ドレイク襲撃! でも、なんでこんな街中に? なんだきな臭い感じ……。
木の実ジュースはヤシの実に似た果実を半分に割っただけのシンプルなもので、アセロラのような薄く赤い色のほんのり甘酸っぱいジュースだ。
人のごった返した大通りを外れて木陰に入ると、さっきまでの暑さが嘘のように涼しかった。冷たいジュースも火照った身体にいい感じ。
ローブをはためかせ、中に風を送りながら木の実ジュースをごくごく飲んでいると、突然大通りの方が騒がしくなった。
直後、大通りから逃げ出すように多くの人がこちらへと駆けてきた。そして響き渡る悲鳴、怒声。
こっちの世界にきてからいろんな危険を経験してきた俺は、逃げ惑う人々ほど慌てず、大通りの方を眺めた。すると、
大通りの上空、といっても十数メートルほどの低空に一匹の爬虫類に似たなにかがいた。一見大きなトカゲ。だが、その背には二対の翼がある。体長は三、四メートルくらいか。大きく開かれた口には牙が生え、紫色の舌が飛び出し、舌先から火の玉を吹いている。前の世界でもあんなのがいた。もっともそれは想像上の話だけど。
「ど、ドラゴン……!?」
俺は初めて見るドラゴンに息を呑んだ。ファンタジーものに詳しいわけではない俺でも、ドラゴンくらいは知っている。大通りを飛び回り、火を吹くそれはまさにドラゴンだった。
それは三、四メートル程度の大きさで、俺はてっきりドラゴンというものはもっと大きいものと思い込んでいたが……、いや、冷静に考えて三、四メートルの生物が小さいわけがない。動物としてはかなり大型の方だろう。何せ四メートルといえば小型乗用車くらいあのだから。
「コーイチ、あれは龍ではない。飛蜥蜴だ。ま、龍と飛蜥蜴の差は単純にその大きさぐらいのものだが」
サクシードはいたって冷静に言った。言ってから何事もないかのように飛蜥蜴を眺めながらジュースを飲んでいる。
「ドレイク、ですか……。いや、そんな悠長にしてる場合じゃないですよ! なんとかしましょう!」
「さすがは『火剣の勇者』かな。自らの危険を顧みず、他者を救おうなんて」
「……皮肉ですか?」
サクシードは小さく笑った。
「いや、皮肉ではないよ。本当に感心しただけさ。しかし君、君はアレをどうやって処理するつもりだい?」
「あっ……」
言われてみればそうだ。俺の力で飛蜥蜴をどうにかできるとは思えなかった。俺が使える魔法の威力はまだまだ微々たるもので、小さな虫一匹殺せるかどうか、というレベルでしかない。
『なんとかしましょう』なんて大きな口叩きながら、結局のところ俺にできることなんて何もなかった。『火剣』を失った『火剣の勇者』なんて、『飛べない豚』よりも役に立たない『ただのイキッたガキ』でしかない。
俺は自分の無力さと思い上がりに恥ずかしくなって俯いた。
「コーイチ、君の言ってることは正しい。なんとかできる者が、アレをなんとかすべきだな」
そう言って、サクシードは辺りを見回した。
「ふむ、街を守護する騎士の姿もまだ見えない。他に頼りになりそうな者もいそうにない。となれば、私がやるしかないな」
サクシードは小さくため息をついた。そして地面にしゃがみ込み、両手を地面につけた。
「『土塊巨人……!』」
サクシードがそうつぶやくと、彼女の目の前の地面に一瞬魔法陣のようなものが浮かび上がると、そこを中心としてみるみるうちに土が盛り上がってゆく。やがてそれは人型を成し、わずか十秒後には立派な『土塊巨人』となった。
『土塊巨人』は体長五メートルほど。その名の通りまさに巨人だ。
す、凄い、でかい、カッコイイ……!
俺がこの魔法を見るのは一度や二度のことじゃない。だけど、何度見てもこの魔法の凄さ、一瞬にして巨人が出来上がるその様は壮観だ。
「『土塊巨人』でどうするんですか……?」
「幸い、飛蜥蜴はこちらに気付いていない。多分一撃で済むだろう。コーイチ、土塊人形には近づくなよ」
サクシードが腕をさっと振り、指先を空中の飛蜥蜴に向けた。
すると、『土塊巨人』は右腕を車輪のようにぐるぐると回し始めた。回転が最高点達すると、『土塊巨人』はグッと一歩踏み込んで、右腕を素早く鋭く突き出した。
すると、『土塊巨人』の腕がその身体から離れ、飛蜥蜴めがけて勢いよくすっ飛んでいった。まるで『ロケットパンチ』。古いロボットアニメでこんなのあったな。たしか『マ○ジンガーZ』とかいったっけな。
飛蜥蜴は『ロケットパンチ』に全く気付いていなかった。飛蜥蜴は地上に火を吹きかけることに夢中だった。
『ロケットパンチ』が飛蜥蜴に命中した。飛蜥蜴の身体が『く』の字に折れ、グシャッと骨のひしゃげる音がここまで聞こえてきた。
その直後、一筋の閃光が大通りの辺りから発射され、飛蜥蜴を襲った。閃光は一瞬にして飛蜥蜴を焼き尽くし、後に残ったのは『ロケットパンチ』だけだった。『ロケットパンチ』は空中で崩壊し、細かい砂粒になって地上に降り注いだ。
「あれは……!?」
俺はサクシードを見た。サクシードは首を振った。
ということは、あの閃光はサクシードの魔法ではないということだ。あの閃光は一体誰の魔法なのか。
「解せないね」
サクシードが目を細めて言った。
「本来こんなところに飛蜥蜴なんて出るもんじゃないんだ。時々飛蜥蜴が街にやってくることもあるだろうが、それなら街を守る騎士や衛兵がまず対処してしかるべきなのだ。なのに、飛蜥蜴がこんな街の中心部にまで侵入したというのに、それを追ってきた騎士も衛兵の姿も見えない」
「それって、つまりどういうことなんです?」
「誰かが飛蜥蜴をこの場で召喚した、のかもしれないね」
「それは一体どういうつもりで――」
そのとき、頭の中で閃きが走った。あの閃光、俺はそれに見覚えがあった。あれは恐らく……。
「サクシードさん、さっきの閃光、ひょっとしたらヤツの仕業かもしれません」
「ヤツ?」
「サクシードさんに助けてもらったあの夜あの森で、俺が戦っていたあの電撃クソ女です」
「なるほど。確かに、さっきの閃光は『電撃弾』によく似ていた」
「俺、ちょっと探してきます!」
「待て、コーイチ」
駆け出そうとした俺を、サクシードは鋭く呼び止めた。
「もしその子だったとして、君はその子をどうするつもりなんだ?」
「どうするって……」
俺は気づけば握りしめていた拳を解いた。よくよく冷静になってみれば、今の俺じゃヤツを見つけたとしてもどうすることもできないじゃないか。剣を失くした『火剣の勇者』羽をもがれた鳥のようなものだ。今の俺じゃ、ヤツには勝てない。
俺はがっくりと肩を落とした。自分の力不足を再認識した。悔しいが、純然たる事実だからどうしようもなかった。
「コーイチ、そう気を落とすな。私がいるじゃないか」
そう言って、サクシードは俺の頭を、ローブのフードの上からわしわしと撫でた。
「私としても気になることがある。ちょっと大通りを見てみようじゃないか」
「は、はい!」
大通りに向かって歩き出したサクシードの背中に、俺は荷物を抱えてついていった。
大通りはめちゃめちゃになっていたが、不幸中の幸いというべきか、大惨事というほど酷くはなかった。
店や露店のワゴンなどが火で焼かれたり壊されたりしていたが、大きな火事になることはなく、既に消し止められていた。怪我人も何人か見えるが、一見して死人はいないようだった。
どうやら大通りには何人か魔法使いがいたらしい。彼らが防御したおかげで被害が最小限に済んだようだ。
大通りの、まさに飛蜥蜴が暴れていた直下では人だかりができていた。
「あっ……!」
そこにヤツはいた。あの電撃クソ女だ。
電撃女は人だかりの中央で満面の笑みを浮かべていた。一定の間隔を開けて集る群衆はあの女を称賛して止まない。見ようによっては、有名コスプレイヤーに集るオタクたちのようで、さながらコ○ケのような光景が広がっている。
集る人々は恭しく頭を下げながら電撃クソ女に品物や金を差し出していた。
「いやー、えらい人が居てくれて助かりましたなぁ」
「本当ですなぁ。突然現れたドレイクを魔法で一撃とは、人は見かけによりませんなぁ」
「才色兼備とはああいうお方のことをいうんでしょうなぁ」
「ほんと、あのお方がおられなかったら今頃ここは一体どうなっていたかと……」
周囲の話をうかがうに、どうやらあの女が飛蜥蜴を倒したらしい。俺が想像したとおりだ。
いきなり俺を襲って、俺の仲間を危険な目に合わせ、『錆びた短剣』を奪ったあいつが今は英雄扱いだ。まったくとんでもない皮肉だ。
だが、今俺がこの場であの女の本性を声高に語ったところで、誰も信じてくれないだろう。
俺は悔しさで歯噛みするしかなかった。
「君はここで少し待っててくれ」
サクシードはさっさと人だかりをかきわけてゆき、あの女に近づいた。
サクシードが何かを言った。あの女の表情が急変した。明らかに怒っている。またサクシードが何かを言うと、あの女は無表情を取り繕った。だが、それは完璧じゃなかった。元々ツリ目がちの目は怒りに更につり上がっていた。
サクシードが戻ってきた。
「いこう」
「はい」
俺はサクシードともに大通りを去った。買い物もすでに終わっていたから、あとはもう森の小屋に帰るだけだった。
「あいつに何を言ったんですか?」
「あの子はね、やりすぎたんだよ。飛蜥蜴を街中で召喚して街や人を襲わせるなんて、イタズラにしてもやりすぎだろう?」
「あいつ、なんてことを……!」
つまり、自作自演ってことか。まったくとんでもないヤツだ。
「消滅した飛蜥蜴から魔力の残滓を感じた。そしてそれはあの子から発せられる魔力と同じ匂いがしていた。だからね、イタズラは程々にしないとダメだ、そのうち痛い目に遭う、と忠告してあげたのさ」
いい気味だ。俺は思わず笑った。
「なるほど。だからあんなに怒ってたんですね。でも、全てがあの女の自作自演なら、そうだと皆に言ってあげれば――」
「それは無理だよ。魔力の残滓はごくわずかで証拠がない。私は目立ちたくないし、それに、あの子は君が倒したいのかと思ってね」
サクシードの言う通り、確かにあの女は俺が倒すべき敵だった。俺が自らの力で乗り越えるべき壁だった。
「そうでした。俺はあいつに借りがあるんでした」
いずれ借りは返さなければならない。そう思うと闘志が沸いてきた。魔法修行のモチベーションがぐんぐん高まってきた。
「うん、良い面構えだ」
サクシードが俺の顔を見て言った。
「あの子は強い。今の君じゃ勝てないが、伸び代は君に分があると思う。きっと勝てるさ」
「はい……!」
サクシードは本当に良い師匠だ。いつだって俺をやる気にさせてくれる。本当に俺には過ぎた良い師匠だ。何度感謝してもしきれない。あのクソ女への借りより、師匠への借りの方がよっぽど大きい。いずれこの借りも返さなければならない。
俺とサクシードはスプロケットの街を出た。途中で昼食用に買ったパンを食べながら、街から森への道を歩んだ。日が落ちるにはしばらく時間がある。きっと夜までには小屋に着くだろう。




