

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