コーイチ、生きるためにプライドを一旦捨てる。
降り注いだ光球は着弾するなり、木々なり地面なりを燃やし、抉り、吹き飛ばした。
俺は伏せるしかなかった。もはや『世界最強の幸運』にすがるしかなかった。
わずか数秒後、辺り一帯は大変貌していた。
周囲の森は焼き払われ、森のなかにあって一帯はちょっとした空白地と化していた。
残骸が煙を上げ、焦げ臭い匂いが強く漂っていた。
身を隠す遮蔽物はなくなった。近くの森までは百メートル以上ありそうだった。
俺は逃げるのを諦めた。開放状態だった左腕を元に戻した。
これは『詰み』だ。たとえ俺が『ボルト』ばりの俊足を発揮できたとしても、クソ女の『電撃弾』からは逃げられないだろう。
「あら、もう終わりなの?」
不意に、クソ女の声が聞こえてきた。どこから聞こえてくるのかわからない。あらゆる方向からクソ女の声が反響するように聞こえてくる。
「ざ~んねん。もうちょっと楽しませてくれると思ってたのに」
その声とともに、クソ女が姿を現した。どこかからピョンとひとっ飛び、俺の真正面十メートルほどの位置に着地した。
手には杖が握られている。杖の先端には見慣れたものが嵌め込まれていた。
『錆びた短剣』だ。俺の剣が、クソ女の杖と一体化している。
あのクソ女、人の物を勝手に持っていったのか。殺人未遂のみならず盗みもはたらくなんて最低最悪だな……、ま、俺もそれを拾ったクチだからあんまり強く言えないが。
「あら~? 親犬とはぐれた子犬みたいにブルブル震えてるかと思ったけど、全然そんなことないのね。むしろその逆。絶体絶命のこの状況で狼のように振る舞えるなんて、ちょっとステキじゃない?」
クソ女は指で唇をなぞり、うっとりとした表情で言った。
正直なところ、内心は子犬とそう変わらなかった。絶望感はあったし、ビビってもいた。それが顔に出なかったのは、ただ単にクソ女に対して、それを上回る怒りと憎しみがあっただけにすぎない。
「反抗的なオトコってキライじゃないわ」
クソ女が上目遣いに笑った。それもとても妖艶に。
「コーイチ、アタシのモノにならない?」
「はぁ……?」
突拍子もない提案に、俺は状況を忘れて素になってしまった。
「アタシのドレイになるってこと! ドレイになるなら、命だけは助けてア・ゲ・ル♪」
物騒なことを言いながら、ウィンクしてみせるクソ女。
奴隷という言葉から、ジュリエッタと出会ったときのことを思い出した。今は優しいジュリエッタ(少なくとも俺には)も、あのときは奴隷に対してかなりキツイ当たり方をしていた。
元の世界でも、かつて奴隷というのが存在して、酷い扱いを受けた、と歴史の授業で習った。
「あんまりアタシを待たせないで! あと五秒しか待たないからさっさと決めて! じゃ、数えるわよ~、ご~、よ~ん……」
まったくクソったれな提案だ。
だが、俺の肚は、この話が持ち出されたときから決まってる。
俺は目を見開き、クソ女を見た。
そして次の瞬間、
「よろこんで奴隷になりますッ!」
目にも留まらぬ速さで、その場で土下座をした。
『韓信の股くぐり』だ。とにかく、今は恥を忍んでも生きなければならない。ここで殺されちゃ何にもならない。生きるためにこの世界に来たんだ。生きて、いつかこのクソ女にリベンジしてやる。