勇者コーイチ帰還お祝いパーティ会場はこちら。
外出できないって? そんなときはコレを読めばいいんじゃないかな?
食堂に皆揃っていた。
エラン、グレイスの従者ケイ、グレイスの弟アコード、その従者ミラ、俺の左右にジュリエッタとグレイス。
「コーイチ様っ!」
普段は大人しいエランが、目にいっぱいの涙を浮かべて幼い子のように俺の胸に飛び込んできた。左右の二人が俺からパッと離れた。俺はエランを強く抱きしめた。
大人びているとはいえ、エランはまだまだ子供だ。しかも身寄りがない。そんな子に寂しい思いをさせてしまったと思うと、俺の胸にも何かがこみ上げてきた。
「エラン、寂しい思いをさせたね……」
「いえ、コーイチ様がご無事でいてくれたことが嬉しくて……」
「ありがとう……」
俺たちはしばらく抱き合った。半年以上の別離を埋めるように。
…………………………
………………
………
『火剣の勇者帰還パーティー』が始まった。なんだか照れくさいが、たまには自分が主役の席というのもまんざら悪いものでもない。
運ばれてくる料理、飲み物、フルーツ、何もかもが美味い。さすがは領主の家、食べてる物が違う。サクシードのところで食べていた食事は質素なものばかりだったから、ついつい俺はいい気になって食べまくった。
食べながら、この半年と少しの間のことを皆に語った。もちろん、聞かれたからだ。サクシードに助けられたこと、そこでお世話になったこと、魔法を教わったこと、余すことなく語った。
ついでに、習得したばかりの『火炎弾』を披露した。皆大げさに拍手してくれた。
正直言って、俺より優れた『火炎弾』の使い手がいる中で披露するのは、ちょっぴり気恥ずかしいが、ま、今日は俺が主役なんだから、たまには調子にのってもいいだろう。
さて、俺がこれまでのことをはなし終えると、今度は俺が皆に色々と聞く番だった。パーティー開始前から胸に引っかかっていたあのことを聞いてみた。
「アルファードってどんなやつ?」
エランを除く、女性陣の反応は芳しくない。
ジュリエッタは顔をしかめ、グレイスは困ったように微笑み、半ば呆れたような顔をしていた。
アコードだけが一人、ニヤニヤと笑っていた。アコードは『双角獣』の呪いが解けてからしばらく経つが、まだ完調ではなさそうだ。でも、初めて会ったときよりかは随分マシに見える。
「アルファードが気になるかい?」
アコードが笑いながら言った。
「『聖闘』の相手ですからね。それにアイツはやけに俺を敵視しているような気がするんです」
「あ~、なるほどねぇ」
うんうん、とうなずくアコード。
「アルファードはね、君に嫉妬してるんだよ」
「嫉妬……? 俺が『勇者』ってもてはやされてるからですか?」
「いいや、姉上とジュリエッタ嬢が君に心を寄せているからさ」
「えぇっ!? そんな理由で……!」
「彼はなかなかのたらしでね、人畜無害の爽やか系美男子のように見えるが、実のところ女性に目がない。上流階級の美女が特にお好みらしい。以前から姉上とジュリエッタ嬢に執心だったのは公然の秘密だったのだが、そこへ君が現れて、あろうことか横からかっさらってしまった」
「別にかっさらったつもりはないですが……」
話が微妙になってきた。俺はチラッとジュリエッタとグレイスを見た。二人は少し頬を染めただけで、アコードの言い分に特に不満はないらしい。何も言わず、ただ黙って食事を続けている。
「謙遜かな? 社交界で君はちょっとした噂なんだよ。貝のごとく固く閉ざされた二人の美女に最初に熱を入れるのは誰なのか――」
「アコード、下品ですよ」
グレイスが注意した。その頬の赤みが先程より増している。ひょっとして、貝の下りは下ネタだったのかな……?
「これは失礼しました」
アルファードはいたずらっぽく笑って謝罪した。病床の頃には見られなかった明るさだ。
「アルファードでも手を焼く難攻不落の美女をまたたく間に手中に収めたのだから、君は一躍時の人。君の名は高まり、争奪戦の有望株とされていたアルファードはいい笑いの種だ。あの自尊心の強いアルファードが君に敵対心を抱くのも無理ないだろう?」
「そんなことで……」
めちゃくちゃ迷惑な話だ。というか、噂は事実じゃない。俺は別に二人の貝に熱を入れてない。二人は俺に好意を持ってくれてるが、俺はそれに応えていない。俺と二人の間にはなんの事実もない。なのに社交界とやらは俺が両手に花を持ってると思っているらしい。
俺はため息をついた。また面倒事が舞い込んできた。この世界にきてからこんなことばかりな気がする。俺が望むと望むまいと、周囲が勝手に厄介な状況を作り上げてくる。
俺が、この世界で最高の幸運の持ち主のはずだよな……? 全く実感できないんだけど……? 立て続けに厄介事に巻き込まれてるんだが? 俺のステータス表示バグってんじゃないだろうな? あの女神、今度あったらクレーム入れてやる。
「今回のことはアルファードにとっていい薬になるだろう。彼が浮名を流す傍で泣いた女性は両手両足の指の数じゃ足りない。あんまり調子に乗ると痛い目に遭う、ということをコーイチ、アルファードにたっぷりと教えてあげてくれ」
「えっ」
「アルファードは君を殺す気で挑んでくるだろうが、ま、君のことだ軽くノしてやってくれ。そうすればアルファードも少しは改まるだろう。アルファードも悪いやつじゃないんだが、女性関係についてはちょっと度が越しているからね、手数をかけるが教育してやってくれ」
アコードが笑って言う。
「そうですね、確かに今回の件はアルファードにとっていい薬になりますね」
グレイスも微笑む。
「彼、薬が効きすぎて寝込むかもしれないわね。良薬口に苦しというし、コーイチはたっぷりと苦いのをお見舞いしてあげて」
ジュリエッタが言い、食堂は笑いに包まれた。
俺も笑ってはいたが、他とは笑いの質が違った。俺の笑いは引きつっていた。皆は面白おかしく笑っているが、俺は、もう笑うしかない、そういう気持ちだ。
勝てる気がしない、そう正直にはとてもいい出せそうにない雰囲気だった。
それからの食事はあまり味がしなかった。どんな話をしたかも覚えてなかった。数日後のアルファードとの『聖闘』のことで頭がいっぱいだった。
森の中で一人、おそらく俺の帰宅を待ってくれているだろう師匠のことを思い出す余裕さえ、今の俺にはなかった。