22、閑話 手のひらの宝物
オルフェが出ていったのを確認し、俺はマリアーノに視線を向けた。
「で、話があるのだろう?」
「あぁ、察しが良くて助かるよ」
そうして話されたのはいつかの【乙女ゲーム】とやらのイベントの事だった。
「小型化だと?」
「あぁ、秋のイベントの一つでな。この時に攻略対象者はヒロインのライバルと踊ることになるんだ。小型化してしまえば試験は受けられないだろう?」
「ゲームは破綻しているのではなかったか?」
「それがどうやら所々生きているらしい。まぁそもそも元は同じ人だからな行動が似かよれば、起きる出来事が似てくるのは当たり前だろう?」
話によれば豆柴甘露亭のお菓子【お猪口れいと】というふざけたネーミングの菓子にその小型化の薬が入っているらしい。しかしマリアーノは叔父にこの菓子の話をして作らない様にと言っていたらしい。
「菓子もなく、あの駄犬もいないなら問題ないだろう」
「そうなんだけど……店長が帰って来てない事とサリビア・チワワが気になるんだよ。シナリオ通りなら小型化で済むけどあのチワワはピットブルと違ってオルフェを憎んでいただろう? 仕込まれた物が毒性の強い物にすり替わる可能性も……」
そんな会話をしているとジグナーが青い顔をしてこちらに走ってきた。珍しいなアイツが走るなど。
「マリアーノ、店長が見つかりました。伝言です《おちょこれーとを作ったとマリアーノに伝えてくれ。オルフェが危ない》とどういう事ですか? オルフェはどこですか?」
ジグナーの言葉を聞いて俺とマリアーノは走り出した。
「くそっ!」
たった今マリアーノから聞かされた毒の可能性に体中の血が下がる。狼と犬では断然狼の方が早い。二人を待つことなく寮に戻れば昇降機の前でブライアムに会った。
「あぁ、王子……」
「オルフェ宛てに何か怪しげな物が来ていなかったか?!」
「あぁ、来てましたよ。小包みで……王子!!」
ブライアムの言葉途中で階段を駆け上がった。無事でいてくれ。
願いもむなしくドアを開けてすぐ目にしたのはフェルが何かを口に入れる所だった。クソッ!
「フェル!! 食べるな吐き出せ!!」
「え?」
駆け寄って口に手を入れたが飲み込んでしまったのだろう。抱きしめたオルフェの体が熱い。腕からオルフェの重みが消えていく。
「フェル!!」
叫んだ時ドアからジグナー達が入って来た。オルフェから目を話したのはほんの一瞬。しかしその一瞬でポンと煙と乾いた音をさせて、腕の中のオルフェの重みが消えた。
「フェル!!」
服を持ちあげるとコロンと小さな物が転がっていく。
「キャン!」
仔犬の鳴き声がして手のひらサイズしかない小さなフェルが床にペタンと座っていた。
「……フェル?」
「クゥ~ン?」
呼びかけたら小首をかしげて鳴かれた。頭が重かったのかそのまま傾げた重みに耐えられなくてコロンと再び転がってしまう。何が起きたのかわからなかったのだろう。プルプルと頭を振って周りを見渡していた。大きな耳が頭の振りに遅れてついてくるのが気になったのか、短い手で耳を抑える。と今度は毛並みが気になったらしい、口元に持って行くとペロペロと舐め出した。
誰も何も言えない。それは何故かと言えば床に崩れ落ちる様にして全員がオルフェの愛くるしさに萌え悶えていたからだった。
「くじ、くじを作ろう……このチビキャラ最高だよ。あ! 何をするんだ」
「こちらの台詞です。景品になどさせませんよ。王子小さいと何かと世話が必要でしょうから私が預かります」
持っていたハンカチでサッとオルフェをくるんで持って行こうとしたマリアーノからジグナーがそれを掠めとる。
ジグナーがポケットに入れかけたところでオルフェの「クゥ~」という悲し気な泣き声にようやく俺は我にかえった。
そのままジグナーの手からオルフェを奪還し、マリアーノに服を頼み、ジグナーに豆柴甘露亭の店長を連れてくる事と医者の手配を任せ、ブライアムにオルフェの食事を用意するように言って追い出した。
オルフェは人型をしているが言葉は話せないらしい。しかもどうやら脳も小さくなった為かこちらの言う事をあまり理解していない。手を離すと仔犬の様な泣き声で「ク~ンク~ン」ともの悲しく鳴くため、俺はずっと左手にオルフェを座らせて移動した。
「あむっ!……う?」
左手の人差し指をひたすら甘噛みしてくるオルフェを萌えながら見ていると「うぅ?」と首を傾げた後じっと俺の指を見てきた。
小さくなっても大きな耳を揺らして何度も俺と指を見比べている。
「どうした?」
「きゅ~ん」
「フェルどうした? どこか痛めたのか?」
目に見えて凹んだオルフェに慌てる。どこか痛めたのかと右手でオルフェを撫でるとオルフェは短い腕で俺の指を握ってくる。しかしすぐに立ちあがるとオルフェは先程まで噛んでいた俺の左の中指に小さな手を添えて小さな舌でペロペロと舐め出した。
「~~ッ!!」
「きゅ~ん?」
可愛さにそのまま閉じ込めてしまいたくなる。その欲をどうにか押し殺しこちらを伺うオルフェに「大丈夫だ」と笑いかけた。フェルは己が噛んだ事で俺が指を痛めたと思ったらしい。
「牙が痒いのか?」
声をかけてその小さな口に指先を少しだけ入れてオルフェの牙を撫でる。
「うゃう!」
もごもごと口に入って来た指を再び甘噛みし出すオルフェ。夢中なあまり小さな手と短い足が俺の手を蹴ってくるがそれが物凄く可愛らしい。オルフェの蹴りに答える様にちょっかいをかければ甘噛みしつつも、足を精一杯のばして反撃の蹴りを繰り出してきた。全く届いていないが。
「だめだ。可愛すぎる」
その様子を戻っていきた面々が見て再び萌え悶え崩れ落ちたのは言うまでもない。
マリアーノが持ってきたサイズの少し大きい人形のシャツを着たフェルは見たものを殺せる程可愛らしかった。シャツは膝丈くらいで、捲っても大きい袖口はフェルの小さな指先だけを残しだぼついている。
「ちびキャラの彼シャツとか、もぅ、もぅ……」
着せた瞬間、豆柴甘露亭の店長と医者を含む全員が何度目かの萌え悶えのたうちを経験した。
「うぅ?」
着せられた服をくんくんと嗅ぎ、キョロキョロと不安気なオルフェ。とてとてと歩くと乗せていたテーブルから落ちようとし、それを慌てて受けとめた。
「フェル、危ないだろう?」
「きゅ~ん」
懸命に伸ばした小さな手の先を見て納得する。そこにあったのは俺の尻尾。オルフェは小さくなってもオルフェなのだと全員が笑った。
尻尾を預けると黒い毛に埋もれる様にしてモフられる。至福と言わんばかりのその表情は言葉に出来ないほど可愛らしく、他の奴等に見せたくないと本気で思った。まぁ、だからと言ってこの状態のオルフェから尻尾を抜くことはしないが。医者は手早く診察し、かなり小さいが健康状態に特に問題ないとの診断を残して帰っていった。
「それで、戻す方法はあるのか?」
「は?戻すのか?」
「もう少しくらいなら平気だろう?」
「もう少し堪能してからでよくありませんか?」
ブライアムとマリアーノはまだわかるがジグナー、お前……俺がこのまま獣化したらオルフェ等一飲みだろうが。
「……冗談です。それで、どうすれば戻るのですか?」
絶対に本気だっただろうと問い詰めたいがそれでは会話が進まないので渋々不満を飲む。
豆柴甘露亭の店長が軽く咳ばらいをしてそれに答えた。
「これは愛のチョコレートなんだよ! 小型化したオルフェが愛する者、つまり王子がオルフェに愛を込めてキスすればすぐ戻れる。だがしかーし!! その際お互いの愛が本物であれば恋人はそのキスで戻るが、どちらかが偽物だった場合一日小型化は続く。お猪口れーとを偽ることは出来ないよ。さぁ、君たちの愛が本物かどうか、真実の愛を確かめてみるといい!!」
振り付きで言われたそれにマリアーノが眉を寄せた。どうやらゲームより強烈になっていたらしい。ゲームでは真実の愛など関係なく攻略対象にキスを貰えば小型化は解けたらしい。しかし、真実の愛か……ふざけた菓子だと思ったがこれは王族にとって救いの菓子となるだろう。
「店長、この菓子は追加で作れるか?」
「え?禁止しないくていいのかい?」
「あぁ、定期的に城へ使い方を説明して卸してくれ」
「わかったよ。まいどあり」
「ジグナー、契約を。それと城に使いを」
「かしこまりました」
この菓子の重要性に気付いたジグナーが豆柴甘露亭の店長とマリアーノとついでにブライアムを連れて城に向かう。そうして皆が部屋を出てから気が付いた。
「ここは女人禁制だ」
男装のマリアーノが何の違和感もなく男子寮に入った事には目をつぶろうと思う。きっと誰も違和感を持っていないだろうからな。
尻尾にしがみ付いて眠るオルフェを抱き上げ。寝室へと移動した。服を脱がせてそっとその小さな口に口付けると、モクモクとどこからともなく煙が上がり、やがてポンと弾むような音が響いた。寝台の上には見慣れた大きさに戻ったオルフェがしどけなく手足を投げだし眠っている。
互いの愛が本物であると証明された事に、言葉に出来ない喜びと安堵が満ちる。
「フェル……俺は……お前を殺さない」
良かった。本当に良かった。一番恐れた事態を免れた。握った手が震えて嗚咽が漏れる。オルフェを抱きしめたまま俺はしばらく動けなかった。




