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有名人は辛いよ! 『火剣の勇者』を倒して名を上げようとする脳筋共に狙われまくりでうんざりするコーイチ。勇者って楽じゃないね。

 最近、俺は狙われている。

 もちろん、いい意味で、ではない。

 いろんなことに巻き込まれるにつれ、否が応でも『火剣の勇者』の名声が高まり、その名が広まってしまう。

 事実が広がるならまだ良い。だが、実際のところ、こうした噂話というのはとにかく尾ひれがついてしまう。


 ついた尾ひれはとても大きかった。あまりにも大きすぎて、真実という本体をすっぽり覆い尽くし、もはや『火剣の勇者』は巨大な嘘の集合体になってしまっていた。

 よって、現在世上で語られる『火剣の勇者』は、俺という実像から乖離かいりしている。

 一角獣を一撃で屠ったとか、無数の魔物の群れをものの五分で全滅させたとか、いずれの戦いでも無傷だったとか、挙げればキリがないほど嘘まみれ。


 まぁ、これだけ噂の『火剣の勇者』と『実際の俺』が乖離していると、二つが結びつく心配はないだろう、とタカを括っていたのだが、それは大きな間違いだった。


 『火剣の勇者』は袖の長いグローブを左手だけにつけている。


 噂には一部事実も、ほんのすこしだけではあったが付随ふずいしていた。

 袖の長いグローブを左手だけにつけている男はスプロケットの街広しといえども、そう多くはいない。

 ある日、街を歩いていると、暴力沙汰を生業としている人間特有の荒んだ面をした男四人組に絡まれた。

 荒んだ面の連中は皆、腰に剣を差している。この時点でろくでもないやつらなのは明白だ。


 やつらはグローブの噂を知っていて、からかい半分に俺を『火剣の勇者』と決めつけてた。腕力だけのバカのくせに案外察しがいいやつらだった。

 からかい半分が目に見えていたので――いや、たとえ俺のファンだったとしても、自分が『火剣の勇者』だと正直に答えるつもりはないが――俺は一言、


 「人違いです」


 と言って、その場から立ち去ろうとしたのだが、どうやら俺の態度が気に入らなかったらしく、いきなり掴みかかってきた。


 慌てて後ろに飛び退いた俺は、背後にあった露天商に全く気づけず、そのまま突っ込んでしまった。

 そのせいで、露天商の、布張りの屋根を形成している柱を背中でぶち折ってしまった。

 柱が折れたせいで、バランスを崩した屋根の梁が崩れ落ち、掴みかかってきた男の脳天に直撃し、昏倒。

 崩れた屋根をなんとか回避した後の三人は、もう顔を真赤にしてブチキレた。

 俺も負けじとブチキレた。当然だ。絡まれたのは俺の方なんだから。


 腕力だけのバカと口論したところで何も始まらない。むしろ、腕力だけのバカなのだから、口より先に手が出る。腕力だけのバカの舌は、誰かと話すためにあるわけじゃなく、自分の意見を主張するためにしか使われないし、使えないのだ。


 バカ三人は剣を抜いた。

 さすがにこれにはちょっとビビった。

 が、好むと好まざるとにかかわらず、ケンカせざるを得なかった。

 バカ三人は揃いも揃って剣を前に突き出し、突撃してきた。

 世上に言われる『火剣の勇者』なら、ここは颯爽と噂に高い『火剣』を取り出し、敢然と立ち向かったのだろうが、本物の『火剣の勇者』はそうはしなかった。


 俺は背を向けて逃げた。

 だって怖かったんだもん。


 逃げたのだから、ケンカなら俺の負けで終わっても構わないはず。

 なのに、三バカは追いかけてきた。それが三バカの運の尽きだった。

 三バカは剣を持っている、俺は素手、だから逃げるのは簡単だろう、と考えたのは誤りだった。

 スプロケットの繁華街は人混みでいっぱいだ。俺は人混みをかき分けて逃げなければならなかった。

 しかし三バカは剣を抜いている。抜き身を持った荒んだ男三人を見て、往来の人たちは波が引くようにさっと避ける。


 これじゃ逃げ切れない、そう観念した俺は立ち止まり、ついに『火剣』を使わざるを得なくなった。

 俺と三バカは見合った。

 スプロケットの街の人々は中々の野次馬根性を持っていて、俺たちを遠巻きに取り巻き、突如始まった決闘を見守っていた。


 俺は『火剣』を取り出した。


 三バカと野次馬たちは、錆びた短剣が一瞬にして黒々と燃え盛る『火剣』になるさまを見て、それぞれに声を漏らした。

 野次馬からは歓声、三バカからは狼狽。

 三バカは剣を突き出したまま固まっている。明らかな動揺。その隙を見逃す手はない。

 いざとなると、俺の心は落ち着いていた。魔物やら双角獣の件で鍛えられたせいかもしれない。

 三バカの剣の高さに合わせて、俺は『火剣』を水平に薙ぎ払った。その時、『火剣』の切っ先の延長線上に三バカの剣がくるときに、ちょっと力を込めてやった。

 黒炎は狙い通りに三バカの剣だけに伸び、三バカの剣の刀身は一瞬にして溶け落ちた。


 これで勝負あり、だ。


 野次馬から割れんばかりの歓声。


 俺は『火剣』を懐に収め、足早にその場を立ち去った。

 三バカがどんな顔をしていたかは想像に難くない。だから、あえて見るまでもない。

 正直に言えば、これ以上三バカに関わっていられる余裕がなかった。あんな見世物じみたことはしたくなかった。恥ずかしいし、往来の迷惑だし、無駄な労力だ。

 それに、これ以上『火剣の勇者』が広まるのも嫌だった。


 だが、衆人環視の中、あれだけ派手なことをして俺=『火剣の勇者』だという事実が広まらないはずがない。

 俺=『火剣の勇者』はあっという間に拡散され、その日から俺は腕力自慢のバカ共に狙われることになってしまった。


 何故、腕力自慢のバカに狙われるのか?


 俺も最初はわからなかった。しかし聞けば簡単な話だった。

 『火剣の勇者』を倒して、名を上げる、そういう功名心からきているのだそうだ。

 身に過ぎる栄光はただの重荷に過ぎない。

 俺は『火剣の勇者』でいることに、もううんざりしてしまっていた。

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