ようやく得られた『混沌の指環』の手がかり! これはもう探しに行くしかないでしょう!
お久しぶりです。
一
とにもかくにも、優先順位の第一位は『混沌の指環』探しだ。
こっちにきて結構な月日が経ってしまったが、ようやく手がかりを見つけた。ゾエの師匠が『混沌の指環』を持ってるらしい。
しかもゾエは魔法で師匠を探し出せるのだそうな。
これはもうゾエに頼るしかない。
というわけで、俺は森から戻るとゾエを訪ねた。
ゾエはまだ牢屋にいた。
俺が『聖闘』に勝利したので、ゾエは死罪を免れたが、罪が完全消滅したわけじゃない。ゾエは罪を償わなければならず、その間は俺とケーディック家の監視下におかれる。
ゾエの牢屋の待遇が若干改善されていた。
毛布があり、簡易ベッドも用意されていた。見たところはそれだけだが、有るのと無いのじゃ大違いだ。
「よう、元気にしてたか?」
俺が訪ねていくと、ゾエは一瞬顔を綻ばせたが、すぐにふてくされた顔になった。
「なんの用?」
どうやらご機嫌があまりよろしくないらしい。ま、牢屋にいて機嫌が良い、なんてヤツはあんまりいないだろうけど。
「俺は『聖闘』に勝った」
「聞いたわ」
「じゃ、これも聞いてるか? お前の罪が消えるまで、お前は俺とケーディック家の言うことを何でも聞かないといけない」
「うん、聞いてる」
「なら、話が早いな。んじゃ、これ」
俺はグレイスから預かっていたモノを格子の向こうにいるゾエに差し出した。
「『服従の首輪』だ。これを付けると――」
俺は右手を突き出し、中指にはめた指輪を見せた。
「この『支配者の指輪』を持つものの命令を拒めない。つまりお前は俺の命令に絶対服従しなきゃならない。拒めば死ぬ。勝手に外そうとしたり、指輪の持ち主に危害を加えようとしたり、逃げ出したりしようものなら、指輪を使ってお前を殺す。これにはそれだけの力がある。だが、付けるならここから出ることが許される。つまりお前には二つの道がある。青春を台無しにしてよぼよぼのしわくちゃになるまで牢屋で過ごすか、俺の奴隷同然になってここを出るか、だ」
俺はあえて強圧的に言った。ここからゾエを出すなら、上下関係ははっきりさせなければならない。強要することでゾエに俺の言うことを聞くように仕向ける必要があった。あくまでも自らの意思で首輪をつけるという形が望ましいし、首輪をつけてからも、極力指輪の力に頼りたくない。
ゾエはあくまでも罪人だ。大手を振って自由を謳歌させるわけにはいかない。ゾエが俺の奴隷同然になって、人々の、そして俺の約に立つことが、ゾエに課せられた罰だ。
本当はこんなことはしたくない。『魔法道具』なんて物騒なものを使って言うことを聞かせるような真似はどうかと思う。
だけど、俺としても『混沌の指環』探しは急務だし、これに関して俺は必死だ。多少悪どくてもやるしかない。
「わかってるわ。これでいいんでしょ?」
ゾエは、はいはい、わかってますよ、ってな具合であっさりと首輪をつけた。
拍子抜けだった。てっきり俺は、ゾエがもっと躊躇ったり逡巡したりで、なんやかんや長期戦になると思ってた。それがこうもあっさりと……。
「なによ? 変な顔して。アンタが出した条件じゃない」
「あ、いや、そうだな……」
「で、アタシは何をすればいいの? アンタの夜の相手?」
「ば、馬鹿ッ! そんなのいらんわ!」
「じゃ、何よ? こんなのまでつけさせて、アタシにさせたいことってなに? あ、それともアタシに一人でさせて――」
「いい加減ソッチから離れろ! 俺をなんだと思ってるんだ!? お前、ひょっとして普段からそんなことばっかり考えてるのか?」
「なによ! 人を変態みたいに言わないでよ!」
「変態じゃなかったらそんな発想でないぞ」
「アンタの変態ニヤケ面見てたら嫌でもそうなるわよ!」
「なんだとッ!」
「なによッ!」
「……よし、わかった、止めだ、変態かどうかなんてどうでもいいんだ。俺がお前にさせたいのはそんなくだらないことじゃなくて、もっと重要なことなんだ」
「ふ~ん、じゃあ何? あ、わかった! アンタ、可愛いアタシに惚れちゃったんだ? 付き合ってくれ、とか? 結婚してくれ、とか? そんなところでしょ?」
こいつの馬鹿話にはもう付き合いきれん。無視させてもらう。
俺は本題を切り出した。
「お前、前に言ったよな? お前の師匠が『混沌の指環』を持ってるって。あれ本当か?」
「見たことはないけどね」
ゾエはツインテールの片方を指でいじりながら言った。
「見たことがない? ないのになんでわかる?」
「師匠の目録にあったから」
「目録?」
「師匠はね、魔法使いでもあるけど、いろんな物を扱う商人でもあるの。あと珍品の蒐集家でもあるわ。商品目録だったか、収蔵品目録だったか、どっちか忘れちゃったけど、確かに『混沌の指環』の名前があったはずよ」
商人であり蒐集家。これは有力な情報なんじゃないか? 希望が持てるんじゃないか? 期待していいんじゃないか? というか期待するしかない! どうせこれ以外に手がかりなんてないから、いやが上にも期待は高まる。
「頼みがある、俺をお前の師匠の元へ連れていってくれないか? 俺にはどうしても『混沌の指環』が必要なんだ!」
俺は頭を下げた。
ゾエは突然笑い出した。
「プッ、アハッ、アハッハハハ、アハハハハハハハハハ」
「……何がおかしいんだよ?」
「だってアンタ、アタシにこんなのつけさせときながら、命令するんじゃなくてお願いするなんて、アハ、アハハハハハ」
ああ、なるほど、言われてみれば確かに……。いや、でもそれでも笑うのはどうかと思う。
「命令するなんて苦手なんだよ。しかも『魔法道具』だなんて怪しげなもの、本当は使いたくないんだ……、だから仕方がないだろ……」
「ふ~ん。アンタって良いヤツなんだ。ちょっとお人好しすぎるけど、でもそこが気に入ったわ! いいわ、アンタのお願い聞いてあげる!」
満面の笑みを浮かべるゾエ。ちょっとドヤ顔入ってるけど、こういうときはちょっと可愛いくて、不意にドキッとさせられる。
「あ、ありがとう。んじゃ、これからよろしくな」
俺は牢番から預かった鍵を使って牢屋を開けた。
二人してここを出るときに、急にゾエが腕を絡ませてきた。ゾエの、小さいが確かに存在する膨らみが俺の肘に当たる。
「おい、急になんだよ……」
俺は驚いたが、ゾエはお構いなしだ。まだここは牢番たちのたまり場で、数人の牢番がこっちを怪訝な目で見ている。そりゃそうだ、いきなり目の前でイチャつかれて不快にならないはずがない。
「ねぇ、この人アタシにこんなのつけるんですよぅ」
ゾエが牢番たちに首輪を見せつける。
「これのせいでアタシ、この人の言うことを聞かないと大変なことになるんですよぅ。『命を助ける代わりに俺のものになれ』って言うから仕方なくつけてるんですよぅ、わかりますぅ?」
そう言って、ゾエはさらに妖しく、際どく、俺に身体を擦り付けてくる。
牢番たちは好色な目でゾエを見ると同時に、時折、俺へと投げられる視線は非難と侮蔑と嫉妬めいていた。言葉こそ発さないが、彼らの言いたいことはよくわかる。
こ、こいつは本当に……!
俺はいたたまれなさと恥ずかしさのあまり外へと飛び出した。後からゾエがついてきて言う。
「どう? 楽しかった?」
ゾエが歯をむいて笑う。イタズラ好きのクソガキだ。
「お、お前……!」
「ゴメンゴメン、ちょっとした冗談じゃない! もうしないから許してネ?」
舌をちょろっと出して言う。ムカつくが、微妙に可愛いせいで憎めない。
「……次は無いからな?」
「わかってますわかってますって旦那様! あ、でも次からあーゆうことしたかったら、ちゃんと命令してくださいね?」
「命令するかぁ~~~ッッ!!! つ~かしたくないわぁ~~~!!! お前、ホントいいかげんにしろよなッッッ!!!」
今日イチのデカい声が出た。周りの人々が何事かとこっちを見てくる。
「はぁ~い、ちゃんとしま~す。それにしてシャバの空気は美味しいわ」
……こいつは全く……俺は大変なヤツを解き放ってしまったんじゃないだろうか? ああ、これから先大丈夫だろうか? めちゃくちゃ心配だ。憂鬱だ……。




