イケメン騎士、アルファード登場! イケメンで強いとかインチキだろ、常識的に考えて。
「えっ……!?」
「見逃してやる、そう言ったんだ。その代わり条件がある」
「なによっ、あ、アンタまさか変なこと考えてるんじゃないでしょうね! アタシ、変なことはしないからね!」
女は急に寒気に襲われたように自分の身体を抱いた。
「お前になんか興味ない。簡単な条件だ。もう二度と誰かを襲ったり、他人に迷惑をかけたりしないこと。それだけだ」
「……悪くないわね」
「そうだろう。もし破ったら、そのときは容赦しない」
「条件を飲むわ」
その時、騒々しい足音がいくつも聞こえてきた。それはこっちに近づきつつある。
俺はすぐに察した。おそらく、こいつを追ってきた騎士か衛兵だ。
女も察したらしい。顔がみるみる険しくなった。
「おい、ローブを脱ぐんだ」
言いつつ、俺もローブを脱ぐ。
「ばっ、ヘンタイ! こんなときに何考えてんの!? やっぱりアタシのカラダが目的なんじゃ――」
「馬鹿言うな。お前を逃してやるんだ。ほら、俺のローブだ」
俺は女にむかって着ていたローブを投げた。
その瞬間、俺は隙をついて素早く女との距離を詰めた。
「そうだ、これも返してもらう」
俺は女の杖を奪い取り、はめ込まれた錆びた短剣を力づくで抜き取った。
「あっ、ズルイ!」
「なにがズルイだ、もともと俺のだ。いいからさっさとローブを着てこっから逃げろ。怖い人達がきちゃうぞ」
「くっ……」
女がローブを着終えると、俺は杖を返した。女は杖を受け取ると礼も言わずにさっさと駆け出した。
やれやれ、もっと小さいエランでも礼ぐらい言えるのにあいつときたら……。ま、もともとそんなの期待していなかったけど。
約半年ぶりに手元へと帰ってきた『錆びた短剣』をじっくりと見つめた。特に変わったところはない。手に感触が懐かしい。
俺は久しぶりに『黒炎剣』を起動した。黒い炎の刀身が形成される。使い勝手もまるで変わっていない。
俺はあの女のローブを空中に放り投げると、一閃、断ち切り、燃やした。葡萄色のローブは一瞬にして燃え上がり、わずか数秒で消し炭になった。
さっき聞こえた足音は、もう背後まで迫っていた。
「動くな! 神妙にしろ!」
背後には、こんな狭い隙間なのに三、四人の足音と響き渡る鋭い声。
俺は『黒炎剣』を停止させると、錆びた短剣を足元に落とし、両手を頭の高さに上げた。抵抗するつもりは微塵もない。
「ひょっとして貴方は、『火剣の勇者』ではありませんか?」
どうやら俺のことを知っているらしい。丁寧な口調から察するに、どうやら悪い兆候じゃなさそうだ。
「自分で言うのは憚るけど、世間ではそう呼ばれてますね」
背後でどよめきが起こった。まるで有名人……、いや、まさに有名人になってしまったようだ。目立つのが苦手な俺としては、ちょっと恥ずかしい。
「失礼しました。楽になさってください。『火剣の勇者』殿」
どうやら、面倒なことにはならなさそうだ。
俺は上げていた手を下げ、錆びた短剣を拾って振り返った。
貴公子がそこにいた。高身長、爽やかな面立ちの碧眼金髪のイケメンがそこにいた。まるで少女漫画の王子様が漫画から飛び出してきたような存在だ。見たところ歳は俺より少し上、前の世界でいうところの大学生くらいか。彼が高嶺の花なら背後に控える三人の衛兵は畑のじゃがいもか大根でしかない。服装も身のこなしも、そこいらの凡人や庶民とは一線を画していた。露骨に上流だ。
「確か、コーイチ様でしたね?」
「なんで俺のことを?」
「ジュリエッタ様やグレイス様から聞いております。強く、優しく、勇者の名に相応しいお方だと」
そう言った彼の目に一瞬、敵意のようなものが見えた気がした。確信は持てない。けど、何かしら含みがあるような気がした。
「私はアルファードといいます。『火剣の勇者』にお目にかかれるなんて光栄です」
アルファードは手を差し出した。俺はその手を握った。握手も表情も声色も非常に友好的だった。さっき俺が感じた敵意は気の所為だったかもしれない。
「ところでコーイチ様、さきほどここへ葡萄色のローブを着た少女が逃げ込んできませんでしたか?」
「あの女になにか用が?」
「アレは近頃街中で召喚魔法を使い、人々に危害を加えた容疑がかかっています。たしかコーイチ様も被害者の一人だったかと」
「そのとおりです。ですからそこに」
俺は消し炭を指差した。
「仰るとおり俺はあの女に借りがありました。それをついさっき『黒炎剣』で返した次第です」
三人の衛兵は驚き、彼らは顔を見合わせた。
アルファードは特に表情を変えないまま、消し炭のところでかがむと、消し炭を手にとった。
「コーイチ様、詳しい話を我々の詰め所で聞かせてもらえないでしょうか?」
アルファードは微笑を浮かべて言った。が、その目は笑っていなかった。爽やかに優しそうな目をしていながら、どうしてなかなか鋭い目をしていた。
事態が手荒くなる予感がした。俺は『オーラスキャン』を使った。アルファードのステータスが開示される。
『体力』 : 君より上だよ。
『魔力』 : ごぶごぶ。
『物理攻撃力』 : 圧倒的に強い。
『物理耐性』 : 向こうが上。
『魔法攻撃力』 : あっちのが強い。
『魔法耐性』 : あっちに分がある。
『器用さ(物理)』 : 比べるのもおこがましい。
『器用さ(魔法)』 : どう考えても相手が強い。
『幸運』 : お前いっつもこれだけだなw
……イケメンで強いとか反則だ。
『幸運』以外全部負けている。ってか、毎度のことながら文章に煽りが入っているのがムカつく。もういい加減になれてしまいそうだ。
ともかくアルファードと喧嘩するのは得策じゃない。ここは彼の言うとおりにすべきだろう。
アルファードは俺を疑っているらしいが、どうやら確信は持ててないらしい。なら、嘘を突き通したって問題はないはずだ。あの女が捕まってしまえば話は別だが、まぁ、そんなことはないだろう。あの女はなかなかの魔法使いだ。なんせこの『火剣の勇者』を出し抜いたんだ。きっと逃げおおせるに――
「コーイチ様、少し前からこの一帯は完全に封鎖されています。鼠一匹這い出る隙間もありません」
えっ、な、なんだって……!?
いや~な予感がしてきた。途端に汗が吹き出てきた。まるで砂漠地帯でこたつに潜り込みながら鍋焼きうどんを食べているかのような多量の汗が出てきた。
「今日は暑いですね」
アルファードが懐からハンカチを取り出し、俺に差し出した。
「それにしても汗をかきすぎているような気がしますが?」
「『黒炎剣』は人ひとりを一瞬にして灰にするほどですから、そりゃあ汗もかきますよ」
俺はアルファードのハンカチは受け取らず、自分のを使った。
俺はもうアルファードの顔を見れなかった。ヤツは何かを感づいていた。
マズイ、非常にマズイ。一秒でも早くここから逃げ出さないと。もし、万が一、今あの女が捕まってしまえば、俺は非常にマズイことになる。きっとこの世界にも犯人隠避罪があるだろうし。
「じゃ、俺はこれで……!」
俺は駆け出し、アルファードの側を走り抜けた。
「待てッ!」
アルファードが叫んだ。その叫びは俺の頭上から聞こえた。頭上を見ると、アルファードがそこにいた。跳躍。ムーンサルトだ。ヤツは鞘に納まったままの剣を振りかぶっていた。
なんて身体能力……体操選手かコイツは!
とっさに俺は『黒炎剣』を起動し、『黒炎剣』でヤツの剣を受けた。
金属の打ち合う大音響。キーンと俺の耳を打つ。
衝撃に俺はよろけ、足を止めてしまった。恐れていたマズイ事態に陥ってしまった。
この狭い路地で前にはアルファード、後ろには三人の衛兵。いや、それだけじゃない、アルファードの言うことが事実なら、もしこの四人の包囲を抜け出しても、まだ包囲が敷かれているのだ。
アルファードは隙なく白銀の切っ先を俺に向けている。先程まで刀身を覆っていた鞘は『黒炎剣』によって完全に消失していた。背後では三人の衛兵が槍を構えている。
背後の三人に『オーラスキャン』をする。この三人は俺の敵じゃなかった。実質敵はアルファード一人だが、アルファードこそが最大にして最難関だ。『オーラスキャン』が正確なら、俺に勝ち目はない。
「貴方と争うつもりはありません。剣を納めてください」
アルファードがあくまでも慇懃に言った。
「先に剣を抜いたのはそっちですよ?」
「コーイチ様が逃げようとしなければその必要もないのです」
仰るとおりだった。
数十秒睨み合いが続いた。互いに慎重だった。俺は俺でアルファードの実力を『オーラスキャン』で知っている。アルファードはアルファードで『黒炎剣』の威力を今知った。互いに慎重になって当然だった。
膠着状態を破ったのは女の叫び声と何人かの足音だった。それはアルファードの背後からやってきた。
四人の衛兵と、その真中で羽交い締めにされているあの女だった。
あの馬鹿、よりによって今捕まるか……!
冷たい汗が背中を伝った。が、俺は慌てない。俺だって何度も修羅場をくぐり抜けてきたんだ。ここは落ち着いて対処すれば問題なく切り抜けられるはずだ。
「あの女、生きているだと……、たしかに殺したはずだ……!」
俺は驚いてみせた。少し大げさだったかもしれないが、なかなかの名演技だと思った。
「はぁ? 何いってんの? アンタ、さっき見逃してくれたじゃん」
冷たい汗が背中を滝のように流れ落ちた。
あのクソ女、余計なことを喋りやがって……!
もはや俺のプランはズタズタだった。どうしようもなかった。俺は『黒炎剣』を納めた。
「コーイチ様、一緒に来てもらえますね?」
アルファードが微笑浮かべて言った。俺は肯くしかなかった。
俺は錆びた短剣を没収され、アルファードと衛兵に連行された。
連行されている間、俺は頭の中で呪詛を繰り返し続けた。もちろんあの恩知らずのクソ女に。