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起きると美女四人に囲まれてました。

 気が付くと、見知った顔が俺を囲んでいた。

 俺がいるベッドの左側から、グレイス、ケイ、ミラ、右側にジュリエッタ。


 「「「「コーイチ!!!(様)(さん)」」」」


 四人の声が綺麗に重なった。そして、ミラを除く三人が同時に俺にすがり付いてきた。

 三人にすがり付かれる俺をミラは苦笑混じりに見ている。

 次の瞬間にはもう、三人は三つ巴になって互いを目で牽制している。


 まったく、起き抜けから騒々しい人たちだ。


 「皆様、コーイチ様はお困りの様子ですよ?」


 苦笑を浮かべたままミラが言った

 その言葉で、三人はサッと俺から離れた。


 「ここは……?」


 俺は辺りを見回した。彼女ら四人の他は見知らぬものばかりだった。知らない天井、知らない壁、知らない窓に知らないドア。


 「ここはケーディック邸です」


 グレイスが言った。


 「そうか、ケーディック邸……」


 ケーディック邸だったか。前に泊まったときとは別の部屋らしい。広い邸だから、部屋がいくつあったところで今更驚きはしないが。


 「俺はなんでケーディック邸に――あっ!」


 言いかけて、思い出した。そうだ、俺はクソ女にやられてしまったんだ。

 あの時のことが脳裏に蘇る。燃える部屋、烟る空気、窓際の影、倒れるエラン――、


 「そうだ、エランは!? エランは!?」


 俺は上体を起こした。


 「落ち着いて下さい、コーイチ様」


 グレイスが言った。


 「落ち着いてなんかいられません! エランは大丈夫なんですか!?」


 「コーイチ様、あなたは丸三日も眠っていたのですよ? まだ全快とは程遠い状態です。ですから落ち着いてお休み下さい」


 グレイスは左手を差し出した。そこからフワッと香気が漂う。柔らかで気持ちのいい香りだ。心が落ち着いてくる。さっきまでの興奮が嘘のように冷めてゆく。

 これはおそらくグレイスの魔法だろう。


 「コーイチ様、まずはあなた様が安静にしなければなりません」


 香気は確かに俺の気持ちを落ち着かせた。それでも、エランを心配する気持ちまでは消えない。


 「エランは、エランは大丈夫なんですよね?」


 グレイスは俺の目線から逃れるように目を伏せた。


 「グレイスさん、それは一体どういう意味です?」


 「コーイチ、エランは無事よ」


 答えたのはジュリエッタだった。


 「本当か?」


 ホッと胸を撫で下ろした……、それも束の間のことだった。ジュリエッタは続けて言った。


 「死には至らない、という意味ではね。エランは死なないわ、いずれ快復する。けれど、それはずっと先のことよ。しばらくは口もきけないくらい重症よ」


 ジュリエッタは顔を悲痛に歪ませた。


 「な、何だって……」


 目の前が一気に暗くなったみたいだった。ショックだった。まるで身も心も奈落に突き落とされたみたいだった。


 「コーイチ様、しっかりして下さい!」


 ショックによろめいた俺の身体をグレイスとケイの二人が支えてくれた。二人がそうしてくれなかったら、俺はベッドから落ちていたかも知れない。

 俺は二人の腕を支えに、ベッドから起き出した。が、身体にうまく力が入らない。足がもつれ、頭も重く、気分も良くない。二人に支えられて立つのがやっとだ。

 一秒でも早くエランにあいたい。けど、身体の方が言うことをきいてくれない。


 「コーイチ、無理しないで」


 ケイが心配そうに言う。


 「エラン……、エランはどこに……?」


 「エランはこの邸の別の部屋にいるわ。でも面会謝絶だから行っても無駄よ。まずはエランのことより自分の身体を治すほうが先決ね」


 ジュリエッタが言った。

 俺は直情的に、何か言い返そうとしたが、言うべき言葉が見つけられなかった。そんなものはどこにもなかった。開きかけた口を閉じるしかなかった。

 ジュリエッタの言うとおりだった。今の俺にできることはベッドで横になる以外にない。

 俺は二人の手を借りてベッドに戻った。


 「コーイチ、辛いところ悪いけど、ゆっくり休む前に聞きたいことがあるの」


 ジュリエッタが言った。


 「聞きたいこと?」


 「ええ、あの日、一体何があったのか詳しく話して欲しいの」


 「あの日のこと――」


 俺は目をつむって回想した。どんな些細なことも取りこぼさないように、あの日のことを思い返した。


 「あの日、俺は帰りが遅くなって、日が暮れてから家に戻って……、そうだ、『こんち』を貰ったんだ、仕事から帰る途中で。部屋の前で『こんち』をエランに渡して、そのときに『こんち』を一個落としちゃって、それを追いかけてたら、背後で爆発が起こったんだ。振り返ると部屋の扉が吹っ飛んでた。部屋から火が出てた。俺はエランが心配になって部屋に入った。部屋の中でエランが横たわってた。窓際には女がいた。そのときにはわからなくて、後でわかったことだけど薄桃色の髪をした、俺より少しだけ背の低い女だった。その女が『電撃弾ライトニング・ボルト』を撃ってきた。俺はそれを防ぎながら、なんとかエランを抱えて部屋から逃げた」


 「ちょっとまって、『火剣ファイア・ブレイド』は使わなかったの?」


 ジュリエッタが口を挟んだ。


 「ああ、使えなかったんだ。何故か起動しなかった。それに倒れてるエランのことも心配だったから、その場は逃げたほうがいいと思ったんだ。女は追ってきた。女は先回りして現れた。だから、逃げ切れないと思った。仕方なく戦ったけど、この有様だよ」


 俺は自嘲した。すると、何故かあのクソ女の高笑いを思い出して嫌な気分になった。


 「その女は海老色の外套を着ていた?」


 ジュリエッタが言った。さっきから喋るのはジュリエッタと俺だけだった。あとの三人はただ黙って話を聞いていた。皆、真剣に俺の話を聞いていた。


 「ああ、そうだ、海老色の外套だった。で、手に杖を持ってた。杖の先端には水晶みたいなのが嵌めこまれてた。そうだ、確か『カウルのゾエ』とか名乗ってた」


 「『カウルのゾエ』ね」


 ジュリエッタがフーッと溜め息をついた。


 「知ってるのか?」


 「いいえ、知らないわ。海老色の外套は目撃証言から得たの。ただ、『電撃弾ライトニング・ボルト』を使う魔法使いはかなり厄介なの。電撃系統の魔法を扱うには類稀な素質がいるし、扱うにはかなり厳しい修練が必要だとも聞くわ。あなたを倒すほど卓越した電撃魔法の使い手、考えただけでも憂鬱になるわ」


 また溜め息をつくジュリエッタ。


 「それにしても一体何者なのかしらね? 一体何が目的でこんな――」


 「目的は俺を殺すことだよ」


 「えっ」


 「そう言ってた」


 「話したの?」


 「ちょっとだけね。俺を殺して名を上げるんだってさ」


 「それにしてもやりすぎね。『ゾエ』のせいで一棟全焼して、無関係の女の子一人に重傷を負わせるなんて、絶対に許されることじゃないわ」


 「ああ、早くあの女を捕まえて、たっぷりとお灸をすえてやりたいよ」


 「それは私たちに任せて」


 突然、ケイが言った。


 「えっ、ケイたちに?」


 「はい、ジュリエッタさんの言ったとおり、これはやりすぎです。放火、騒乱、暴行、その他諸々の咎でスプロケットのみならず、我がケーディック家の所領全てで指名手配しました。時間はかかりますが、いずれ捕まると思います」


 今度はグレイスが言った。


 「すみません、俺のせいで……」


 何やら大事になってしまった。申し訳なくて、自然と頭が下がってしまう。


 「いえいえ、コーイチ様は被害者ですから」


 グレイスが微笑んだ。微笑一つで、少し救われたような気がした。


 「じゃあ、あとは私たち任せて、あなたはゆっくり寝てなさい」


 ジュリエッタが言った。


 「ああ、よろしく頼む」


 「気にしなくていいわ、あなたの敵は私の敵よ」


 話が終わった。四人は出ていこうとしたが、俺はあることをふと思い出して、彼女たちの背に声をかけた。


 「あっ、そうだ! 俺の『錆びた短剣』しらないか?」


 『錆びた短剣』がどこにもない。見当たらないし、身につけてもいない。

 俺の問いに四人は互いに顔を見合わせた。誰もそれについて答えを持っていないようだった。


 「わからないわ」


 ジュリエッタが答えた。


 「そうか……」


 「それも探しておくわ」


 「何から何まですまん」


 俺は四人に深々と頭を下げた。


 「いいのよ。皆、『好き』でやってるんだから」


 『好き』がやけに強調されていた。それは露骨なアピールだった。嬉しくて思わず頬が緩みそうになったが、不謹慎だと思い、ニヤけないようにした。エランがあんな状態だってのに、女の子にデレデレしてる場合じゃない。


 「それじゃ、またね」


 「それでは失礼します」


 「じゃあ」


 三者三様の挨拶をして――ミラだけは無言で微小を浮かべて頭を下げ――四人は部屋を出ていった。

 俺は一人になった。


 一人になると、途端に眠気に襲われた。俺は抵抗せず、すぐに眠りに落ちた。

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