勇者勇者なんて持て囃されたらそりゃ調子にも乗りますよ。
うんざりしてるからといって、『火剣の勇者』はやめられない。やめたと宣言したところで、何の意味もないだろう。
翌日から、家を出るときには『火剣の勇者』の特徴(左腕のグローブとか容姿とかその他諸々)を誤魔化すために変装したりしたのだけど、あんまり意味がなかった。左腕を隠してる人間は目に付きすぎる。
俺=『火剣の勇者』が世間に知れてしまったあの日から、とても憂鬱な日々が続いた。
いつもの日雇い労働に行けば、上司や同僚にイジられる。
いや、それは全然問題ない。日雇い労働の現場は荒っぽいが、気のいい人たちばかりで、現場では年少の俺をよく可愛がってくれる。それに、中にはマジで尊敬してくれる人も多い。
尊敬してくれる人もいる、『火剣の勇者』と呼ばれて嬉しいことといえばこれしかない。
問題は通勤途中だ。
まず間違いなく、名を上げたい脳筋連中に絡まれる。
その都度、面倒なのでお断りするか逃げるかするのだが、結局はいつも『火剣』を抜くはめになってしまう。
不幸中の幸い、今の所一度も傷を負うことはなかった。
幸運パラメータのおかげなのかもしれないが、だったら、そもそものこの状況の方を幸運パラメータでなんとかならないものだろうか?
ステータス画面を開いて見ると、相変わらず幸運の項目に『三千大千世界の圧倒的頂点』と書かれてるが、どう考えても今の俺はそれほど幸せじゃない。
もはや、朝起きる、仕事に行く、絡まれる、返り討ちにする、仕事をする、帰路につく、絡まれる、返り討ちにする、家につく、今日一日のことをエランに愚痴りエランに慰めてもらう、がルーティーンとなってしまっていた。
人間とは不思議なもので、これが日常として十日も続くと慣れてくる。
よくよく考えると、異世界で暮らすということ、それ自体が非日常なんだから、それに適応できた俺が『火剣の勇者』としての日常を暮らすことに慣れるのは、それほど難しいことじゃなかったのかもしれない。
つくづく慣れとは恐ろしい。
何せ近頃は、絡まれると即座に距離を取り、『オーラスキャン』して相手の力量を見定めつつ、『火剣』を抜き、素早く辺りを見回して緊急時の逃走経路の確認すら、一連の動作として流れるように行うようになった。
そして、戦うと俺が勝つ。今のところは全て勝利してきた。
こっちにきて数ヶ月、たったの数ヶ月間で、俺はいくつもの死線を越えてきた。
俺は知らず知らずの内に強くなっていたのだ。
『火剣の勇者』として決闘を挑まれるようになって、勝利を重ねる内に、
「あれ、俺って強いんじゃね?」
と思い、ある晩、寝る前に、久しぶりに自らのステータスを見てみることにした。
「ステータスオープン」
と言えば、ステータスが開示される。
ステータスはこうなっていた。
【体力】 ふつー。
【魔力】 低いねー。
【物理攻撃力】 ふつー。
【物理耐性】 ふつーすぎ。
【魔法攻撃力】 よわよわ。
【魔法耐性】 よわっち。
【器用さ(物理)】 まぁまぁいける。
【器用さ(魔法))】 不器用ですから。
【幸運】 三千大千世界の圧倒的頂点。
相変わらずふざけた表現だ。
正直、以前のステータスがどんな文章だったか忘れたが、前は全体的に『低い』と書かれてた気がする。それを思えば、かなり成長したんじゃないだろうか?
俺に挑んでくる大体の脳筋共は、俺より酷いステータスをしているから、俺はそれほど緊張も気負いもなしに、自然体で戦える。
絡まれ、逆襲する、この日常が俺だけじゃなく、世間の日常になりつつあった。
俺行くところに決闘あり、が当たり前のこととして認知されるようになってきた。
そうなると、決闘も一種の見世物だった。
決闘が始まると野次馬が湧いてきて、決闘が終わると歓声と拍手喝采を俺に送ってくれる。
しかも、最近ではおひねりが飛んでくる。金欠の俺はありがたくいただくことにしている。
近所の人が『火剣の勇者』のために、食べ物や飲み物をくれたりするようにもなった。
さらには、驚くべきことに、俺のファンと称する女性まで現れたのだ。
決闘が終わればその度、女性ファンが大挙して押し寄せ、握手やサイン、果にはキスやそれ以上をねだられる始末。さすがにキスやそれ以上はお断りするけど、女性に「抱いて」と言われるのはなかなか優越感だ。
俺は思った、
「あれ? 『火剣の勇者』も悪くないな!?」
なんて調子に乗ったりして。
そりゃそうだろう? 雑魚ボコボコにしてするだけで、お金を貰えたり女性にモテたりするんだから。こんな楽しいことないよ。
ああ、いまが最高! これが一生続けばいいのに!
なーんて、甘いこと考えたのが間違いだった。
この時の俺はパーフェクトなバカだった。どうしようもない阿呆だった。
『火剣の勇者』の名声が高まれば高まるほど、『火剣の勇者』を倒すことの価値も高まる、ということは、俺の命が狙われる危険性も高まる、こんな単純なことに気づけなかったのだから本当にバカだ。
俺のバカで、俺がバカを見るのは問題じゃない。それはただのバカの自業自得なだけだ。
だが、俺のバカは筋金入りだった。筋金入りのバカは、周囲の人にも迷惑をかけてしまう。
あの日、俺のバカは大変なバカを引き起こしてしまった。俺はあの日のことを生涯忘れない。肝に銘じなければならない。
バカだからといって、バカのままではいられない。夏目漱石の小説にも書いてあった。
『精神的に向上心のない者はばかだ』
俺はこれをこころに刻まなければならない。
ダメ、調子乗り、絶対。