2、僕の家族を紹介するよ。そして頑張ってぼく……
ある日の昼間、珍しく家族が揃った。
「オルフェ『春姫の目覚め』を歌って頂戴!」
「おいおい、君は昨日歌って貰っただろう?今日は私の番だ。オルフェ『勇壮なる戦士へ捧ぐ』を歌ってくれないか?」
「お母様、お父様ズルいです!ねぇオルフェ、今日は兄様に『夏の夜の恋歌』を歌ってくれるよね?」
「大人ばかりズルいよ!今日はあたしがオルフェお兄様に『秋の実り姫』を歌って貰うんだから!」
「み、皆落ち着いて?順番に全部歌うよ。お父様はお仕事があるから先に歌うね。次はダンスの練習があるライル兄様で、その次が秋の歌だからマリエルで、次がお母様の歌でいい?」
ビーグル家はビーグル犬の獣人の四人家族だ。オルフェ・ビーグルはそこの次男である。
薄茶色の髪に天鵞絨色の目の優し気な男性は四十歳の父のイゼル・ビーグルだ。このウルドック国で聖歌隊の第三部隊副隊長をしている。ウルドック国は狼族を王族とした犬族の国だ。隣には豹族を王に猫族が住んでいるが、間に大きな海があるし国土も広いため特に争いなどはない。鳥や卯等の獣人は存在していないし、僕の前世の人間もいない。
聖歌隊は城の武力を担う兵士達の集りだ。第一聖歌隊武力と歌やダンス、見目のいいエリートで王族を守り、第二聖歌隊は武力重視で国の内外の魔獣を狩り、第三聖歌隊は国の内部治安を守る。四季折々の式典では歌やダンスをもってしてお祭りに参加する為、芸達者が多く、第一聖歌隊のエリートより芸達者な人もいるくらいだ。
ちなみに父と同じ薄茶の髪に天鵞絨の目をした十八歳の兄のライル・ビーグルは第一聖歌隊の面々と同等くらいの歌とダンスの腕を持っている。けれど武力が余り無いので第三聖歌隊に所属しており、本人達も第三聖歌隊にいることを望んでいる。
鳶色の髪に鳶色の目の母は三十四歳でルリエラ・ビーグルは元歌巫女様だ。女性は学園を卒業すると大体巫女になり、神様に仕えてから別の仕事につく。勿論そのまま神様に仕え続ける人もいる。巫女は歌巫女と舞巫女に分かれ、その演舞は季節の祭りの目玉の一つだ。
母は結婚前まで人気の歌巫女だった。母に好く似た妹マリエル・ビーグルは薄茶色の髪に鳶色の目をしているまだ十歳だ。歌と踊りが盛んで陽気なこの国が僕は大好きだった。
文化的には前世より少し後れているくらいでたいした違いは無いように思う。大正ロマンだったかな?それくらいの文明だと思う。車も馬車もあるし、汽車もある。電気もあるし、ガス灯が灯る道は夜でも明るい。石畳の道は清潔で、医療もそれなりに進んでいると思う。 テレビは無いけど劇場が多くて、ラジオがあり、音楽が溢れている。
男性の服は子供や市民は着物で、中にシャツを着て帽子を被っているのが多い。スーツもクラシカルな感じで、外套とステッキと帽子、煙草もパイプだ。もちろん軍服もあって結構豊富だ。男性服は正式な場ではゲームの王子様みたいなコートを使った格好をするけど、白タイツじゃなくズボンだし、軍服にマントも手の込んだものなら正式な場所で良しとされている。女性の着物は袴が多く、大人はロングワンピースやドレスだ。
あれから前世の頃の記憶をポロポロ思い出したけれど、どれも些細な生活の一部で「あぁ、これはテレビでこれは天気予報だ」とか「これは新幹線だ」という感じで相変わらず前世の時の自分の事は全然わからなかった。ここの世界には前世の様な《人間》が居ない。ここで《人》と言えば耳と尻尾がある《獣人》のことをいう。
「仕方無いわね、じゃあそうしましょう。お茶を用意してちょうだい。お菓子は『月の雫のミルクレープ』がいいわ」
「あ、僕は『黒茶珈琲』でね。オルフェは『ほのか檸檬の蜂蜜水』だろ?」
「うん」
『月の雫のミルクレープ』は甘さ控えめなクリームと薄いクレープが何層にも重なった人気のミルクレープケーキで『黒茶珈琲』はコーヒーで『ほのか檸檬の蜂蜜水』はレモネードだ。どれも『豆柴甘露亭』のお奨め人気商品なのだ。
ピアノを弾きながら静かに歌って行く。『勇壮なる戦士に捧ぐ』は歌い方でかなり感じ方の変わる歌だ。
内容的には戦地へ行ってお前を傷つけるモノ全てから守れるような強い男になって帰ってくるからまっていろ。お前のいる場所が俺の帰る場所だから。故郷に勝利を持ち帰ろう。という雄々しい感じだ。
でも日本風に歌うと強い男になって帰ってくるからそれまでどうか待っていてくれ、そしてどうか勝利を願ってくれないか?俺は勝利を手にして君の待つ家に帰ろう。と故郷で待つ家族を思いそこに帰りたいという哀愁漂う歌になる。
歌は歌い方によって全く違うものになっていき、聞いた者の心を震わせていった。
ずっと歌で表す感情や心情は大きな声じゃないと伝わらないと思っていた。けれどこの歌い方の方が歌に込められた心は豊かに伝わる様に思う。
家族は僕の歌にハマっていき、僕の歌もどんどん上達していった。
僕は身内以外の人前では歌わなかった。歌い方を盗まれたくないといったら家族も同意し協力してくれた。隣のシェパード領の同い年のブライアム・シェパードとはよく追いかけっこをしたけどすぐに負けてしまうのでつまらなくなり、結局ピアノや歌の練習をしている方が良いとあまり遊ばなくなった。
自領で行われるパーティやお茶会、狩猟会でも歌は必須だったが父の名のもと僕は免除された。歌は僕の武器だから。いつしか僕には《歌わずのオルフェ》というあだ名がついていた。
最近は稽古しているとメイドや使用人が泣きだすようになった。強請られて故郷を思う歌を歌ったのがまずかったらしい。家族も周りも巻き込んで、僕は僕の武器を磨いて行く。
そんなある日兄のライルが何気なく聞いて来た。
「ねぇオルフェ、勉強はしているの?」
「へ?」
3つ上の兄に言われ僕は気の抜けた返事を返した。
べんきょう?勉強って……勉強!!!
「あぁぁぁ!!!! 勉強忘れてた!!! どうしよう!! 勉強しないと学園入れない!!!」
日々歌の事だけで頭がいっぱいだったが、学園に入るには勿論試験がある。前世の記憶があった為絶対に入れるものだと思いこんでいたのだ。けれど試験に受からなければ当然学園には通えない訳で。通えなければアレキセー王子には会えない訳で。そうして僕は慌てて家族を巻き込んでの試験勉強を始めた。
「アァウゥ~どうしようって泣いてる暇無いから!!! 頑張って僕!!! 涙止まんないよ~うぅ、なんでもっと早く気がつかないかなぁ~僕のばかぁ~。泣いてもいいから頑張ってよぼくぅ~。ううん、こんな弱気じゃ駄目だ!!! 絶対絶対アレキセー王子に会うんだ!!! 頑張ろう僕!!!」
勉強をしてみると僕は計算を覚えていて算数は問題なく、マナーと国語も問題なかったので歴史とダンスだけが課題だった。ダンスは男女で踊るワルツと同性同士で踊る狛犬神楽と呼ばれる踊りに分かれる。ダンスと言えばワルツの方を指し、舞いと言われれば狛犬神楽を指すことが多い。
ワルツダンスは妹のマリエルの練習相手をしていたので、少し練習すれば何とかなった。しかし、狛犬神楽は殆ど練習していなかったので、兄ライルと練習を繰り返した。
狛犬神楽は色鮮やかな着物をまとい、手に大ぬきと呼ばれる棒の先にヒラヒラした紙をつけた棒と、鈴を持って神様に捧げる舞いだ。舞いには基本の型があるが、それを入れればあとは好きにアレンジができる。
とにかく僕はそれをひたすら練習した。
一年くらいで前世の記憶は見なくなってしまった。でも今の家族が僕は好きなのでかえって良かったのかも知れない。歌はだいぶものになった。
あれから二年たち、十七歳になった。この年僕は一年だけ学園に通う事になる。
やっとアレキセー王子に会える! 僕の心は弾んだ。