コーイチ、湖を泳ぐ美女をついつい出来心で覗き見してしまう。※『覗き』は犯罪です。絶対にお止め下さい。
『覗き』、ダメ、ゼッタイ!
朝起きると、長髪長身美女の姿は部屋のどこにもなかった。
不思議なことに、昨日の疲れはもうほとんどなかった。一晩でこんなに回復するなんて、ちょっと予想外だった。
身体は問題ない、というわけでとりあえず俺は部屋を出て、顔を洗うことにした。
太陽はまだ低く、早朝といっていい時間だ。俺は爽やかな日差しを全身に受けながら、顔を洗えるようなところがないか辺りを彷徨った。
どこかから水音がする。水音の方へと進んでいくと、森の中に入った。
さらに少し歩くと池があった。いや、大きさからすると湖といったほうが正しいかもしれない。真円ではなく、形容しにくい複雑な形をしている。そのすぐ側に小川がせせらいでいる。湖も小川も水が透き通っている。湖を取り囲むように樹林が立ち並ぶ風景はとても美しい。朝のやわらかな日差しが湖に美しく映えている。
見た目はきれいだけど、顔を洗っても大丈夫かな?
躊躇いつつ、そよ風に揺らぐ湖面を眺めていると、どこかで水音がした。よくよく耳を澄ますと、風が止んだとき、木々のざわめきが収まったときに聞こえてくるらしい。
なんだろう? 生き物でもいるのかな?
俺は音に引き寄せられるように、そっと音の発生源へと近づいていった。
息を殺し、足音をできるだけ立てずに、イネ科の植物に似た、背の高い草をかき分けそこへと向かった。
最後のひと束をかき分けると、目の前に湖面の風景が広がった。そこに一人の裸体があらわに、目に飛び込んできた。
女性だ。それもSランクのビューティフルかつボリューミューなナイスバディを持った美しい女性だ。絹のような白い肌。弾む胸。弾ける雫。ラベンダーの花弁のような薄紫の長い髪が濡れ、朝日に眩しい。爆発しそうな胸から細くくくれた腰、そして肉厚の尻へのラインはしなやかで芸術的だ。こんな素晴らしい裸は、前の世界でみたイケナイ動画でもついぞお目にかかったことはない。
それが昨夜俺を助けてくれた、あの長身長髪の美女であることは一目でわかった。
俺の恩人は楽しそうに湖を泳いでいる。俺はその恩人の一糸まとわぬ美しい裸体を盗み見ている。目を奪われるとはこのことだ。俺の目はただただ彼女の身体に釘付けにされていた。
俺は興奮と同時に自己嫌悪を覚えた。恩を仇で返すとはこのことだ。そう思うと、最初覚えた興奮もやや萎み、自己嫌悪が強くなってくる。
もうよそう、恩人の裸を盗み見るなんて人として最低最悪だ。到底許される行為じゃない。
なんて思いながら、そのくせ目が離せないのは一体どういうことなんだろう? もちろん、根本的には俺の意志の弱さが原因だけど、一つ言い訳させてもらえるなら、長身長髪美女の裸体が美しすぎるのも原因だ。ゲイでもなければあんなもの見せられて見ない男は絶対にいない。
というわけで、俺はついついじっくりと我を忘れて彼女の姿に見入っていた。
どれくらい見ていたかわからない、時間感覚がおかしくなるほど俺は夢中になっていた。
その時、不意に彼女と目があった。
バッチリと、彼女は俺を見た。俺はバカみたいに硬直するしかなかった。
あ、アカン、最悪だコレ……。
覗きがバレて初めて、一気に犯罪者としての自覚が沸き起こってきた。
言うまでもなく彼女は強い。半端なく強い。桁違いに強い。あの電撃クソ女を簡単に撃退するほどの力の持ち主だ。クソ雑魚覗き魔野郎の俺なんか簡単かつ容赦なくぶっ殺されるだろう。
覗きの罰が、『キャー、のび○さんのエッチー!』って罵られながら風呂桶を投げつけられたり、水をぶっかけられたりする程度で済むのは漫画とかアニメとかラノベだけの話で、元いた世界ならブタ箱にブチ込まれかねないレベルの悪行だ。
いや、うっかり覗いてしまった程度ならまだ情状酌量の余地はあったかもしれないが、俺はガッツリ覗いてしまっていたので、どう考えてもアウトだ。
死を覚悟した。覗きの罰として死刑は重すぎるかもしれないが、それはあくまでも元いた世界での話だ。こっちの世界で元いた世界のルールが通用するとは限らない。
それにここは人里離れた奥深い森の中。人一人死んだって誰も気づきやしないだろう。
俺の命運は彼女次第だ。煮るのも焼くのも彼女の勝手だ。
ところが、彼女の行動は全くの予想外だった。
彼女はうっすら微笑むと、言った。
「昨日の少年ではないか。君も水浴びにきたのかい?」
彼女の言葉から怒りを感じない。何を気にしている風でもない。ただ平然としている。
怒ってないのか……? いや、そんなわけない。そんなことあるはずない。裸を覗き見られて怒らない人がいるわけない。一にも二にも謝罪だ。謝罪して許してもらうしかない!
「あの、す、すみませんでした……!」
深々と土下座した。とにかく誠心誠意謝罪しなければならない。
「つい、その、きれいな身体だったので、つい、ほんの出来心で……、本当に申し訳ございませんでした……!」
我ながら下手な謝罪でうんざりだ。
「ふっ、はははっ」
彼女が笑ってる。
「あ、そうか、そうだったなぁ」
水音が近づいてきた。俺はひたすら土下座し続ける。許してもらえるまでは土下座を維持するしかない。
足音が近づいてきた。すぐ近くで、今度は衣擦れの音がした。
「もういいぞ、顔を上げたまえ」
言われて、そっと顔を上げた。
彼女はもう服を身に着けていた。苦笑を浮かべながら俺を見ていた。
「ふふっ、ああいう場合は私も恥じらうべきだったかな?」
「えっ、いや、それは……」
「君が気にすることはない。私は別になんとも思ってない。何分、男に身体を見られるなんて久しぶりのことで、少し嬉しかったよ」
「え、え……?」
久しぶりに男に身体を見られて嬉しかった? この人は一体何を言ってるんだ?
意味がわからず、俺はただただ困惑してしまった。
「おかしくはないだろう? きれいな身体と褒められて嫌な気のする女はいないよ」
「は、はぁ……」
「自分が女であることを思い出したよ。こんな感覚はいつぶりだろうか?」
そう言って目を閉じ、頬を染めた。
彼女は一人でなにやら納得してるが、俺には何一つわからない。
「あ、あの、怒ってないんですか?」
「覗いたことかい? 若い頃なら怒る気にもなったかもしれないが、今はもうそんな気にならないな。むしろ若い男が私の身体で喜んでくれるなんて、女冥利に尽きるじゃないか」
「あ、はは……、ははは……」
俺は曖昧な笑いを浮かべるしかなかった。
本気で言ってるのだろうか? それとも冗談なのだろうか? 一向に判別がつかない。ただ一つだけわかったことは、この女性はちょっとどころじゃなく、かなり変わった女性だということだけだ。
「いつまでそんな格好でいるつもりだ? 私は気にしてないのだからいい加減立ちたまえ」
呆れたように彼女が言う。
「あ、はい、すみません……」
土下座を止め、立ち上がった。でもなんとなく頭は上げづらい。
「君も水浴びに来たのだろう。さぁ、存分に水浴びするといい。私はその間に朝食の準備をしておくとしよう」
「あ、はい……」
去っていく彼女の背が森の中へと消えてゆくのを見守った。完全に見えなくなると、俺は思わず大きなため息をついた。
変わった女性で助かった……。もう覗きなんて真似は絶対にやめておこう……。
彼女は気にしてないと言ったが、俺の方は罪悪感が凄かった。バレたときの恥ずかしさも半端じゃなかった。こんな思いはもう懲り懲りだ。
湖の方を見ると、湖面にさっきの彼女の裸体が脳裏に鮮やかに浮かんできた。ダメだ、網膜に焼き付いてしまっている。
俺は邪念を振り払うように湖に頭を突っ込んだ。水はひんやり冷たく、頭を冷やすにはうってつけだった。
そういえば、若い頃なら――なんて言ってたけど、今は若くないのか? いや、どう見てもあの身体はどう見積もっても二十代前半に見えるけど……。
また彼女の裸体が浮かんできた。どうも俺は欲求不満らしい。確かに最近の俺はあの電撃クソ女のせいでストレスが半端じゃなかった。きっとそのせいだろう。
俺は湖の水で顔を洗った。自分の罪を洗い落とすように冷水で強く激しくこすった。そんなことをしても覗きが許されるわけでもないが、そうしなければやりきれなかった。
洗い終えるとすぐに湖を離れ小屋に向かった。腹が減っていた。覗きなんてしてしまったのも、きっと腹が減っていたせいでもあるはずだ。きっとそうだ。色んな要素が合わさって、俺はあんなことをしてしまったに違いない。きっとそうだ。
俺は無理矢理自分を納得させつつ、小屋へ帰った。




