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戦争は終わらない


 六


 難破、救助されて三日が経った。この三日間でわかったことがある。

 ここは島だった。俺がいた大陸(初めて知ったが『クレードル大陸』というらしい)から船でなおかつ順風でまる一日以上もかかる孤島だそうな。

 この島は元は無人島だったそうな。エキシージ含め、けもの耳の人たち、主に大陸で差別され、迫害された人たちがここへ逃れ集まってできた共同体だった。


 そこへ海の民がやってきた。『海人マーフォーク』といわれる海中に暮らす人々だ。人というか魚人だ。海中に人が住んでいて都市や文明を築いていたって、もう俺はさして驚かない。魔法に触れ、扱えるようになった時点で、大抵のことは受け入れられるようになってしまった。


 海中に住む海人マーフォークがなぜ島を襲うのか理由はわかっていないらしい。大陸で差別や迫害に苦しんだ彼らはもう他に行き場もない。この島はまさに最後の砦だ。どんな理由があっても最後の砦を奪おうとするものは彼らにとって許しがたい敵だった。


 そしてエキシージは、ここに住む多くの人々が俺を海人マーフォーク側のスパイだと思っているらしい。この誤解は未だ解けていない。


 エキシージも誰も、直接俺にそのことを問いかけてこない。「お前スパイだろ?」とは誰も言わないから、こっちから「スパイじゃないですよ」というのもおかしな話だ。余計に怪しくなってしまう。

 ただ、エキシージたちの態度から、俺への警戒をひしひしと感じる。常に誰か一人が俺のそばについている。常に姿の見えない監視が二、三人いる。


 あまり居心地はよくないが、殺されないだけマシだ。そう考えると、エキシージたちは根は優しいのだろう。スパイの恐れがあるなら殺してしまえばいい話だ。それをせず、寝床と三食を提供してくれるのだから心根は優しいに違いない。

 もしくは、エキシージを救出した俺の実力を見て、うかつに手を出すのは危険だと考えたのかもしれない。


 ま、それはどっちでもいい。少なくとも今のところは身の危険を感じることはない。

 とりあえず現状、最大の敵は『暇』だった。

 やることが無い、ということほど辛いこともない。飯食って糞して寝るだけの生活なんてなんの楽しみも面白みもないし、身体も頭も鈍ってしまう。


 そういうわけだから、俺はエキシージに何か手伝えることはないか、と申し出た。


 「そうね、じゃあついてきて」


 そこで、エキシージが案内してくれたのはちょっとした森だった。屈強な男が数人集まっていた。家畜の牛も馬もいた。


 「はい、これ」


 エキシージから斧を手渡された。デカく、重い。斧を持ったのは初めてだ。戦斧を見たことはなんどかあるが、これは伐採用の斧だ。


 「木こり……か?」


 「そう、住人も増えてきたし、耕作地を広げたいの。で、あなたには木を切って欲しいの。あれだけ強いんだから簡単よね?」


 「えぇっ!? それとこれとは全然わけが違うような気がするけど……」


 「同じ刃物じゃない、コツさえ掴めば問題ないわ。じゃあがんばって。わからないことがあったらそこのサンバーに聞いて」


 すぐそばにいたサンバーが微笑を浮かべて会釈した。俺も会釈を返した。

 サンバーは筋骨たくましい大柄なふとっちょで、いかにも木こりって感じだ。この男にもやっぱり頭のてっぺんから耳が生えていた。


 「ボウズ、木を切るのは初めてか?」


 風貌にふさわしい、太く低い嗄声だ。


 「あ、はい……」


 「なぁに、難しいことはない。用は慣れだ。教えてやるからついてきな」


 俺は斧を片手にサンバーに付いていった。


 伐採、開墾はなかなか楽しかった。ただ、めちゃくちゃ疲れる。朝から晩まで、木を切り、切り倒した木を運び、残った切り株と根っこを掘り起こす。これをひたすら繰り返すから、夜はもうぐっすりだ。

 最初は鈍り防止の思いつきで始めた手伝いだったが、今ではちょっぴりハマってしまっている。なんにせよ汗を流すのはいいことだし、仕事後の飯は格別美味しい。


 もう、こんな生活を二週間ほど続けていた。

 最初の頃、この島への滞在は数日程度だと考えていたが、そうは問屋がおろさなかった。

 エキシージいわく、海流と風の関係で今の時期は大陸へ船が出せないのだそうな。


 それがあとひと月は続くらしい。


 必然的に、あと一ヶ月は木こり生活が続くということだ。

 別に悪いことじゃない。仕事中はいろんなことを忘れられる。ゾエのことでさえも……。


 木こり生活を続けていくうちに、周囲の警戒の目もだんだんと無くなってきた。皆、俺を信用してくれはじめているらしい。

 木こり仲間とは軽口を叩ける間柄にもなってきた。皆俺より結構な年上だけど、気さくで優しくて楽しく付き合える。

 夜には皆で集まって食事したり、酒を飲んだりするようにもなった。


 だが、木こり生活だけを続けていくわけにはいかなかった。

 いつものように汗水たらして斧を振っていると……、

 けたたましい半鐘の音が響いた。


 「敵だ、海人だ! 海人が攻めてきたぞぅーーー!!!」


 木こり仲間全員は急ぎ道具を片付け、走って海岸の見下ろせる砦へ向かった。

 俺も彼らについていった。

 エキシージは既に完全武装だった。鋭くてきぱきと周囲に指示を出している。俺に気付くと、より目をキツくさせて俺を睨みつけた。


 「コーイチ、前にも言ったはずだ! 部外者は奥で引っ込んでいてくれ!」


 一喝。思わずすくみそうになるほど激烈な語勢だった。この世界に来る前の俺だったら、涙目アンド尻尾を巻いて逃げ出したに違いない。けど、今の俺は、


 「エキシージ、俺はあなたたちに助けられて、今もお世話になっている身だ。部外者かもしれないけど、恩を返したいんだ。まぁ、そうは言っても、俺にできることなんて限られてるけど……」


 エキシージは目を伏せ、何か考えるふうだった。目を上げると、彼女は優しく笑った。


 「気持ちはありがたいが、戦場に素人の出る幕はない。あえて言うなら、コーイチがじっとしていることが一番有益だ。ではまたな」


 エキシージは仕事に戻った。

 そう言われてしまったら、さすがにどうしようもない。なら木こりの続きでもやるしかないか。俺は肩を落とし、とぼとぼと開墾地に戻る……。

 途中で足を止めた。なんとなく開墾地に戻るのも気が進まない。仕事仲間が命をかけて戦っているときに、俺一人安穏と過ごすのは、ちょっとどうかと思う。

 俺はこっそり砦に戻った。エキシージに見つからないようにひっそりと。

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