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平穏を破る閃光と炎

 「コーイチ様……コーイチ様……」


 声がして、俺は夢から覚める。目を開けると、エランがニッコリと微笑んでいた。


 「おはようございます、コーイチ様」


 「おはよう、エラン」


 いつもと変わらない爽やかな朝。エランが既に用意してくれた朝餉あさげの匂いも香ばしい。

 ベッドから出て、カーテンを開け、窓を開ける。良い日和。朝の澄んだ空気がまた美味い。

 窓を開けたまま、エランと一緒に彼女の作ってくれた朝食をいただく。

 爽やかな朝。可愛いエラン。申し分のない、そして代わり映えのないいつもの日常。

 朝食の後は身だしなみを整え、すぐに出勤する、のだが、今朝はちょっと違った。

 いつもは笑顔で見送ってくれるエランだが、今朝は珍しく、エランの顔が曇っていた。

 気になった俺は声をかけずにはいられなかった。


 「どうかしたの?」


 「あ……、いえ、なんでもないです……」


 しかし、相変わらず浮かない表情。なんでもないわけがない。


 「なんでもないようには見えないよ? 怒ったりしないから言ってごらん。言いにくいことなら、無理にとは言わないけど」


 エランは、少しの間思案した。それから意を決したように顔を上げ、俺を真っ直ぐに見た。


 「あの、決闘は危ないですから、できれば止めて欲しいと思って……!」


 エランは目に涙を溜めて言った。

 女性の、それも幼い子の涙は胸にクるものがある。こんな小さな子に心配をかけたかと思うと、自分が情けなくもある。

 俺はエランの小さな身体を抱きしめた。


 「ごめん、心配をかけたね。俺だって決闘はやりたくない。でも、あっちがしつこすぎるから、否が応でもやるしかないんだよ。でも、大丈夫。俺は絶対に負けないから。俺は『火剣の勇者』だし、なんたって、運だけは誰よりもいいからね」


 そう言って、俺はエランの頭を優しく撫でた。


 「はい……」


 エランは頷いた。だけど、彼女の顔から憂いの影を完全に消し去ることはできなかった。まぁ、それはきっと時間が解決してくれるだろう。

 俺は『錆びた短剣』を懐に家を出た。

 『錆びた短剣』さえあれば、『火剣』さえあればなんとかなる、俺はそれを信じて疑わなかった。

 朝から夕方まで一日、たっぷりと肉体労働に勤しんだ。

 最初はキツかった肉体労働も慣れると悪くない。体力はつくし、身体はガッチリとしてくるし、いい運動になるし、心地よい疲労感のおかげで夜は眠れるしで良いことづくめだ。


 その日の給金を懐に、俺は鼻歌まじりで家路についた。

 その日は珍しく、名を上げたい脳筋バカに絡まれなかった。

 代わりに、ファンの女性たちから色んなものをもらった。

 手紙、お誘い、手織りの服、小物、大量のリンゴに似た果実『こんち』等々。

 持ちきれないので、途中で風呂敷をもらい、リンゴに似た果実『こんち』以外は風呂敷でまとめて背負い、『こんち』は、小さな木カゴに入れて両手で持った。

 大量に物を貰い、そのせいで時間をとり、また、荷物が多いせいで、家に帰るのにやたらと時間がかかってしまった。


 家についたとき、もうとっぷりと日が暮れていた。

 家のドアを開けるのにも一苦労だ。一旦両手の『こんち』をおろさなければならなかった。

 ドアを開けるとエランが出迎えてくれた。


 「すごい荷物ですね」


 エランが言った。


 「もらったんだ。あとこれも」


 俺は木カゴいっぱいの『こんち』を見せた。


 「わぁ! 『こんち』ですね!」


 エランの目がキラキラ輝く。


 「好きなの?」


 「ええ、とっても大好きです」


 エランは照れ笑いした。食い意地がはってると思われたくないんだろう。俺はそんなことちっとも気にしないのに。


 「じゃあ全部上げるよ」


 「え、いいんですか?」


 「うん、好きな人が食べるのが一番からね」


 「ありがとうございます。でも、私一人じゃ食べきれませんから、一緒に食べましょう。一人より二人で食べたほうが楽しいですし。あ、でも私にくれるってことは、ひょっとしてコーイチ様、『こんち』はお嫌いですか?」


 「実は食べたことないんだ」


 「じゃあ、是非一度食べてみて下さい。とっても美味しいですよ。ほっぺたが落ちそうになるくらい甘くて美味しいですから」


 「そんなに? 今から食べるのが楽しみになってきたなぁ」


 木カゴを持って、部屋に入ろうとした、瞬間、


 「げぇっ」


 風呂敷に首を絞められた。

 風呂敷があまりにも大きすぎたせいだった。風呂敷がドアに引っかかり、そのせいで首が絞まってしまった。


 「げ、げほっ……」


 むせる。


 「だ、大丈夫ですか?」


 心配そうに駆け寄るエラン。


 「だ、大丈夫。背中の風呂敷の存在をうっかり忘れちゃってた。悪いけど、木カゴ、先に持っていってくれない?」


 「はい、わかりました」


 エランは好物の『こんち』のカゴを持って奥へと入っていった。

 俺は一旦風呂敷をおろした。そこで、『こんち』が一つ、部屋の外に転がってるのに気がついた。きっと、さっきドアがしまったときに落としてしまったのだろう。


 『こんち』を拾おうと、ドアから離れたその時だった。


 背後で閃光が走った。


 異常事態だ。いくつもの修羅場を潜り抜けた本能がそう言っている。

 俺はすぐさま懐の短剣を取り出し、そして、背後を振り返った。

 部屋から火が出ていた。さっきまで健在だったドアは吹き飛び、砕け、大部分が黒く焦げ、煙を上げていた。


 爆発――!?


 何が起こったのかわからない。ただ一つ確かなことは、エランが危険に晒されている、ということだけだ。


 「エラァァーーーンッッッ!!!」


 咆哮とも絶叫ともつかぬ声が、俺の喉奥から飛び出した。

 同時に、俺は火を吹く部屋へと飛び込んだ。

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