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コーイチVS.アルファード! が、その実力差は……。

バトルだバトルだ。戦え戦え。

 ジュリエッタもグレイスも先に劇場入りしていた。『聖闘』はただの決闘とは違い、厳粛なる儀式とのことなので、二人には先に入ってやるべきことが色々とあるらしい。

 エランも二人に付いて先に入っていた。エランは俺を一人にしてくれたのだ。強敵との戦いを前にした俺が、一人心静かにコンセントレーションを高めることができるように、とのエランの配慮だ。

 そのおかげか、今の俺は不思議と落ち着き、やる気もある。


 グレイスの配下の兵卒二人に連れられ、俺はグレイスのところへと案内された。

 グレイスは今まで俺が見たことのない衣装を身にまとっていた。シックで荘厳な感じのする衣装だ。彼女いわく、『聖闘における伝統的な装束』とのことだ。


 「アルファードの方はいつでもはじめられるそうです。コーイチ様はどうですか?」


 グレイスの言葉に俺はうなずいた。俺としても、今が一番ベストな状態といっても過言ではない。


 「わかりました、ではこちらへ」


 俺はグレイスの後に続いて劇場の舞台へと上がった。

 既にアルファードがいた。腕を組み、堂々たる態度でそこにいた。軽装で鎧の類はまったく身につけていない。防具といえるものは手袋とブーツ。腰に、新しい鞘に納まったこの間の剣があった。


 客席には、目を向けるまでもなく多くの観客が詰めかけているのがわかった。ざわめきが満員御礼の証明だった。決闘は暇な庶民にとって格好の娯楽だ。いい趣味してるよまったく。

 やつの顔に気負いや恐れは見えない。緊張や興奮している様子もない。勝利を確信しておごり高ぶっているわけでもなさそうだ。

 あくまでも涼し気な貴公子然とした振る舞いを崩さない。まったくあっぱれなヤツだ。


 対して俺は緊張していた。手に汗がにじんでいた。死ぬかもしれない戦いなんだ、平然としているアルファードのほうがおかしいんだ。


 グレイスが『聖闘』の開始を高らかに宣言した。

 これですぐに俺とアルファードが刃を交えるわけじゃない。戦闘開始宣言までにはまだしばらくある。

 ルールや『聖闘』の手順は前もって聞かされている。死ぬ、もしくは降参すれば負け。反則の類はない。もてる力全てを出し切って戦わなければならない。


 『聖闘』のプログラムは、開始宣言、笛や太鼓の合奏、グレイスによる『聖闘』が公明正大であることの誓言、対決者同士の誓言、そしてグレイスによる対決宣言があってようやく戦いが始まる。

 儀式だから、まだるっこいのは仕方がない。

 だが、いざ始まるとまだるさを気にしている暇もなかった。あっという間に進行し、気がつけば、もうグレイスによる対決の宣言が下されようとしていた。


 宣言の前にアルファードが抜剣し、俺は『黒炎剣ファイア・ブレイド』に火を入れた。観客から歓声があがった。『黒炎剣ファイア・ブレイド』は派手だから観客好みなんだろう。

 だが、もう観客を気にしている場合じゃない。俺は『黒炎剣ファイア・ブレイド』の切っ先をまっすぐアルファードに向け、意識を目の前の敵に集中させた。


 すると、もう観客の声は聞こえなくなった。あとはグレイスの宣言を待つだけだ。


 アルファードは剣を構えない。余裕綽々ってことか。ナメやがって。そのきれいな面ぶっ飛ばしてやる。

 太鼓が激しくロールした。それが鳴り止むと、


 「――始めーーーッ!!!」


 グレイスが高らかに叫んだ。


 俺はゲートの開かれた競走馬のように、開始と同時にアルファードに突撃した。そしてヤツのそのきれいな顔面に向かって『黒炎剣ファイア・ブレイド』を突き入れた。

 突き入れた瞬間、後悔した。顔面に『黒炎剣ファイア・ブレイド』はやりすぎだ。相手を殺しかねない。

 が、後悔は不要だった。アルファードは目にも止まらないほど素早くステップ、俺の突きを軽やかにかわした。


 ゾッとした。アルファードはあまりにも疾かった。


 マズイ予感がした。俺は距離を取ろうと、後ろへ跳躍した。

 そのときだった、いつの間にかヤツの切っ先が目の前まで迫っていた。ヤツは俺の突きをかわしつつ、さらに瞬間的に攻撃へと転じていた。


 マジか……、こいつ……ッ!?


 かろうじて、それを『黒炎剣ファイア・ブレイド』で弾く。

 そしてもうひと跳躍、俺は安全圏に脱した。

 再び距離をとってにらみ合う。


 左目の上に汗が垂れてきて、俺はそれを手で拭った。汗にしてはやけにべっとりしていて、よく見てみるとそれは血だった。

 どうやら防いだと思ったヤツの切っ先は、額をわずかに裂いたようだ。

 またまたゾッとした。跳躍がもし一瞬でも遅れたなら、肉や骨すら切り裂き、最悪は脳までやられてたかもしれない。


 ほんの一瞬剣を交えただけで、もう俺の戦意は萎え始めていた。圧倒的な力の差を見せられて、最初にあったやる気は洗ってしまったセーターのように縮こまっていた。


 わかってたけど、やっぱ強いわ……。


 俺は歯を食いしばった。もう賽は投げられた。後戻りはない。どうしても目の前のアルファードを倒さなければならない。倒すことでしか、俺の救われる道はない。

 救いへの道はあまりに遠く、アルファードはあまりに厚く高い壁だ。

 だが、そんな壁はこっちにきてから今までに何度もあった。俺はそれらを乗り越えてきたつもりだ。今度だって乗り越えてみせる。

 萎えそうになる心を奮い立たせた。気持ちで負けてちゃ話にならない。勝つためにはまずは気持ちだ。


 「どうしました勇者殿? もうお疲れなのですか? それとも私が怖いのですか? さっきのが全力だったわけでもないでしょう? 私に遠慮は御無用です。ぜひ全力でどうぞ」


 アルファードは慇懃に言って、二本立てた指をクイクイと動かして俺を挑発した。


 ムカつく野郎だ。吠え面かかせてやりたいところだが、かといって安い挑発には乗れないし……、どうしたらいいものか……?


 と、考えても仕方がない。どうせ俺にやれることなんてそう多くないんだ。数少ないやれることを片っ端から試していくしかない。


 というわけで……、

 俺は『黒炎剣ファイア・ブレイド』を左手に持ち、右手を軽く開いた。

 そこに、ポッと黒い火が点る。

 サクシードに教わった、新たなる力、魔法。


 「『火炎弾ファイアボルト』!!」


 俺はアルファードに向けて、『火炎弾ファイアボルト』を放った。

 全力ではないが、手も抜いちゃいない。当たれば間違いなく怪我は免れないだろう。

 ヤツはそれを見て、薄く笑った。露骨な嘲笑だった。


 目の前に迫った黒い火球に、素早く剣を一閃、そしてもう一閃、切り裂かれた火球は四分五裂し、勢いを失い、雲散霧消した。


 俺とアルファードは同時に笑った。ヤツは余裕の笑み、俺は引きつった笑い。


 もともと、習いたての『火炎弾ファイアボルト』で倒せるとは思っていなかったさ。でも、ここまで通用しないのはさすがにヘコむ。


 「勇者殿、僭越ながら、『火炎弾ファイアボルト』はこのように使ったらよろしいかと……!」


 アルファードの軽く開いた手に火が点る、いや、燃え盛る。それは俺のよりはるかに強く勢いよく凄まじく燃え立っている。


 「では、どうぞ……!」


 『火炎弾ファイアボルト』が放たれた。俺の『火炎弾ファイアボルト』の二倍はある。火のついた猛牛のように迫りくる。


 かわせるか!? いや、確実とはいえない! なら……!


 俺は『火炎弾ファイアボルト』に『黒炎剣ファイア・ブレイド』振るった。ヤツのやったことを見様見真似だ。

 黒い炎の刀身が『火炎弾ファイアボルト』に触れた。瞬間、火球がみるみるうちに縮んでゆく。剣を通して、俺の腕に、身体に、魔力が流れ込んでくる。


 『黒炎剣ファイア・ブレイド』が『火炎弾ファイアボルト』を吸収している!


 あっという間に、アルファードの放った『火炎弾ファイアボルト』は消えてなくなり、俺の魔力に変換された。


 なるほど、『錆びた短剣』にはこんな使い方もあるのか……!


 土壇場の新発見。これは使えるかもしれない。俺は軽く『黒炎剣ファイア・ブレイド』を振って違和感を確かめたが、なんの問題もなさそうだ。


 俺とアルファードは同時に笑った。俺は冷や汗を拭いつつ、余裕有りげに笑った。アルファードも余裕を示したつもりらしいが、その笑みには、その口元にはわずかに不快感があらわれているように見えた。


 「なるほど、さすがは勇者殿。やはり苦手な魔法よりも、得意な剣で勝負したほうがよさそうですね」


 いかにもプライドの高そうな物言いだった。それが可笑しくて、俺は思わず吹き出しそうになった。

 吹き出さなかったのは、ヤツが、そしてヤツの剣が、一瞬にして距離を詰め、俺の眼前に迫ったからだ。

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