戦いの演出家、アルファード 2RW
正統派イケメン騎士ってズルいよね。
笑っている暇もなかった。ヤツの剣を俺の『黒炎剣』で弾く。
一度弾いただけでは終わらない。息つく間もない連撃。それが縦横無尽に襲いくる。
なんとか『黒炎剣』を合わせてガードする。
ギリギリだ。なんとかついていっている。一歩間違えればどこかが斬られる。二歩間違えれば命が危ない。三歩間違えれば死は確実。
ヤツが強く、疾く、深く踏み込んできた。そこから繰り出される剣は今まで見た中で最強の剣だった。俺は目を見張り、息を呑んだ。
かろうじて『黒炎剣』が間に合った。鍔迫り合いになった。ヤツの刃はおれの首元わずか十数センチほどの先に、黒い炎を受けて光っていた。
一瞬、ヤツが笑った。これも今までに見たことのタイプの笑みだった。その目はギラリと、その得物に負けない危険なきらめきを放っていた。
その瞬間、腹に衝撃が走った。
ヤツの蹴りだった。ヤツの蹴りが俺の腹を強く打った。
「ぐッ……!」
俺は蹴りの衝撃を受け流すように後ろに跳躍した。
それを待ってたとばかりに、ヤツは踏み込んできた。
止めのつもりだろうが、だが、それは俺にも読めていた。
俺はとっさに、小さな『火炎弾』をヤツの突撃線上に置いてあった。
ヤツは足を止めず、苦もなく、それを剣で払いつつ、俺に向かってきた。
俺の狙い通りだった。『火炎弾』は目くらましだ。剣で弾けば、攻勢がワンテンポ遅れる。
俺は後ろに退くとみせかけて、逆に踏みとどまり、ヤツに向かって『黒炎剣』を突き出した。
ヤツはそれをギリギリのところで剣で受けた。
だが、体勢を崩していた。俺はそこへつけ込む。
俺はさらに斬り込む。それと同時に踏み込みつつ、『火炎弾』を至近距離で放った。自分も危険だが、命中率は高くなる。こうなれば、肉を切らせて骨を断つ、だ!
ヤツは剣で『黒炎剣』を受けつつ、なんと、片手を軽く開き、俺の『火炎弾』に『火炎弾』を合わせてきた。
こいつ、何を……!?
俺は危険を察しとっさに全力で後ろに跳躍した。
直後、爆発。
ぶつかりあった『火炎弾』が引き起こした爆発に、俺はぶっ飛ばされた。
凄まじい衝撃、爆音、熱風、俺はボロ布のように宙を舞った。
くッ……そがぁッ……!!
なんとか地面に手をつく、衝撃を受け流しつつ転がる。爆発の勢いを殺すと、俺はすぐに立ち上がった。
意外とすぐに立ち上がれた。全身に痛みや違和感があったが、そんなことを気にしていられない。俺はすぐに『黒炎剣』を構えた。辺りは未だ爆煙に包まれている。
爆煙が晴れると、十メートルほど向こうにアルファードが、俺と同じように剣を構えていた。
爆発により、ヤツの装束は焦げ、傷み、ひどく煤けていた。しかしヤツの顔は涼しげだ。やせ我慢には見えない。ヤツはほとんどダメージを負っていないようだった。
「いや、感服しました、勇者殿」
アルファードは真顔で言った。
「能ある鷹は爪を隠すとはこのことですね。あえて下手に受けて見せ、私の油断を誘い、そこを突いてくるとは、さすがは勇者殿です」
褒められても嫌味にしか聞こえない。能ある鷹が爪を隠した結果、俺は手傷を負い、ヤツはほとんど無傷。依然としてうまく立ち回っているのはヤツのほうだ。
不意に、突風が吹いた。
普段にはない、強い風だった。『黒炎剣』の炎が激しく揺れた。
その時だった。アルファードの目が不自然に泳いだ。
何かを目で追いかけているようだった。同時に、対戦相手である俺にも意識を集中しようとしているようなふうだった。
ヤツが集中を急に乱している、俺にはそう見えた。
試しに、俺はヤツ目が明後日の方を向いた瞬間に、小さな『火炎弾』を撃ってみた。マッチの火ていどの目立たない小さな火。たとえ命中したとしても、水ぶくれをつくる程度の弱々しい火。
ヤツはそれを、眼前まで近づいたとき、半歩後ずさりながら剣で払った。俺の『火炎弾』はあっさり消え失せた。
「そんな小さな火で私が倒せるとでも?」
ヤツが笑って言った。
もちろんそんなつもりはない。
だが、俺にはヤツが『そんな小さな火』に直前まで気づかず、気付いてなお『そんな小さな火』に慌てたように見えた。
俺は確信した。ヤツは今こっちに集中していない。
なぜなら小さな火とはいえ、俺に集中していたなら発射時点で気づくはずだし、なにもあんなに慌てて剣で払う必要はない。小さな火相手に半歩下がるような用心深さはいらない。なにせ初めヤツは俺の『火炎弾』を物怖じせずに処理したほどの実力と胆力があるのだ。小さな火にビビるわけがない。
おそらくヤツはなにかに気を取られ、小さな火に気づかなかった。ギリギリで気付いたとき、ギリギリすぎてそれが何であるかすら判断がつかなかったのだろう。それでできうる限りの最大の防御手段を用いたに違いない。
ヤツが集中を乱しているのは明らかだ。
勝機はそこにあるかもしれない。付け入るなら今か……!?
吹き荒れていた風が止んだ。すると、ヤツはもう集中を取り戻していた。俺は機を逃してしまった。
「風が出てきましたね。勇者殿、そろそろ決着をつけたほうがよさそうですね?」
もったいぶった余裕の勝利宣言、か……。いちいち癪に障るヤツだ。
俺は身構えた。勝利宣言したからには、確実に決めにくるだろう。ここが正念場だ。
ヤツがじりじりと距離を詰めてくる。一歩、また一歩、さらに一歩。ヤツに魔法を使う素振りはない。ということは騎士らしく、剣で決着をつけるつもりだろう。
ヤツが剣の間合いに近づいたその瞬間、
ヤツの姿が消えた、ように見えた。
凄まじい疾さだった。理解したときにはヤツはもう目の前だった。
ガードは……間に合わない……!
とっさに『黒炎剣』を突き入れた。
ヤツの剣の軌道が瞬時に変化し、俺の『黒炎剣』を弾いた。本能的に放ったカウンターが、結果的に防御的に働いた。
さすがのヤツも『黒炎剣』の威力を恐れている。そう直感した。
ならば、もう攻めきるしかない!
俺はあらん限りの力、技をもってヤツに斬りかかった。突き、薙ぎ、払い、連撃、俺の全力をヤツにぶつけた。
ヤツは涼しい顔でそれを防ぐ。まるで柳の葉に打ち掛かるように手応えがない。柔軟かつ俊敏、鋭敏かつ確実、ヤツの防御は俺の目から見て完璧で、まさに鉄壁だった。
俺が袈裟懸けの剣をヤツはあえて受けた。鍔迫り合い。『黒炎剣』の熱を浴びながらも、ヤツは涼しげだ。
「そう、それでこそ勇者殿です。なかなか様になって来ました。ですが、できればもう少し頑張れませんか? 弱いものいじめはつまらないですし、雑魚を倒しても、私の名声が高まるわけでもありませんから」
嘲笑混じりにヤツが言った。ついにヤツは本性を露わした。イケメン優等生ヅラの仮面の下には、サディスティックでエゴイスティックなどす黒い本音が隠されていた。
正直、ヤツの本性なんてどうでもいい。そんなのはチラチラ見え隠れしてたから今更だ。
それより俺はヤツの実力に恐怖した。俺の全力をヤツは遊び、なおかつ熱戦を演出していた。これじゃまるで俺は釈迦の掌の孫悟空だ。
こいつ、マジか……!
俺は恐怖のあまり、力任せにヤツを突き飛ばした。ヤツは大袈裟にぶっ飛んだ。五、六メートル後ろにとび、さらに五、六メートル地面をごろごろと転がり、演技終わりの体操選手のようにサッと立ち上がった。




