強欲、渋を征す
ヒトを理解できないながらも、実は学校はとても楽しい場所だった。
決して私は人間嫌いではない。
ヒトの持つ得体の知れない残酷な素質の影は、異種な私にしてみれば未知故に恐怖の対象だったし、転じて興味の対象でもあった。
嫌いではなく寧ろヒトが好きなのだ。
人と人とを挟む磁場に生まれる、特に子供により顕著に見られる、嫌われたくない好かれたいという負の自己形成術と、他人を必要としない個人の内なる磁場に生まれる私自身はどう在るべきかという正の自己形成術。
二つで、手応えが遅れてやってくるような、私自身を微かに堆積する作業が好きだった。
他人を知る為の探検、コミュニケーションである。
そこから得るものが、快感だろうが苦痛だろうが私にとって大差は無い。
嫌い嫌いは好きの内だ。
嫌いだって好きと同じ認識の内。
好きとは違って嫌いには負のラベリングが成されるというだけで、確実に脳内に存在している証である。
好きの逆は無関心や拒絶だと思っている。
そして嫌いと無関心や拒絶は並列ではない。
ヒトは案外嫌いなモノに非常に詳しかったり、無意識のアンテナが新しき情報を蓄積すべく働いたりするが、無関心や拒絶は新たな情報の入り込む余地を頑なに閉ざす。
なので、私の中で喩え嫌いが先行しても興味は事切れておらず、嫌いな人やカテゴリを私から切り離すことはない。
何かを切っ掛けに好き側へラベルを転換できる可能性だってある。
無関心なら初見で取っ掛かりを得ることなく見送り忘れるだろうし、拒絶なら認識は有れど強烈な無視を決め込み、いずれ私の中でどうでもいいものとして淘汰される。
つまり今手許にあるものは全て興味の対象であるということ。
未熟や失敗の結果嫌われたなら反省し挽回に励みたいが、私の中の嫌いを無理に覆すことはなかったので私はそれなりに嫌われた。
嫌いな要素に対する嗅覚が明確に働く以上、私も誰かに嫌われても構わない。
嫌う資格とは嫌われる覚悟、が持論だ。
欠如を孕む屈折した私自身をどうにか深きに沈め、黙って普通を装う中でも、私が認めない、意に添わない、魂が赦さないような人格をコピーして迎合する癖は早くに棄てた。
きっと何時かは、かつて取り繕った整合性欠ける人格達に真の私は阻まれ、自らの首を絞め、八方塞がる。
私は大嫌いな八方美人を演じてまで好かれたい木乃伊ではない。
私はヒトでありたいのだ。
学校へ行けば級友と関わることが出来た。
義務教育を果たしたそこらの人々と同じように、当時の私にとっての世間とは学校だった。
一定の時間を他人と共に過ごす社会活動の、外側に拓けた集合体の一単位である。
では最小の単位は何であるか。
家庭である。
私が生まれるよりもずっと早い段階で、私の家庭は破綻していた。
諦観含みに最古の記憶を呼び起こしてもやはり私は家では独り。
独りとは比喩でなく、実際に両親と顔を合わせず一日を終える日が多く、顔を合わせても特に会話を弾ませたり何かを報告したりすることなんて全く無いと言い切っていい。
貧乏ながらも衣食住という環境面だけで言えば、死活の際に悩むこともなくどうにか恵まれていたのかもしれないが、やはり家は嫌な場所だった。
雨風を凌ぐ建物で、死なない為に用意された食べ物で食事という儀式を、作法というルールに従いながら独り執り行い、眠くなるから感覚に身を任せて寝る。
世間との往復に安らぐべき、家族が営む家庭ではなく、私と両親各々が各々に自己完結する、個人の域を出ない場。
そんなヒトを感じない無機質な空間で、有機的な時間を与えてくれたのは本であり音楽だった。
こうして、級友という世間が、自宅ではモノに憑依した先達の魂が、欠如した私の探求欲に応え、私自身を脈々と形成していった。
辛酸の味は非常に美味だったのである。




