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19、赤月の十六夜

 昼間はじゃれながら過ごし、お昼くらいにアレキセー王子の御家族と一緒に食べる夕食会の知らせが来た。そうご家族。つまり陛下と王妃と王子達とである。


 服はアレキセー王子が手配していてくれたけど、マナーや心構えが出来てなくて、アレキセー王子に付き合って貰いマナーのおさらいをした。


「お前も侯爵家の出だろう。マナーは問題ないが……会話が素直過ぎる」

「うぅ、すみません」


 僕は女装や歌の事があって、家での茶会や狩りといった催しにあまりでなかったから……。


「まぁ、大丈夫だろう。欺かなければならない者も今回はいない。気楽にいけ。何かあればフォローする」

「は、はい。宜しくお願い致します!」


助けてもらう気満々で僕は夕食会へ向かった。夕食会は僕が会話術を卒業までに鍛えようと思う出来映えでした。


 味を感じないどころか何を話し何を食べたのかも覚えていない。ヘマはしなかったけれど疲れ果てて部屋に着いた途端靴も脱がずにベッドへと倒れて眠ってしまった。


「オルフェ、着替えを……」


 そう声がしたが僕は起きられなくてそのまま動かなかった。そうしたら入って来た人が僕の靴を脱がせて服のボタンを外されて素肌を撫でられる感触でハッと我にかえって目を開けた。


「ッ!」


 襟をかき合わせベッドの上で後ずさる。薄明りに目が慣れて浮かび上がった人影に、僕はホッと息をはいた。


「アレキセー王子」

「すまない。声はかけたが起きなかったからな……せめてその上着だけでも脱がねばメイドが泣く」

「ごめんなさい」


 僕が今着ているのは王族に会っても問題ないくらいの上等なコート。物語の王子さまが着る様な贅沢で上品な上着だ。本物の宝石が使われている上着は手入れが大変なんだと思う。

 僕は慌てて部屋着に着替えて外に待つメイドさんに「ごめんなさい」って謝って服を預けたら、メイドさんはニコって笑ってくれた。良かった怒っていない。


「オルフェ、おいで」


 そう言われて僕はアレキセー王子の部屋へとついて行った。夜の城の廊下は長く暗くどこか恐ろしい。蝋燭の炎は揺らめいているが、僕は夜の廊下が苦手だった。

 アレキセー王子の部屋へ入るとテーブルの上にお茶漬けが入った椀が二つ置いて有った。付け合わせの漬物も付いている。


「食べた気がしなかっただろう? 食べるか?」

「はい!」


 アレキセー王子の気遣いに僕の胃袋はぐうぅ~と歓声を上げた。お茶漬けは魚の切り身に刻み海苔とわさびが少し、その隣に大きな梅干しが一つ乗っていた。その上から熱々のお茶をかけていく。魚の切り身が反って海苔の香りが惹きたち食欲を刺激した。早く早く!


「いただきます」


 二人で言ってまずは一口。魚の油が渋めのお茶に溶けて茶と海苔の香りが鼻を抜ける。わさびを溶かして梅を削ると立ち上る香りは一層食欲を刺激した。梅干しと魚と白米を匙で掬っていざ!


「ん~~っ!!」

「これは美味いな」

「はい! 梅の酸っぱさと魚の油が染み込んだご飯ってなんでこんなに美味しいんでしょう。あちっ!!」

「そう慌てるな」

「うぅ~はい」


 笑われた。恥ずかしい。僕は熱かった唇を耳で冷やした。


「っ! オルフェ。そのポーズは駄目だ」

「え?」

「襲いたくなる」

「え!!」


 アレキセー王子は僕が両耳を押さえての上目遣いに弱いそうです。そんな事を申告されても困るよぅ。無意識にしてしまうから……うぅ、照れる。

 お互いにちょっと照れながら僕等はお茶漬けを食べて変わりばんこにお風呂に入って寝支度を整えた。


 さて寝よう。そう思うのに夕飯の緊張がまだ残っているのか一向に眠くならない。

 このままだとアレキセー王子も起こしてしまうからと僕は部屋に戻ろうとした。


「オルフェ、眠れないなら歌ってやる。だからここにいろ」


 そう言って起こしかけた半身を横たえさせられた。代わりにアレキセー王子がベッドに肘を付き半身だけ起こす。薄い掛け布を上に掛けられるとポンポンとその上を叩かれた。


 アレキセー王子がゆっくりと息を吸い込む。そうして歌われた歌に僕は思わず目を瞠った。


 《十六夜

 欠ける三日月 思う褥に 重ねる熱を乞い想う。 瞼の裏に浮かべた吐息よ 絡まる恋情 愛し恋しと溶けほどけ 求め願うは 満ち月の十六夜》


 紡がれた歌は《十六夜》 けれど本当に驚いたのはアレキセー王子の歌い方が日本のそれに、僕が歌う歌によく似ていたから。


「お前の十六夜は切なく愛おしい。歌われて喜びと愛しさで心が震えた。俺もお前に味わって欲しくて練習した。お前ほどうまくはないが……俺の心は伝わったか?」

「はい」


 そう答えるのが精いっぱいだった。色んな感情が渦巻く。驚き、感動、愛しさ、嫉妬、不安。あまりにも色んな感情が渦巻き過ぎて僕は眩暈がして目を閉じ耳で両目を覆った。


「オルフェ、なぜ泣く? 嬉しくはなかったか?」

「ちがっう……すごく嬉しいけど……悔しいっ!」

「悔しい?」


 嗚咽混じりに言葉にしたら僕は僕の感情がやっと理解できた。そうだ。僕は悔しくて不安なんだ。


「アレキセー王子が、僕の歌い方を、覚えたら……悔しいけど僕はっ、アレキセー王子に何も敵わないよ! 僕の歌いらなく、なるっ」


 言い終わって耐えられ無くて僕はクッションに顔を埋めた。そんな僕の背中をアレキセー王子がゆっくりと撫でてくる。


「それはない。歌ってみて知ったがこの歌い方は本当に難しい。俺はどんなに練習してもお前ほどこの歌い方をものには出来ないだろう。この歌い方は声を選ぶ」


 背中を撫でるてとアレキセー王子の優しい声に僕の嗚咽は止まった。隣でアレキセー王子が身じろぎ、次いで首筋に濡れた感触を感じて僕はビクッと体を震わせた。

 今の―――アレキセー王子の舌?


「何度も練習してそれに気が付いた。途中あまりの難しさに投げそうになったが、お前に俺が感じた喜びを感じて欲しかったから何とか形になるまでは頑張ったが……お前を悲しませるつもりはなかった。すまない」

「ッ!!謝らないで下さい。僕の方がごめんなさい。アレキセー王子の歌すごく綺麗で歌って貰って嬉しかった筈なのに……つまらない意地を張ってごめんなさい」


 アレキセー王子がどんな思いで、何を思ってこの歌を歌ったのかを知ったのに謝らせるだなんて!! 僕最低!


「ごめんなさい」

「もう謝るな。俺はどうもお前に気持ちを伝えるのに失敗ばかりする。嫌になったか?」

「アレキセー王子こそ、僕を嫌いになっていませんか?」

「俺はお前の声も歌も心も体も全て愛してる」

「ッ僕も」


 何だか無性に泣きたくなって僕はアレキセー王子に抱き付いた。


「あの……」

「なんだ?」


 言いかけて口を閉じる。だって僕が今言おうとしている事って凄く都合がいい事だ。でも聞きたいんだ。もう一度。素直な気持ちで。アレキセー王子の心を感じたい。


「言ってみろ」

「……もう一度……歌って、下さい」


 駄目だろうか?僕は返事が怖くて寝間着の裾を握りしめたまま俯いた。

 アレキセー王子は僕の頭にキスを一つ落とし「あぁ」と溢して息を吸い込んだ。

 そうして再び紡がれる十六夜。


 僕は恐る恐る視線を上げると十六夜を歌うアレキセー王子の目は本当に優しくて深くて愛おしさで溢れていて……その歌に込められてたアレキセー王子の言霊が僕の心の中を温かく満たしていった。


「伝わったか?」

「……はい。愛していると……」

「あぁ、正解だ」

「僕も、僕も愛しています」


 そうして重なる唇に赤月が満足そうに微笑むのが見えて僕は嬉しくて笑い返した。



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