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12 悪の戦士たちの悪だくみ

    ☆



 その夜遅く。

 皐月のマンションから西へ四キロほどのところにある住宅街で、ひとつの動きがあった。


 二階建ての古い洋館だ。高いコンクリート塀にぐるりと囲まれた広い敷地。数年前に所有者が亡くなり、ある不動産業者が買い取ったのだがそこが倒産。以後、ろくな管理をされず、次第に廃墟と化していった館である。

 建てられた当時はさぞや豪壮な邸宅だったのだろうが、化学物質を含んだ都会の雨つゆに長い間打たれ続けて、いまや壁はどろどろ、庭は野性化、蔦なんか屋根の上にまで這い昇っている。外から見ると、まさに幽霊屋敷であった。


 だが、すべてが死に絶え、動くものなどないはずの古い洋館の奥では、急遽布設されたケーブルやコンピュータ、その他の電子機器や機械設備がうなりを上げ、今まさにひとつの実験が始まろうとしていた。


「各ユニットへ電力投入。命令手順ファイルオープン、物体形成アプリ、起動」


 そんな声とともに、すべらかな指先がタッチパネルを伝い、ボタンを端から順にタップしていく。

 サンドラである。

 彼女は、どこか恍惚とした面持ちで、手順を口にしながらなめらかに作業を進めていく。


「分子凝縮フィールド、発生確認。形成チェンバー内へ原子注入開始……基礎カーネル形成中、問題なし」


 モニターの表示を確認すると、タッチパネルから顔を上げて正面の監視窓を見やる。

 窓の向こうには、壁を鉄板で補強した実験室があった。二階までぶちぬいているらしく、天井は高い。広さも三十畳分くらいはある。

 その中央に、鈍色の金属でできた円筒形の檻のようなものがあった。


 物体形成アプリによって任意に物を造り出す、分子凝縮フィールド発生機。その形成チェンバーである。


 いま、チェンバーは低く唸るような音を上げていた。

 内部へ注ぎ込まれる原子が、アプリの設定通りに結合しあい、ミクロの世界から猛烈な勢いでマクロに編み上げられていく。チェンバーの床から、次第に何かが明確な形をとりはじめた。

 四つに別れた塊……ロボットの脚部である。

 それを確認して、サンドラはにやりと笑った。


「アプリ正常実行、確認。マニュアルモード終了。以後、形成作業はAIへ移管。……どう? この世界の資材だけでも、ちょっとしたものは造れるのよ。このサンドラ様の頭脳にかかればね」


 背後にふりかえって、声を投げる。


「くだらんな」


 壁ぎわにわだかまる影のなかから、男の不満げな声が返ってきた。

 よく見ると、パネル類からかすかに届く光に、横へ流した長い髪と、人目を惹きつけてやまない美しく整った面立ちが薄く照らされている。

 ベリアルだった。


「相変わらずだな、サンドラ。お前は己の能力を全開にして戦うことこそが戦闘の醍醐味だということを、どうしても理解できんようだ! くだらん機械ばかり造りおって、一度くらい己自身の戦闘力のみで戦おうとは思わんのかっ」

「あんた、その暑苦しい性格なんとかならないの?」


 サンドラはうんざりして肩をすくめた。ラメ入りの衣裳がきらきらと光る。

 あんたもその服なんとかしてくれ。


「大体、あたしたちの目的は戦うことじゃなくて、この世界の悪の尖兵たちに策動して破壊と混乱の種を播くことでしょう。そんなだから、こんな僻地に飛ばされるのよ」

「あいにくだな。ここは僻地かもしれんが、俺にとっては天国だ。第一、お前とてその僻地に飛ばされてきたんだろうが」

「おーや。あんたみたいな戦闘バカと一緒にしないでほしいわね。あたしは志願してきたのよ、この世界に」

「志願だとお?」


 ベリアルの顔に疑心が浮かんだ。


「貴様……まさか、ナイトエンジェルどもを横取りする気ではあるまいなっ」

「ふっ。いらないわよ、そんなもの」


 皮肉めいた顔をして、サンドラはパネルにもたれかかる。


「……でも、噂どおり、相当ご執心のようねえ?」

「当然だ。ようやっと巡りあえた正義の味方だぞ。誰にも渡さん、あいつらは俺の獲物だ。全力で粉砕してくれる」


 なんだか人生によっぽど娯楽が少ないような台詞だが、とにかく強い調子でそういうと、ベリアルはふたたび壁に背を預けた。


「それにしても、増援が来るとは聞いていたが、まさかお前だったとはな。なぜすぐに連絡をよこさなかった? TVの報道がなければ、この場所を特定するのにも骨を折ったかもしれん」

「あたしだって羽をのばしたいもの」


 サンドラは、ばさっと長い髪をかきあげた。


「せっかくこんなド田舎まで来たのよ。あんたと同じく、あたしはあたしの思うとおりにやりたいの。

 ただし、評議会の命令の範囲内でね。そのへんが、どこかの戦闘バカとは違うところよ」


 サンドラの辛辣な言葉に、ベリアルは不快げに目を細めた。


「それで、あのロボットか」

「あら、わかったの? ほっとしたわ。貴方にも最低限の知能はありそうで」

「サンドラ! 貴様、口の利きかたに――」

「気をつけるのはそっちのほうよ、あいにくと」


 サンドラは艶やかな余裕の笑みを浮かべた。


「おなじ特務戦士でも、あたしは監査役として派遣されてるの。あんたの上官なのよ、上官、指揮官さま! あたしの名を呼ぶときは、身の程を知って『閣下』とつけることね」


 女王様ではないのですか。


「ぐ、ぐぬぬ……!」


 そのとき、ビーッ、という電子音が部屋に響いた。


「終了したようね」


 サンドラが、監視窓の向こうの実験室をのぞく。

 チェンバーには、形成の終わったロボットが鎮座していた。

 昨日、駅に出現したものと同じタイプだ。


「ふん、またがらくたが一つできたか」

「あんたよりは役に立つわよ」


 サンドラは冷たく言い返した。


「現地の犯罪結社とコンタクトして、大規模な騒乱のための武器兵器を供給する……この世界はロボット兵器の概念がずいぶん普及しているようだし、我々の力を彼らに示すには、本物を造って見せてやるのが一番の早道ってわけね」


 サンドラは、パネル脇に据えつけたレコーダー付きTVを見やった。

 こまめに録画しておいたのか、画面のなかでは大剣を振りかざした人型のロボットが着ぐるみ怪獣を相手に暴れまわっている。

 概念ってひょっとしてこれのことでしょうか。


「ちょっとデザインセンスに問題のあるロボットばかりだけど」


 そうつぶやいて、全くくだらない、とばかりに口元をゆがめる。

 自分のことはすっかり棚に上げていた。


「昨日はすぐに分解してしまったようだがな?」

「……遠隔形成だったから、フィールドのエネルギー伝送が保たなかったのよ!」


 ベリアルの嘲笑を感じて、サンドラは不快気に鼻を鳴らす。


「鉄道の電気を流用できるかと思ったんだけど。……でもいいわ。評議会からはまだろくな資材も届いてないし、前に出るのはこの世界での足場をきっちり固めてからにしましょう。

 それに、近くを目障りな強制執行局員がうろちょろしてるし。それも先に始末しとかないとね」


 サンドラは舌なめずりした。瞳が妖しく輝く。


「逃がさないわよ。あたしに目をつけられて逃げおおせた相手なんていないんだから。どこに隠れたか知らないけど、せいぜい震えて眠ることね。あーっはっはっは!」


 室内に高笑いがきんきん響く。


「お前、その癖まだ治ってないのか……」


 ベリアルはげっそりとつぶやいた。


「……とにかく、目先の用がないなら俺は自分の築いた拠点に帰らせてもらうぞ」

「あら、強制執行局員を捕まえるのには興味ないの?」

「お前の話だと、戦う力なぞ欠けらもない小娘のようなのでな。そんな奴を相手にしても楽しくない。それに、いまは俺の甲冑も調子が悪い。前の戦闘で受けた損傷がまだ癒えておらんのだ」

「変なこというわね。壊れたって分子再結合させれば簡単に復元できるじゃないの」

「戦闘の衝撃で、形成アプリのほうにバグが出たのだ。修正には手間がかかる」

「あたしがデバッグしてあげようか?」

「いらん。俺の甲冑だ。それに、お前に任せるとどんな悪趣味な改造をするか知れたものではないからな」


 ベリアルは部屋を出ていった。

 サンドラは、閉じたドアをうらめしそうに見つめた。唇をとがらせる。

 瞳には、今までおくびにも出さなかった奇妙な感情の色がわだかまっていた。


「……もう少しくらい、いてくれてもいいじゃないの。ほんっとに戦闘バカの朴念仁なんだから」

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