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彼岸花  作者: 葵陽
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オヤコ

病院のベッドで土色の親父を見た。こんな小さな管が今の親父の命綱だ。

抜こうと思えばいつでも抜ける。殺そうと思えばいつでも殺せる。




誰が抜いてやるものか。




なんで、こんな奴のために俺が豚箱に入らにゃならんのだ。広介は肺の中の空気を一気に吐き出した。


「親父。」

広介が呼ぶと父、総介は眼を開けた。


意識があるなら、危篤じゃねえよな。あの爺医者、嘘つきやがった。まあいずれにしろ、死期は近いのだろうか。


「おお、…広介か。」

「笑っちまう程情けないな、良い様だ。」

鼻で笑う広介。しかし、ここに広介を諌める者はいない。


「広介、人間ってやつはなんでこんなに弱っちい生きもんなんだろうな。俺は死ぬなんざ恐かねえと思ってたんだが、今は、すげえ、生きたい。」

親父は初めて、息子の前で泣いた。


「うん、

そうだね。」

広介はそれだけ答えた。




翌朝、親父は吐血した。

医者の話では今日の昼が峠らしい。医者、といっても八十近い爺さんで少々不安なのだが。

看護士さんと一緒に親父の吐いた血を拭き取った。不思議と嫌な気はしない。



「知ってるか広介、今は看護“婦”さんじゃなくて看護“士”さんらしいんだ。」

「知ってるよ。」

「なんだ、知ってるのか。」

他愛のない会話も苦にならなくなった。昔は親父が視界に入るのも嫌だったのに。


親父は時折、ゴホゴホと痰のからまる咳をする。顔色が頗る悪い。


「親父、寝たら」

「広介。」

「何。」


「頑張れ。」


「…親父の方が“頑張れ”だよ。」

親子の最期の会話がこれだ。




呆気ない最期だ、親父は灰になっていく。なんと儚いものか、人間よ。

親戚もいないわけではないが親戚中でも親父の評判は悪かったらしく、告別式にはごくごく近しい身内しか来なかった。

しまいに父の姉、伯母にはかなり同情された。


「総介、なんて言ってた。」

「“頑張れ”、だそうです。」

「あら、昔からそうなのよね。広介、あんな人の家族になっちゃって辛かったでしょう。友紀子さんも。」

「は、…いや、そうでもないみたいです。案外、楽しかったです。多分母さんも。」

俺は苦笑いで答えた。案の定、伯母は怪訝な顔をしていたが。



告別式も終えて、焼却施設のロビーで広介は一服していた。

不意に、紳士さんのことを思い出す。本当にあの人は死神だったのか、とかそもそも死神なんているのか、とか色々考えたけど、結局は堂々巡りなのでやめた。


だが、本当に死神がいるとしてそれを人間が知っていたとしたら、もう少し人は頑張って生きるのだろうな、と広介は思った。




共同墓地の一角に原田家の墓はあった。他人の墓と全く同じ作りで、違うのは『原田家之墓』という文字くらい。骨壷も入れ終わりすべての行程が終わったあと、「じゃあ広介、私たちは先に帰るから。」と、伯母さんたちはポツリポツリと帰っていった。


今、広介は焼酎の一升瓶と、イチゴ大福を持って墓に来ている。二つを墓に供え、胡座をかいて座った。


「ひとりになっちゃったなあ、うん。」

ぽつりと呟くと、じわりじわり感情が沸き出してきた。これは止めようがないと自分でも思う。

広介は、墓の前ではじめて泣いた。




散々泣いたあと広介は、墓前に彼岸花の花束がひっそりと供えられていたことに気づく。彼岸花を供えるような人物に心当たりはない。いくら“あの”親父でもそこまで疎まれてはいないだろうから。多分あの紳士さんかな、と広介は勝手に思い込むことにする。


一服してから帰ろうと口に煙草をくわえたが、

止めた。


ヘビースモーカーの広介はまだ見ぬ自分の死神のために、禁煙を決めた。


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