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9、不安な僕

 その後舞を練習して授業は午前中で終わりだ。


「王子、城から今朝の書類について話があると電話が入っているそうです」

「そうか。ではオルフェを送ったらこちらから連絡すると電話交換手に伝えてくれ」

「僕一人で帰れるよ」


 もうあの歌の影響も無い様だしここから寮はすぐ近くだ。


「そうして下さい。実は陛下が交換手のすぐ側でお待ちです。交換手から一刻も早くと言われましたので」


 この世界にも電話はあるけれど各家庭に一つとまではいかない。電話は学園に一台と寮に一台。城には五台くらいあるみたいだけどね。だから電話をかけるとまず交換手に繋がり、そこで繋いでほしい人の名前を言って、一度電話を切ってその人がきたらその人からかけ直してもらうのだ。


「ジグナー、オルフェを送っていけ」

「一人で大丈夫ですから! アレキセー王子お仕事頑張って下さい!」


 埒があかなそうだったので、僕はそう言って寮へ走り出した。僕だって男の子だからね。

 そうして走っていたら寮の前に一人の女性が立っていた。近づいて走るのを止めた。待っていたのはサリビア・チワワ。彼女は僕を待っている様だった。


「アレキセー王子にお前は相応しくないわ」


 前置きもなく初対面に近い間がらの彼女からの言葉にカチンとくる。あの歌でただでさえ嫌いなのに大嫌いになったよ。


 サリビア・チワワは僕の返事なんて待たずに話し続けた。

 結婚相手が男だと、継承権がなくなるから僕じゃ王子の負担だ枷だと。この世界では同性の伴侶を得る事は数は少ないが普通にある。そういえば父上が前に僕が男だから王子と結婚出来ないって言ってたけど、それはこういう訳だったんだ。


「あの歌だって王子は優しさで合わせただけ。貴方の恥に巻き込まれたくなかったから合わせた社交辞令ですわ。王子の貴方に向ける気持ちは一時のものよ。本気になさらないことね」

「その一時ですら君が誰からも気持ちを向けられないのは人の気持ちを汲めないからだろう?」

「なんですって?」

「アレキセー王子の気持ちが本物かどうかなんて事、気持ちを向けられない君がわかるかけない。寧ろこうして礼儀もなく人を理由をでっち上げてまで貶す人をアレキセー王子は好きにならないよ。僕も君大っ嫌いだし。二度と僕に近づかないで。君が今言った事と僕に対してした態度は報告させて貰うよ」

「私は間違っていないわ」

「間違っているよ。それに気付けない君に婚約者筆頭の資格ないよ。ほら、いいの?人が沢山見ているよ。君凄く醜い顔してるけど」

「おぼえてらっしゃい」

「次僕に攻撃してきたら僕も君を容赦なく攻撃するからそのつもりで」


 暫くにらみ合ってサリビア・チワワは踵を返して行った。

 僕は機械的に足を動かしてその場を移動し部屋へ戻った。パタンと扉を閉めてズルズルと滑る様にしゃがみ込む。ブルブルと震える手で尻尾の黒い所を握った。


「ッ……ふ、っく……」


 嗚咽が漏れそうになって手で口を押える。さっきの押し問答、僕は《見たことがある》

 どこで?なんてわかり切っている。そう、あの乙女ゲームでだ。男だとばれた悪役令嬢が他の取り巻きに絡まれるシーンに似ている。台詞回しは微妙に違ったけれど、おおむね似た様な事を言われるのだ。


 ゲームは破綻したんじゃなかったの? 僕は気が付いてしまった。もし、ゲームというものがまだこの世界に生きているなら。《アレキセー王子の僕に向ける気持ちは作られた物なのか?》と。


「王子の貴方に向ける気持ちは一時のものよ」とサリビア・チワワの声が甦る。

 僕はアレキセー王子に愛されている。それは本当だと思う。でもその気持ちはアレキセー王子も知らないうちにゲームに沿うようにして作られたものなんじゃないか?


 一度そう陥ってしまった疑問が離れない。


 アレキセー王子は僕のどこを好きになったんだろう? 歌? でも歌はいずれ皆が真似するようになるだろうし。そうなっても僕はアレキセー王子に愛されたままでいれるのかな?

 今は好かれているけれど、この恋はアレキセー王子の枷になるのかな?

 アレキセー王子の気持ちが離れることだってある。


 ゲームは役を補って続行中なのかもしれない。悪役令嬢をサリビア・チワワに。僕をヒロインに。でもそうしたら僕のこの気持ちも、アレキセー王子の気持ちみたくゲームにつられた物なの?


 もしこの王子を好きな気持ちがゲームによって作られた物だったら……


「嫌だ」


 違う。違う! 違う!! この気持ちは僕の物だ。

 気付いてしまった可能性はあまりにも残酷で僕は結局声を上げて泣いた。





「オルフェ!!」


 名前を呼ばれて気が付いた。どうやら僕はあのまま眠ってしまったらしい。痺れた手や足に思わず「痛ッ」と声を出していた。


 アレキセー王子が僕を抱えて寝台に連れて行ってくれる。そっと下され、目に入った黒い尻尾にしがみ付いて顔を埋めた。


「オルフェ、どうした?」


 アレキセー王子が聞いて来たけれど聞けないよ。アレキセー王子の僕への気持ちが本物かって聞かれてもゲームを知らない王子は本物だって答えるだろうし、僕が王子への気持ちに迷っているのをみたらきっとアレキセー王子は傷付くと思うから。


「具合が……あまりよく無くて……今日は、もう寝ます」

「ならば一緒に寝よう」


 尻尾を離さない僕にアレキセー王子が言ってくる。


「僕、寝相悪いから……アレキセー王子蹴っちゃうから」


 言葉では断りつつもどうしても尻尾を離せない。苦笑いして告げたらアレキセー王子に抱きしめられた。


「無理に笑わずとも良い。蹴ってもいいから今日はここで寝よう」


 抱きしめられた温もりが本当に優しくて僕はまた少し泣いてしまった。

 その温もりにホッとする。僕はアレキセー王子が大好きだ。好きで好きで、堪らない。こんなに好きだという気持ちが溢れてくるのに、これが作り物だなんて絶対に嘘だ。


 誰か、本物だって言ってよ。


「オルフェ」

「僕は……アレキセー王子を、愛しています」

「あぁ、俺もお前を愛しているよ」


 どうして!どうして!! 僕は……アレキセー王子のその言葉を信じれないんだ!! 《愛している》の言葉に嘘はないのに。どうして? どうして!!

 僕は悔しくて悲しくて怖くて情けなくて声を上げて泣いた。

 どうかこの気持ちが本物である様に。

 この温もりを疑わずに信じれる様に。

 願う言葉は口に出せない。泣き声ばかりが落ちていく。


 その夜、僕は熱を出した。食事に下りてこないアレキセー王子を心配したジグナーが僕の分の食事も持って来てくれた。食欲は無かったが、食べないと薬が飲めない。何とか食べてトイレに行って着替えてアレキセー王子の尻尾を抱っこしたままその夜は眠った。


 背中を擦るアレキセー王子の手の温かさに泣いて、アレキセー王子が「大丈夫だ。そばにいる」と囁くたびにしがみ付いた。アレキセー王子は優しい声で何度も何度も「愛している」と言ってくれた。

 僕はそれに「愛しています」と返してまた泣いた。




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