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4、十六夜の僕

 ドドック学園の入学式を明日に控えた今日は入寮式。新入生全員が寮で暮らす。王族以外の寮は二人一部屋で、食事と洗濯以外は全て自分でしなくてはならない。僕の部屋は五階の五〇二号室だ。一部屋にベッドが二つと机や椅子に備え付けのクローゼット。


 同室者はまだきていないようだ。クローゼットにある制服に着替えて、先に食事に降りていく。制服は紺色のブレザーで白シャツ。ネクタイではなく、赤細いリボンタイを結ぶ。


 着替えて鍵をかけ、一階の食堂の食事札を出しに行く。食事が必要な場合は札食堂へ渡して、要らない場合は出さない。階が下がるごとに身分がさがり、食堂、談話室、風呂、訓練室と寮監室は全て一階にあった。昇降機は各階に用意されている。


 滞りなく入寮式が終わり、入寮の注意事項などを話された後、夕食を待つ間談話室に案内された。そこには沢山の長椅子や椅子とテーブルがあった。それにピアノがある。そのピアノの側にアレキセー王子がいた。


 吸い寄せられる様に近付く。ピアノの前まで来た時、アレキセー王子がこちらを向いた。


「……十六夜」

「え? あ! リクエスト、ですか?」

「あ、あぁ」

「は、はい!」


 僕は緊張したまま椅子に腰掛けた。前奏部分を少し奏でて、ハッと指が止まった。リクエストされた《十六夜》が抱いて欲しいと愛を乞う歌な事に気が付いたからだ。かぁっと顔が赤くなる。


 こんな人前で……う、歌えないよぉ~でもアレキセー王子のリクエスト無下に出来ないし……顔を赤くして困って王子を見上げれば、王子は従者にどつかれていた。


「アレキセー王子。何という歌を歌わせるつもりですか」

「ッ!! そうだな。すまない。名を聞いてもいいか?」

「は、はい!オルフェ・ビーグルと申します」

「オルフェか。夕食後この詫びをしたい。部屋へ行ってもいいだろうか?」

「え?」

「駄目か?」


 ダメと言う訳ではないが、申し訳ない気持ちになる。まだ歌っていなかったのでなおの事。僕はどう答えたものかと困って眉を寄せた。するとそれを見た従者が話しかけてきた。


「困らせてすみません。私はジグナー・ボーダーコリーと申します。アレキセー王子の従者です。ご迷惑かと思いますが王子は引きませんので大人しく部屋の番号をお教え下さい」

「え?」

「おい!そこはお前俺をフォローするべきところじゃないのか? 脅迫ではなく伺いをたてるべきだろう」

「いたしましたよ」

「いやしてないだろう」

「私ちゃんとお願いしましたよね?」

「はい。五〇二号室です。お待ちしております」


 目の前で繰り広げられる漫才の様なやり取りに笑ってしまう。部屋番号を答えると丁度寮監が食事の時間だと呼びに来て移動となった。


 木造寮の各所に取り付けられたランタンが灯りを灯す。使いこまれた館は古くノスタルジックな作りをしていて階段が多い。黒く光る迄磨かれたは木の上を滑らかに幾つもの若いステッキと革靴が移動した。

 食堂に着くとその広さと天井の高さに驚く。上から吊るされたシャンデリアが煌々と照らす室内には長い長いテーブルと背もたれの高い椅子が整然と並んでいた。


「トレーを持って自分で食べたいものを取って食べろよ。食べきれる分だけにする事。残すなよ。終わったら座って好きに食べろ。待たなくていい。 食べ終わったら風呂の説明をするから用意をして風呂場来い。 あぁ、それと俺は男子寮の寮監のルクターナ・コリーだ。ちゃんとルクターナ先生と呼べよ。何かわからない事があれば言え。一年間世話になる館だ。大事に使うように」

「はい!」


 黒髪に琥珀の目をしたちょっとぶっきらぼうな感じの先生はこの男子寮の寮監でルクターナ・コリーという男の先生だ。食事はビュフェで僕は甘辛カツ丼を主食に食べる。食後は珈琲に牛乳と砂糖をたっぷり入れたかふぇおれを飲んだ。これはこれで美味しいけれど【豆柴甘露亭の黒茶】を使ったかふぇおれの方が美味しいと思った。


 食後指示に従い用意をして風呂へ行く。使い方を習って入り、早々に部屋へ戻った。何せアレキセー王子が来るのだ。荷ほどきして茶の一つも入れられるようにしないと。部屋に付くと鍵を差し込み開ける。中に入ってすぐ、左側のベッドに寝転がっている同室者に気が付いた。


「へぇ~さっきの……」


 起き上がり舐め回すようにこちらを見てくる。何だか嫌な感じがして、閉めたばかりの扉に寄り掛かり、不安に丸まる自分の尻尾の黒い部分を握った。尻尾の黒を握る癖はあの時からついた僕の癖だ。僕の怯えを見て取った同室者の目の色が変わり、ゆっくりと近づいて来る。扉と挟まれるようにして身動きを封じられた。


「俺の名前はカザルスア・ピットブル。お前なら男でもいいな。男に向かって愛の歌を歌うなんてお前相当好き者なんだな。ま、相手してやるよ」


 先程の王子とのやり取りで少しだけ弾いた《十六夜》の事を言われ、勘違いのまま強引に近づく唇に咄嗟に自分の唇を両手で庇った。それを見たカザルスアが「へぇ~ならこっち」と呟き、オルフェのシャツのボタンを外し出すと鎖骨にその唇を寄せてきた。


「ッ!!嫌だ!!」

「抵抗すんなよ。仲良くやろうぜ」


 鎖骨や胸に付けられる口付けの痕は《所有印》を意味する。恋人や伴侶やにしか許してはいけない物なのだ。

 こんな奴に!! 視界が歪む。気持ち悪い。悔しい。こんなヤツに所有印をつけられるなんて嫌だ。嫌だ!絶対に嫌だ!! 悔しいのに恐怖で体は震えるばかりで思うように動いてくれない。


「へぇ~泣き顔も可愛いな。抵抗すると後が辛いぜ?」


 更に服を脱がされそうになった時、コンコンと背中の扉にノックの音がした。


「オルフェ・ビーグルはいる…」

「助けて!!」


 アレキセー王子の声がして呪縛が解ける。声を出し助けを求めてめちゃくちゃに暴れた。


「オルフェ!!」

「わッ!!」


 背中を預けていた扉が開いて、カザルスアと共に廊下に倒れ込む。脱がされかけた服と掴まれた体と泣いているオルフェに状況を一目で判断し、従者のジグナーが止める間もなくアレキセー王子は僕に覆い被さっていた強姦魔を思いっきり蹴り上げた。


 ガッシャーーンと部屋の窓を突き破ってカザルスアが下に落ちていく。狼の本気の蹴りの威力に呆然としていると、ジグナーが上着をかけてくれた。


「ちょっと片付けてくる」

「駄目です。私がいきます。殺すと後が面倒なので。王子はこの子をお願い致します」

「駄目だ」

「半殺しにして来ますから聞きわけて下さい。貴方も王子が良いですよね? そうだと言いなさい」


 ジグナーの妙な迫力にコクコクと頷く。不安と恐怖。混乱と怯えはまだ治まっていなくて、側にあった黒い尻尾にしがみ付いた。艶やかで滑らかな極上の漆黒が不安を包み込む。僕の行動で役割が決まり、アレキセー王子は溜め息を一つつくとジグナーを行かせた。アレキセー王子は震える僕をそのまま抱きかかえて彼の自室の最上階へ向う。


 最上階には王族専用の部屋が三つ用意されている。今はアレキセー王子一人しか使っていない。この階の部屋には全てリビングキッチンと風呂とトイレが付いており、王子が過ごす寝室と書斎の他に従者部屋が付いていた。従者部屋には寝台と収納棚とテーブルと椅子が付いている。


 腕の中で大人しくしていた僕をアレキセー王子は己の寝室に連れて行きそっとベッドへおろした。僕はどうしても漆黒の尻尾離せなかったけれど、アレキセー王子は僕の体の震えが落ち着くまで尻尾を貸し出し、撫で続けてくれた。



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