その勝ち方はどうなんだ?
決着ゥ……!
観客はどうみたかわからないが、今のは過剰演出だ。ヤツはわざと吹っ飛んだ。やろうと思えば、逆に俺を倒せたはずだ。
「さすがは勇者殿、ここにきてまだ実力を隠しておられましたか」
それはこっちのセリフだ。ヤツの過剰演出には付き合ってられない。真面目に必死で真剣に戦っているこっちがバカみたいだ。
呆れと諦めが俺の心を占め始めたとき、再び風が吹いた。
今日は突風の日なんだろうか。止んだと思ってもまた強い風が吹く。
風が吹き荒れると、またヤツの目が泳ぎ始めた。
まただ、一体何なんだ?
実力差があるから余裕があるってのはわかる。でも、いくらなんでもあれほど露骨によそ見するのはどうかな?
俺はヤツの視線を追ってみた。右を見たその先にはグレイスがいた。左を見た先は客席にジュリエッタがいた。
強い風はまだ止まない。一際強い風が吹いたとき、そのときのグレイスとジュリエッタをみて、俺はようやくヤツが何を見ていたかに気がついた。ヤツは二人の……。
マジか……、あいつ……。
俺はなんだか急にアルファードが残念なヤツに思えてきた。
そして俺はそこに勝機を見出した。あんまり気の進まない手ではあるが、こだわってる場合でもない。人の命もかかってることだし。
あとはぶっつけ本番でそれがうまくいくか、だ。
俺はステータスをオープンした。魔法の欄に薄っすら文字が見える。まだ習得はできていない。が、薄っすらあるということは、素質は既にあるということだ。それを今目覚めさせるしかない。
俺はヤツにバレないように、自然かつゆっくりと右手を開いた。掌に魔力と神経を集中させる。
イメージだ、頭の中でイメージするんだ。つい先日、『グレイスといたあのとき』のことを……!
手に爽やかな風を感じた。やった、うまくいった。あとはこれを育てるんだ。ゆっくりと、密やかに、大きく。そしてグレイスがやったようにさりげなく。
ぶっつけ本番でも意外とどうにかなるもんだ。グレイスが俺に体感させてくれた風魔法、それを俺は今自分のものにした。
手に育てた風をこっそりグレイスとジュリエッタのもとに送り込んだ。しばらくその腰元に待機させる。
準備はできた。呼吸を整える。チャンスは一度きり、これで勝負が決まる。
ヤツの目がグレイスに注がれた瞬間、俺はヤツに向かって全速力で突撃した。
それと同時に風魔法を完全開放した。
開放された風魔法は三箇所で同時に荒れ狂った。一つは俺の背中。それは追い風となって俺を加速させる。
残り二つは、グレイスとジュリエッタのスカートの中だ。
風魔法は二人のスカートの中で荒れ狂い、スカートを巻き上げ、下着が衆目に露わになった、と思う。
残念ながら、俺にはそっちを見ている暇がない。俺は作戦が成功したことを祈りつつ、ただひたすらアルファードへと向かう。
アルファードの目が大きく見開かれ、血走り、右と左、グレイスとジュリエッタの間を激しく往復している。
それで俺は確信した、魔法がうまくいき、作戦が成功したことを。
ヤツは鈍かった。もう俺の剣の届く範囲内なのに、ヤツはまだ二人のあられもない姿に見惚れている。
なんて不届きなヤツだ! そんな不逞の輩に遠慮はいらないな!
俺は『黒炎剣』を軽く宙に投げ、その間に左手の手袋を剥ぎ取った。再び左手に『黒炎剣』を握ると、ヤツの胸に突き入れた。
瞬間、ヤツが反応した。気付くのが遅すぎるが、反応してからは神がかった反応速度を見せた。
ヤツは半歩退くと同時に剣で俺の『黒炎剣』を受けた。
まったく恐ろしいヤツだ。逆立ちしても俺には真似できない芸当。イヤなヤツだが、そのシンプルな強さに俺は舌を巻いた。
だが、それも俺の予想の範囲内だ。ヤツが二人に見惚れてしまった時点で俺の勝ちはゆるがない。
俺は『黒炎剣』の出力を全開にした。左腕の『黒炎龍の義腕』の力を全開放した。
「うぅおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぅぅぅらぁぁああああぁぁぁぁ!!!!」
左腕が大きくドス黒く変形する。それに呼応するように刀身の黒い炎が、まるで黒い龍のように荒れ狂い、のたうった。強烈な熱気が溢れた。黒い炎はヤツの身体を一瞬にして包み込んだ。
その瞬間に俺は『黒炎剣』を解除した。目の前に渦巻いていた巨大な黒い炎はまたたく間に終息した。
その後に残ったのは、刀身の溶けた剣を握った、全裸のアルファードの姿だった。ヤツの装束は完全に燃え尽き、その面影はもうどこにもない。
勝利を確信し、俺は同時にホッとした。勝てたし、その上で殺すことなくことが済んだ。もっともヤツが死ななかったのは、俺がうまくやったからじゃない、ヤツの魔法耐性の高さのおかげだろう。燃えたのが装束と剣だけで済んで本当に良かった。
万事が奇跡的にうまく運んだ。ここまで調子よくいくとはさすがに思っていなかった。これも幸運ステータスのおかげかもしれない。
アルファードは数秒、呆然としていたが、すぐに気を取り直し、股間のリトルアルファードを手で隠し、
「……参りました。勇者殿、私の負けです……」
目を伏せ、頭を垂れた。
潔く、落ち着き、それでいて礼儀正しい。裸という一見滑稽に見える姿なのに、ヤツは騎士としての尊厳と威厳を失っていなかった。
イヤなヤツだが、立派なヤツだ。俺がヤツの立場ならもっとみっともなかったことだろう。アルファードの強さと騎士たろうとする姿勢は、思わず尊敬してしまいそうになるほど素晴らしい。
意図してたことじゃないが、結果として全裸に辱めてしまったから、いたたまれなくなって俺は、
「ご、ごめん……」
一言謝ってすぐに舞台を降りた。
勝利したのだから、もっと清々しい気持ちになっていいはずなのに、今の俺は自己嫌悪に襲われていた。
アルファードは正々堂々と戦い、負けたときには潔く見苦しくなかった。翻って俺はどうか? お世辞にもクリーンな作戦じゃあない。
試合に勝って勝負に負けた。そんな気分だった。
グレイスが俺の勝利を宣告し、儀式の締めを行っていたが、そんなことは俺にはもうどうでもよかった。
舞台を降りた俺を、エランとケイとミラが出迎えてくれた。彼女らに勝利を祝われると、自己嫌悪が薄れてきた。ようやく勝利を実感することができた。やっぱり持つべきものは仲間だ。
やがて『聖闘』は終わり、グレイスとジュリエッタの二人がやってきた。
「さすがはコーイチね、素晴らしい作戦を思いつくじゃない」
ジュリエッタの笑顔に凄味があった。
「見事な勝利おめでとうございます。ところでコーイチ様、先程の戦いの件で一つお尋ねしたいことがあるのですが」
グレイスの微笑にもどこか険がある。
さすがに当事者のお二人さん、全てお見通しのようだ。
「いや、それは……」
言い訳しかけて、やめた。それは男らしくないだろう。二人を利用したのは隠しようもない事実だ。ここは俺もアルファードを見習うしかない。
誠意ある謝罪をすればきっと許してくれるさ。なんせ二人とも俺のことが好きなんだし。
俺は潔く、その場ですぐさま二人に土下座した。
「「謝って許されることじゃないわ(ありません)!!」」
ダメでした。許されなかった。ごもっともだった。謝って済むならなんとやら、だ。
その後、俺は二人にコッテリと絞られ、罪を何らかの形で償うことを約束させられた。
一難去ってまた一難、前門の虎、後門の狼、『火剣の勇者』に休まる暇はない。勝利はまた次の戦いの始まりに過ぎないのだ。
ま、いいさ、また後でエランに慰めてもらうさ。エランはいつだって俺に優しいからね。
連続投稿はここまでです。また書き溜めますので、しばらく待っていただけるとありがたいです。
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それでは、また……。




