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10、この気持ちは本物です!

 次の日、僕はアレキセー王子のお世話をジグナーさんにお願いして、女子寮の寮監室に行きマリアーノを呼んで貰った。


「オルフェ! どうしたんだいその顔は!」

「マリアーノ……僕、ぼく……」

「あぁ、泣かない、泣かない。サロンを予約してくるからちょっとそこのカウチに座っていて」


 マリアーノを見て僕は耐えきれず泣いてしまった。女子寮と男子寮の間には憩いの場としてサロンが建っている。ここに通う人達は皆貴族なので、サロンには個室が用意されており、中庭の中には幾つもの半個室の西洋東屋も用意されている。


「完全な個室の方が良いだろう。おいで」


 マリアーノに手を引かれ、僕はサロンの小部屋に入って行った。


「ほら、これでも飲んで。いったいどうしたんだい?」


 目の前に揺れるかふぇおれを一口飲んでホッと息を吐いた。


「実は昨日……」


 僕はサリビア・チワワとの間に起こった事、それによって気付いてしまった事をマリアーノに話した。


「そうか。つまりオルフェは自分の気持ちが本物だっていう自信がないんだな?」

「うん。運命には逆らえないから。痛ッ! マリアーノ?」


 頷いて俯いたらマリアーノにペシッと頭を叩かれた。何で?


「その理屈で行くと僕は随分と移り気の激しい女になるんだけど?」

「え?」

「結論から言おう。君の恋心はまごうなき本物だよ」

「ッ!!」

「もし君のいう運命というものがあのゲームであるとするなら、僕が王子を愛さないのはおかしいだろう? 王子だけじゃない。僕は攻略対象全てに好意を持っていて攻略対象者も僕の事を少なからず思っていなければおかしい。けれど僕の中にヨナムール以外を愛する気持ちはこれっぽちも無いよ。君の中にはあるのかい? 君は全ての攻略対象の悪役令嬢なんだから君の中にだって攻略対象全員に最初から好意がなければおかしいだろう?」

「ぼ、僕もアレキセー王子以外ないよ!」

「カザルスア・ピットブルにさえ《ゲームが作った感情に逆らえない》なら僕等は好意を抱くはずだけど?」

「ッ!! 絶対ないよ!!」

「だろう? 僕の気持ちは僕の物だ。運命のモノではないよ。君の気持ちは誰のものだい?」

「僕の気持ち……」


 そう言ってマリアーノが僕の胸を指さす。


「ここから生まれた愛おしい気持ちの繋がる先は王子であって運命ではないだろう?」

「うん」

「なら君の気持ちは運命よりも前にある物だ。運命の上に乗るのではなく、運命の後にある気持ちではなく。全ては己の中の王子への気持ちが元になってそれに付随したものだ。君の心は君だけの物で本物だ。君の心は確かに王子を愛しているよ」


 マリアーノの言葉に僕はまた声を出して泣いた。マリアーノが僕を抱きしめてくれる。


「それとね、僕はこっちの世界がオリジナルだと思っているんだ。君はあの乙女ゲームがオリジナルでその世界に僕等が入ったと考えているだろう?」

「違うの?」

「逆だよ。僕等は僕等の未来の《もしも》を見たに過ぎないよ。アレキセー王子のパターン。ジグナーのパターンそれぞれのノーマル、ハッピー、バットエンド。どこをどう進めばこうなるって言うのを見てしまっただけさ。日本に居た頃ゲームの世界が本当に存在しているなんて思いもしなかっただろう? ゲームで起きた事があまりにも同じだから僕等はゲームがオリジナルだと思っただけさ」

「マリアーノも?」

「あぁ、僕も始めはゲームには決して逆らえないと思っていたんだ。けれどそれは違う。ここが自分で未来を変えられる現実であると教えられた。君に」

「僕? 僕ここに来る前にマリアーノにあった事ないよ?」


 驚きで涙が止まり、思わず顔を上げる。マリアーノがハンカチで僕の涙を拭いてくれた。


「会ったのは学園に来てからだよ。僕は少し前まであのゲームと同じ格好をしたあのゲームそのままのヒロインだったんだ」


 マリアーノが話す昔のマリアーノは今の彼女からは想像出来なくて呆然と見つめ返す。


「想像できないだろう?」

「うん。ごめん」

「いいさ」


 苦笑いしつつマリアーノは話してくれた。

 あの頃ヒロインの日常は嫌では無かったと。沢山の選択肢の中で何かを選べばそれは必ずゲームのヒロインと同じ結果になったのだと。


「それで僕は僕が何を選択しても未来はゲーム通り変わらないと思ってしまったんだ。一、二度失敗したくらいで諦めてしまったんだよ」


 情けないだろう?というマリアーノに全力で首をふった。


「僕が選びたいと思う選択肢の先に必ずゲームのヒロインがいる。僕は僕という心を完全に見失っていた」

「マリアーノは最初から記憶があったの?」

「あぁ。諦めたまま、僕はただただ流されるままに生きてきた。そんな時だよ、君の名を聞いたのは」

「僕の名?」

「《歌わずのオルフェ》」

「あ!」


 それは家族の前以外で歌わなかった僕についた名前だった。


「雷が直撃したかのような衝撃だった。ゲームでは君は《歌姫のオルフェア》だったから。君は歌わず、尚且つ男のままだったんだ。それで僕は気付いたんだよ。この世界の未来は変えられると」


 確かに未来はゲームとは大きく変わっていた。


「君はこの未来が変わるという意味がわかってないね。全く無自覚で偉業を成すんだから本当に敵わないよ」

「ごめん。未来が変えられるかどうかとかちゃんと考えた事なかったから」

「これがさっき言ってたこの世界が本物だって根拠だよ。ゲームの作られた未来は変えられない。けれど、現実の未来は変えられる。なら変えられるこっちがオリジナルだろう。この世界が本物なんだよ」


 マリアーノの言葉に驚きすぎて思考が停止した。


「僕等はこの世界より文明が進んだ日本にあったゲームだから無意識にそれがオリジナルでこの世界が偽物だと思っていたんだ。生まれ変わりもあくまでも魂がゲームキャラに入ったのだと考えていたろ?」

「うん」


 言われてなんの疑問もなくそう思っていた事に気付いた。


「それが違ったのさ。この世界が本物ならあのキャラ全てがこの魂が持つ可能性に過ぎない。魂は1つだよ。 キャラに入ったのではなくキャラと捉えていた人格全てが僕という一人の人間の人格なんだよ。王子パターンの僕もジグナーパターンの僕もヨナムールパターンの僕も、前世を思い出した僕も、元の魂は同じなんだ」

「だから、僕の恋心も本物だって言ったんだね」

「あぁ。君のサリビア・チワワとの争いがゲームに似ているというのも。僕が何を選んでも結果がヒロインと同じだったのも。魂は同じなんだから、選ぶ答えが似か寄るのは当たり前の事だ。キャラは僕等、オリジナルの世界を生きるマリアーノ・パピオンとオルフェ・ビーグルを元に作られたんだから。僕がもし、王子を好きだったらきっとこのゲームの様に物事は僕の意思で進んだのだろう。けれどそれは僕の可能性の一つ。本物の僕は僕の意思でヨナムールを選んだんだ。」


 マリアーノの言葉は目から鱗だった。あまりにも自然に、違和感なく受け入れていたから、それに疑問を持つ事さえなかった。


「僕等がオリジナル」

「そうだ。人より《もしも》を知っているからそれが正しいと思ってしまったけれど。本来人は《もしも》を知り得ないだろう? 僕がヨナムール以外を愛していたらどうなっただろう?って言うのを見たに過ぎない。君がもし王子以外を愛していたらって未来をみたんだよ。でもそれは運命じゃない。僕等の未来は決まっていないよ」

「王子以外を愛する未来か……全く心惹かれないよ」

「それはそうだろう。好きじゃないんだから。まぁ混乱も大きいが有利でもあるんだよ。最も僕等は未来を大きく変えてしまったからこの先ゲーム通りにはいかないだろうけどな」

「その方がいいな」

「奇遇だな。僕もだ。未来とは変わりゆくもの。それでいい」


 僕等は二人顔を寄せてクスクス笑った。


「助けてくれてありがとうマリアーノ」

「こちらこそ、あの時救ってくれてありがとう」


 目の前の霧が晴れて、僕は今猛烈にアレキセー王子に会いたくなった。


「あ! そういえばもう一つ問題があったんだった!」

「あぁ、伴侶が男だと王位を継げないとかいうやつか?」

「うん。僕は王子の枷なのかな? ゲームでは僕とアレキセー王子の結婚はバットエンドだったし」

「違うだろうよ。あのゲームのエンドの種類はあくまでもヒロイン目線だ。王子には王子のハッピーエンドがあって僕が見る限り君と結ばれるのが王子ルートのハッピーエンドだと思うぞ。第一好きな人と別れて嫌いな人と一緒になるのがハッピーエンドだとは思えない」

「王になれなくても?」


僕が聞いたらマリアーノは斜に構えて笑った。


「僕なら王位より伴侶を選ぶよ。だいたい譲られる権力に魅力を感じないんだよ。欲しければ己の実力で掴みとるからね。それに王位は第一王子が居るだろう。優秀だしそっちに任せればいい。ここで下手に王位を狙ってしまえば継承権争いとか内戦になってしまうだろう? 僕としては内戦の種になりそうな王妃なんて願い下げだ。王子には是非とも君と一緒になって貰いたいと願っているよ。まぁ何はともあれ王子の事は王子に聞いてみるといい」

「うん」


 なるほど、政治的に考えた事なかった。アレキセー王子が王位を欲しいどうかも僕は知らない。聞いてみよう。

《ぐぅ~》


「あ!」

「あははは。そう言えば朝食を食べ損ねたな」

「ごめん。マリアーノ! 僕ちょっとサンドイッチもらってくる!」

「あぁ、大盛りで頼むよ」

「うん!」


 マリアーノまで朝食抜きにさせてしまった。しかももう授業が始まってだいぶたっている。一つに夢中になると僕は本当に周りが見えなくなる。反省しへこみながらサロンの管理人にサンドイッチを頼んだら、特に何も言われずすぐ作ってくれた。


 泣きはらした目で行ったからかサボりについて言及される事はなかった。サンドイッチを持って戻ったらアレキセー王子とジグナーさんがマリアーノと話をしていた。


「お帰りオルフェ」

「た、ただいまです。あのアレキセー王子、どうしてここへ? 授業は……」

「今日は城の仕事が急ぎで入っていてな。まだもう少しかかるのだ。お前の問題は解決したか?」

「は、はい!」

「そうか。ならばそれを食べた後少し頼まれて欲しい。ジグナーと共に【雪白染屋(ゆきしろそめや)】に行って欲しい」


 なんでも衣装の地色を早めに決めておかないと他の出演者たちと被ってしまうのだとか。


「僕が決めていいんですか?」

「あぁ」

「アレキセー王子の希望はないんですか?」

「そうだな。春らしい華やかな色であればいい」

「わかりました! マリアーノも行く?」

「いいや。色決めはパートナーと行く約束をしているからな」

「そっか」

「私とでは不満ですか?」

「ジグナーさんと二人で行くの全然不満じゃないですぅぅ」


 マリアーノを誘ったら隣から冷ややかな声でジグナーさんに言われ慌てて首を振った。


「ではブライアムも連れて行きましょう」

「え? ブライアム、ですか?」

「彼が私の舞のパートナーなので。そもそも私は試験免除の身ですからね」


 ジグナーさんは僕等より一つ年上なので去年学園を卒業していたのだ。だからアレキセー王子の従者として特別入学を許されたらしい。

 従者は卒業生で年の近い者という決まりがあるそうだ。


 僕はサンドイッチを急いで食べてジグナーさんと授業を終えたブライアムと一緒に街へ下りた。







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