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流れで決闘! ああ、憂鬱だ……。


 衛兵が四人もやってきて俺を取り囲み、仗の先を俺の顔に突きつけてきた。


 「勇者殿、お控えください。今は裁判中です。手荒な真似はいたしたくありません」


 衛兵の一人が言った。


 「できるのか、お前に」


 「えっ」


 「お前に俺が殺せるのかと聞いているんだ」


 「なっ……!」


 「俺はやれるぞ? お前ら程度なら簡単なもんだ」


 冷たい汗が俺の背を伝った。こんなのはただの暴走だ。イキってるだけだ。鬱憤も溜まっていたとは言え過剰演出だ。強引が過ぎておかしなことになってる。そもそも手枷をはめられていてどうやって勝つって話だ。

 だが、衛兵は恫喝に怯んだ。俺を取り囲んでいた四人が一斉に後ずさった。


 アルファードがつかつかとこちらへ歩み寄ってきた。


 「コーイチ殿、この女は子供といえども街を焼いたのです。不幸中の幸いにして大火にはならなかったものの、一つ間違えば何千、何万の死者が出てもおかしくなかった。この罪は死に値します」


 アルファードが言った。口調も目も厳しい。

 正論といえば正論だ。俺が元いた世界でも放火すれば死罪は免れない時代があった。


 「ゾエがやったことが許されるとは思わない。だけど死刑は重すぎる。それにゾエは放火したわけじゃない。たまたま火が出てしまっただけだ。それに貴方が言ったとおり、大した火事にはなってないし、死人も出てない。結果だけみればゾエはそれほど大したことをやっていない」


 アルファードは失笑した。アルファードだけじゃない、この場の多くの人が失笑していた。

 俺だって観客の立場ならやはり失笑していただろう。自論の苦しさが自分でもよくわかってる。


 「コーイチ殿、我々は結果ではなく、その女のしたことを咎めているのです。仮に誰かが、街全てを滅ぼす大魔法を唱えようとしたとする。それが未然に防がれ、結果的には街にも住民にも被害が全くでなかったとして、だからといってそれを罪に問わずにいられますか?」


 「俺は何も無罪とは言ってない。結果に対して死刑が重すぎると言っているだけだ。仮定の話でも同じことだ。結果的に誰も死なず、何も失われていないなら、死刑が妥当とは思わない」


 「お考えが甘い。我々は秩序を守る術として、罰を与えるのです。もう二度とこのような手合が現れぬよう、見せしめとしてもこの女に我々の手で死を与えねばならないのです」


 アルファードの言葉には観客もいちいち深々と頷いていた。一方俺の言葉に賛同してくれる人はほとんどいない。大衆はゾエを殺したいほど憎んでいるのだろう。ゾエのせいで不利益を被った当人ならなおさらのことだろう。その気持はわかるし、俺もつい先日まではそうだった。


 戦局は圧倒的に不利。こうなれば別の切り口で攻めるしかない。


 「殺すのは簡単だ。だけど、殺せばそれで終わりだ。ゾエが与えた損害や被害はそのあままになってしまう。被害者が損したままなのを可哀想だと思わないか? 怪我しただけじゃなく中には財産を失った人だっているだろう? その賠償をゾエにさせたほうが殺すよりよっぽど建設的だ」


 「なるほど、一理あります。しかし、賛同はできません。ケーディック様の領地の法が他国より厳しいというわけではありません。むしろ標準的なのです。『他国では死罪となるところ、賠償することで死罪を免れた』こんな噂が他領に広まっては困るのです。甘い判断だと笑われたくもありませんし、金に目がくらんだとも誹られたくもありません。何より金を持つ悪人の呼び水ともなりかねません。勇者殿、国には守らなければならない尊厳があるのです。おわかりですね?」


 「そんなことで傷つくほど、ケーディックの尊厳はヤワなのか? ケーディックに、よその幼稚な誹謗を一笑に付す器量はないというのか?」


 「コーイチ殿、世の中とは幼稚なものなのです。幼稚でなければどうして領土を欲しましょう? どうして他者を傷つけましょう? どうして自分勝手に行動できましょう? 幼稚にはこちらとしても毅然として対処しなければなりません。たとえそれが一見幼稚に見えようとも」


 俺とアルファードの視線が交錯した。アルファードの目元は涼しげだったが、目の奥に敵意が見えた。初めて会ったときと同じだった。どうやら俺とアルファードは相容れないらしい。


 だが、アルファードの言うことも一理ある。なにせ、幼稚な自己都合で動いているのは俺も同じだ。もし『混沌の指環』が絡んでなければ、俺はゾエのために抗論しただろうか。正直わからない。


 突然、アルファードは微笑した。俺たちの間に走っていた緊張が溶けた。そして、アルファードは高らかに言った。


 「ケーディックの法に照らせば、それに慣例から言っても死罪が妥当とは思われますが、『火剣の勇者コーイチ』殿の言うことにも一理あります。私はコーイチ殿の意見も尊重したく思います。グレイス様はどう思われます?」


 グレイスは一瞬、チラッと俺を見た。


 「スプロケットの街は市のおかげで大変賑わい、潤っています。市は人々の生活に欠かせないものです。被害にあった人々が賠償を受けられるなら、それに越したことはないでしょう。賠償があれば市の復興も捗り、市が元通りになることは街の住民のみならず、多くの人々の助けにもなります」


 俺は心の内でガッツポーズした。自分の無罪のときよりよりも大きく。グレイスが俺の気持ちを汲んでくれた。後でちゃんとお礼を言わないと。


 「グレイス様もこう仰られております。しかしいかにグレイス様のお言葉でも法を曲げるわけにはいかないでしょう。私も法と秩序と善良なる民を守護する者として、コーイチ殿の意見に気安く乗るわけにもいきません。ならば、古来からの伝統的なやり方で結論を出そうではありませんか」


 大歓声が上がった。アルファードの言葉に、俺を除いたこの場の皆は大盛りあがりだ。周りの連中がなんでこんなに盛り上がっているのか俺にはわからない。『古来からの伝統的なやり方』がそんなに面白いことなのだろうか?


 「では、『セイトウ』を行うということで、コーイチ殿、よろしいですね?」


 なんだかよくわからないが、それをしないとゾエが殺されてしまうのなら、取るべき道は一つだ。


 「ああ、いいよ」


 観客たちが更に湧いた。一応裁判だというのにまるでサッカースタジアムのような熱狂だ。


 「『セイトウ』の場所と日時は決まり次第お知らせします。では、これにて閉廷します」


 割れんばかりの観客たちの歓声の中、グレイスは閉廷を告げると、閉廷の鐘が高らかに鳴らされた。衛兵たちに促され、観客たちがケーディック邸の庭からぞろぞろと出ていくなか、アルファードが俺に近づいてきた。


 「化けの皮を剥がさせてもらう。覚悟したまえ」


 アルファードが俺の耳もとでそっと囁いた。宣戦布告、ということだろう。俺は何も言わなかった。露骨に敵意を向けられると、かえって反応しにくかった。

 アルファードはそれだけ言うと踵を返し、グレイスとジュリエッタに深々と会釈し、彼もまた衛兵を連れて去っていった。


 衛兵はゾエを連れて行った。ゾエは熱っぽい目で俺を見ていた。恐慌状態を脱し、虚脱状態になってるようだ。パニックよりはマシか。連れられていく最中でも、時折俺の方を振り返って見た。俺は軽く手を降って見送った。

 衛兵がやってきて、俺の手枷を解いた。さっき俺が恫喝したやつだった。衛兵が深々と頭を下げたので、俺も会釈を返した。恫喝の謝罪のつもりだった。衛兵は足早に去っていった。どうやら俺はもう自由の身らしい。


 後に残ったのは数人の衛兵、グレイス、ジュリエッタ。衛兵はグレイス付きの護衛のようだ。


 「コーイチ様!」


 「コーイチ!」


 グレイスとジュリエッタが傍にやってきた。久しぶりに二人の顔を間近でみた。懐かしさが胸にこみ上げてきた。


 「久しぶり……」


 語尾の歯切れが悪い。家出同然にケーディック邸を飛び出したから、久しぶりに会うのはなんだか面映ゆかった。

 グレイスは柔らかな微笑をたたえていたが、ジュリエッタは心配そうな顔つきをしていた。


 「コーイチ、あなた大丈夫なの?」


 「何が?」


 「『セイトウ』。あなたが負けるとは思わないけど、アルファードもかなりの強者よ」


 「……実は『セイトウ』が何なのかよくわかってないんだ。『セイトウ』って何するんだ?」


 グレイスとジュリエッタが顔を見合わせた。グレイスは少し困り顔で、ジュリエッタは呆れたような顔だった。


 「『セイトウ』とは聖なる闘い。つまり決闘よ」


 「け、決闘!?」


 冷や汗が出てきた。嫌な予感がする。


 「決闘っていっても、遊戯的なもので勝負するんだろう?」


 ジュリエッタは首を左右に振った。


 「私とあなたが以前行った決闘とほぼ同じものよ。裁判で両者の言い分に理があり、決着をつけられなかったとき、決闘で決着をつけることを『聖闘』と言うの」


 「それはつまり、俺とあいつで真剣に戦わなきゃなきゃならないってこと?」


 「そういうこと」


 グレイスとジュリエッタが二人揃ってうなずいた。


 「ま、でもコーイチなら大丈夫よね」


 「確かにアルファードはケーディックの臣下の中でも新進気鋭でありながら一、二を争う実力者と評されてはいますが、『双角獣バイコーン』を倒したコーイチ様なら心配はいらないでしょう」


 二人が朗らかに微笑む。


 が、俺は二人ほど楽天的にはなれない。なぜなら、俺は『オーラスキャン』でアルファードの実力を知ってしまっている。

 俺がアルファードより勝っているステータスは幸運だけだ。果たしてそれであいつに勝てるか……?


 俺はアルファードと初めて対峙したときのことを思い出した。そして自信に満ちた不敵な顔も。

 正直、勝てる気がしない。幸運のステータスが高くたってしょうがない。ほとんどのゲームでも幸運のステータスはおまけみたいなもんだ。幸運が最重要ステータスのゲームなんて見たことも聞いたこともない。


 いや、これはゲームじゃない。ゲームと違って、死ねばそこで全てが終わり、だ。


 暗澹とした気分になった。一難去ってまた一難。前門の虎、後門の狼。人生山あり谷ありとはいうが、俺の人生ハードモード過ぎやしないだろうか? 一般的な高校生はそう何度も死にそうな目に遭わないと思うんだけど……。


 「ささっ、コーイチ様、邸でお食事をいたしましょう。みなさんもコーイチ様のおかえりを心待ちにしております」


 俺の腕にグレイスが腕を絡ませてきた。グレイスの柔らかいものが、俺の腕に触れるする。


 「そう、みんな心配していたのよ。早く顔を見せて上げなさい」


 今度は反対側の腕に、ジュリエッタの腕が絡む。やはりジュリエッタの柔らかいものが露骨に当たる。

 美女二人に挟み込まれるように腕組みをされる、平常時ならこんなにラッキーでハーレム気分を味わえる楽しいことはないだろう。


 しかし今の俺はそれを楽しむ余裕なんてなかった。俺もこっちにきてから、肉体的にも精神的にもかなり強くなったとは思うが、アルファードの強さは別格だと思う。たとえ『オーラスキャン』していなかったとしても、あのときの一瞬の手合わせだけでもあいつの強さは充分に伝わっていた。


 俺は左右を美女に挟まれ、ケーディック邸の中へと連行された。美女二人に密着されながらも、俺の心は上の空だった。アルファードのことばかりが頭の中をグルグル回っていた。ああ、憂鬱だ。

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