一角獣編エピローグ ケイ編 『昼間の感謝』
それはケイも同じだったらしい。彼女もくすくすと笑った。
「俺から謝らせてもらっていい?」
「何だかわからないけどいいよ」
「何だかわからないのは俺も同じ。というわけで――」
俺は再び深々と頭を下げた。
「さっきはいきなり部屋に入ってごめん! 決して着替えを覗くつもりはなかったんだ!」
「ああ、そんなこと」
「そ、そんなことって……」
「お風呂にも一緒に入ったのに、いまさらそんなこと気にしない」
「なんか、それとこれとはちょっと違う気がするけど」
「それに、コーイチのことは好きだから見られても構わない」
「そ、そういうもんなのかな?」
何だがよくわからないが、許してもらえたと思おう。
「じゃ、今度はそっち。ケイは一体何を謝ってたんだ? 謝られるような覚えがないんだけど」
ケイは顔を赤らめ、恥ずかしげに俯いて言った。
「寝ちゃってごめん」
「えっ、それだけ?」
「あと寝台に運んでくれてありがとう」
「そ、そうじゃなくて、いやいや、寝るのは全然悪いことじゃないから! つーか、それ言ったら俺のほうが悪いじゃないか! むしろ感謝するのは俺の方だよ! 居眠りするほど看病してくれてありがとう! 無理させてごめん!」
俺は平身低頭した。どう考えたってケイに非がないし、むしろ非があるのは俺の方だ。
「コーイチは謝らなくていい。コーイチはケーディック家の恩人だし、大切なお客様でもある。それに――」
ケイは頬を赤らめ、潤んだ目で俺を見た。
「それに私の大切な人でもあるから。だから謝る必要なんてない」
ありがたい言葉だった。だけど、それでも――
「それでも感謝してもいいだろ? 看病してくれてありがとう」
「うん……」
ケイは照れくさそうに笑った。そして、上目遣いに俺をみた。
「じゃあ、して」
ケイは目を閉じ、わずかに顎を上げた。
「してって、何を?」
「口づけ」
「じょ、冗談だろ?」
「本気、って言ったら……?」
「本気って言われても……」
さすがに困った。本気で求められても応えるわけにはいかない。ケイの好意は嬉しいけど、キスはできない。ジュリエッタとグレイスにも言ったが、ケイと俺は住む世界が違うから。
ジュリエッタとはキスしてしまったけど、あれは向こうからの不意打ちだったから、ノーカウントだ。
「そんなに困らないで、ただの冗談だから」
ケイは微笑んだ。明らかに取り繕った微笑みだった。何かを押し殺そうとした、淋しげな微笑みだった。
それが俺の胸を強く打った。ケイを悲しませちゃいけない。だから、できるだけのことをしよう。とっさにそう思った。思ったらもう、行動に移していた。
「ケイ!」
思わず、声が大きくなってしまった。
ケイは俺の声に驚き、一瞬身を震わせた。
俺はケイに歩み寄り、彼女の前で跪き、その手を取った。小さな白い手だ。
その手の甲に、俺はそっと口づけをした。わずか数秒間の口づけ。手から唇を離し、彼女の顔を見上げた。
「これが今の俺の精一杯の感謝のしるし。これも口づけには違いないから、いいだろ?」
「で、でも、コーイチ、他に好きな人がいるんじゃ……?」
「いないよ、そんな人」
「じゃあ私の勘違い……」
一体何をどう勘違いしたのかはわからないが、まぁ、あえて聞くことでもない。
「感謝の気持ち、伝わった?」
「うん、伝わった」
ケイが笑った。満面の笑みだ。普段クールな彼女には珍しい。
「でも、コーイチって意外とキザっぽいんだね」
ケイがクスリと笑う。
「あっ、そういうこと言うと、もうしてやらないからな」
「またしてくれるつもりだったんだ?」
「もうしない。キザっぽいのは俺には似合わないからな」
「そんなことない。かっこよかったし、嬉しかったし、ドキドキした」
ケイは照れ笑いした。
そんなに照れられると、俺も照れてしまう。
「ふっ、ふふふふふ……」
「はっ、あっはっは……」
互いにおかしくなっちゃって、俺たちはひとしきり笑いあった。
眠気は、もうどこかに飛んでいってしまっていた。




