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水晶物語 ~運命の継承者~  作者: 御門屋運命
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第七章『カラト村滅亡』

    第七章『カラト村滅亡』


「……おじさん、今の人は?」

 来客者、ギガの家に訪れた黒い鎧の男が去った事を確認し、ラックは口を開く。

 カラト村の人間ではない。居間からでは詳しい話は聞こえなかったが、このタイミングで村の外の人間が現れた事にラックは疑惑を抱いていた。

「レブルス国の騎士団長、ウィル・ワームズ。代々クラウス家に仕える由緒正しき騎士様ですよ」

「クラウス家に?」

 その言葉を知っていたのか、ラックは驚きの表情を見せる。

「そのレブルスの騎士が何故この村に?」

「言わずもがな、御霊を探しに来たに決まっているじゃないか」

 ラック自身もそうではないかと思っていたのか、ギガの言葉に同意の表情を見せる。

「しかし、どうやら既に運命には変化が生じ始めているようだ」

「どう言う事ですか?」

「私が知っていた運命では三回の質問が終わった時にイベントが発生したはずだ。だが四回目の質問が終わった今もそのイベントが発生していない。それに、騎士団の到着はそのイベントの最中だったはずだ」

「では、どこかで運命が変わったと言う事なんでしょうか?」

「おそらく、君が使ったライトニングが彼等に影響を及ぼしたのだろう」

「ライトニング?」

 聞いたことの無い名前にラックはクエスチョンマークを頭の上に浮かべる。

「君が使った全てを消し去る青い光の事だよ。あれには無条件で存在そのものを消し去る力がある。先程の騎士団長殿の言葉を聞く限り、ライトニングの光を見て到着を早めたように聞こえた」

「あの光にそんな力が……」

 現象として、自然界で起こるはずが無い現象だと言う事は感じていたが、それほどの事だとは思っていなかった。

「ラック君。君も気付いているとは思うが、あの光は無闇に使ってはいけない。下手をすれば君がこの世界を消し去ってしまう可能性もある」

 可能性だ。

 もしもあの時、ラックがライトニングをガーゴイルに向けて撃ったあの時、その発射角度がもっと下に向いていたならば、ライトニングは壁を貫通せずに大地を貫通し、世界を消し去っていたかもしれない。

「ですが、騎士団がこの村に早く到着した事はチャンスと言える」

「チャンス?」

「そう、既に運命は変わり始めている。騎士達の到着が早まったと言う事は、君に新たな選択肢が増えた事を意味している」

「運命はそんなに簡単に変わるものなんですか?」

 先の話を聞く限りでは運命とは変えたくても変える事が出来ないものと言う話だったが、今のギガは運命が変わり始めていると軽く話している。

「いや、これは私の言葉が悪かった。運命はそう簡単には変わらない。だが、運命とは言っても一から百まで全ての行動が決まっている訳ではないんだ。例えるならば川の流れ。途中で岩なり脇道なりがあって水の流れが変わったとしても、最終的に行き着くところは変わらない。イレギュラーが発生した場合はある程度運命は変化するが、最終的には同じ結果になろうとする復元作用が起きる」

「ウォーターフォールモデルと言う事ですか」

 それもまた、プログラム用語の一つだった。

「私達も私達なりに運命に逆らう手段を考え実行してきた。その結果が今であり……君なんだ」

 その言葉の重さは解るつもりだ。

 ラックだって村の大人達が黙って運命を受け入れたとは思っていない。

「おじさん……」

 だが、どう答えて良いかが解らなかった。

 果たして自分に何が出来る。運命に逆らってくれ、運命を変えてくれと言われたところで何をすればいい。その答えをラックはまだ出せないでいた。そんなラックの心情を察したのか

「……ラック君、一度家に帰りなさい」

「え?」

「君にはまだやらなければならない事がある。それが終わったらもう一度ここに来なさい。おそらくそれぐらいの時間はあるはずです」

「……解りました」

 ラックはそう返事をすると二人の前から姿を消す。ラックの姿が見えなくなった後

「……フェリア」

 ギガは重く口を開く。

「何、お父さん?」

「親として、お前にしてやれる事はもう無いだろう。だから、私の最後の頼みを聞いてくれ……」

「……うん」

 フェリアは深く考えた後、ギガの言葉を聞く覚悟を決めた。



 バンッ!!

「はぁ、はぁ、た、ただいま……」

 ラックが息を切らしながら扉を開けると

「あら、おかえりなさい」

 ストアは何時ものようにラックを出迎える。

「何も走ってこなくてもいいでしょうに、そんなに息を切らせて」

「な、何を悠長な事……」

 ストアはラックがギガより全ての話を聞いてきた事を知っているはずだ。だと言うのに、ストアは少しも動揺している様子がなかった。

「今更慌てたところで仕方がないもの」

 そう述べる母の表情は落ち着いているようで、どこか寂しそうだった。

「母さん……?」

 そんな母の表情を見るのは初めてだった。

「大体の話は兄さん聞いていると思うから、私が言う事は特にはないわ」

 そう言いながら、ストアは一振りの巨大な剣を取り出しテーブルの上に置く。

「私の最後の役目はこれを貴方に渡す事と、貴方の力について話す事」

「役目って何だよ……」

 その言葉を聞き、ラックは言いたい事を言う。

「母さんも、父さんから運命の事を教えてもらったの……?」

「ええ、そうよ」

「じゃあ、母さんは運命だとか役目だとか、そんな理由で父さんと結婚して……俺を生んだの? 俺がこうして生まれてきたのも全部運命だから……」

「いいえ、それは違うわ」

「でも、運命には逆らえないんでしょ!?」

 ギガの話を聞いた時からずっと疑問に思っていた。

 村の大人達は今日までの自分の運命を知っていた。そして、その運命に逆らうために、ラックを育ててきた。逆に言えば、ラック・ラグファースと言う存在は皆の運命を変えるために生み出され、育てられた事になる。

「俺は……!!」

「ラック、例え運命であっても最終的な人の意思までは操れないわ。私とお父さんが出会ったのは運命かもしれない。でも、私は私自身の意思であの人を好きになって……貴方を生んだのよ」

「母さん……」

「それに、運命を『知っている者』にはたった一つだけある選択が許される。それは、自ら命を絶つと言う選択……」

「え……?」

「さっきも言った通り、例え運命でも最終的な人の意思までは操れない。人に残された最後の選択、それが自ら命を絶つ事。本当の本当に最後の手段。でも、それは自分自身の否定以外の何物でもない。だから私達はその選択を選ばずこうして生きて、運命に逆らおうとしている」

 そう延べ、ストアはラックを優しく抱きしめる。

「自信を持ちなさい。貴方は間違いなく私達が望み、生まれてきた子供よ」

「ぁ……」

 何故か、泣きたくなった。

 いや、抱きしめられながらラックは涙を流していた。

 母のその言葉は彼が一番聞きたかった言葉だったからだ。

 彼は父の事も母の事も好きだった。この二人の子供で幸せだったと思っていた。だから、それが運命によるものだと聞かされた時、自分の全てが否定されたようで……怖かったのだ。

「確かに、村の皆は貴方に期待している。でも、それを決めるのは貴方よ。誰もそれを強制出来はしない。だから、貴方が望む未来は貴方自身が選びなさい」

「……うん」

 涙を拭い、そう返事をするラックの顔は笑っていた。

「まだ、自分がどんな運命を背負わされているのかは解らないけど、俺は俺の意志で未来を決める。運命がそれを拒むなら……俺は運命だって変えてみせる」

 母の言葉がラックにそう思わせてくれた。今の彼に迷いはない。

「うんうん。それでこそ私達の息子よ。本当にお父さんそっくりの良い男に育ったわね」

 ラックのそんな姿を見て、ストアは満足そうに笑う。

「……あれ?」

 母のその言葉を聞いてふと疑問が浮かぶ。と言うより、何故今までその事を疑問に思わなかったのだろうと言う類の疑問だ。

「母さん、父さんって何者なの?」

「貴方、自分の父親を捉まえて何者は無いでしょ」

「だって、二人とも自分の話って全然しないし」

 テラ・ラグファース。

 レブルス国の元英雄であり、ラックの剣術の師匠。村の大人達は皆彼から自身の運命を教えてもらったとギガは言っていたが、果たしてどのような術を持ってすればそんな事が可能なのか。

 普通ではない事は薄々感じていたが、今回の件は幾ら何でも度が過ぎている。

「実際の所はどうなの?」

「うーん、実は私も詳しく知らないのよね。本人も昔の事はあんまり覚えていないらしいし、とりあえず五百年以上生きている魔族って事は解っているんだけど」

 ズガンッ!!

 超重力発生、ストアの言葉を聞きラックはテーブルに頭を沈める。

「……あら、何いきなりテーブルに突っ伏してるの?」

「いや、何故と言われても……」

 テーブルに手をつけ、引き剥がすように顔を上げるラック。

「父さんって人間じゃなかったの?」

「え、お父さんが人間だなんて私達一度も言った事無いわよ」

「いやまぁ、そりゃそうだけど……」

「まぁまぁ、そんな事はどうでもいいでしょう」

「全然よくないと思う……」

 魔族。

 生まれつき通常の人間には無い特殊な能力をその身に宿した存在の事を総称してそう呼ばれている。その大半が人間よりも遥かに長い寿命を持っているが、その能力から異端とされ、迫害を受ける者が多く。天寿を迎える事が出来る者は少ないとも言われている。

「父さんが魔族……ねぇ。まぁ、それならまだ色々説明もつくか」

 魔族が生まれ持つ特殊な能力。

 あの0と1の世界が見えたのも、人々に運命の事を知らせることが出来たのも、父が魔族であると言うならばまだ説明がつくと言うものだ。

「お父さんの特殊能力の名は真眼」

「真眼?」

「その瞳に見えぬ物無しと言われる真実を見る事が出来る金色の瞳の事よ。もっとも、余程気合が入っている時や、危機的状況でもない限りは発動しないって話だけど」

「なるほど……父さんも真眼の力で運命を、この世界の真実を知る事が出来たって事か」

 心当たりはある。

 ガーゴイルとの闘いの中で、ラックは極限の状況下に置かれた。そして、フェリアの危機を感じたあの時の集中力は今までの人生に無いものだった。

「まぁ、実際にはそこに至るまでに色々あったらしいけど、その辺りは結局最後まで教えてくれなったわ」

 そう延べ、ストアはテーブルの上の剣を手に取りラックに差し出す。

「受け取りなさい」

「これは?」

 差し出された剣を受け取るラック。

 巨大な剣だった。鞘に収められてはいるもののその刀身はラックの身長を超えており、おそらく百七十センチはあるだろう。何より驚いたのはその剣を手に持った瞬間だった。

「軽い……」

 その剣は異様に軽く、凡そ重たさと言ったものを殆ど感じなかったのだ。

「イレイザーフォルス、通称イルフォン。貴方にしか使えない貴方だけの剣よ」

 ラックが鞘から剣を引き抜くと、そこには空を映したかのような鮮やかな青の刀身があった。

「重さが無い訳じゃない。ちゃんと重量があるのに……」

 どういう材質かは解らないが、どうやら持ち手に重さを感じさせないだけで質量はちゃんと存在するようだ。

「凄い剣……って事か」

 その全容は解らないが、普通の剣ではない事は確かだ。

「貴方がその剣を手に入れるのは本来であればもっと先になるはずなんだけど、ちょっとした裏技でフライングゲットしちゃった」

「しちゃったって……」

 こうしてラックが剣を手にする事が出来ていると言う事は、最終的にはラックがこの剣を手にする運命であると言う事だ。だが、今の段階でラックがこの剣を手にする事によってこの先の運命が変わるかもしれない。おそらくストアはそう考えこの剣を入手してきたのだろう。

「ああ、でもその剣の説明は他の人に聞いてね。私はここまでしか説明出来ないから」

「……」

 言いたい事が言えない。聞きたい事が聞けない。運命とは何と束縛力が強いのだろう。

「さぁ、もう行きなさい。ここで貴方がやるべき事はもう無いわ」

「母さん……」

 伯父の言葉が本当ならこの村は滅びる。

「体には気をつけなさい。言っても無駄だろうけど、あんまり無茶をしちゃ駄目よ」

 だと言うのに、母はまるで何時ものように自分を送り出そうとしている。

「それと、貴方は男の子なんだからフェリアちゃんをしっかり守ってあげなさい。いいわね?」

「うん、母さんも……気をつけてね」

 これで今生の別れになるかもしれないのに、ラックはそんな事しか言えなかった。

「……いってきます」

「いってらっしゃい」

 何時ものようにラックは家を後にした。

 それが最後。以後、彼がこの家に戻ってくる事は無かった。



「……」

 ラックは家を出るとまっすぐフェリアの家に向かって走った。

 あまりに重要な情報が大量に頭の中に入り込んできたせいか、彼の頭の中は軽い混乱状態にあった。そんな混乱を振り切るように一心不乱に走り続ける。そんな時

 ドオオォォォーーンッ!!

 遠くで大きな音が鳴り響き、同時に強い衝撃が体を襲う。

「くっ!!」

 足を踏ん張り、その衝撃に耐える。

「(何だ……!?)」

 爆音がした方向を振り向くと赤い光りと黒い煙が見えた。

「(……何かが始まったんだ)」

 この村が滅亡する。

 そんなギガの言葉が脳裏を過る。確実にこの村に何かが起こり始めていた。

「早くおじさんの所へ……」

 ラックはそう思い再び走り出そうとするが

「え、待てよ。あの場所って……」

 爆発のあったと思われる方角を見て、ある場所を思い出す。

「まさかっ!!」

 学校。

 小さなカラト村において唯一子供達が遊べる遊具が存在する場所であり、時刻は午後五時前、日が傾き始めて入るが子供達が遊ぶにはまだ明るい時間だ。

 そして、ラックは子供達があの場所で遊ぶと言っていた事を思い出す。

「あ、ぐ、くそぉぉっ!!」

 一瞬悩み、ラックは爆発の起こった場所へ向かって走り出す。

 一刻も早くギガの所に行くのがこの場においてはおそらく最善の一手であったはずなのだろう。少しでも可能性が高い選択肢を選ぶのが大人の判断と言うものなのだろう。

 だが、ラックには出来なかった。子供達を見捨てて自分が生き残る選択肢を選ぶ事など、彼には出来なかったのだ。

 走る足が遅く感じる。

 赤い光りと黒い煙はどんどん大きくなっている。そして、ラックが辿り着いた頃には学校と呼ばれた建物は最早手のつけられないほどの炎に包まれ、真っ赤に燃えていた。

「誰か居るか!? 居たら返事をしろっ!!」

 大声で叫ぶ。

 爆発のせいなのだろうか、辺りには学校の瓦礫が大小様々に散らばっていた。誰か居ないかと声を上げながら周囲を見て回るラック。

「誰か……ぅっ」

 そんなラックの眼に映ったのは、建物の破片と共に倒れている子供達の姿だった。

「おいっ!!」

 倒れている子供の一人に近づき抱き上げる。

「……死ん、でる」

 呼吸が無い。

 まだ少し暖かい体、ついさっきまで生きていた証だ。

 だが、抱き上げたその体には生命の鼓動が感じられなかった。

「こんなの……!!」

 その光景はあまりにも日常とかけ離れた光景で、昼間、後で遊んでくれよと言っていた子供達は、何も喋らない存在へと変わっていた。

「……っ……ゃん」

「っ!?」

 学校の中から微かに声が聞こえた。

 ラックが振り向くと、そこには傷付いてはいるが確かに生きている子供がいた。

「ラック兄ちゃんっ!!」

 泣きながら、炎の中を歩いてこようとする。

 怪我のせいかうまく歩けないようで、出口まであと少しだと言うのに炎が今にもその子を巻き込もうとしていた。

「待ってろ、すぐに助け……!!」

 ラックはその子供の所にすぐに駆け寄ろうと走り出すが

 ガッッ!!

 子供の体が突如現れた巨大な手によって持ち上げられてしまう。

 その巨大な手には見覚えがあり、その巨大な手の持ち主には見覚えがあった。全長約四メートルの巨大な鎧の化け物、ガーゴイルだ。

 ガーゴイルの巨大な手が子供を掴み、持ち上げている。

「止めろぉぉぉっ!!」

 ガーゴイルが次に何をしようとしているのかは明白だった。

 ラックは必死になってそれを止めようと駆けるが

 ブシュッゥッ!!

 届かなかった。

 僅かに一歩、たったそれだけの距離が届かず、その子はガーゴイルの巨大な手によって……握り潰されてしまう。

 ピ、ピピ、ピシャッ……

 空中に飛び知った液体がラックの顔にかかり、視界を赤く染める。

 その液体はまだ少し暖かく、つい先程まで人が一人生きていた事を訴え掛けるようであり、その液体がその子の血だと認識するのに僅かの間を要した。そして

「あ、ぐっ、うわああぁぁぁぁーーーーー!!」

 叫ぶ。

 何に対して叫んでいたのかは解らない。

 ただ爆発するように湧き出る感情を抑えきれず、気付いたら声を上げていた。同時に

 ダッ!!

 ラックは剣を抜きガーゴイルに切り掛かっていた。

 ガキィィィンッ!!

 剣は以前と同じようにガーゴイルの装甲によって弾き返されてしまうが

「ああああぁぁぁーーっ!!」

 ガギンギンギンギンッ!!

 ラックはそんな事お構いなしにガーゴイルを切り続ける。

 その時の彼は怒りで我を忘れ、頭の中は完全に真っ白になっていた。そして

「(切るっ!! 切る切る切る切る……こいつは切る!!)」

 理屈や理論を一切無視し、ただガーゴイルを純粋に切り裂く事だけしか考えていなかった。

 ギンギンギンッ!!

 途中、何度かガーゴイルも反撃を試みるが、それすらも打ち返すようにラックは斬撃を繰り返す。普通の剣であれば刃毀れを起こしとっくに折れてしまっていただろう。だが、ラックの新しい剣は折れる事はなくその切れ味も落ちてはいなかった。

 ギンギンギンギンギンギンッ!!

 それでもガーゴイルの装甲は堅く、未だ切り裂く事は叶わなかった。

 何十回目だろう。ガーゴイルの装甲に剣を叩きつけ続け、それが無駄である事が証明されようとした時

「はぁぁぁっ!!」

 ギィンッ!!

 音が変わる。

 明らかに、先程までとは違う金属音が鳴り響く。

 見れば、度重なる斬撃によるものなのかそれとも他の何かによるものなのかは解らないが、ガーゴイルの装甲に亀裂が入っていた。そして

「だああぁぁぁぁっ!!」

 バギィィィンッ!!

 切った。

 ガーゴイルの胴体を横から上下に真っ二つに叩き切る。

 何時ぞやの分断とは違う純粋な物理的力による切断だ。

 ズドォォンッ!!

 上下に分かれたガーゴイルの上半身が地面に倒れこむ。

「くたばれぇぇぇ!!」

 ガスンッ!!

 渾身の力を込め、ガーゴイルの頭部に剣を突き立てる。

 それが最後、ガーゴイルはその行動を停止した。

「はぁはぁはぁ……」

 倒れそうになる足を押さえつけ、ラックは辺りを見回す。

 その光景は、何も変わってはいなかった。

 子供達は変わらずその場所にあり、命ある者はラック一人だけだった。

「何も、出来なかった……」

 助ける事が出来なかった。

 来たときにすでに事切れていた子供達は勿論、目の前で助けを求める子供すらも救えなかった

「俺は、俺は……!!」

 剣を強く握り締めるラック。そんな彼の耳に

 チュドォォーーーン!!

 先程と同じ爆発音が聞こえてくる。

「えっ……!?」

 遠くで赤い光と黒い煙が立ち上っている。

「そんな、ガーゴイルは……」

 ガーゴイルは自分が倒した。ここにその証拠が転がっている。

「そうか……!!」

 気が動転していて気が付かなかった。

 良く考えればラックは神殿でガーゴイルを完全に消し去ったではないか。

 それなのにまた現れたという事は、このガーゴイルはあのガーゴイルとは別の存在であると言う事だ。ならば、他に何体かのガーゴイルが存在していたとしてもおかしくはない。

「く、くそぉぉっ!!」

 ラックは地面を蹴り駆ける。

 泣く暇も、後悔する暇も、子供達に謝る暇も無く、爆発が起こった場所へと向かう。



 カラト村中央広場。

 そこには一体のガーゴイルと対峙する騎士達の姿があった。

「敵を包囲する。動きを封じるんだ!!」

『はっ!!』

 副隊長デイズ・ブラインの指揮の下、騎士達は果敢に闘っていた。

 騎士とは言え彼等は軍人である。個々の能力がガーゴイルに及ばずとも集団での戦闘でこそ真価を発揮する存在だ。客観的に見ても善戦していたと言えただろう。

 その証拠に、今まさにガーゴイルの動きを封じ込もうとしている。だが、このガーゴイルの最も特筆すべき所はその鉄の装甲にある。

 如何に彼等がガーゴイルを封じ込めたとしても、その装甲を破る事が出来ない限り勝利は無い。

 そして、ガーゴイルの持つ能力はその装甲だけではなかった。

 カッ!!

 ガーゴイルの頭部から放たれる強烈な光が辺りを照らすと同時に

 ドオオォォォンッ!!

 爆発が巻き起こり、騎士達の体が周囲に吹き飛ぶ。

「くっ……」

 副隊長としての責任かそれとも誇りか、他の騎士達が吹き飛ぶ中その爆発に耐えるデイズ。だが決して無傷と言う訳ではなく地に膝を着いてしまう。そんなデイズを叩き潰すかのように

 ブゥンッ!!

 ガーゴイルの拳が唸る。

「(やられるっ!!)」

 デイズが死を覚悟したその時

 ガキィィンッ!!

 大きな金属音が鳴り響く。何が起きたのかとデイズが視界を上げると

「き、君は……」

 そこには青い髪の少年、ラックが立っていた。

 ラックは剣を盾にし、デイズを守るようにガーゴイルの拳を受け止めていたのだ。

「ふっ!!」

 ギィンッ!!

 剣で弾くようにガーゴイルの拳を跳ね除けるラック、そして

「はぁぁっ!!」

 ガキィィンッ!!

 ラックの回し蹴りがガーゴイルの巨体を吹き飛ばす。

「なっ!!」

 それを見たデイズは驚愕した。

 何が起こっているのかが一瞬解らなかった。自分達が数人がかりでやっと封じ込めたガーゴイルの力をこの少年は剣一本で受け止め、その巨体を蹴り飛ばしてしまったのだ。

 ありえない。

 実際、自分達が見た施設の映像でもこの少年はガーゴイルの力に翻弄されていた。だと言うのに、今のこの少年はそのガーゴイルと互角以上の力を発揮している。

「(一体、何が起こっているのだ……)」

 困惑するデイズを他所に、ラックは剣を構える。

 ラック自身、自分が今どれだけの事をしているのかに気付いてはいない。何故ならば

「こいつらが……こいつらさえ来なければっ!!」

 今の彼を支配しているのは純粋な怒りだったからだ。

 怒りは人から冷静さを奪い、同時に爆発的な力を与えてくれる。

 ダッ!!

 地を蹴るラック。

 地を這うように移動するその速度はガーゴイルに体勢を立て直す暇を与えず

「だぁぁっ!!」

 ギンッ、ギィィンッ!!

 一太刀目で不完全な防御を打ち砕き、二太刀目でその装甲に亀裂を生じさせる。そして

「弾けろぉぉ!!」

 バチ、バチバチバチッ!!

 ラックの左手が稲妻を発する。

 彼が保持する呪法の中で最大の威力を誇り、彼の最も得意とする雷系呪法。

「爆雷っ!!」

 ドオオォォォンッ!!

 ガーゴイルの装甲の亀裂より入り込んだ稲妻は、その体を内側から粉々に吹き飛ばす。

「す、すごい……」

 その光景は実に圧巻だった。

 武を学ぶ者にとって、彼のその姿は見惚れんばかりの強さを見せつけていた。

「皆さん、ご無事ですか?」

「あ、ああ……」

 ラックの言葉に頷き返すデイズ。負傷者は多数出ているが致命傷の者は居ない。

「ガーゴイルが村に来るなんて、一体何があったんですか?」

 ラックの問いに、デイズは要点だけをまとめて簡略的に説明をする。

「後一体ガーゴイルが居る? 何処にですか!?」

「村の外れだ。ウィル隊長が一人で足止めをしている」

 自分達はその間にもう一体のガーゴイルを倒す手筈だったとデイズは説明する。

「解りました」

 その答えを聞き、ラックはすぐに駆け出そうとするが

「待ちたまえ、どうするつもりだ!?」

 デイズはそんなラックを呼び止める。

「どうするって、助けに行くに決まっているじゃないですか」

「我々は騎士で君は民間人だ。どんな事情であれ民を守るのが騎士の役目、君が闘う必要はない」

 守るべき民に守られたとあっては騎士である我々の立場がないとデイズは言うが

「ふざけるなっ!!」

 ラックの怒号が響く。

「役目だとか立場だとか、そんなくだらない理由で人が死ぬのを黙ってみていられるかっ!!」

 そう言い残し、ラックはあっという間に走り去ってしまう。

「……」

 しばし、呆然とするデイズ。

 少年の言葉は、それだけを聞けば何も知らない子供の台詞のように聞こえた。だが、彼の言葉はデイズの中の何かに響く。

「デイズ副隊長」

「……放っては置けない。後を追うぞ!!」

『はっ!!』

 傷付き足を引きずる状態であっても、彼等はラックの後を追おうとしていた。

 彼等は騎士。良い意味での騎士なのだ。民間人の少年が一人で闘う姿を前に黙っていられる訳が無い。何より、その場に居る全員がラックの言葉に何かを感じていた。



 カラト村外れ。

 そこには一体のガーゴイルと対峙する騎士の姿があった。

 ウィル・ワームズである。

「く、埒が明かんな」

 一人、ガーゴイルと闘うウィル。

 その立ち振る舞いは見事であった。ガーゴイルが剛であればウィルは柔、まさに柔能く剛を制するの見本を見ているようだった。だが、何度も述べるようにガーゴイルの装甲は堅く、それを破る事は半端な事ではない。

 如何に騎士団長のウィルと言えどその壁は厚く、消耗戦に似た持久戦がすでに数十分続いている。そんなウィルに疲れが見え始めた頃

「はぁぁっ!!」

 ガキィィンッ!!

 青い髪の少年、ラックが場に現れガーゴイルに切り掛かる。

「大丈夫ですか!?」

 切り掛かった反動でウィルの隣まで移動し、そう尋ねるラック。

「君はギガ殿の所に居た……」

「ラック・ラグファースです。こいつの相手は俺がします」

 そう延べ、ウィルの答えを聞く前に

 ダッ!!

 ガーゴイルに向かって走り出すラック。

「待て、そいつは……!!」

 ウィルの言葉は決して遅くなかった。

 だが、ラックはウィルの言葉より早くガーゴイル目掛けて剣を振り下ろしていた。

 ガキィィンッ!!

 高い金属音が鳴り響く。

「っ!?」

 驚きの表情を見せるラック。

 今までのガーゴイルとは手ごたえが違う。その事に気付いたラックはガーゴイルの反撃を掻い潜り距離を広げる。

「施設に居たガーゴイル達のリーダー格なのだろう。他のガーゴイルとは装甲が違う」

「みたいですね……」

 今まで怒りで我を忘れていたラックだったが、ここに至り我を取り戻す。

 ただ装甲が厚いだけではない。ガーゴイルに切り掛かった時、初手は牽制であったがため気付かなかったが、何か危険な感じがした。

 その根拠は勘であったが、闘いにおいて勘は重要な要素の一つである。

「ラック君と言ったな。あの光を使えるか?」

「え?」

「君が御霊を所持している事は知っている。あのガーゴイルを倒すにはあの光が必要だ」

 全てを消し去る無の光、ライトニング。

 確かにあれならば目の前のガーゴイルを消し去る事は容易であろう。

「……解りません。意図的にやった訳ではないんで」

 やれと言われてやれる自信は無かった。

「そうか……」

 そう答えるウィルはやや残念そうであった。

「ならばガーゴイルを切り裂いたあの技はどうだ?」

「あれなら出来ます」

「よし、まずは同時に仕掛ける。その後君は距離を取りタイミングを見計らえ、私は奴の足を止めチャンスを作る」

「解りました」

 作戦を議論している暇はない。

 騎士団長であるウィルの考えた策は有効的に思え、ラックはその案に従う事にした。

「行くぞっ!!」

「はいっ!!」

 ダッ!!

 地面を蹴る二人。並走しながらガーゴイルとの距離を詰める。

 先に仕掛けたのはラックだった。渾身の力を込めてガーゴイルの頭を叩き切ろうとするが

 ガキィィンッ!!

 ガーゴイルにとっても頭部は重要な部位であったのか、腕でガードされる。

 ガードされたことによりラックの動きが止まる。

 その直後、ウィルの攻撃によりガーゴイルは対象をウィルへと変更し、ラックはその間にガーゴイルとの距離を取る……はずだった。

 ゾクッ!!

「っ!!」

 突如、ウィルの攻撃を待つラックの背筋に冷たい何かが通り抜ける。

 殺気だ。

 人造兵器であるガーゴイルからは決して感じる事の無い感情。

 その殺気が今ラックに目掛けて発せられている。

 ヒュンッ!!

 突然の状況にラックの体は良く反応したと言える。

 背後より繰り出された斬撃をラックはガーゴイルの腕を踏み台にし、まるで曲芸のように回避する。だが、宙に飛んだのは失敗だった。

 地面との接点が無くなった状態、回避しようの無い状態であるラックにガーゴイルの視線が向く。そして

 カッ、ドオオォォォンッ!!

 閃光と爆発がラックを包む。

 ダンダン……

 地面を転がるラックの体。

「ぐ……」

 何時ぞやと同様に、剣を盾にしたお陰で直撃は避ける事が出来た。

 今回は新しい剣のお陰で比較的軽傷ではあったが、体に襲い掛かる衝撃波までは防ぐ事が出来ず、負傷とまでは行かないまでも体の動きが鈍くなる程度のダメージは食らったようだ。

「良い勘だ。どうやら君のその戦闘能力は御霊から授かった力だけではないようだな」

「どう、して……?」

 ラックは先程背後より切り掛かってきた人物、ウィルを見てそう呟く。

「私の任務はその御霊を捜索、回収することにある。文献によれば御霊は所有者の死後、肉体と分離し姿を現すそうだ」

「なっ……」

 つまり、御霊の所有者であるラックを殺して御霊を回収するつもりと言う事なのだろうか。

「これ以上被害を大きくしたくないと言うのであれば、大人しく言う事を聞いてくれないか?」

「まさか、じゃあ、このガーゴイル達は貴方が……」

 経緯は解らない。

 だが、目の前のこのウィルと言う男が言った言葉はそう受け取るに十分な言葉だった。その証拠であるかのように、ガーゴイルはその動きを止めウィルの背後に従うように立っていた。

「本来であればもっと穏便に事を進めたかったが、計画に予定外の出来事は付き物だ。この村の者達には悪い事をしてしまったが、これもこの国のためだ」

 そのウィルの一言を聞き

 ギッ!!

 足を踏ん張って立ち上がり、剣を構えるラック。

「国のためだって……そんな理由で、何で無関係な子供達が死ななくちゃならないんだっ!!」

「……君は一つ勘違いをしている」

「何っ!?」

「私としてもこの状況は不本意だ。この状況を作り出したのは他ならぬ……君自身だ」

「っ!?」

 ウィルの言葉は正しい。

 ラックも心のどこかでそう思っていた。運命だとか定めだとか、そんな理由は言い訳にしか過ぎない。結果的に、ラックが御霊を手に入れたことによってこの村は被害を受けている。

 つまり、村の子供達が死んだのは自分のせいだと。

「もう一度言おう。私が必要としているのは君が持っている御霊だ。これ以上被害を大きくしたくないと言うのであれば大人しく投降したまえ」

「くっ……」

 迷う。

 その選択の先にあるものが何なのかは解っている。だが、その選択を選ばなかった場合に何が待っているのかも容易に解る。悔しいが、今のラックに選択を選べる余地は無かった。

 ラックには、その選択以外を選べる余地は無かったが

 ドオオォォォンッ!!

 突如、ガーゴイルを中心に爆発が巻き起こる。

「何考えてるのラック!!」

 同時に、そんな声が聞こえた。

「そんな奴の言いなりになったってどうせこの村は滅びる。それを変えるためにラックは闘うんでしょ!!」

 フェリアだ。

 印を組み、臨戦態勢のフェリアがそこに立っていた。

「ちぃ、小娘が余計な事を!!」

 ウィルはそう舌打ちするとガーゴイルに視線を移す。

 するとガーゴイルがゆっくりと動き出した。何かしらの命令の合図があったかは解らないが

「や……」

 ウィルが何を考え、ガーゴイルが何をしようとしていたのかははっきりと解った。

 あの光をフェリアに向けて使おうとしている。ラックが知る限り、あの爆発を相殺出来る呪法をフェリアは持っていない。フェリアにはラック程の武術の心得はなく回避をする事も不可能だ。

 つまり、ガーゴイルを止めない限り、フェリアに待ち受けているのは……死だ。

「やめろぉぉっ!!」

 手を伸ばし、足を動かす。

 遅い。

 ラックとガーゴイルの距離は大きく開いていた。

 どれだけ早く動こうとも、この距離からではガーゴイルが振り向く速度に敵いはしない。

「(間に合わない。このままじゃ間に合わない。もっとだ、もっと速く)」

 頭の中が真っ白になり視界が歪んでいく。そして徐々に世界が暗転し、光る文字が見え始める。

 0と1の世界。

 それは紛れも無く神殿でガーゴイル対峙した時に見たあの世界。

 極限の状況、究極の集中力がラックをその世界へと導く。だが、今のラックにとってはそんな事はどうでもいい。彼が今望むのはただ一つ。

「時よ、止まってくれぇっ!!」

 強く、そう思う。同時に

 カチッ

 頭の中で音がした。

 途端、周囲の空間が緩やかに流れ始める。フェリアもウィルもガーゴイルも、果てには風や炎まで、この世界に存在する全ての存在の時が遅くなる。そんな中

「うおおぉぉぁぁーっ!!」

 ラック一人だけが動いていた。

「(見えるっ!!)」

 剣を構える今の彼に見えているのは0と1の世界。

 そして途端に理解する。0と1の隙間を。ラックが集中する事によって見えていた物質と物質の繋ぎ目の線。あれはまさに今見ている世界の0と1の隙間だったのだと。

 今まではその線に剣を沿わせる事によって物質を分断してきたが、今のラックにはその0と1の隙間に至る空間までもが全て見えている。

「切、り、裂、けえぇぇぇっ!!」

 目の前の空間に存在する0と1との間を切り裂くように剣を振り下ろす。

 キィンッ……

 空間の断裂。

 遠く離れた場所で裂かれた空間は不規則に分断を繰り返し、連鎖するようにガーゴイルへと伸びていく。

 そして……切り裂く。

 音も無く、まるで紙を切ったかのようにガーゴイルの首は分断され、頭が地面へ落ちていく。

 剣を振り下ろし終わると同時にラックを取り巻く時間は元へと戻っており、彼が見える世界もまた元の世界へと戻っていた。

「はぁ、はぁ……」

 凄まじい疲労感がラックを襲い。思わず、その場で跪いてしまう。まるで数時間分の疲れが一気に来たかのような脱力感だった。

「ラックッ!!」

 何が起こったのかは解らないが、ラックが何かをした事は解った。

 そんなラックの下へ駆け寄るフェリア。同時に

 ボトッ……

 地面に何かが落ちる音が聞こえた。

 腕だ。

 そちらを見ると、人の両腕が地面に落ちていた。誰の腕かと問うまでもないだろう。

 ラックとガーゴイルの間に居たのはただ一人、ウィル・ワームズのみである。

 彼の両腕が空間の断裂に巻き込まれ分断されたのだ。

「が、ぐぅっ!!」

 ウィルもまた、自身の体に何が起こったのかを自覚するのに間があったようだ。

 無くした腕を拾うかのように、地面に膝を付くウィル。

「わ、私は、何を……」

 腕を失い茫然自失となったのか、ウィルは何か信じられない物を見たかのような表情を見せる。

「はぁはぁ、……勝負あったな。ウィル・ワームズ」

 息切れをしながらではあるが、ラックは勝利を確信した。

 レブルス騎士団長とは言え両腕を失った状態で闘えるはずがない。

 ガーゴイルも頭部を切断したためあの光が使えない。ならば、敗因は無くなった。

 チャキ……

 剣を杖代わりに立ち上がり、構える。

「皆の仇を討たせてもらうっ!!」

「ぐっ……!!」

 ラックは剣を握り締め、ウィルに近づき止めを刺そうとするが

『ウィル隊長!!』

 ウィルの部下、騎士達が割り込んでくる。

「貴様、隊長に何をしたっ!!」

 騎士の一人が剣で切り掛かってくる。

 その騎士とて先のガーゴイルとの一戦で無傷ではない。寧ろ満身創痍と言っても良い様な状態だ。だと言うのに、騎士はウィルを助けようとラックに切り掛かってきたのだ。

「なっ!?」

 ギンッ!!

 ラックはその剣を受け流し距離を取る。

 形勢は一気に不利になった。騎士達はこの一件の真実を知らない。彼等にしてみれば自分達の隊長を助けるのは当然の行動であり、場の状況だけをみればラックがウィルの敵であることは明白だ。今のラックの状態で騎士達全員を相手にする事は困難極まりないが、それ以上に

「(だ、駄目だ。関係の無い人を巻き込む訳にはいかない。どうするっ!?)」

 今ここで騎士達を傷付けようものならば、目的のために他者を巻き込んだウィルと同じになってしまう。それだけは出来ない。そんな事をすれば、ラックは自分自身の精神を保つ事が出来なかっただろう。

 苦悶するラック、そんな時

「そこまでっ!!」

 ギガが姿を現す。

「おじさん?」

「お父さん?」

 その場に居る皆の視線がギガに集まる。

「私は元宮廷呪法師のギガ・カストゥール。双方剣を収めよ。今回の一件、非は誰にもない」

 ラックやフェリア、ウィルを除き状況が解っていない騎士達は困惑する。

 レブルス国の宮廷呪法師であり、重鎮であったギガの名は騎士達の誰もが知っていた。

 騎士である以上、元とは言え国の功労者に対し敬意を払うのが礼儀だが、この場に突然現れたギガの言葉に疑問を感じずに入られなかった。

「全ては御霊を廻る運命。私達も君達も、そしてウィル・ワームズもその被害者だ」

「おじさん!!」

 ラックは声を上げる。

 それを認めろというのかと言った意味の叫びだった。

「ラック君、どうやらこの村の運命は変わる事が無かったようだ」

「え?」

「もう時間はない。この村はまもなくそこのガーゴイルの自爆装置によって消滅する」

『なっ!!』

 皆の視線が頭の無いガーゴイルに向く。

 騎士の一人がガーゴイルに近づき何かを確認して声を上げる。

 どうやらギガが言っている事は本当であるらしい。

「だが、滅びるのはこの村の人々だけで十分だ」

 ギガはそう言うと印を結び何かの呪文を口にし始める。

「騎士達よ。君達はここで見た事を覚えていなさい。そして、これからレブルスで起こる出来事の真実を……運命を見極めるのです!!」

 次第に、ギガを取り巻くように光る文字が円陣を作り始める。

「おじさんっ!!」

「お父さんっ!!」

 二人とも、ギガが何をしようとしているかが解った。

「ラック君、フェリアの事を頼んだよ」

 そう口にするギガは確かに笑っていた。

 そして最後に聞こえたのだ「さようなら」と。それが最後

 カッ!!

 閃光が辺りを包む。

 瞬きにも満たない一瞬だった。ラックとフェリアが気付いた時にはそこは村外れではなく、カラト村を一望できる少し離れた小高い丘の上だった。

 そこには二人しかおらず、ウィルの姿も騎士達の姿も……ギガの姿も無かった。そして

 ドオオオォォーーーーーーーンッ!!

 耳を破らんばかりの大きな爆発音と、地を揺らす程の衝撃が二人を襲う。

 耳を塞ぎ、衝撃に耐えるラックとフェリア。

 そのピークが過ぎた頃、ようやく二人はその光景を目にする事が出来る。

「そん、な……」

「村が……」

 カラト村の方から光が見えた。

 日が落ち暗くなった空が朝になったのかと思えるほどの眩い光。

 そして、天を貫くような火柱が村を包みこんでいた。

 どれくらいその光景を見ていただろう。

 光と火柱が収まる頃には、カラト村があった場所には大きなクレーターが出来上がっており、二人はその事実を理解する。

 二人が住んでいたカラト村は、文字通り滅んでしまったのだと……。


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