表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

105/146

『黒炎剣』が起動しない!?

 部屋のあらゆる部分が燃え、焦げ、煙を吹いていた。見慣れた部屋が、凄惨な地獄絵図と化していた。

 火が烟る中、部屋の真ん中に見慣れない何かがあった。

 狭い部屋だ。目を凝らさずとも、それが何だかすぐにわかった。

 エランだ。エランが横たわっている。ぐったりしてピクリとも動かない。普段は隠しているけもの耳が晒されていた。


 「エランっ!」


 俺は彼女の元へ一歩踏み込んだ。

 瞬間、嫌な予感がした。俺は足を止めた。今まで修羅場を何度も潜り抜け培われた勘が、危険を告げていた。

 部屋の窓際に何かがいた。それが一瞬キラリと光った、と同時に、一筋の閃光が迸った。

 咄嗟に、俺は『錆びた短剣』でそれを受けた。

 衝撃。『錆びた短剣』を通して手に痛いほど伝わる。

 幸いにも受けきれた、が、危うく『錆びた短剣』を取り落としそうになった。


 「あら、噂通り、なかなかやるじゃない」


 窓際から声が聞こえた。

 そこにはシルエットがあるだけだった。火による空気のゆらめきと煙のせいで、姿形が判然としない。

 俺はシルエットに向かって『錆びた短剣』の切っ先を向けた。


 「お前は何だ!? お前がやったのか!?」


 問いつつ、エランを助けるため、部屋の中央へと踏み込もうとした。

 だが、できない。それは危険だ、と本能が告げる。培われた勘が拒否する。ジレンマに歯を食いしばるしかできない。


 「そう、アタシがやったの。すごいでしょ?」


 高い少女の声。場にそぐわない、楽しげで無邪気な声。元の世界にいた『バカなギャル』みたいな喋り方だ。

 すごい、か。確かに、すごい。すごすぎて、ぶっ殺してやりたいくらいだ。


 「アタシは『カウルのゾエ』。『火剣の勇者コーイチ』を殺しにきたの。覚悟はいーい?」


 「な、何故俺を――」


 「決まってるじゃない、名高いアナタを殺せば、今度はアタシの名が高まるもの」


 ああ、こいつも脳筋バカの一人か……。ただ、今までの脳筋バカと違うところは、こいつはシャレにならないほど危険、そういう予感がひしひしとしてくるところだ。


 「『オーラスキャン』」


 ヤツには聞こえない小声で、『オーラスキャン』を使った。何にせよ、まずは戦力分析だ。




『体力』      :しょぼい

『魔力』      :やっべぇぞ!

『物理攻撃力』   :クソザコ

『物理耐性』    :木綿豆腐レベル

『魔法攻撃力』   :触れるな危険

『魔法耐性』    :カッチカチやぞ

『器用さ(物理)』 :針に糸通すことすらできない

『器用さ(魔法)』 :テクニシャン

『幸運』      :びみょ~




 魔法が得意なのはわかった。おそらくはこの惨事も魔法によるものだろう。

 物理は俺のほうが勝ってるが、だからといって俺にアドバンテージがあるとは思えない。

 状況が状況だ。ここは狭い部屋の中。あのクソ女の魔法は、部屋を一瞬にしてぶっ壊すほどの火力がある。逃げも隠れもし難い部屋の中じゃ、まずもって俺が不利だろう。

 俺が勝つには『黒炎剣ファイア・ブレイド』をブチ込むしかない。近づいてぶった斬るか、もしくは左腕の力を開放し、刀身を伸ばしてぶち当てるか、この二択だろう。


 近づくには距離がある。近づく間に、クソ女の魔法の一回や二回は受けるはめになるだろう。それはかなりリスキーだ。火力からして、一発当たればかなりヤバいのは間違いない。

 だったら後者しかない。左腕の力をフルに使って、『如意棒』や『ゴムゴムのピストル』のように『黒炎剣ファイア・ブレイド』を伸ばしてクソ女にぶち当ててやる。


 俺は『錆びた短剣』を左腕に持ち替えた。

 まずは左腕の力を開放する。左腕がもりもり巨大化し、グロテスクながら力強く変貌する。包んでいたグレイス手製のグローブがビリビリに裂け、散った。

 緊急事態だから許してくれ、グレイスさん。俺は心の中で謝った。


 切っ先をクソ女へと向けた。そして『黒炎剣ファイア・ブレイド』を起動した。

 瞬間、ピリリッ、と静電気のような刺激が左腕を襲った。

 それだけで、『錆びた短剣』はうんともすんとも言わなかった。


 『黒炎剣ファイア・ブレイド』が、起動しない……!?


 何度やってもダメだ。静電気のような刺激があるだけで、『黒炎剣ファイア・ブレイド』にはならない。試すたびに絶望感が募ってくる。


 「あれ? どーしたの? 自慢の『黒炎剣ファイア・ブレイド』は使わないの? アタシをナメてるの?」


 俺は返事をしなかった。気取られるわけにはいかない。

 しかし、あの言い方からすると、『黒炎剣ファイア・ブレイド』が起動しないのはクソ女のせいじゃないようだ。


 「お前さ、俺を殺したいんなら、わざわざこんなことまでする必要なかったんじゃないか? あんな小さな子を巻き込んで、恥ずかしいとは思わないのか?」


 俺は話題を変えた。変えつつ、頭の中ではクソ女を倒すための方策を思案していた。これは時間稼ぎだ。今は一秒でも時間が欲しい。


 「それは確かにアナタの言う通り。でもね、正攻法じゃ『火剣の勇者』に勝てないかもしれない、そう思ったの。『一角獣』を一撃で倒すほど強いんだから、不意打ちだって仕方ないじゃん? それに、使えるものは何でも使わないと、ね?」


 「何でも……?」


 「そこのコ、死んでないし、大した怪我もしてないわ。ただ気を失ってるだーけ。でも、煙に燻されたままだとどうなるかなぁ~?」


 俺はハッとなった。そうだ、クソ女の言う通りだ。俺には時間稼ぎしている余裕なんてなかった。

 俺はエランに向かって一目散に駆け出した。考えるより早く身体が動いていた。


 「バッカ単純っ!!!」


 クソ女が嘲る。待ってましたと言わんばかりに、幾条もの閃光がこちらに向かって打ち出される。

 これには対処できない。耐えるしかない。

 俺は『錆びた短剣』と左腕で閃光を受けた。

 ビリビリと強烈な痺れが左腕全体を襲った。滅茶苦茶痛い、痛いが、死ぬほどじゃなかった。『双角獣』にボコられたことを思えば、全然マシだ。


 「ウッソォ~!?」


 クソ女が驚きの声を上げる。

 それについては俺も同意見だ。俺もまさか、この程度で済むとは思わなかった。

 だが、おかげで助かった。エランを救出するだけの余裕と時間ができた。

 右腕一本でエランを抱える。日頃肉体労働で鍛えた成果がここで出た。

 エランを抱えると一目散にドアめがけて部屋を出た。そのまま後ろを振り返らずにアパートを飛び出た。

 幸い、背後からの攻撃はなかった。


 しかし、アパートを出て、とりあえず現場を離れようと数十メートル走ったところで、突然目の前に、どこからともなく女性が舞い降りてきた。

 頭を除く、全身をスッポリと覆う海老色のローブを着た女が立ちふさがった。癖のある薄桃色の髪をサイドアップにした髪型。手には水晶のようなものが先端にはめ込まれた杖。前髪を小さな白い手でかき上げ、その下で紫色の瞳が妖しく輝き、俺を睨めつける。身長はおれよりやや小さい。そのくせ、かなりの威圧感を覚える。


 俺はすぐにそいつが、さっきのクソ女だと直感した。というかこのタイミングだと、それ以外考えられない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ