エランの優しさに危険な癖が目覚めそうな予感。そしていざ、『聖闘』へ!
年下女性に甘えるのってアリ? ナシ?
無罪を勝ち取り、ケーディック邸のお世話になってから二日が経った。
今日は『聖闘』の日だ。
これが通達されたのは昨日の夕食時だった。もう少し猶予があるもんだと思ってたけど、甘かった。昨日の今日では気持ちの整理はつけられない。
アルファードは強敵だ。正直、勝てる気がしない。『聖闘』の日が決定すると、不安は現実感を増してくる。
俺は不安を顔に出さないように努力した。俺は『勇者』なんだ。『勇者』が気弱になってどうする? 情けない姿を見せてどうする? 『勇者』は常に堂々とするべきだ。そう自分に言い聞かせてきた。
エランを除いて、他の皆は俺が勝つと決めつけているらしい。楽観的で楽天的で、誰も俺の心配をしなかった。心配して欲しいという気持ちもあるけれど、それはそれでプレッシャーに感じずに済む。皆が、俺が勝つと言うならきっとそうなんだろう、とそれに乗っかることもできなくはないし。
エランは違った。エランは俺の不安に気付いてくれた。
ケーディック邸にいた間、俺とエランは以前二人で暮らしていたときのように一つの部屋で眠った。俺とエランは家族のようなものだったからそれが自然だった。
きっと長く一緒に寝食をともにしたからだろう、だからエランは俺の些細な変化に気付いてくれたんだと思う。
昨夜寝る前に、エランが心配そうな顔をして俺に言った。
「コーイチ様、どうかされましたか?」
はじめはなんのことを言っているのかわからなかった。
「ん? どうかしたって、何が?」
「なんて言ったらいいのか……、コーイチ様のお顔、なんだか苦しそうといいますか、辛そうといいますか……、なにか悩みでもあるのではないかと……」
エランの目が潤んでいた。エランは俺を心配して涙を浮かべていた。俺はそれが嬉しくて、そう思うと抑えていた不安が胸の中で弾けて、思わずエランを抱きしめてしまった。
「コーイチ様……!」
「ごめん、情けない話だけど、俺、実は怖いんだ……」
俺は正直に全てを吐露した。それだけで不思議と不安が軽くなっていった。心配してくれる人がいるだけで、そしてその人に心配を打ち明けるだけで、なんでこんなにも救われた気持ちになるのだろう? 不思議な話だが、こんなにありがたいこともなかなかない。
だからその晩の俺は、自分より年下の女の子にたっぷり甘えてしまった。もちろん変な意味ではない。母親に甘える子供ぐらいの意味だ。歳を考えると、それもどうかと思うけど……。
まぁ、異世界は現代社会とはまたひと味違ったストレスがあるから、こういうこともたまにはあるさ。と俺は自分で自分を慰めた。
「コーイチ様、もし何かお悩みなら、不安ごとがあるなら、何でも私に話してください。私にしてあげられることなんてないかもしれませんけど、聞くだけならできますので……」
エランの優しい言葉を、俺は彼女の膝の上に枕しながら聞き、うなずいていた。
今思うとなかなか恥ずかしいことしてるけど、そのときはそれぐらい誰かに甘えたかったんだからしようがない。
よくよく思い出してみると、サクシードにもかなり甘えていた気がする。そっからタガが外れてしまったのかもしれない。甘える快感を覚えてしまって、それが身に染み付いてしまったのかもしれないい。
サクシードは年上女性だからわかるが、エランはなぁ……、俺はひょっとして危ないところに片足を突っ込んでいるんじゃないだろうか? 某ロボットアニメに出てくる赤いロリコンみたいに……。
いや、よそう。今はそんなことを考えている余裕はないはずだ。
今、俺は馬車に揺られている。『聖闘』の舞台であるジュリエッタと決闘したあの因縁の地、あの劇場へと向かう馬車の中だ。
もうじき着く頃だろう。そんなときに自分の癖が歪みつつあるかどうか分析している場合じゃない。
今はひたすら『聖闘』に神経を集中させるときだ。かわいいエランのためにも、『混沌の指環』のためにも、勝たなければならない。
優しいエランは、
「『勇者』だからって勝たなくていいです。コーイチ様がご無事ならそれでいいんですから。だから無理しないでください。お願いします」
と言ってくれたが、それでも俺は勝たなきゃならない。しゃくだが、あの電撃女ゾエの命もかかってることだし。ムカツク女だが、殺される道理もない、と思うし。それに……、
アルファードのあの高慢な鼻っ柱をへし折ったら、さぞ面白いだろうし、ね……。
俺はあのイケメンが俺に敗北し、みじめに顔を歪ませるところを想像して思わず笑った。笑えるということは、俺にいよいよ余裕が出てきたというわけだ。
昨夜のエランのおかげだろう。気持ちが軽い。今の俺はベストだ。なんだか勝てるような気もしてきた。
俺は左手、『黒炎龍の義腕』で『錆びた短剣』をなでた。左腕にグレイスが再び作ってくれた、二の腕の肩口までカバーする革製の手袋をはめていた。
これは以前のより改良されていて、とっさのときにもすぐ手袋を取り外すことができるようになっている。『黒炎龍の義腕』のリミッターを外すたびに手袋を破いちゃもったいないからね。
やがて馬車は停車し、御者がドアを開けてくれた。降りると、決戦の舞台がそこにあった。
ブルッと身体が震えた。嫌な気はしない。これは武者震いだ。
さぁて、嫉妬に狂ったイケメンくんに、『火剣の勇者』の実力、たっぷり味わわせてやろうか。
俺は右の拳を左掌に打ちつけた。自分でも驚くほど、闘志がわいていた。




