たどり着いた先で突然の籠城戦!? 降り注ぐ魔法と矢弾の雨あられ! どうする『火剣の勇者』!?
今度は戦争だ!
三
目を覚ますと、見知らぬ誰かが俺の顔を覗き込んでいた。その後ろには天井が見える。天井にも見覚えはない。どこの誰の部屋だろう。
「おお、気がついたか」
覗き込んでいた顔がにっこりと微笑んだ。
女性だ。俺と同い年くらいだろうか。色白。後頭部で束ね、編み込まれたきつね色の髪が特徴的だ。やや細めの目がキリリと精悍で凛々しい。精悍なのは目元に限らなかった。その鼻筋も口元も輪郭も、はては精悍の象徴ともいえる装束を身にまとっていた。
女性は薄手の革鎧を身にまとっていた。背には矢筒と短弓、腰には山刀を剣帯で吊り下げられている。
まるで今から戦争にでもいくような格好だ。
だけど、俺が一番目を惹かれたのは頭頂部だ。特徴的な髪型の上に、ネコ目イヌ科の哺乳類のような耳がついていた。顔の両サイドにも人間の耳があるから、計四つの耳がある。
そういえば、エランもそうだった。そんでもって目の前の女性はどことなくエランに似ているような気がする。
「あの……、つぅッ……!」
起きかけて、頭痛に襲われた。気分もあんまりよくない。まだ船酔いが続いているような感じ。
「まだ寝てたほうがいいな」
けもの耳の女性は仰向けに横になった俺に、薄い毛布をかけてくれた。
「あ、どうも……」
声があんまりうまく出せない。喉が筋肉痛というか、引きつったような感覚。全身に倦怠感。かなり疲れてる、ということが今ようやくわかってきた。
頭がだんだんはっきりしてくる。こうなる前のことを思い出してきた。そうだ、船酔いといえば俺は、船が大渦に飲み込まれて、それで――、
「ゾエは、ゾエは無事ですか……?」
「きっと大丈夫。だから今は自分のことを第一に考えたほうがいい」
「はい……」
悔しいが、彼女の言うとおりだった。ゾエのことは心配だが、心配できる元気すらなかった。酷く疲れていて、時折襲う頭痛がまとまりかけた思考を蜘蛛の子のように散らしてしまう。
「よしよし、今はおねんねしなさい」
まるで赤ん坊扱いだった。赤ちゃんプレイの趣味はない。けど、それに対して腹を立てたり、抗議したり、冗談を返したりすることもできず、俺は目をつむって意識を暗闇に没入させた。すぐに眠ってしまった。
カンカンカンカンカンカンカンカンカン!
突然の激しい鐘の音。驚き飛び起きる俺。
「な、なんだなんだ……!」
絶え間なく叩かれる鐘。寝起きにはかなり辛い。体調が万全でないせいもあってか、耳から侵入した鐘の音が頭蓋の中を反響する。
なにかの警報か? 寝ていられる状況でもないし、とりあえず起きて外に出てみるか。
ベッドから出て気がついた。俺、裸だ。真っ裸の全裸だ。フリチンの全開だ。ネイキッドのストリーキングだ。
とりあえず股間の『リトルコーイチ』を手で隠す。ベッドに目をやると、そのすぐ横に小さなテーブルのような、はたまた台のようなのがあり、その上に錆びた短剣と俺の衣服が畳まれて置かれてあった。『支配者の指輪』は右手の指にはめられたままだった。
即座に衣服を身に着け、錆びた短剣を手に、おっとり刀で外へ出た。
外へ出ると、鐘の音が一層うるさい。武器を手に、鎧を身に着けた人々が、皆同じ方向へ駆け出してゆく。
こういう光景を俺はどこかで見たことがあった。そうだ、昔なんの気なしに見た大河ドラマでたしかあった。侍や足軽が集まって――、
ということは、ひょっとしてマジで戦争が始まるのか……!?
いや、状況が似ているからといって即戦争とは限らないはず。
そんなことを思いながら、武装し走り去ってゆく人々を見ていると、一分と経たない間に周囲には誰もいなくなってしまった。
辺りの景観に見覚えはない。多分見知らぬ土地。そんなところで一人は心細い。戦争も恐いが、孤独も恐い。
とりあえず俺は人々が駆け去った方へ向かって走り出した。
五分も走ると、先に行った人々に追いついた。彼らは隊列を組み、先頭に立つリーダーと思われる人物の訓示を受けていた。
すぐに彼らは数人一塊になって散開した。後にはリーダーと数人が残った。
そこで、俺はリーダーの顔に見覚えがあることに気付いた。初めてここで目覚めたとき、俺の顔を覗き込んでいたの女性だ。俺は彼女の元へいった。
「お前は……、もう寝ていなくていいのか?」
「寝ていたかったけど、鐘で起こされたんです」
「そうか、それは運が悪かったな。こっちも今忙しいんでね、寝床に戻ってじっとしててくれ」
「戻れって言われても、この騒ぎじゃ寝られませんよ。これは一体なんなんです?」
「お前には関係のないことだ。巻き込まれたくなかったらさっさとここを離れたほうがいい。死にたいのなら別だがな」
「死ぬって――」
俺の言葉は、櫓の上にいる人の叫びによって遮られた。
「隊長、来ます!」
呼応して、目の前の女性も叫ぶ。
「魔法隊、迎撃用意!」
女性は走った。眼前にそびえ立つ城壁の階段を駆け上ると、そこに杖を持った人たちがいた。ぱっと見て、十人ぐらいか。彼らは杖を、女性は腰の山刀を抜き払い、天に掲げた。
山刀の切っ先が指し示す先に、火の玉と氷の塊が複数個出現した。どれも巨大だ。こぶりな一軒家ぐらいある。
空中に突如出現したそれらは出揃うなり、こっちへ向かって隕石のように飛来した。
ヤバい……! あんなのまともに食らったら骨すら残らない!
俺は左腕の手袋を脱ぎ捨て、その手で『錆びた短剣』を掴んだ。
そのとき、山刀の女性が再び叫んだ。
「『魔力吸収』!!」
山刀と周囲の杖から青白く淡い光が発せられ、互いに結びついた。そして、山刀の先から幾条もの、これもまた同じく青白く淡い光が、火の玉と氷の塊に向かって放射された。
青白く淡い光が対象に着弾すると、光は突如渦のようにうねりだす。それと同時に、みるみるうちに火の玉と氷の塊はそのサイズをしぼませてゆく。
やがて、何事もなかったかのように、火の玉も氷の塊も消滅した。
「防御隊、よくやった! だが戦は始まったばかり、次は乗り込んでくるぞ! 各員近接戦闘に備え! 魔法隊は援護に回れ!」
山刀の女性が叫ぶと、城壁から降りてきて俺のところへやってきた。
「見てのとおり、ここは危険だ。死にたくないなら奥でじっとしていてくれ」
俺はうなずいた。これが戦争なら、俺のような素人の出る幕はない、とは思うが……。
「一つ聞かせてください、これは一体どういうことなんです?」
縁もゆかりもないからといって、事態を把握せず、一人奥で引っ込んでいるわけにもいかないだろう。なんせ俺は『勇者』なんだから。
「見ての通り戦だ。海の連中がこの島を狙ってる。ここは私たちの居場所だ。奪われるわけにはいかない。わかったか? わかったなら、下がってろ。私は忙しいんだ」
そういって山刀の女性は踵を返して去っていった。
俺はなぜか去りがたい思いにかられて、子の場から動けなかった。この場を去って、一人奥で知らぬ顔をしているわけにはいかない気がした。助けてもらった恩義のせいかもしれない。
とは言うものの、自分に何ができるか、どう役に立てるかは全然わからなかったので、結局俺はどうすることもできずに突っ立っているしかなかった。
山刀の女性が言ったとおり、やがて第二戦が始まった。
城壁には魔法隊と弓隊が立ち、ひたすら魔法と矢を連射している。ときおり、敵側が放った矢や魔法が俺の頭上を飛んだり、辺りに突き刺さったり、城壁の防御兵に命中したり、まさに戦争の様相を呈してきた。
負傷し、倒れる兵。蛇口を捻ったように流れる真っ赤な血。朽ちた枯れ木のような青黒い苦悶の表情。思わず背筋が震える。