キセイキシャ
『都雫駅をご利用いだだきまして、まことにありがとうございます。“天神駅”直通車、二番ホームにて八時三十分発となっております。お出口は右側です。』
構内アナウンスが駅の中に響き渡る。それを聞き、原田広介は読んでいた朝刊を折りたたみバッグへと突っ込んだ。長年使い古されたボストンバッグは広介が、父親から貰ったもので唯一使用しているものだった。広介は家を出ると決めたとき父親から貰ったものは全て処分したが、このボストンバッグはだけは捨てられなかった。母親が広介のために何度も何度も手入れをしてくれたバッグだったからだ。
広介は駅の喫煙所で数分程一服した後、汽車に乗り込んだ。
広介の実家は観光名所と呼べるものはほとんどない、歴史だけはやたらと古い田舎町にあった。広介は、生まれ育った町があまり好きではなかった。古いものほど世間からは忘れられやがては廃れていく、それはまるで人間のようだと、広介は思った。
汽車が動き始める。広介は、適当に席を見つけて座った。
四人掛けの広いボックスシート。
一人で座るのには申し訳ない気もしたが田舎行きのせいか人は少ない、たまには広い席に座るのも悪くないと広介は座席に座り直して、向かい側にバッグを置いた。
先程売店で買ったぬくい缶コーヒーを開ける。最高級ではないにしも、コーヒーの香りはとてもかぐわしい。目的の駅まであと三時間弱はかかるだろう、と広介は少々の暇潰しに持ってきた文庫本を広げた。
「失礼、」
その男が広介に話しかけて来たのは、汽車が道程の半分を過ぎた頃だった。どうやら汽車が途中の駅で止まったらしい。
この汽車、各駅停車というわけではないが真っ直ぐ目的地まで行くわけではない。車内には用足しのトイレがないのだ。ゆえに用足し、といってはなんだがそれ用の駅へ止まるのである。高速道路のパーキングエリア、と例えれば解りやすいかもしれない。
広介に話しかけて来た男は恐らく先程の駅からきたのだろう。今まで本に夢中になっていて気づかなかったが、人がかなり乗ってきていたようだ。そのほとんどが花束を携えている。
「(墓参りか。)」
家を出た時から一度も故郷には帰っていない。つまり広介は一度も、母親の墓参りには行っていない。
「(随分な親不孝だな。)」
そんなことを思いつつ、広介は話しかけて来た男を見る。
ちょうど父親と同じくらいの歳で三揃えスーツの上品な白髪の男が、広介の傍らに立っていた。