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3、閑話 アレキセー・ウルガ

 夢を見て居た。昔の夢だ。それは悲鳴のような歌だった。決して大きな声では無かった。静かに泣いたまま呟くように歌われた歌。寂しい。愛して欲しい。誰かこの声を必要として。と。


「アレキセー王子、そろそろ着きますよ」


「ジグナー? あぁ、また、あの夢か……」


 人脈作りと婚約者探しを兼ねて王都にあるドドック学園に入学する為に来たのだが、ついうとうととしてしまった。

 目の前に座る空五倍子色(うつぶしいろ)の髪に藍の目をした綺麗な男は側付き兼護衛のジグナー・ボーダーコリーだ。年は一つ上だが気心の知れた気安い友人でもある。176センチの身長に細身のスーツが良く似合う黙って立っていれば文句無しの美青年だが、性格がいかんともしがたい。


「子供の頃お会いになったあの子犬ですか? 本当に会われたんですか? 夢じゃないんですか?」


「夢のわけがあるまい。第一夢なら俺の目は赤月に欠けない」


「そうでしたね。月の番ですか……会える事を願います。と、いうか会えなければ待つのは破滅ですよ。もう少し気合い入れて探して下さい」


「あぁ」と返事を返しつつ、俺は先程の夢を思い出していた。


 遊び相手が待つと言われ向かう先でその歌に出会った。鳶色に黒いメッシュの入った髪。大きな天鵞絨(びろーど)の瞳は溶けそうな程濡れていた。泣いて欲しく無くて、笑って欲しくて、なら自分が愛そうと言ったら驚いた様な顔をしたあと、笑ったのだ。とても、綺麗に。それに見惚れた。


 尻尾を差し出して慰めれば安心したのか全身の力を抜いて眠ってしまった。無条件に信頼してくる子犬。心を奪われた瞬間だった。

 体が熱くなり、血が騒ぐ。気が付くと眠る子犬の唇にキスをしていた。止まらい欲に押されるように胸元を開き鎖骨に所有印を残した。ハッと我に返って驚く。いったい自分は何をしているのか。寝込みを襲うなど。しかも相手は子犬で雄だ。その事に呆然としているうちにその子は居なくなってしまった。名前も身分も何もわからなかった。


 遊び相手と言っていたしそのうち会えると思っていた。けれどいつまで待っても会えず。聞いた時には周りはその子を忘れてしまったのか名を聞いても覚えがないというばかりだった。


 確かにあの頃はその位の年齢の子供が多く出入りしていた。そしてあの後俺は沢山の出会いを果たしたが、その子供の時の様に心が奪われる事は一度もなかった。


 狼族は一度恋をするとそれ以外の相手を受け入れられない。その恋が大きく破れたり死別すれば次を探す事もあると言われているが、その殆どはただ一人を一途に思い続け死んでいく。狼族は恋をした相手を《月の番》呼ぶ。それは恋をすると目に赤い月が現れるからだ。番とは言うが、強制力の様なものはないので、失恋もあるし結ばれない事もある。番だから恋するのではなく、恋をしたから番にと求めるのだ。

 目に現れた赤い月が満月に近い者が次期王になる。


 恋に落ちた俺の目に現れた赤い月に周りは慌てた。狼族の番に対する思いの強さは格別だからだ。心が番にしか揺らがない。しかも最悪な事に俺の赤い月は三日月型に欠けていた。


 親は泣いた。「何故三日月なのかと。これなら犬として生まれて欲しかった」と。

 狼と犬を掛け合わせた場合、生まれる子供はどちらか片方の種族として生まれる。犬であれば、公爵家へ下がり、狼であれば王族となる。

 同じ親から生まれても種族が違えば離されるのだ。


 狼にしか赤い月は出ない。月持ちの狼は成人しある程度たつと《獣化》する。完全なる獣になるのだ。その時強くなった本能を抑える理性が《赤い月》なのだ。赤月が少ない事は即ち理性の欠如を現す。

 獣化した狼はとても強く、暴走すれば犬等一噛みで殺してしまう。


 それを押さえるのが《月の番》の存在だ。しかしこの月の番も本当にお互いが愛しあっていなくてはならない。獣化した王族は鼻が利く。本当に自分を愛しているのか、本当に己が番を愛しているのかわかってしまうのだ。 

 もし仮に月の番が同情で番となった場合、それを察した狼は悲しみを暴走させ番を噛み殺してしまう。また逆も然り、己が愛した番と別人を選んでしまった場合、番以外の体液は本能を暴走させる為その番を手にかけてしまう。


 己の手で番を殺した狼はその悲しみに耐えきれずその場で自害するのだ。そして番を得られない月持ちもまた、被害を出す前に同族によって処分される。月の、特に欠け月の三日月が月の番を得られなかった場合待つのは処分の一択しかないのだ。


「まぁ、きっと見つかりますよ。それに男の番で良かったではないですか。異性の番だと継承権争いに巻き込まれますからね。男の番で良かったですよ」

「それは同感だな。俺は王の器にない」

「同感です」

「そこはもう少し思いやりのある言葉をかけたらどうなんだ?」

「同意しただけですよ? 私も面倒なのは嫌いなので、さっさと見つけて婚約なり結婚なりしてください。間違っても毒杯の手配なんて御免ですからね」

「あぁ、わかった」


 一般的にも少数ではあるが同性婚は存在する。そして王族でもこの赤い月と月の番がある為同性結婚が認められているのだ。ただその際、王位継承権から外れる事になる。番以外を抱けないからだ。まぁ王位より番が大事なので特にこれについて問題になった事はなかった。

 同情の番やなりすましを防ぐために、赤月の本当の意味や獣化、月の番については伏せられ一般には知られていない。


 ふと鳶色の髪の少年が外を歩くのを目の端で捕らえ、馬車の窓から流れる景色に視線を移す。鳶色の髪は比較的よくある。天鵞絨の目を持つ者も少なくない。しかし少年の天鵞絨はとても濃く鮮やかだった。

 三日月は欠ける。上弦下弦の月は割れる。満月に近ければ満ちる。月の表しかたは様々だが、古風な名前で三日月の欠け月を埋める月を十六夜という事を知ってからは、名も知れぬ番を《十六夜》と呼んでいた。


「十六夜」


 俺の十六夜は未だ手がかりすら見つからない。

 もう顔も定かではない。幼いころ一度それもほんの数分出会っただけ。けれど今でもあの歌は耳に残っている。こうして、夢に見てしまうほど――――


 お前は、今、泣いてはいないか?と……。




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