戦争だ! しかも味方は不利だ!? こうなりゃ戦って恩返しだ!
四
これは紛うことのない戦争だ。俺とそう歳の変わらない兵士が戦い、傷つき、倒れる。しかも兵の半数は女性だ。女も男と同じように手に武器を持ち戦って、そして傷ついている。
武具を身に着けていない非戦闘員もまた戦っていた。敵と直接対峙していなくても、干戈を交えていなくとも、彼らは彼らなりに戦っていた。
非戦闘員は負傷兵を治療したり、火矢や火魔法で燃えた建物の消火をしたり、敵方の弓を拾い集めたりしている。これもまた戦争だ。
これは戦争だ。四方八方戦争だ。はては空を見ても戦争だ。どこの誰を見ても戦っている。
そんな中で戦っていないのは俺だけだ。どうしていいかわからないのは俺だけだった。
「こうなれば打って出る! 一班、私とともに来い!」
山刀の女性が兵隊を引き連れて城壁を降りてきた。顔に焦燥が色濃く見える。
「危ないんですか……?」
俺は声をかけた。
山刀の女性がハッとなって俺を見た。直後厳しい目になって俺を睨みつけた。そして、
パンッ、と彼女の右掌が俺の頬を打った。
「ここは危ないと言っただろ! さっさと奥に逃げろ!」
彼女はそれだけ言うと、兵とともにさっさと行ってしまった。
俺は頬をさすった。ほとんど痛みは感じなかった。なぜか自分のことより、彼女のことが心配だった。
じっとしていられなくなって、駆け出した。城壁に登って向こうを見下ろした。
城壁の向こうは海だった。海岸が広がり、小さいながらも浜がある。浜から続く道もある。そこに敵が群れ満ちていた。手に手に武器を持ち、巨大な丸太を八人ほどで持って、城壁の門に打ち付けようとしていた。
驚いた。だがそれは、敵が城門を破ろうとしているからではなかった。俺が驚いたのは敵の姿形だ。
敵は『魚人』だった。そうとしか形容できないような形状をしていた。二足歩行の人型だが、体中にヒレが生え、毛が少ない。体色も青やら緑っぽい。
これだけで『魚人』というのは不適当かもしれないが、俺の推測がおそらく正しいと思われる理由が目の前にあった。
いや、正確にはなかったと言ったほうが正しいか。敵のあふれる海岸、浜、にあるべきものがなかった。それは『船』だ。敵が海賊であるなら、船があって然るべきだ。
その間も敵は続々と、まるで水から生まれてくるかのように海から直接その姿を現した。
なるほど、だから『海の連中』なんだな……。
俺は城壁から山刀の女性の姿を探した。
それはすぐに見つかった。彼女は一隊を率い、馬にまたがり、敵の隊列の側面を突いた。
奇襲に敵は大いに狼狽えたようだった。一角が崩れ、潮が引くように後退してゆく。中には得物を捨てて逃げ出す者も出る始末。
余勢を駆って、一隊は錐のように敵陣に切り込んだ。勢いのままに敵を蹴散らてゆく。
敵からは悲鳴が上がり、味方からは歓声が上がった。形勢は逆転した。味方の士気も大いに高まっている。
深く斬り込む山刀の女性を見て、嫌な予感がした。錐だろうが、矢だろうが、深く突き刺せば抜けにくくなる。あまり深追いすれば退却しづらくなるんじゃないか……。
いや、きっと杞憂に違いない。素人の俺が、戦術をとやかく考えたって仕方がない。プロにはプロの思慮があるはずだ。
と思ったのもつかのま、山刀の女性の一隊が敵に包み込まれようとしていた。俺の杞憂が現実になろうとしていた。
ああ、言わんこっちゃない……!
俺は急いで城壁を駆け下りた。やることは一つだ。恩を返すのは今しかない。命を助けてもらったんだ、多少の危険もご愛嬌、だ。
門にたどり着くと、門を守っている兵に言った。
「開けてくれ! 味方が危険だ!」
「し、しかしエキシージ様の命令が無い限りは――」
「いいから開けてくれ! 俺が出る間の少しの間だけでいい! それに今は門の前に敵はいない!」
「し、しかし――」
「躊躇ってる場合じゃないんだ!」
「で、ですが――」
クソッ! よそ者の俺の言うことなんて聞いてくれるわけがないか……!
「ほんの少しだけでいいんだ!」
「い、いや――」
「彼の言うとおりだ、開けてくれ」
振り向くと二人の男がいた。兵士だ。腕や肩に傷を負い、血が滲んでいる。
「エキシージ様が危険だ。助けにいかねばならない! 門を開けろ!」
「あ、は、はい……」
すぐに門が開けられた。
「ありがとう、助かった」
俺は二人の男に礼を言った。
「礼などいい。今はそんなことより救出が先決だ」
俺はうなずいた。
三人で、山刀の女性を救出すべく、門を飛び出し、敵に向かって突撃した。
後から何人かが俺たちに続いた。後ろを気にしている場合じゃないから、正確な人数はわからない。
今はただ、駆け抜けるのみ、だ。
初めての戦場は混沌としていた。戦う者、逃げる者、隠れてやり過ごそうとしている者、傷を負って動けない者、すでに死んでしまった者、それらが入り乱れていた。
敵と味方は姿形が随分違うとはいえ、混沌のるつぼと化した戦場では、そう簡単に区別が付かない。
目指すは山刀の女性だが、怒号と悲鳴が響き、血風と砂煙が吹き荒れる戦場に飲まれると、方角すら見失いそうになる。
それでも、自分でも不思議なことに、頭の中は冷静だった。俺も伊達に修羅場はくぐっていない、ということか。
『勇者』らしいといえば『勇者』らしいかな。
そんなことを思いながら、山刀の女性の姿を探していると、不意に横から槍を突き出された。
俺は身を引いてそれをかわした。少しばかり驚かされたが、アルファードの剣に比べれば大したもんじゃなかった。月とスッポンくらい冴えが違う。
槍の持ち手は魚人だった。つまりは敵だ。
俺は『黒炎剣』を起動し、その槍先を一閃、ドロドロに溶かして断ち斬った。
魚人が目をむいて後ずさった。その口元が震えている。恐怖を感じているのか。
「死にたくないなら消えろ」
そう言ってやると、魚人は低く呻いて背中を向けて駆け出した。
やれやれ、と思っていると、今度は背後からの斧。
これも遅い、が危ない。当たれば死ぬ。戦場では一瞬たりとも気を抜けないな。俺はかわすと同時に斧を『黒炎剣』で消滅させてやった。
ひとりひとりに『消えろ』と言ってやるのも面倒だ。俺は敵の得物を破壊すると、もうそれ以上は相手にしなかった。
敵を倒すよりも、山刀の女性を助けなければならない。それに、俺は山刀の女性に恩があるだけで、魚人に恨みがあるわけじゃない。できれば傷つけたくないし、殺すなんて以ての外だ。
だが、魚人の方は、そんなこと知ったこっちゃない、というふうに俺に襲いかかってくる。事実として、知ったこっちゃないんだろうし、魚人からすれば、戦場にいて魚人じゃないヤツは敵なんだから仕方がない。
一人、また一人と俺は敵の得物を破壊してゆく。面倒だし、キリがない。だが、他にやりようもないから面倒なことこの上ない。
おそらく両手両足の指じゃきかないくらい敵の武器を破壊した頃、ようやく山刀の女性の姿を発見した。
騎乗で突撃したはずだが、もはや馬には乗っていなかった。全身に傷を負い、疲労にあえいでいた。
そして、三人の敵に囲まれ、今にも討ち取られようとしていた。
やらせるかッ……!!!
俺は駆けた。風魔法も使って加速した。俺自身が一陣の風になったように、敵と味方の間を素早く駆け抜けた。
ギリギリで間に合った。俺は両者の間に割って入り、今にも振り下ろされようとしていた、敵の得物三つに向かって、横一閃、『黒炎剣』を放った。
またたく間に溶けて消滅する三つの得物。敵は何が起こったのか理解していない。
続けて、足元に小さな『火炎弾』を放った。地面に命中し爆発。白っぽい砂煙を吹き上げた。
「逃げるぞ。立てるか?」
山刀の女性は片膝をついていた。目はうつろでぜいぜいとあえいでいる。遠くから見えた以上に限界だ。
俺は彼女の手から山刀を奪い、彼女の腰の鞘に納めた。それから『黒炎剣』を解除し、懐に納め、彼女を背に担いだ。重い、が、こっちにきてからやっていた肉体労働が役に立った。抱えられなくはない。
俺は風魔法を使い、加速したり、砂煙を立たせ、その間に隠れたりしながらひたすら元来た門に向かって走った。
到着したとき、門は閉まっていたが、すぐに開けられ中に入れた。
「治療を頼む」
門兵に言うと、門兵はすぐに担架を連れてきた。彼女は担架に乗せられ、すぐ近くの建物の中へと運ばれていった。
「ふぅ……」
一仕事終えた。やるべきことはやったはずだ。あとは少し休ませてもらおう。
見たところ、形勢はこちらに有利、もうじき決着がつくだろう。
俺は、投げ捨ててしまっていたグレイスお手製の手袋を拾った。砂と土を払ってからベッドに戻った。山刀の女性に言われたとおり、下がって奥でじっとしていることにしよう。




