コーイチ、ついに魔法の修行を開始! 目指せ最強魔法使い!
約五分後、小屋から出てきたサクシードは紫紺のローブを着ていた。眼鏡をかけ、手には百科事典みたいに分厚い本を持っていた。
「魔法使い、って感じですね」
つい、俺は思ったことをそのまま口に出してしまった。土塊人形使いが魔法使いでなければなんなのだろうか。
「いかにも私は魔法使いだ」
サクシードが微笑んだ。
「それは魔法書ですか?」
「そう、これには基礎的なことが載ってある。さて、今から君には魔法の初歩中の初歩、基礎中の基礎から初めてもらう。準備はいいかな?」
「はい、よろしくおねがいします!」
「よし、ではまず服を脱ぎなさい」
「えっ!? 服を脱ぐんですか?」
「そう、全裸だ。真っ裸の素っ裸だ。なに、取って食おうというわけじゃないし、魔法の修行につけこんで君にイタズラしようってわけでもない。これはれっきとした魔法の修行なのさ。わかったら、さっさと服を脱いで生まれたままの姿をさらけ出しなさい」
修行ならば仕方がない。俺は言われるままに全裸になった。もちろん、股間の『リトルコーイチ』は手で隠す。
真っ昼間、陽光燦々と降り注ぐ空気清らかな森の中で、全裸の男と長身長髪の美女が正対している。
奇妙極まるシチュエーション。かつて経験したことのない不思議な感覚におそわれた。
もちろん、恥ずかしくて顔はあげられない。どんな顔でサクシードを見ていいかわからない。色黒というには黒すぎる左腕『黒炎龍の義腕』もあんまり見せたくはないものだ。
「なかなかいい身体をしているねぇ」
恥ずかしくてサクシードの顔を見ることはできないが、何やらじろじろ見られているような気がしてならない。
「あの、一体これで何がわかるんでしょうか……」
「魔力の流れを見ている。それと同時に、若い男の裸体をあますことなく楽しんでいる」
サクシードが真顔で言う。
「えっ!?」
「ふふっ、冗談だ。さ、くるっと回ってこっちに背を向けたまえ」
あまり冗談に聞こえなかったが、とりあえず今は従うしかない。修行なのだから仕方がない。それに恩人を疑うのもどうかと思うし。
言われたままに背を向けると、冷たいものが背中に触れた。
「ぅわっ」
「変な声を出すな。手で触れただけではないか」
「す、すみません。突然でしたから……」
「我慢しろ。男の子だろう?」
「は、はい……」
サクシードの手がすりすりと俺の背中をまさぐる。上に行ったり下に行ったり、横にいったり俺の背中をあますことなく撫で回す。フェザーでソフトで、それでいてスベスベツルツル。
や、ヤバイ! なんかへんな気分になってきた……!
「う、ううぅ……」
「変な声を出すなと言ってるだろう! ああ、もうクネクネ動くな。やりづらいだろう」
「す、すみません。くすぐったくって」
もちろんくすぐったいだけじゃない。他にも色々あるが、それは口には出せない。
「可愛い反応だが、今はそういうのはいらない。さて、今から少し違和感を感じることがあるかもしれないが我慢しろ。いいな?」
「は、はい」
「それではいくぞ」
直後、さっきまで冷たかったサクシードの手が、にわかに熱を帯びてきた。
と、思った瞬間、手の熱がジワリと俺の体の中へと浸透してきた。それはまるで、彼女の手が俺の中へとそのまま溶け込んでいくように。
「う、うわうわうわわわうわうわわわ」
軽いパニックが俺を襲った。気味が悪いのに、不思議とそれほど嫌ではない。まさに新感覚奇跡体験。
「落ち着いて、呼吸を深くゆっくりとしなさい」
俺は言われたとおりにした。しばらくすると落ち着いてきた。彼女の温かさがどんどん俺の中で拡がってゆく。まるでサクシードに抱かれてるように全身が温かく、なんだか眠くなってきた。いい気持ちだ。安らぎがある。
「なるほど、凄い。その左腕、いや、全身、君を、コーイチを構成する全てが凄まじいな……」
サクシードはため息をつき、独り言を言うように感嘆して呟いた。
「そうですか……?」
俺は夢うつつに言った。
「うん。別に君の言うことを疑っていたわけではないがね、実際にこうして確かめてみると、なるほど大変素晴らしい」
「あんまり褒められると照れますね」
「よし、大体のことはわかった。では術式を終わるぞ、少し衝撃があるが我慢してくれ」
直後、一瞬、肩を揺さぶられるような衝撃があった。
「うわッ」
「よし、終わりだ。服を着たまえ」
なんだか身体が心地よかった。気がつけば薄っすらと汗すらかいていたし、風呂上がりのように全身が火照っていた。
服を着ると、サクシードが俺を手招きした。そこには丸太が一本横倒しになっていた。自然をそのまま利用したベンチだった。サクシードはそこに腰掛け、俺もその隣に腰掛けた。
「さて、君の身体を調べさせてもらったわけだが、結論から言って、君には魔法の才能がある」
「ということは、僕にも『土塊巨人』の魔法が使え――」
「無理だ」
「えっ」
「すぐには無理だね。君には魔力が備わっているが、魔法として放出する経路を持たなかった。君は一般人では持ち得ないような強大な魔力を左腕の『黒炎龍の義腕』に備えているが、魔力の経路を備えていないのでは話にならない。栓の開けられない酒のように宝の持ち腐れだったわけだ」
「そうだったんですか……」
「君の生まれた世界には魔法はなかったらしいからね、だから魔力の経路を持たないのだろう。だが、先程の術式の最中に少し弄くって魔力の経路をこじ開けた。といってもほんの少しだけだ。一気に開ければ身体と精神を壊しかねない。ほんの少しだけ開けてやり、経路を整えてやり、後は自然に魔力が放出できるようになるのを待つしかない」
「それはどれくらいかかりますか?」
「確かなことはなにもわからない。あとは君の体質、才能、努力、運、次第というところだろうか」
体質、才能はどうしようもないが、今の俺は運だけは誰にも負けない。努力だってやれるはずだ。強くなるために、皆のために、俺自身のために。
「俺、努力します」
俺は立ち上がって、サクシードの正面に立ち、膝をついた。
「サクシードさん、いえ、師匠! 俺、必死で頑張ります。だから、俺に魔法を教えて下さい! よろしくおねがいします!」
俺は深々と頭を下げた。
「何もそんなに頭を下げることない。元々教えるつもりさ。それと、師匠は照れる。名前で読んでくれればいい。あと、魔法の修行でいちばん大事なことは気負わないことだ。常に平常心を保ち、常に冷静でいることだ。わかったかい?」
「はい、師匠」
「師匠はダメ」
「あ、わかりました、サクシードさん」
「さぁ、早速修行、といきたいところだろうとは思うが、私は腹が減った。とりあえず修行は昼食の後にしよう」
「はい、わかりました。じゃあ、早速支度を――」
「いい、いい、しなくていい。君はお客さんだ。我が家のことは私がやる」
「でもこういうのは弟子がするものかと……」
「そういう師匠もいるかもしれない。だけど私は違う。君は魔法の修行に集中したまえ」
そう言ってサクシードは昼食の支度に小屋の中へと入っていった。
拍子抜けだった。弟子としての意気込みをスカされたような気がした。
でも、よくよく考えればこっちのほうが俺にとって都合がいいだろう。サクシードが言ったとおり、魔法の修行に集中できる。
俺は再び丸太に腰かけた。両掌をじっと見つめた。
ん……?
そこで初めて気がついた。あれだけどす黒かった左腕の濃さがやや薄れている。
「ああ、そうそう」
小屋の戸が開いて、サクシードが顔を出して言った。
「君のその左腕な、たしかに強大だが、その分君への負担も大きかった。だから少し『制限』させてもらったよ。過ぎたる力は身を滅ぼしかねないからね」
「あ、だから色が薄くなったんですかね?」
俺は左腕の袖をまくって、サクシードに向けて左手を振った。
「かもしれないね。ま、なんにせよ、それを使いこなすにはもっともっと力を付ける必要があるね」
「そうですか。よろしくおねがいします!」
「何度も言わなくたってわかってるよ。こちらこそよろしく。ああ、それと制限をかけたとはいえ、いざというときには左腕の力を借りたいときもあるだろうから、そのときには強く願いたまえ。そうすれば制限は簡単に外れる」
「はい、わかりました!」
サクシードは戸を閉めた。
本当にサクシードはいい人だ。美人だし、かっこいいし、命の恩人だし、優しいし、包容力もあるし、いい香りもするし、柔らかいし、魔法の師匠だ。
サクシードのことを思うと、なぜか顔が熱くなった。もやもやとした、それでいて切ないような、なのに温かいような不思議なものが胸につっかえていた。
同時に何故かエラン、ジュリエッタ、ケイ、グレイス、彼女らの顔が次々に浮かんできた。
俺は頭を激しく振って、全てを頭から追い出した。今はそんなことを考えたくはなかった。
それでもサクシードのことがついつい頭によぎるのを、俺は気づかない振りをするのに必死だった。




