第八章『待ち人現る』
第八章『待ち人現る』
レブルス城、執務室。
「ランク様」
書類を片手に持ち、兵の一人が執務室の扉を開け入って来る。
「どうした?」
そんな兵にそう問うランク。
体裁は取り繕っているものの、慌てている雰囲気が感じ取れた。
「実は……」
兵は言い辛そうに重く口を開く。
「……何、ウィルが重傷?」
驚きの表情を見せるランク。
その報告はウィル・ワームズ、彼の経歴を知るものであればありえない事だと思えただろう。
「はい、現在医療室にて手術中との事です」
「何があった」
「同行しておりました騎士達の報告書です。騎士達もまだ混乱しているようでやや情報が錯綜しているようですが……」
そう述べ、兵はランクに持ってきた書類を手渡す。
御霊捜索の任務途中に御霊を所持していると思われる少年と戦闘に入り、その戦闘でウィル・ワームズは両腕を失う重傷を負った。大体そんな感じの内容の書類だった。
「……」
だが、確かに情報が錯綜しているようで細かい内容が書かれておらず、騎士達の主観がやや強い報告内容のように思えた。
「信じられないな。ウィル程の男が御霊を所持しているとは言え子供相手に後れを取るなど」
自身も子供の身ではあるが、ここは公的な場であり今の自分は公人だ。表現上の問題はない。
「容態は?」
「はい、両腕は肩元から切断されており、切断面から血が出ていない事から空間を分断するタイプの呪法によって切断されたのではないかと思われます。命に別条はないそうですが、数日の療養は止むを得ないかと」
「そうか……」
そう答え、深く溜息をつくランク。
四肢の欠損、普通に考えても堪えがたい状態だ。
「医師の報告では肉体的な怪我よりも精神面の方に問題があるとの事です」
「精神面、あのウィルがか?」
「はい。運ばれてきた時に彼は意識を失っていたそうですが、断続的に何かにうなされ苦しんでいるそうです」
「……」
ランクは考えていた。
「(おかしい、ウィルはレブルスで一、二を争う実力者だが負けを知らない訳ではない。御霊を持った少年に負けたからと言ってそこまで精神的に追い詰められるような男ではないはずだ。そうなると……)」
何かがある。他に何かウィルを追い詰めた要因があるはずだ。
「……ウィルの手術はいつ終わる?」
「今夜中には終わるかと、明朝には会話が出来る状態になっているとの報告を受けています」
「そうか」
ランクはそう言うと兵を下がらせる。
翌日、ランクは朝一番でウィルの病室を訪ねた。
「ランク様」
ベッドの上でそう声を上げ、身を起こそうとするウィル。
だが、両腕を失った彼にはそれすらもままならず、ベッドの上で身じろぎする程度の動きにしかならなかった。ランクはそんなウィルに「そのままでいい」と制止する。
「具合はどうだ?」
「はい、それ程悪くはありません。ただ、空間ごと断ち切られた腕は呪法でも再生する事が出来ないと、医者に言われました」
あったはずの自身の腕を見るウィル。
「そうか……」
ランクはその言葉に何の言葉も返す事が出来なかった。
「……ウィル・ワームズ騎士団長。報告を聞こう」
「はっ!!」
それでも、ランクは国王代理でウィルは騎士団長だ。公的なやり取りを行わなければならない。
ウィル・ワームズは事の経緯を説明する。
御霊捜索の途中に見た青く輝く光。元宮廷呪法師ギガ・カストゥールとの接触。神殿での出来事。御霊が村の少年の体内に宿った事。そして自分の腕がその少年によって切り落とされた事。
「自分はそこで意識を失ってしまい、後は良く覚えておりません。同行した騎士達に話を聞いてください」
「……解った」
ランクはそう言うと席を立つ。
おそらく、このまま自分がここに留まってもウィルのためにならないと思ったからだ。
病室を後にし、ランクは他の騎士達の下へと向う。
「……」
その後ろ姿を見送るウィル。
「(……言えなかった)
彼が話した事は今回の一件の成り行きでしかない。
どうしてガーゴイルが動き出したのか、どうして自分が少年と闘う事になったのか。ウィルはそれをランクに伝える事が出来なかった。
「(私は……)」
両腕を失った事よりも、仕えるべき主に真実を述べる事が出来ない事実の方が余程辛く、堪らなく悔しかった。
「(だが、これも定め……)」
最早後戻りは出来ない。
両腕を失う事でウィルは知る事が出来たのだ。
己がやり遂げるべき使命、運命と言う奴を。
騎士団宿舎。
その広間にてランクは御霊捜索に同行した騎士達の報告を聞いていた。
その内容は概ねウィルの報告と同じようであった。
「……そうか、ご苦労だったな。皆もしばらくは養生してくれ」
報告を聞き、騎士達にそう述べるランク。ウィル程ではないにしろ、怪我をしている騎士は少なくなかった。ランクはそう言い残し席を立とうとするが
「……ランク様」
御霊捜索隊の副隊長であるデイズが声を上げる。
「お伝えしたい事があります」
皆、ウィルの事を気遣い喋らなかった。
だが、デイズには副隊長として隊長の行動を報告する義務がある。それに彼は他の騎士達が見ていなかった事実を報告しなければならない。
ガーゴイルの猛攻より自分達を守ってくれた少年の事を。そして、ガーゴイルの自爆から自分達を救ってくれたのがギガの事を。
「何が真実なのかは私も解りません。ですが自分には隊長が何の理由も無しに民間人に対し剣を振るうとは思えません」
「ああ、私もウィルがそんな事をする男ではない事ぐらい解っている」
だが、事実は事実だ。
そこに何があったかを解明する必要がある。
「ランク様、私は……」
「その事は、今後私が許すまで口にするな。無論ウィルにもだ」
「ですが……」
「真相を解明する必要がある。だが今はレブルスにとって大事な時期、事を荒立てれば何が起こるか分からない。だから、黙っていてくれ」
「……了解しました」
騎士達はそのまま小さく頷き敬礼をする。
「ところでその少年についてだが、何か特徴は無いのか? 名前や容姿が解ればそれだけ調査がし易くなるのだが」
「はい、身長はそれほど高くはありませんでした。ですが特徴的な青い髪と瞳をしており、名前は確か……ギガ殿がラック君と呼んでおりました」
「何っ!?」
デイズの言葉に驚きの表情を見せるランク。
「それは本当か!?」
「は、はい。施設の画像データが残っておりますので後日報告書と共に提出致します」
「そうか……」
ランクのその表情は驚いていると言うよりもどちらかと言えば驚喜の表情に近かった。
「ランク様?」
問い掛けるデイズの言葉はすでにランクの耳に届いておらず
「皆、本当にご苦労だった」
『はっ!!』
ランクはそう言うと足早に騎士達の部屋を後にした。
足早に、まるで競歩を行うようにその足は速く、リズム良く足が前に出すランク。
「(そうか、やっぱりそうなんだ!!)」
彼の心は躍っていた。
「(始まった。五年間、僕は貴方を待っていたんですよ。ラック兄さん!!)」
その表情は年齢相応の少年のもので、まるでプレゼントを貰える前の子供のようであり、人目がなければスキップでもしてしまいそうな勢いだった。
そのまま執務室へ向かうと思われたランクだったが
ピタッ……
急に足を止め、立ち止まる。
「(けど、兄さんがまっすぐレブルスに来る可能性はそれ程高くない)」
可能性の話ではあるのだが
「(そうか、ならあちらから来るように仕向ければ……)」
元々計算能力に優れていた彼の脳がその確率を高める手段と方法を考え出させる。
ランクが考えたその案は実に子供じみた案だったのかもしれない。
だが、後にそれが良い意味でも悪い意味でも絶大な効果を生む事を、この時の彼は知る由もなかった。