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因果応報、自業自得、やったことは必ず自分に返ってくるもの。

 あの電撃クソ女を街で見かけてから一ヶ月が経った。魔法の修行を始めて五ヶ月が経ったわけだ。

 俺の魔法は少しずつ、かたつむりの歩み程度ではあるが、着実にステップアップを果たしていた。

 とはいってもまだまだショボいのが現実だ。


 『火炎弾ファイア・ボルト』はマッチからライタークラスの火力にはなったが、結局マッチもライターもほぼ同じ使用用途しかないし、あの電撃クソ女を倒すにはまだまだ力不足だ。

 あとの二つ、『氷結弾アイス・ボルト』と『電撃弾ライトニング・ボルト』はもっと悲惨だ。


 サクシードが言うには、


 「『氷結弾アイス・ボルト』も『電撃弾ライトニング・ボルト』も以前より着実に向上している」


 なのだそうだが、正直自分では実感がわかない。習得したての一ヶ月前と何が違うのか自分ではさっぱりわからないのだ。

 ひょっとしたらサクシードのお世辞なのかもしれない。けれども、今はそのお世辞にのっかるしかない。あの名作との誉れ高いバスケットボール漫画に出てくる先生曰く、『諦めたらそこで試合終了』だ。


 実に名言だと思う。進歩があろうとなかろうと、結局やるべきことをやるしかないのだ。

 ここにきて、サクシードは魔法の修行方法を変えた。初級編は終わり、次の段階へと移行した。


 「コーイチ、魔法というのはね、得手不得手があるのだよ。どんな名手でも意外な不得手があったりする」


 「サクシードさんにもですか?」


 「私はね、そこまで全くダメというものはない。けれど私の師匠がそうだった。私の師匠は土魔法、とくに『土塊人形ゴーレム』が全くできなかった。それでも私の師匠は偉大な魔法使いだった。なぜなら、彼はたった一つの得意な魔法を極めていたからさ」


 「それはどんな魔法だったんですか?」


 「召喚魔法だ。彼はドラゴンすら簡単に呼び出し自在に使役することができた。つまりね、コーイチ、優れた魔法使いの条件はたった一つだけでもいいからなにか得意魔法を持つことなのだよ」


 「得意魔法ですか……、俺にありますかね」


 「私が見たところ、君は比較的火魔法が得意なようだ。おそらくそれはその左腕も関係していると思われる」


 『黒炎龍の義腕ドラゴンズ・アーム』。確かにこれには炎の力を増幅させる効果がある、とステータス画面には書かれてる。


 「コーイチ、今は炎魔法を集中的に修行したほうがいいだろう。その傍らに他の魔法もちょっとずつやっていくのが一番いい」


 「わかりました」


 魔法素人の俺が、師匠の言うことに逆らう理由がない。

 というわけで俺は『火炎弾ファイア・ボルト』を集中的に修行するようになった。

 サクシードの指導は日に一時間だけだが、俺はそれでは飽き足らなくて、時間と魔力が許す限り『火炎弾ファイア・ボルト』を撃ちまくった。


 火力はショボいといっても、基本的に火は危険なものなので、近場にある小さな沼地にめがけて撃ちまくった。

 ただでさえ沼地は原生林のど真ん中にあって薄暗く、不気味な雰囲気なのだが、そこに俺が小さな火の玉を飛ばすと、火の玉がまるで沼地を漂う霊魂のようで、より不気味さに拍車をかけた。

 なんとなく不気味、という点を除いては、この沼地は静かで、人もおらず、絶好の練習場所だった。


 それから一ヶ月経ち、サクシードのお世話になってからついに半年が経ってしまった。

 自分で言うのもなんだが、『火炎弾ファイア・ボルト』はなかなか形になってきた。『黒炎龍の義腕ドラゴンズ・アーム』の効果で炎の色がどす黒いというのも中二心をくすぐっていい感じ。


 あとの二つの魔法はあまり捗っていない。『火炎弾ファイア・ボルト』が様になってきたから、正直言ってもうあとの二つはダメでもいいような気がしてきてる。それでもサクシードに言われたとおりに一応の練習は続けている。


 ジュリエッタほどではないにせよ、『火炎弾ファイア・ボルト』がある程度習得できた俺は、サクシードにお使いを頼まれるようになった。

 それまでサクシードは小屋の周囲のごく狭い範囲でしか、俺に一人歩きを許さなかった。というのも、この森は『火剣』を失った俺が独り歩きするにはいささか危険が大きすぎるとのことだ。


 実際、確かに危険だった。熊もいれば狼もいるし、巨大な猪もいる。これだけならただの危険な森だが、数は多くないとは言え、団扇うちわほどの大きさの蜂、犬ほどの大きさのカマキリ、軽自動車ほどの大きさの蜘蛛、これら巨大な虫たちが全部人食いだというのだから、危険極まりないことこの上ない。


 元の世界では、これらの人食い虫より遥かに小さいゴキブリが飛び回るだけでさえ、混乱と狼狽の極みに陥っていた俺だけど、不思議なもので巨大人食い虫には戦っているうちに次第に慣れていった。人間自分の命がかかってくると、意外と何でもできちゃったりするもんだ。


 そんなわけで、サクシードのご指導ご鞭撻のおかげで、一人歩きできる程度には立派な魔法使いとなった俺は、約二ヶ月ぶりにスプロケットの街を一人で訪れていた。


 今日のスプロケットは何やら騒がしかった。その理由は中央通りに近づくつれ明らかになっていった。

 歩きながら小耳に挟んだ街ゆく人々の話を総合すると、どうやらこういうことらしい。

 また大通りの辺りでモンスターが現れたらしい。モンスターはすぐに退治されたが、どうやらそれは自作自演で、モンスターを退治した者が他人から尊敬と貢物を得るための事件だったことが判明したのだそうな。


 犯人は逃走中。衛兵と騎士がそれを追跡中。そのため今日の市は中止。捜査のために街には外出を控えるようにお触れが出ている。

 十中八九、犯人はあの電撃クソ女だろう。サクシードが言ったとおり、イタズラが過ぎてついにバレてしまったのだろう。


 いい気味だ。久々に胸のスカッとするニュースだ。俺は街中で一人ほくそ笑んだ。


 だが、笑ってばかりもいられなかった。あのクソ女のせいで市は中止になってしまっていた。俺はあのクソ女に無駄足を踏まされたわけだ。

 そう思うと今度は腹が立ってきた。あんなヤツはさっさとお縄にかけられて血も涙も出なくなるくらいコッテリ絞られたらいい。


 しかしそうなると、俺はあのクソ女と戦えなくなってしまう。これじゃ何のために魔法を習得したのか……、いや、これで良いのかもしれない。

 近頃の俺はあのクソ女にとらわれすぎていたかもしれない。俺個人が復讐するより、法の下で制裁されるほうが世間にとってもクソ女にとっても、そして俺にとってもいいことかもしれない。

 俺の仲間を傷つけたことはいまだに許せないことだ。だけど時には割り切らなくちゃいけないこともあるのかもしれない。


 ある意味ではあのクソ女は俺に強くなるきっかけをくれたとも言える。サクシードさんとも出会えたし、魔法を習得することもできた。そう考えれば何もネガティブなことばかりじゃない。

 目下の問題はサクシードから頼まれたお使いが果たせないことだった。こればかりはどうしようもなかった。諦めて帰るしかない。


 俺は来た道を戻ろうと踵を返した、その時だった。


 何者かが一瞬、まるで人目を避けるようにして俺の目の前を横切った。


 ほんの一瞬だったが、それに見覚えがあった。一瞬でも充分だった。そいつの印象は俺の心に深く刻み込まれていたし、俺はまだそいつを許してもいなかった。忘れたくても忘れられないほどそいつを憎んでもいた。


 俺はそいつの後を追った。そいつはすぐに見つかった。密接した建物と建物の間の狭い隙間に身を潜ませていた。

 ゴミやガラクタの陰に身を隠しているそいつに、俺は言った。


 「カウルのゾエ、とか言ったよな?」


 そいつは驚いてこっちへ振り向いた。やっぱりあの電撃クソ女だった。

 狭いところなので暗くてよくは見えないが、酷く汚れているように見えた。怪我をしているのかもしれない。つり上がった目だけがらんらんと輝いていた。まるで手負いの猫のようだった。俺を威嚇するその目に怯えがうかがえた。手にはいつもの杖があり、杖の先には俺の『錆びた剣』がはめ込まれてある。

 俺は深く被っていたフードを取って顔を見せた。


 「なんだ、アンタだったの。まだ痛い目に遭い足りないみたいね。そっちのケがあるの?」


 クソ女は杖を構えた。

 見え透いた強がりだ。多少なりとも魔法を修行した今の俺にはわかる。クソ女は杖を構えたものの、そこには魔力がほとんど感じられなかった。お得意の『電撃弾ライトニング・ボルト』は打ち止めらしい。


 ざまぁないな! 因果応報をたっぷりと味わえよ!


 ……なーんて思ったのも束の間だった。自分でもわからないけど、全く不思議なことだけれど、俺はこのクソ女に同情してしまっていた。少なくとも見た目は可愛らしい少女の痛々しい姿を見て、俺は、


 可哀想にな……。


 なんて思ってしまっていた。

 今ならこの女に楽に勝てる。『火炎弾ファイア・ボルト』で塵にできる。俺にはそうするだけの理由があるはずだ。

 なのに、そんな気にはなれなかった。

 こいつは、かつては俺の命を狙ったクソ女かもしれない。だが、今俺の目の前にいるのは、傷つき、汚れ、怯えた哀れな少女に過ぎなかった。


 「見逃してやる」


 俺は言った。

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