年上美人おねえさんの胸の中で眠るという至福。疲れた勇者には安らぎが必要なのだ。
お久しぶりです。
今回はキリのいいところまで一気に更新していきます。
朝食は野菜スープだった。シンプルだけど美味い。人参のような野菜、ほうれん草のような野菜、じゃがいものような野菜の三種類が入っていて、色合いも味も薄めのシチューといった感じだった。
朝食時になってようやく俺たちは自己紹介した。
「私はサクシード、よろしく」
「僕は、多加賀幸一といいます」
「言いづらい名前だなぁ。コーイチと呼んでいいかな?」
「あ、全然大丈夫です、みんなもコーイチって呼んでますから」
それからは当たり障りのない世間話をした。
長身長髪の美女、サクシードは俺に何も聞いてこなかった。『訳あり』だと思ったのだろうか。何にせよ、その気遣いがやけに嬉しかった。
久々に人の優しさに触れた気がする。もちろんこれは気の所為のはずだ。エラン、ジュリエッタ、グレイス、優しくしてくれる人はたくさんいた。
でも、今ほど、この瞬間ほど人の優しさが嬉しかったことはなかった気がする。あの電撃クソ女との戦いの疲れもあって、きっと俺は弱っていたのだろう。
もしサクシードが色々と聞いてくれば、俺は聞かれたぶんだけ素直に答えるつもりだった。だが、聞いてこなければこないで、逆に自分から話したくなってしまった。
「あの、昨夜のことなんですが――」
朝食を終えた後、俺は唐突に『自分語り』を始めてしまった。
サクシードがあまりにも優しく、美しく、親身になってくれたおかげで、俺の中で、自分でも気付かなかった張り詰めていたものが一気に緩んでしまった。
俺は昨夜のことから話し始めて、それに留まらずそれより以前のことも、どんどん遡って話してしまった。この世界に来たときのこと、それから前の世界のことまでも、俺の中にあった苦しかったこと、辛かったこと、寂しかったこと、それらをつらつらと、胸のつかえを吐き出すように話してしまった。
いつの間にか俺は泣いていた。話し終えたとき、泣いていることに初めて気がついた。いい男がみっともないと思って、なんとか涙を止めようと思うのだが、そうしようとすればするほどかえって涙が溢れてくる。
「少年……」
サクシードはそっと俺の傍に寄り添ってくれ、優しく俺の肩を抱いてくれた。
優しくされればされるだけ、俺は涙を止められなかった。
サクシードの手が俺の頭を優しく撫で、抱え、その大きく柔らかな胸の中に優しく誘ってくれた。
不思議なことにいやらしい気持ちは微塵も催さなかった。ただただ優しさがありがたすぎて、涙を流して甘えるしかなかった。
「少年……、いや、コーイチ。辛かったな、苦しかったな、今はいいんだ、思いっきり好きなだけ泣いていいんだ」
サクシードの声が優しく俺の耳朶を打った。サクシードの全てが今の俺にとって癒やしだった。こんな気持ちは人生で初めてだった。前の世界でもこんなことはなかった。
俺は何を思ったのか、いや、何も思っていない、だからこそ、俺は大胆にもサクシードに抱きついてしまった。
サクシードの胸、背中、腰、体温、匂い、言葉、全てを一身に感じていたかった。余すことなく感じたかった。そうすることでしか俺は救われない、そう思い込んでしまっていた。
俺はそのままサクシードを押し倒してしまった。悪気も邪な心もなかったが、だからといってやっていいことではない。殴られても、ぶっ飛ばされても、最悪殺されても文句はいえない。
なのにサクシードは俺を殴たり、ぶっ飛ばしたり、得意の『土塊人形』も使わず、俺を両手で優しく抱きしめてくれた。
驚嘆すべきサクシードの優しさと包容力に、俺はもうわんわん泣いた。子泣きじじいみたいに抱きつき、虫の居所が悪い赤ん坊のように泣きじゃくった。
そんな格好悪く情けない俺を、サクシードはただひたすら優しく受け止めてくれた。
………………………
………………
………
気がつけば、俺はサクシードの胸の中にいた。どうやら眠ってしまっていたらしい。
両手はサクシードの背中と腰に回されていて、俺の顔面は大きく柔らかな胸の谷間に埋められていた。
サクシードの両手も俺を包み込んでいる。つまり、抱き、抱かれている形だった。
顔面から血の気が引くのを感じた。眠る直前の出来事がフラッシュバックした。
まさか、変なことしちゃったんじゃないだろうな!? サクシードさんが優しいことにつけこんで馬鹿なことやっちゃったんじゃないだろうな!? いやいや、変なことといえばこれも十分変なことだぞ!? 俺の馬鹿! いくら寂しく、辛く、苦しかったからといって抱きつくやつがあるか!
「ん、起きたかい……?」
心の中で自分を責めていると、サクシードが声をかけてきた。
「は、はい、今起きました……」
「そうか、もう落ち着いたかな?」
「はい、あの、なんとお詫び申し上げたらよいのか……」
「詫びる? 何を?」
「え、いや、あの、そのぅ……」
「ふふっ、これぐらいなんでもないさ」
サクシードの手が、俺の身体を放した。俺はすぐさま彼女から離れた。彼女の身体はあまりにも気持ちよすぎるから、あんまり長くくっつくのは精神衛生上よろしくない。
サクシードが上体を起こした。俺たちは座ったまま正対した。
「さっきよりいい顔をしているね。見違えたよ」
サクシードは薄く笑って言った。
「そ、そうですか?」
自覚はない。むしろ、泣いたせいで目の辺りが腫れているような気がしている。
「うん、昨夜は哀れな濡れ鼠だったけど、今は一端の男の顔になっている」
サクシードにそう言われると、なんとなくそんな気がしてくるから不思議だ。
これもサクシードの優しさなのかもしれない。慰めるだけでなく、褒めて活力も与えてくれる。心の中が明るくなってきて、勇気が沸いてきた。
勇気が沸いてくると、ふと、あの電撃クソ女の勝ち誇ったような、人を嘲るようなあのクソムカつく顔が浮かんできた。
勇気、そう勇気だ……。俺は『火剣の勇者』なんだ。勇者があんなクソ女にいいようにやられたままでいていいだろうか? いや、いいわけがない! 俺にだってプライドがある。このままあいつに負けたままでいられるか! 俺は自分自身を救いにこの世界に来たんだ。あんなやつに負けるようなやつが、自分を救えるか? いや、救えるわけがない! 『混沌の指環』はまだ見つからない。なんの手がかりも得られてていない。『混沌の指環』探しはきっと長く辛い旅になるだろう。それなのにこんなところで負けていられないんだ! 俺はこれを絶対に乗り越えなければならないんだ!
勇気が、闘志が、サクシードのおかげで沸いてきた。
「ありがとうございます、サクシードさん。おかげで元気が出てきました」
「それはよかった」
「あの、非常に言いにくいんですが、迷惑ついでに一つお願いがあります」
俺は正座をして手を床について真っ直ぐサクシードの目を見据えた。
「何かな? 私にできることならいいけど」
「僕に、『土塊人形』の魔法を教えてください」
俺はおでこを床に擦り付けてお願いした。
「なんだ、そんなことか」
サクシードはこともなげに言った。
「とりあえず顔を上げなさい」
俺は言われるままに顔を上げ、再びサクシードの目を見た。
サクシードは柔和な笑みを浮かべていた。
「コーイチ、君は魔法について何も知らないようだね」
俺は頷いた。
「まずは基礎からにしよう。先に表へ出ていなさい」
「は、はい! ありがとうございます!」
俺は再び深々とお辞儀した。
「ま、できる限りのことはしてあげるさ」
「何から何まですみません。本当に助かります」
「別にいいの。私も暇を持て余していたところだからね。さ、表で待っててなさい。私は準備ができたら行くから」
「はい。よろしくおねがいします」
俺は何度もぺこぺこ頭を下げてから小屋を出た。何度お礼を言っても足りないくらいだ。この恩は一生モノだ。いずれ恩返ししたいけど、今はとにかく強くなるのが先決だ。強くなりさえすれば、きっと恩返しができるはずだ。
今はそれを信じて強くなるしかない。サクシードのためにも、俺を助けてくれたみんなのためにも、そして俺自身のためにも。
読んでくれてありがとう!
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