旅立ちは前途多難!? 女の子と二人っきりの船旅を硬派気取るコーイチの船旅は難破……!
二
その晩ケーディック邸にて、俺は皆に集まってもらって『混沌の指環』探しの旅に出ることを伝えた。ついでにゾエの『紹介』も一応した。事情を知らない人にも、俺は余すことなく自分のことを語った。
俺が『異世界』からきたことに、事情を知らなかった人たちは驚き、衝撃を受けていた。だけど、アコードだけは、
「なるほど、その強さは異世界ゆずりか」
と妙に納得していた。大きな勘違いだが、あえて訂正もしなかった。
ゾエが言うには、師匠は今、ここから山を三つ越えた先にある、彼女の故郷カウルの辺りにいるらしい。ゾエと師匠は今でも魔法的な繋がりを持っていて、互いに大まかではあるが居場所がわかるのだそうだ。
そこは陸路で行くには遠いが、船便なら二週間程度の距離らしい。ちょうど、ケーディック領内の港からその船便が出ているとのことだ。
それらを総合し、吟味すると、旅の計画はこうなる。
まず船に乗り、ゾエの故郷カウルの最寄り港へ入り、そこから徒歩でカウルへ向かう。そこからはひたすら聞き込みを続けてゾエの師匠を探す。旅に出ている間、エランはケーディック邸に預ける。
旅に出るのは俺とゾエだけ。二人旅だ。ジュリエッタもグレイスも付いて来たがったが、流石に一月以上家を開けるわけにもいかないとのことだ。領主の娘、一流貴族の娘が、他国へ長旅なんて、そう許される話じゃないのだそうな。
そう、カウルは他国なのだ。ケーディックの領外であり、ケーディックの庇護が受けられない場所。だから、アコードを除く全員が、俺の旅を心配した。
心配してくるのはありがたい。そんな長旅したことないから正直自分でも心配だ。
「ゾエという道案内がいるから心配しなくて大丈夫」
とは皆に言ってみたものの、それもまた心配材料だった。なんたってあのゾエだからな……。
ま、心配ばかりしててもしようがない。結局いかなきゃならないことなんだから。
翌早朝、早速出発、ということになった。一時の別れとはいえ、先に延ばせば延ばすほどかえって辛くなりそうだから、思い立ったが吉日というわけで、すぐに出立することにした。
後はささやかな送別会になった。皆で美味しいものを食べ、飲み、愉快に話した。
ゾエは、自分が罪人だという負い目もあるようで、気乗りしない様子でさっさと与えられた部屋に帰ってしまった。
翌早朝の出発ということで、送別会はすぐにお開きになった。
………………………
………………
………
雲一つ無い晴天。青い空。青い海。吹く風には潮の香り。
数時間前、皆に見送られたときの湿っぽさはもうどこにもなかった。今はただ明るく、久々の海にハイテンションだった。
船旅の経験は一、二度、それもフェリーで片道一時間から二時間ぐらいだから、長時間の船旅はほとんど未経験だ。船旅童貞といっても差し支えない。
だが、いやぁ~、俺の処女航海はなかなか楽しい。潮風と海の青さのなんと爽やかなことか!
な~んて、そんな風に考えていた時期が俺にもありました。船に乗ってから三十分後、俺はグロッキーだった。
こっちの船は俺が元いた世界のそれよりはるかに原始的だ。木造で小さく、おそらく沖には出られないのだろう、船の片側には常に沿岸が見えている。
なにせ小さい船だから波の影響をもろに受ける。飛沫をかぶることなんてしょっちゅうだ。胃と頭がシェイクされ、その中身がぐっちゃぐっちゃになってるのがわかる。ダメ、もう立っていられない。
「情けないわね~……」
馬鹿にする、というよりは心底哀れんだ目でゾエが俺を見ていた。俺はうつ伏せで転がっていた。起き上がる気力もない。
「波も風も穏やかで、今日はほとんど揺れないじゃない」
嘘だろ……これで揺れない日なのか!? 揺れる日はどうなっちまうんだ……!? 想像するだけでも吐き気が強まる。
いかん、マイナス思考は危険だ。気分が落ちると代わりに胃の内容物シェイクがこみ上げてくる。ファニーでポップな何か別のことを考えないと。
「……波の穏やかな船上とかけまして、ゾエの胸と解きます、その心は――」
俺は最後まで言えなかった。俺の口にゾエの靴が足ごと飛び込んできたからだ。
「ぐおっ、うぇっ、ペッペッッ……! うっ……! うむむ……、ふぅ……。何すんだ! 危うく大変なものが出るところだったぞ!」
「ごめんなさ~い。ほら、揺れるから足がすべっちゃったの」
嘘つけ、さっき揺れないって言ってただろが、とは思っても口には出せない。あんまり喋ると別のものが出そうだ。今は気を落ち着けているしかない。
ゾエが俺の隣に腰掛けた。潮風になびくツインテールが横顔にかかって、なんだか綺麗だった。
「ねぇ、アンタはさ、大きい胸が好きなの?」
その横顔も声もなんだかゾエに似合わず神妙だった。
ひょっとして、気にしていたのかな? だとしたらやっちゃった。そこをイジるなんてやるべきじゃなかった。よく考えれば、いや、よく考えなくても、女性の身体的特徴をネタにするなんて良くないことだった。それがコンプレックスならなおさらだ。男としてやっちゃいけないことだった。反省しないと。
「ごめん、まさか気にしてるとは思わなかった。ほんの冗談のつもりだったんだ」
ゾエが横目に鋭く睨みつけてきた。
「気にしてる? 誰が? 何を言ってるの? 気にすべきは人の頭みたいに無駄に大きい乳したジュリエッタやグレイスのような胸に脂肪を溜め込んだ女でしょ! 下卑た男の目を集めて下卑た男を誘惑することに特化した下卑た器官なんてアタシにはいらないの! それに大きければいいってもんじゃないの! むしろ小さい方がいいのよ! 経済的だし、慎ましいし、下卑てないし、上品かつ無駄のない機能的な美しさがあるの! 大は小を兼ねるなんて牛並み巨乳デカパイ脂肪貯蔵女の作り出した世迷い言の嘘っぱち! 淫蕩淫乱淫売の変態的幻想の産物よ! なんでアンタにはそれがわからないのッ!!!」
凄まじい迫力、剣幕、逆巻く波濤のような圧倒的圧力に俺は舌を巻く。んで怯む。
「えぇっ、い、いや、俺は何も――」
「じゃあちゃんとわかってるの? あんな馬鹿乳よりも、アタシのような慎まやかでお淑やかでさりげない佇まいの胸の方が万事に優れ秀でているってわかってるの!?」
「は、はい、理解しました、いえ、しております。いやはや全くお説の通りです。素晴らしい。いやはや、万事がそうでなくっちゃあなりませんな、ははは……」
とりあえず適当に同意しておいた。ゾエの巨乳への恨みはただ事じゃない。ここは穏便に済ましておこう。
ゾエは一息つくと、にっこり笑った。
「わかればいいのよ。わかればね」
もう普段の調子に戻っていた。こんなエキセントリックなヤツとまともに旅ができるのか? 前途多難に思えてならない。これからは胸の話題は避けよう、俺は固く決心した。
ゾエがある意味気を紛らわせてくれたおかげで、いつの間にか船酔いが少しマシになっていた。俺はゆっくりと上体を起こし、ゾエの隣に座った。
「起き上がっていいの?」
ちょくちょくこういうふうに心配してくれるから、悪いヤツじゃないんだろうけどな……。
「ん、まぁ寝てばかりいてもつまらないからな」
「じゃあ船べりにいかない? 水がかかって気持ちいいよ?」
「いや、まだそこまでの元気はないよ」
「ふ~ん。じゃ、一人でいってくる」
ゾエは立ち上がって船べりへと向かった。
一人になると、船旅への不安がこみ上げてきた。
船旅は約二週間。といっても、二週間ずっと海上にいるわけじゃない。夜までに近くの港、もしくは適当に接岸できそうな場所へと停泊して、夜は地上で過ごす。夜は沿岸が見えなくなるので航行できないのだ。
夜は休める、としても、日中ずっとこの船酔いが続くとしたら……、しかも、今日はゾエ曰く揺れない日らしい。ということは、もっと揺れる日があるってことだ。今日がゾエの胸の日だとしたら、いつかジュリエッタやグレイスの日がくるかもしれないのだ。
だ、ダメだ。不安に思うとまた気分が悪くなってくる。別のことを考えよう、なにか別のことを。
そのとき、不意に船が大きく揺れた。
いや、揺れなんて生易しいものじゃなかった。まるで天地がひっくり返るんじゃないかってくらいの衝撃だった。
俺はとっさに船にしがみついた。
大きな衝撃はその一度きりだったが、揺さぶるような揺れが続いた。オホーツクのカニ漁のごとく揺れている。いや、カニ漁はしたことないけど、多分こんな感じだろう。船全体がゆりかごのようだ。
「大渦だぁ~!!! 大渦が出たぞぉ~~~!!!」
誰かが叫んだ。船員が集まり、船を動かそうとしている。酷い揺れだというのに野次馬も集まってきて、船べりにたむろしはじめた。
「あ、あれだ~~~!!! 大渦だぁ~~~!!!」
野次馬も騒ぎ立てる。
俺も這っていって野次馬に加わった。船べりにしがみつき、見てみると巨大な渦が海面に荒れ狂っていた。
船の何倍もある大渦。まるで海の栓を抜いたような大渦。海中の竜巻だ。
「コーイチ……!!!」
ゾエが俺のところへ駆け寄ってきた。怯え震えている。船旅に慣れてそうなゾエがここまで怯えるということは、これはシャレにならない事態、ということに他ならない。
これ、ひょっとして、アカンやつか……?
思ったとおりだった。船は大渦に抗えない。どんどんその中心部に引き寄せられてゆく。
船上は阿鼻叫喚。渦の勢いに投げ出される人々。周囲の人々がどんどん海へと消えてゆく。
くそッ、幸運ステータスって全然役に立たないな! これじゃ死にステータスじゃないか!
そんな悪態を心の中でつきながらも、俺にできることは運だより、結局は祈ることしかできない。
俺はゾエを抱きしめた。俺のせいでこうなったんだから、せめて彼女だけは守ってやりたかった。
だが、大渦に対して抱きしめるなんて行為になんの意味もありはしなかった。
「コーイチ……」
ゾエの手が、俺の身体を強く抱き寄せる。
「ごめん……」
俺は謝ることしかできなかった。
やがて、大量の海水が俺たちを襲った。
海にのまれるそのさなか、ポ○モンにうずしおなる技があることをふと思い出した。
あれってめちゃくちゃ恐い技だったんだなぁ……。
大渦に洗濯機のように洗われながら、俺はそんなことを思ってしまった。
暗い海中に沈みゆきながら目を開くと、激しく泡立つ向こうに何かがいた。目だ。大きな目がギョロギョロとギラギラとしていた。
な、なんだアレ……。
はっきりしたことはわからない。薄れゆく意識の中で見た夢か幻だったのかもしれない……。
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