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水蜘蛛  作者: 漆原康弘
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無限に拡がる大宇宙

私は本が好きである。


本と呼べるモノとの出会いは五歳の頃だった。

それ以前から与えられ読み聞かせられていたのかもしれないが、自らの手で能動的に頁を捲り、脳内に飛び込んで来る未知の情報に魅了されたとされる最古の記憶は五歳である。



宇宙図鑑。

図鑑なので画が頁の多くを占めるからしてサイズも大きく、カバーもハードで分厚く、子供からしてみれば重々しい本だった。

真の闇に傾き浮かぶ土星望遠写真が飾る表拍子と、MMU(前時代に於ける宇宙空間を人間が移動する為の装置)を背負った宇宙服のブルース飛行士の裏表紙の、子供に媚びる気配を一切感じさせない無脚色と無機質さが本の質量的な重さをより重くしている。

学研から子供向けに出版されているのだが、なんだか難しそうな本だ、という印象である。

デカイ、重い、分厚い、可愛いらしくない。

そんな本に何故興味を持ったかは、親戚の伯父の働きあってのことで、彼無くして私は居ないと断言する。




五歳の子供からすれば結婚式なんて退屈の至りである。

遠縁の親戚の結婚式に出席した五歳の私は暇で暇で仕方なかった。

新郎新婦の人生に今その瞬間に初めて関わった程度の、そもそも結婚式の意図すら理解していない子供に、建前の祝福を演じ切れと要求するのは酷だろう。

しかも知らない大人達が大勢居て、何故か厳粛。

正直、結婚式のみに関して言えば居心地の悪さ以外は何も覚えていない。


そんな中、隣のオジサンが本を与えてくれたのが全ての初まりである。

前述の宇宙図鑑。

親戚が初めて私に会うとの事でプレゼントしてくれたと後になって経緯を知ったが、しかし初手が宇宙図鑑とは強烈だ。


オジサンは世間から先生と呼ばれる人で"なんでも知っている人"だった。

きっと独りでは宇宙図鑑なんて難しい本を読めなかっただろうが、オジサンは私の興味を巧みに擽りながら本の中身を次々に解説し、どんな質問にも答えてくれた。


私はみるみる内に宇宙の虜になった。

我が家の内側が全てだった"私の知る世界"が拓けた瞬間である。

宇宙という真実が無限に拡がっていると知ったのだから。



この経験から宇宙を突き詰め、果ては宇宙を志す人になっても可笑しくないのだが、実際そうはならなかった。

宇宙図鑑から宇宙を好きになったのではなく、本をそのもの好きになったのである。

真実、心理、思想、哲学、文化、歴史、または架空といった、私の知らない"宇宙"が本の中に拡がっていると知ったのだ。



ところで、宇宙図鑑で想像を絶する規模の真実を知った経験から、本の中の内なる世界へ没頭するようになるとは面白い変遷だ。

一見は対極に位置するように感じられるかもしれないが、宇宙も精神も無限に対して私は塵の如く矮小という意味ではどちらもそう大差ない。

宇宙の広さも無限であるし、本を構成する紙一枚の厚みの内に拡がる感覚世界もまた無限で、宇宙科学も精神哲学も、見識を広げたい探求欲という原動力で駆り立てられ突き動かされるのだから、私にとってはイコールである。

ただ媒体が違うだけ。


こうして本をきっかけに感覚的なモノを探るよう目線を向けるようになったのである。



と、仰々しく私自身のあらましを綴ったが、実際にどんな本を読破してきたかと聞かれると意気揚々と答えられない。

局所を切り取って血肉としてきたので、その本全体を語り切れないし、何よりもどの本に傾倒してきたかを語ると底が知れてしまうようで嫌。

なので、おいそれと愛読書を人に聞かないし、答えられない。


マジックはタネが判らないから面白い。

ヒトも然りと私は思う。

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