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水蜘蛛  作者: 漆原康弘
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拳の行方

小学生の頃である。


普段から明るい、しかし間抜けで弄り甲斐のある級友が居た。

彼は皆にとって格下の人間だった。

欠如した私なんかよりも馬鹿で、テストの点数も悪ければ常識もない。

その癖、運動や外遊びだけは得意な、元気な田舎小僧。

愛すべき馬鹿。

だが憧れを抱かない格下。

同学年でありながら彼は皆の弟だったのである。



ある時、彼は怒り狂った。

穏和で、ぞんざいな扱いに対してものらりくらりとヘラヘラと巧みに往なす我らが弟の、命が大爆発するような激情。

私が生涯初めて見た、そしてもう二度と見られないであろう、生の喧嘩。


発端は級友の茶化しである。

トーン、間、言葉選び、発信者。

どれも普段と何等変わらない茶化しだったのだが、我らが弟だけがその日は違う、陽気にせせらぐ水ではなくニトログリセリンだった。

実は日頃から鬱憤が溜まっていて遂に限界に達したのか、実は発端の友人を嫌いだったのか、何か別の違う原因が彼を不機嫌にさせていたのか。

知る由もない。

ともかく我らが弟は激昂した。



放課後の教室。

まるでそれは大噴火だった。

茶化した級友を、我らが弟は見違えるような大声で罵倒し否定した。

怒りとは命の脈動である。

自制を完全に無視した外側に放出される怒りに、胸に耳を充て心臓の鼓動を直に聴き触れるような、生命の息吹を感じた。


弟ではない弟を垣間見た私達は面喰らった。

当事者である茶化した級友は、ここで引いたら男が廃るような意地がそうさせたのか、どうにか応戦する。

彼もまた面喰らっているので、圧されている雰囲気が劣性を醸すが、徐々に我を取り戻し怒りを溢れさせて(怒っているのだから実際は我を失っているのだけど)戦局は拮抗していく。


舌戦は熾烈を極めた、とは言い難い。

なにせ子供なのである。

シンプルな汚い言葉で罵り合い、レパートリーの多さと巧みな言い回しが勝敗を決するような、決して個人の本質を否定することの無い、どうしようもなく不毛な闘いなのである。

子供なのだから、他人の本質を見抜き、確個たる自我でそれを貫くことなんで出来やしない。

どちらも出来ないから子供なのだ。


そうしている内、遂に手が出た。

軽く、しかし強く、肩をポンと突かれ後ろへよろめくも、直ぐに踏みとどまる我らが弟。

奥歯が砕けるのではないかというくらい強く食い縛り、掌を自らで握り潰さん勢いで拳を作る弟。

憤怒の権化となった弟の撒き散らす負気で教室が満ち満ちていた。

ああ、いよいよ不味いことになる。

皆がそう思ったことだろう。




しかし、である。

我らが弟が握る拳をぶつけたのは対戦相手ではなかった。


キョロキョロと周囲を確認し、目に止まった最も殴るに相応しい標的をロックした。

ガラス窓だった。

教室とグラウンドを隔てる透明の壁、ガラス窓。

どうして窓なのだろうか、という疑問は後からやってくる。

我らが弟は、今すぐにでもブン殴れる間合いに居る対戦相手よりも遠い窓を何故か敵と見なし、ガラス窓へ肉薄した。

まるで柔らかい物体を殴るかのように、硬いガラスへ拳を、怒りの本流を全力で打ち付ける弟。

怒りは自制を失くすとは本当なのだ。

ガラスと骨のぶつかる生々しく鈍い衝撃が私の身体を怯ませた。


きっとガラスは思っていたよりも硬くて痛かったのだろう。

私らが弟は拳で殴るのを一発だけで辞めて、勝負はここからだと、まるで相撲取りのように張り手を乱舞させた。

私と同年代の子供かどうか疑わしいエネルギーの嵐を相手に、ガラスは耐え切れず、あっという間に砕け散ってしまった。


喧嘩相手も傍観した私達も時を止め、泣きながら教室から走り去る我らが弟だけが、未だ流れる時間の中に居た。

噂を聞き付けた教師が来るまで、割れたガラスが物語る魂の残滓から私達は目を離すことが出来なかったのである。




怒りに燃え、ガラス窓へぶつけた初撃で彼の拳にヒビが入っていた。

張り手で突き出した腕は窓側に残った刃のようなガラスで切り刻まれ、数針縫ったと後に聞く。

文字通り粉骨砕身するあのエネルギーが人へ向けられていたなら、どうなっただろうか。

だが彼は人を殴らなかった。

殴ろうと思えば殴れる距離に相手が居たはずなのに、いちいち人以外の物体を健気に探したのである。

狂気に支配されてもなお人を殴らない良心が討ち勝ったのである。

ああ、この人は優しいのだ。


次の日。

これでもかというくらい包帯で巻かれた腕を首から吊って恥ずかしそうに登校する我らが弟と、包帯という装いになんだか大人のフォーマルさを感じて羨ましくも囃し立てる私達。

そこに遺恨も武勇も無い、シンプルな謝辞と共に只の弄り甲斐のある弟が還ってきただけだった。




この事件以来、私にとって彼は格下の人ではなくなった。

優しさを持つ、それでいて怒りをしっかり持つ、健康な人。


拳が砕けるような全力をぶつけられるような精神状態で、それでも人を傷つけまいとする温情が自らを制したのである。

私自身そこまで怒り狂ったことは無いが、素晴らしい魂である。

きっと私もそうするだろうが、未経験故に彼は格上だと賛辞したい。




当時の友人との関わりは今では全く無いのだが、我らが弟こと、彼とは近所のレンタルショップやスーパーで偶然顔を会わせることが、ままある。

彼も今では年下の奥さんと結婚して子供も居る、立派な、立派な、社会人。

彼らの家庭を垣間見る度に、やっぱり私は格下なのだと実感するのだが、何故か私は微笑ましい気分でいっぱいになるのである。

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