『幸運』全振りって、これもう詰んでるだろ! そんなバカみたいなステータスでも異世界に行かなきゃならないってのが、命かかってる奴の辛いトコだな。
人の話を聞かなかった結果がこれだよ!
すると、『幸運』のゲージが一気に伸び、ステータス画面を突き破った。
まるでバグったゲームみたいだ。
それと引き換えに、ボーナスポイントゲージが消滅した。どうやら全部割り振ってしまったらしい。
それは、まぁ、後で戻せばいいか。
ゲージと重なったステータス文章はこうなっていた。
『三千大千世界の圧倒的頂点』
壮大な文句だ。いかにもスゴそうだが、が、もちろんこんな尖りすぎたステータスで良いはずがない。
ゲームならこういうのも面白いのかもしれないけれど、異世界はあくまでもゲームじゃない。こことは違う別の世界だ。
未知の世界に単独で挑むのだから、今のままの『体力』では不安だ。
今のままでは運が滅茶苦茶良いだけの、ただの平均的男子高校生だ。
やっぱりステータスは、全体的に底上げしておくべきだろう。
俺は上げすぎた『幸運』のゲージの目盛りを減らそうと、ステータス画面にタッチし、スワイプした。が、反応がなかった。何度やってもダメだった。
ひょっとしてやり方が違うのだろうか。
「すいません、間違って『幸運』に全振りしてしまったんですけど、どうやって戻せば……」
女神様を見ると、その顔は驚きと困惑で引きつっていた。
「あ、ああ、多加賀幸一様、やってしまいましたね……」
「えっ」
「多加賀幸一様が押されたのは、残りポイントを対象項目に全てつぎ込むボタンだったんですよ! それだけならまだいいのですが、あなたは二回連続で押してしまわれました。二度押すと確定され、もう二度と元に戻せません……」
確定?
元に戻せない?
二度と?
いや~な汗が全身から吹き出してきた。
「え、え~と、つーことはつまり……」
「ポイント割り振りはこれでお終いです。ご愁傷様です……」
女神様の声は異様に暗かった。表情も暗かった。目線が極端に下がり、俺を見ない。まるでお通夜のよう。
さっきまで明るかった女神様の様子が一転したことで、俺は悟った。
アカン、これ、ダメなヤツや。
「え、えっ、ええっっ!? あの、お終いってどういう意味です?」
「言葉通りです。多加賀幸一様にはそのステータスで異世界に行ってもらいます」
「俺、幸運にしかポイント振ってないんですが、大丈夫ですよね……?」
女神様はうつむき、俺から目を逸らした。
「多加賀幸一様、『女神ウアイラの祝福』にはもう一つの効果があります。それは『オーラスキャン』というスキルです!」
まるで俺の質問など聞こえない風に、俺の言葉を無視し、次の説明に行こうとする。
「『オーラスキャン』があれば、対象のステータスを見ることができるのです! 異世界でこのスキルが使えるのは『女神ウアイラの祝福』を受けたあなたのみ! 誰もが羨望の眼差しで憧れる、いわゆる『固有技能』というやつですよ!」
「あの、それより、今の俺のステータスで異世界に行って大丈夫なんですよね……?」
女神様は微笑した。そこには隠しきれない哀れみの色がありありと浮かんでいた。
「……まぁ大丈夫でしょう。多分。きっと」
「あ、あの、なんかものすごく不安なんですが……。これ、割り振りをやり直せたりってできない……」
「さぁ、どうやら心の準備ができたようですね! それでは今から、あなたを剣と魔法の冒険溢れるファンタジーな世界へとお送りします! なお、異世界におけるいかなる損害やトラブルの責任を、当方は一切負いかねますので予めご了承下さい」
後半は滅茶苦茶早口言葉だった。
まるでTVCMの終了一秒前に出る長ったらしいテロップのように、読ませる気も聞かせる気もない。
女神様が指パッチンをすると、俺の足元に光の輪っかが生まれた。
光の輪っかはやけに複雑な形状をしている。
ひょっとして、これが魔法陣ってやつなのか。
魔法陣はゆっくりせり上がり、俺の身体を徐々に飲み込んでゆく。
魔法陣がせり上がった分、俺の身体が消えている。
膝下が消えているのを見て、俺は軽くパニックに陥った。
「わわわ……ちょっと、これ止めてもらえませんか!」
「怖がらないで大丈夫ですよ。痛くもなんともないですから」
「それもそうなんですが、ステータスも気がかりなんです! 『幸運』全振りなんて、そんなギャグみたいなステータスで右も左もわからない異世界に行くのは、ちょっと不安だな~って、できれば少し考える時間が欲しいな~なんて」
「多加賀幸一様、あなた意外と往生際が悪いのですね。何も考えることなんてありませんよ。一度確定したステータスは女神といえども動かせません。それに、どのようなステータスであろうと、あなたは自分自身の命を救うため、異世界に行かねばならないのですから」
「そ、それはそうなんですが……」
「それほど心配しなくてもいいでしょう。今のあなたは世界一運が良いのですから。それではごきげんよう! 運があればまた会えるでしょう! いえ、今のあなたは『幸運』だけはありますから、きっと会えるはずです!」
女神様はにこやかに俺に手を振る。
しかし俺にはもう振り返す手がなかった。魔法陣は、もう肩の下まできていた。
「ほんと、本当に大丈夫なんですかね?」
「ええ、きっと」
「絶対?」
「絶対……、とはちょっと言えませんね。この世には絶対なんてありませんから」
「……!」
女神様は肘を持って腕組みをし、苦笑して言った。
それが、俺が最後に見た女神様だった。
一言言ってやりたいことがあったが、もう口まで魔法陣に飲まれていたので何も言えなかった。
やがて、俺の肉体全てが魔法陣にすっぽり飲まれた。
何も見えなくなり、何も感じなくなり、意識が遠のいていった。
うわ~、不安でしょうがないよ……。
大丈夫かな?
やってけるかな?
『幸運』以外は高校生だぜ?
ロールプレイングゲームのレベル一の勇者より弱いんじゃね?
勇者は、一応勇者なんだからレベル一とはいえ、そんじょそこらの高校生より弱いとは思えない。
あれ? これってかなりヤバイんじゃね?
うわ~、マジやっちまったよ俺。
なんで『幸運』に全振りしちゃうかなぁ。
なんで二連打しちゃうのかなぁ。よくよくツイてないよ。
どうか神様、これが最後の不運でありますように。
って神様って、さっき会ったばかりじゃねーか。
アレ、あんまり頼りにならなさそうだし、あんなのに頼んでもご利益ないだろうなぁ……。
意識が落ちる束の間に、俺はそんなことを考えていた。