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水晶物語 ~運命の継承者~  作者: 御門屋運命
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第三章『御霊』

    第三章『御霊』


「……ん」

 太陽の光を受け、意識がゆっくりと覚醒していく。まだ重たい瞼をこじ開け、周囲を見回す。

「……しまった。寝たのか俺は」

 岩に背を預け、剣を抱くような姿勢をしている自分の姿を見てようやく現状が把握出来た。

「あ、起きた?」

「フェリア」

 見れば、フェリアは既に身支度を整え朝食の準備までしていた。

「……はぁ、見張り役を引き受けたくせに寝てしまうとは、我ながら情けない」

 ご丁寧に体の上に毛布、おそらくフェリアが使っていたであろう毛布まで掛けられていたのでは申し開きも出来ない。

「そうでもないよ。ラックが寝たのって夜が明ける直前だったし、朝まで見張りしてたって言えばしてた事になるんじゃない」

「見てたのかよ」

「たまたまね」

 ここで「起こしてくれればよかったのに」と言うのは、毛布まで掛けてくれたフェリアの気遣いを否定する事になるのであえて言わない事にした。

「で、どうする? もう一、二時間寝とく?」

 ラックが眠りに落ちてからまだ三時間も経っていないとフェリアは説明するが

「いや、もう起きる」

 ラックはそう言うと自分の体に掛かっている毛布を取り、立ち上がって軽く体を動かす。

「寝起きが悪いラックにしては珍しいね」

 何時もであれば二度寝するところなのにとフェリアは述べる。

「不思議と眠気が無くてな。って言うかこの状況で二度寝する程俺の神経は図太く無い」

 その後、朝食を食べながら今後の事を話し合う。

 朝食と言っても昨夜食べた干し肉の余りな訳だが、とりあえず水分と塩分が補給出来て腹が膨れればこの際何でもよかった。

「それで、これからどうしようか?」

 闇雲に山の中を歩き回っても昨日の二の舞となる可能性がある。何らかの方針が欲しい所だ。

「湧水が出てるって事は川なり水脈なりがあるって事だ。この辺りの川と言えば俺達の村に流れてる川ぐらいしか無いはずだ。だから水の流れを辿って行けば村に着くんじゃないかと俺は期待している」

 水が途中で塞き止められていたり、何らかの理由で流れが辿れなくなればこの方法は使えない。

 可能性的にはそれ程高い案とは言えなかった。

「後はどこか広い場所に出られればと考えているが……」

 結局の所、行き当たりばったり感が拭えない。

「そっちは何か無いか?」

 こちらの意見は全て述べ終わった事を伝え、フェリアの意見を聞こうとするラック。

「うーん、それが一つ気になっている事が……私達の村って石畳とか無かったよね」

「石畳? いや、見た覚えはないな」

 庭や道路などで平らな敷石を敷き詰めた場所、この場合は平らな敷石を敷き詰めた道を指す。

「石畳がどうかしたのか?」

「あー、論より証拠を見せた方が早いよね。すぐそこだし、そろそろ行こうか」

 食事も終え、出立準備も出来ていたので二人はすぐにその場を後にする。



 歩き始めて僅かに数分。

「これこれ」

「……本当だ」

 フェリアが指差す先には若干途切れ途切れではあったが、確かに石畳の道があった。

「さっき湧水汲みに行った時に見つけたんだ」

 見れば、確かに湧水が出ている場所から見える距離だった。

「……」

 湧水が湧いている場所と石畳の距離を見てラックは思う。

「(昨夜は気付かなかった。暗かったから気付かなかっただけ……なのだろうか?)」

 確信がある訳ではないが、昨日裏山に足を踏み入れた時にもこれと似たようなことがあった。

 地図の一件である。

「(この石畳もあの地図と同じように急に現れた代物だったとしたら……)」

 想像の域を出ない考えとは言え、それを無視する事は出来ない。

「どうする?」

「とりあえず道があるって事は人が行き来した事があるって事だろ。もしかしたら俺達が知らないだけで村の周辺には石畳があるのかもしれない」

「って事は、この道のどっちかを辿って行けば村に辿り着けるかもしれないって事か」

 可能性の話を始めたらきりがないが、現実的に道は二人の目の前にある。

 どちらにしても山の中を遭難していた状況よりはましな状況だと言えるだろう。

「問題はどっちに行くか、だね」

 確率は二分の一。村に続いている道か村以外に続いている道か。

「こう言うときは下手に決めるより運に任せた方が良い」

 ラックはそう言うと一枚のコインを取り出し

 ピンッ

 親指で軽く弾き、コイントスを行う。

 弾かれたコインは回転しながら宙を舞った後、ラックの手の甲にて受け止められる。

「……あっちだな」

 予めコインの表裏でどちらに行くかを決めていたのか、ラックは道の片方を指差す。

「異議なし」

 先程も述べた通り確率は二分の一。

 現在の状況では判断材料が無いためラックの決め方に異論はないとフェリアも賛同する。



 石畳の上を歩くこと二時間、二人は驚くべきものを発見する事となる。

 やや切り立った崖に挟まれる様に姿を現したのは

「あれって神殿……だよね?」

「ああ、そう見える」

 一言で言うならば、それは神殿と思われる建造物であった。

 小さな神殿ではない。まだ距離があるため正確な大きさは測りかねるが、一般で言うところの中規模から大規模の神殿に相当するように見えた。

「行ってみましょう」

 いい加減見飽きてきた山道の先に突如として神殿が現れたのだ。

 否応なしにテンションが上がってきたのであろう、フェリアはそう声を上げ歩く速度を高める。

 それに人が造った建造物であるのであればその中に誰か居る可能性もある。

 色々な意味で期待をしていた二人であったが、その期待はすぐに裏切られる事となる。

「これは……酷いな」

 神殿の近くまで歩みを進めた二人はその光景に唖然とした。

 二人が目にしたものは倒れた柱に所々崩れた屋根。床は割れ辺りには草木が生え茂っており、それはまるで廃墟のような神殿だった。

「遠巻きに見た感じでは普通に見えたんだがな」

「どう見ても手入れされてる気配無いよね」

 その荒れ方は素人目で見ても長い間放って置かれていた事が解る。

「とりあえず中も見てみるか」

「そうね」

 ここまで来れば中に人が居る事を期待するなど無駄と言うものだろう。

 外観からしてあれだったのだ。中も相当荒れているに違いないと予想し、二人は覚悟を決めて神殿の門をくぐるが、今度はその予想が良い意味で裏切られる事となる。

「驚いたな……」

「うん……」

 倒れた柱に崩れた屋根。割れている床に生い茂る草花。

 一見して、それは予想していた光景であったが、二人が目にしたのは実に幻想的な光景だった。

 崩れた屋根からは木漏れ日が入り込んで崩れた床を照らしており、そこから生えている草花は倒れた柱をまるで癒すように咲き誇っていた。

「不思議な光景だ」

「うん、まるで夢を見ているような感じ」

 その光景は実に奇妙にバランスが取れており、まるで絵に画かれているみたいに美しく、時を感じさせないほど静かで、安らぎすら感じる空間を作り出していた。

「こんな場所が村の近くにあるなんて……」

 場の雰囲気と言うのだろうか、神殿であると言う理由を除いてもここは何か神聖な空気が満ちており、明らかに普通ではない場所である事が感じ取れた。

 そんな場所が村の近くに存在するなど、言葉通り思ってもいなかった。

「ねぇ、ラック。ここってもしかして例の場所なんじゃない?」

「御霊か……」

 フェリアの言葉に当初の目的を思い出す。

 この場所であるならば、この場所を目の当たりした今ならば、その存在を信じられる。

「しかし、何と言うかどうにも、足を踏み入れずらい感じがあるな」

 例えて言うならば、真っ白な雪原に足を踏み入れ景色を壊そうとしている心境だった。

「出来るだけ荒さないように進みましょう」

「ああ、そうだな」

 そもそも御霊を探す事が今回の目的ではあったが、本当に御霊を手に入れようとかそういう気はまったく無かった。だから、二人にしてみれば御霊よりもこの景色を荒らす事の方がどうにも気が引ける所業に感じられた。

「ラック、あれ見て」

 先を進むフェリアが何かを見つけたのか声を上げる。

 見るとそこには地下へと続いているような通路があった。

「(……妙だな)」

 地下通路の存在がではない。いや、神殿に地下通路があると言う時点でそれなりに妙な存在ではあるのだが、ラックが目を付けたのは通路の在り方に関してだった。

「(見た所、この神殿にはしばらくの間人が足を踏み入れた痕跡は見当たらない。だと言うのにこの地下通路の中には植物が一切入り込んでいない)」

 今二人が居るのは神殿の礼拝堂と呼ばれる場所で、入口の広場同様に辺りに植物が生い茂っているのだが、地下通路の中にはそれらの植物が一切生えていなかった。そればかりか、まるで礼拝堂と通路との間に壁があったかのようにその境目までもがはっきりと分かれていたのだ。

「(どう考えても妙だ……)」

 ここに至り、ラックは再び昨日の地図の件と先程の石畳の件の事を思い出す。

「(不可解な現象が続き過ぎている。一度や二度なら偶然や気のせいで済ませられるが、これだけ連続して起きるとまるで何かの筋書き通り事が進んでいるように思えてくる)」

 内心でラックがそう考え込んでいると

「ねぇ、入ってみましょう」

 フェリアがそう声を上げる。

「……ああ、そうだな」

 そもそも今自分が考えている事はかなり突拍子もない事だし、この先に何があるのかを確認せずに帰るなどフェリアが許さないだろう。ならば、今更引き返す事など出来ない。

 そう思い、ラックは意を決し通路に足を踏み入れる。

「方向的には山の方に続いているみたいだな」

 通路を進む事数分、自身の方向感覚を信じるならば山の方へと向かっているとラックは述べる。

「みたいね。外の光も届かなくなってきるみたいだし」

 途中までは外からの明かりがあったため歩くことに不自由しなかったが、徐々に光が届かない場所に来始めたのか、周囲が暗くなり足元が見え辛くなってきていた。

「そろそろ明かりをつけるか」

 フェリア程ではないが、ラックも山に入ると言う事で緊急用の道具を幾つか持ってきていた。

 その内の一つに蝋燭があり、ラックはリュックより蝋燭を取り出して火をつけようとするが

「……それにしても、この通路何か変じゃない?」

 フェリアは自身の足元を踏みならすように足踏みする。すると

 カンカン……

 堅い何かとぶつかる音が辺りに響く、少なくとも土や石とぶつかった音ではない。

 フェリアが何の音だろうと怪訝そうな表情を見せると

 パッ!!

 急に周囲が明るくなる。

「くっ!!」

「きゃっ!!」

 突然の出来事に二人は思わず目を覆う。

 目が暗闇に慣れていたため、光に対して反射的に行った行動であったが、二人はすぐに何が起こったのかと警戒しながら辺りを見回す。

「……何これ、この通路……全部鉄で出来てる?」

 光によって視界が良好になったためか、周囲がどのような状況かがすぐに解った。

 二人が歩いていた通路は土や石ではなく、鉄によって構成されていたのだ。

 カンカン……

 その鉄の壁を指で軽く叩くフェリア。

「嘘、しかも分厚い」

 音の反響具合から、その壁が少なくとも数センチ以上はある事が確認出来る。

「それにこの光は一体……」

 天井を見上げると、そこにはまるで太陽のように光りを放つ棒状の物体が存在していた。

 見た事の無い物体にフェリアが戸惑っていると

「蛍光灯だ……」

 ラックがそう声を上げる。

「ラック、これ知ってるの?」

「ああ、機械だよ。多分さっきのフェリアの足踏みでスイッチが入ったんじゃないかな」

「キカイ?」

 聞きなれない言葉のせいか、そう喋るフェリアの発音は微妙にラックのそれと異なっていた。

「そうか、フェリアは実物を見たこと無かったっけ。世界各地の遺跡から発掘される古代文明の遺産の総称だよ。俺も詳しくは知らないけど、その大半が電気の力で動いていて、一説じゃ神様が世界を創造するときに使った道具だとか大層な事も言われている代物だ。各国でその研究が進められているらしいが、遅々として解明は進んでおらず、今の技術じゃ再現が不可能って事ぐらいしか解っていないらしい」

「……んー、とにかくすごい代物って事?」

 フェリアの中では機械はとりあえずそう言う存在なのだと認識されたようだ。

「遺跡から発掘されるって事は、ここは遺跡って事になるのかな?」

 神殿の奥なのに、とフェリアは疑問を口にする。

「他所から運んで来た可能性もあるが、この神殿がかなり古い代物である事は確かだ。遺跡の存在を知った上で作られた神殿だと考えた方が自然だろうな」

 憶測の域は出ないが、そう考えればそれなりに話の筋に違和感がなくなる。

「神殿に遺跡に御霊か、フェリアじゃないけどワクワクしてきたな」

 俄然、御霊の存在の信憑性が高まってきたとラックは述べる。

「ふふーん、ラックも乗ってきたわね」

 その言葉を聞き、ようやく火がついたかと言わんばかりに嬉しそうな声を上げるフェリア。

「それじゃ改めて、この先に何があるのか確認しに行きましょう」

「おう」

 二人は鉄で出来た通路の先に何があるのかを確かめるべく、歩く足を早めた。



 足を進めること約三十分、二人はやがて広い部屋へと出る事となる。

「これはまた……」

「ふぇー、すごいねー」

 部屋の形、広さは直径五十メートルの半球状。広場と呼んで差し支えのない広さだった。

 その壁は先程の通路と同じく鉄で出来ており、球状である天井の至るところにはこれまた先程と同じく光を発する機械、蛍光灯が取り付けられていた。

 通常であればそれだけでも目を奪われる光景であったのだが

「あれ、何かな?」

「さて、皆目見当もつかんな」

 部屋に入って二人の視線がまず向かったのは、広場の奥にある祭壇のような場所だった。

 二人はその正体を確かめるべく、広場の奥へと足を進める。

 祭壇の上、そこで二人が目にした物はこれまで二人が見た事が無い存在だった。

 一見して、それは大きさ約三メートルの鉄製の箱のように見えた。だが、その金属性の大きな箱には見た事のないロープのようなものが沢山繋がれており、箱のおそらく蓋の部分にはガラスがはめ込まれていた。

 その箱の存在も驚くに値する物であったが、二人の関心は箱の中身の方に向けられていた。

「これは……」

「水晶玉……かな?」

 青い水晶玉。

 箱の中は何かの液体で満たされており、液体の中を気泡が流れている事から箱の中で何らかの循環が行われている事が読み取れた。

 その水晶玉はそんな液体の中央に支えられる事無く浮かんでいたのだ。

「……水晶玉って浮いたっけ?」

「そういう問題か?」

 どう見ても常軌を逸した光景ではあったのだが、その光景に不快感は感じられなかった。

 寧ろ、その青い水晶玉のあまりの鮮やかさは見ているだけで心が奪われてしまいそうだった。

 二人がしばらくの間その水晶玉を見入っていると

 ……トクン

「(ん?)」

 一瞬、その水晶玉が動いたように見えた。

「(何だ……?)」

 気のせいだろうか。そう思いながら水晶玉を見続けていると

 ドクン

 水晶玉は生きているかのように再び鼓動する。

「っ!?」

 見間違いではない。

 今、確かにこの水晶玉は動いた。それを認識すると同時に

 ゾクッ……

 背筋を冷たく鋭い何かが駆け抜けていく、まるで稲妻が走ったかのようだった

「(何だっ!?)」

 何かがヤバイ感じがした。

 理屈や理論では無くただの直感だが、全身の毛が逆立ち、言葉に出来ない焦燥感に駆られる。

「フェリア!!」

 とにかくこのままここに居てはいけない。

 そう思い、ラックはフェリアを連れてこの場を離れようとするが

「フェリア……?」

 フェリアはその水晶玉を今尚見入っていた。

 いや、その表現は聊か間違いである。フェリアの視線は水晶玉から外される事なく、こちらの声がまるで聞こえていないように微動だにしなかった。

 ラックはすぐにその異変に気付く、フェリアは水晶玉を見入っていたのではなく、水晶玉に魅入られていたのだ。

 ドクンドクンドクン……

 こちらの意図に気付いたかのように、水晶玉の鼓動が速くなっていく。

「(まずい、まずいまずいまずい……)」

 先程から、本能が何度も何度もそう危険信号を発している。

「おい、フェ……」

 とにかく何か行動を起こさなければいけない。

 そう思い、ラックが意を決してフェリアに触れようとした瞬間

 ドクンッ!!

 一際高く水晶玉が高鳴り

 バシュゥッ!!

 鉄の箱の蓋が開かれる。

「フェリアッ!!」

「え?」

 ラックの悲鳴にも似た大声が届いたのか、我に返りそんな声を上げるフェリア。

 そして彼女は認識する。開かれた箱の中から液体と共に数十本の細いロープがまるで生き物のように飛び出し、自分を襲おうとしている事を。

 回避する間もなく、そのロープに囚われると思われた時

 ドンッ!!

 フェリアの体に衝撃が加えられる。

 何らかの力によって横から押し飛ばされたのだ。いや、今更何らかのなどと言う曖昧な言い方をする必要はないだろう。ラックが咄嗟にフェリアを横から突き飛ばしたのだ。

「くっ!!」

 突き飛ばした反動で自分も身を逸らす……などと言う動作がこの一瞬で出来るはずもなく、ラックは入れ替わるようにフェリアの立っていた場所へ移動してしまう。そして

 シュルッ!!

 フェリアに向かって伸びていたロープがラックの体に巻きついていき、ラックはどうにかしてそのロープを振りほどこうとするが、その強烈な力の前には為す術もなく

「うわぁぁぁーーっ!!」

 宙に体を持ち上げられ、箱の中へと引きずり込まれる。

 バシュゥッ!!

 引きずり込むや否や、箱はその蓋はすぐに閉じラックを外界から完全に遮断する。

 そして、どこから注入されているのかは解らないが、先程まで箱の中を満たしていた液体が物凄い速さで噴出され、箱の中を再び満たそうとし始める。

「くそっ!!」

 ラックは蓋のガラスを割って脱出しようとするが

 ガキンッ!!

「なっ!?」

 手足を鉄製の厚い板で拘束されてしまう。

 どうにかして拘束を解こうとするが、不自由な体勢からでは思うように動けず、そうこうしている間に箱の中は液体によって再び満たされ、ついにはラックの全身を液体の中へ沈めてしまう。

「っ……!!」

 ラックは呼吸を止め、どうにかしてこの状況を打開出来ないかと思案するが

 ヒュ……

 今までどこに行っていたのか、青い水晶玉が突如ラックの眼前に姿を現す。そして

「っ!?」

 水晶玉は有無を言わさずゆっくりとラックに近づき、まるで溶けるように彼の体の中へと入り込んでいく。あまりに信じられない現象だったが、その時のラックにはそんな事を考えている余裕はなかった。何故ならば

「ぐ、がああぁぁぁぁぁっ!!」

 ラックの体内に入り込んだ水晶玉はまるで粉になったかのように分散し、血管を介して体内を駆け巡り堪えがたい激痛を与え始めたからだ。

 ゴポゴポゴポッ……!!

 悲鳴とともに口から空気が漏れていく、だが、今の彼にとってそんな事は些細な事だった。

 強烈な電流が体を駆け抜けていくような感覚、頭の奥が焼き切れんばかりに目の前が何度も白く光り、拘束された体が大きく仰け反る。

 その痛みが絶頂を超え、意識が飛ぼうとした時

「ラックッ!!」

 声が聞こえた。

 自分の名を呼ぶフェリアの声だ。

 ガンガンッ!!

 今にも飛びそうな意識の中で、ガラスを叩きながら自分の名を必死に呼び掛けてくるフェリアの姿がはっきり見えた。

「ラック、しっかりして」

 ラックが箱の中に居る以上、呪法で箱を破壊する事は出来ない。

 だからだろうか、フェリアはその細い腕で力いっぱいガラスを殴り続ける。他に幾らでも有効な方法はあっただろうに、フェリアは無我夢中でガラスを叩いている。

 見れば……その拳はガラスを叩いた衝撃で赤く染まり、血が流れ出ていた。

「っ!!」

 グッ!!

 体に力が入る。

 痛みは既に限界に達しており、指一本動かす事も出来ず後は意識を失うだけのはずだった。

 だが、ラックはそれら全てを無視して体に力込めていき

 メキ、メキメキメキ……バキンッ!!

 遂には手足を拘束していた鉄の板を引きちぎってしまう。そして全身全霊の力を込め

「はああぁぁぁーーっ!!」

 バキィンッ!!

 目の前のガラスに拳を突き立てる。

 それが最後の一撃だった。その一撃を最後にラックの意識は今度こそ本当に飛んでしまう。

 だが、その最後の一撃が効いたのか

 ピシッ、ピシピシピシ……

 ガラスの蓋に突き刺さった拳の周囲にはどんどん亀裂が入っていき

 ……ドシャァッ!!

 遂には決壊を迎える事となる。

「ラックッ!!」

 噴き出す液体と共に排出されるラックの体をフェリアが受け止める。

 外気に触れ、空気を求めてラックの体が無意識に呼吸をしようとするが

「ぐ、ごっ、ごぼっ……!!」

 激しく咳き込むラック。

 咳き込むと同時にその口からは大量の液体が吐き出されていく、どうやら肺の中が液体によって満たされていたようだ。通常であればその時点でかなり危篤な状態であったはずなのだが

「ぐっ、はぁはぁ……」

 自身の咳き込みが気付けとなったのか、ラックは意識を取り戻す。

「げほ、げほっ……」

 残った液体を吐き出すようにしばらくの間は咳が止まらなかったが、それもすぐに落ち着きを見せ始めた。

「ラック、大丈夫? 意識はある? 体はなんともない? 吐き気とかどこか苦しい所は?」

 そんなラックを心配し、そう次々と質問を投げ掛けるフェリア。

「あ、ああ、何とか大丈夫……そうだ」

 今もなお呼吸が荒く、流石に一つ一つの問いに答える余裕が無かったため一つの返事となってしまったが、少なくとも意識はあるし、身体的に問題がある箇所は見当たらなかった。

 言葉通り何とか危機を脱する事が出来たようだ。

「よ、良かったぁ……」

 フェリアは心底安心したような声を出す。見れば、少し目に涙を浮かべているようでもあった。

「良かったじゃないこの馬鹿」

 ラックはそう言うとフェリアの手を取る。

「痛っ!!」

 自覚がなかったのか、ラックが手に取ることによってフェリアは自分の手が今どのようになっているかに気付く。

「ったく、無茶しやがって」

 ラックは手の使えぬフェリアに代わり、服を破いて彼女の手に巻いていく。

「素手でガラス殴ったらどうなるかぐらい解るだろ」

「だって……」

 フェリアは済まなさそうな顔をする。

 元はと言えばラックを助けようとして出来た傷だ。それをラックが怒ると言うのはそれはそれでおかしな話でもある。

「解ってる……」

 だから、まず先に言っておかなければならない言葉がある。

「ありがとう、フェリア」

「……うん」

 その後、二人は布を巻き終わるまでの間無言でいた。

 お互い同じことを考え行動した事が嬉しくもあり、少々恥ずかしくもあったがためだ。

「……よし、とりあえず応急処置はこれでいいだろう。骨は折れて無いみたいだが、早く村に帰ってちゃんとした手当をした方がいい」

「うん。でも、私の事よりラックの方が……」

 そこまで口にし言葉を止めるフェリア。

 フェリアの言わんとしている事は解っている。確かにラックは意識を取り戻しその体に外傷は見当たらないが、その経緯を考えるならば楽観視などとても出来ない。

「俺の体の中に得体のしれない物が入り込んだ……か」

 得体の知れない物、青い水晶玉。

 あれが一体何だったのかは解らない。今はっきりと解っているのは、それがラックの体内に入り込んでいると言う事ぐらいだ。

「すぐに帰ってお父さんに見て貰おう。もし危ない物だったら……」

 だったら、どうなるのだろう。

 そんな事を確認するまでもない。最悪の場合は……死が待っている。

 その事実を前に、当事者であるラックより先にフェリアの顔が真っ青になる。

「落ち着けフェリア。まだそうと決まった訳じゃない。今は村に帰る事だけを考えよう」

 こういう場合、余計な事を考えると悪い考えしか浮かばないのが人間と言うものだ。

 そう思い、フェリアを説得して村に帰ろうとするラックだったが、当事者であるラック自身は不思議と落ち着いた気分でいた。

「来た道を戻れば村に着くはずだ。行こう……」

「うん……」

 フェリアを連れ、広場を後にしようと出口に足を向けるラックだったが

 バシュゥ……

 突如、その扉を塞ぐように鉄の壁が下りてくる。

『え?』

 そして、赤い光を発する何かが広場を染め上げ、けたたましい音が鳴り響く。

「何だっ!?」

「何、何が起こってるの!?」

 訳が解らず、二人が周囲をキョロキョロと見回していると

『インストールエラー発生、施設内にて異常事態が発生しました。修復プログラム起動、施設を一時封鎖します』

 そんな声が聞こえてきた。

『施設内に高エネルギー反応確認。危険分子と判断、防衛システムを起動します』

 人の言葉ではあるが人の声ではない。どこか無機物的な印象を与える声だった。

「ねぇ、ラック」

「ああ、良く解らないがヤバイ感じだ」

 何が起こっているのかは良く解らないが、そのけたたましい音が何らかの警告音であり、その声が述べている言葉が何を意味しているのかは解った。

 今尚鳴り響く警告音と赤い光が広場を照らす中

 ゴゥンゴゥンゴゥン……

 広場の中央、出口に向かっていた二人の後方の床が左右に分かれ、音を立てながら何かがせり上がって来る。

「あれって確か……」

「ガーゴイル……か?」

 ガーゴイル。

 それは魔獣の姿をした拠点防衛用の人造兵器の総称。その性能は製作者の技量に左右されるが、一般的なガーゴイルは石で出来ており、与えられた単純な命令を忠実に実行する事しか出来ない。

 だが、目の前のガーゴイルはその一般的なガーゴイルとは一線を画していた。

「でも、あれどう見ても鉄だよ。っていうかでかい鎧!?」

 一般的にガーゴイルは魔獣の姿を模して造られるのだが、二人の目の前に現れたガーゴイルは全長約四メートルの巨大な鎧が動いているような人型であり、その体は見た感じ鉄で出来ていた。

 とてもじゃないが一般的などと言う言葉が当てはまるようなガーゴイルではない。

「……動くの、かな?」

「そりゃ、動くんじゃないか?」

 動かないのであればおそらく出てはこないだろう。

 何より、先程の声を聞く限りではこのガーゴイルはこの遺跡、施設を守る事が目的のようだ。

 そして、自分達はその施設に侵入した侵入者であり、不本意ではあるがおそらく防衛対象であった青い水晶を持ち出そうとしている賊である。狙われない道理が無い。

『ターゲットロック。ガーディアン始動、目標を排除します』

 ブゥン……

 そんな言葉と共にガーゴイルの目が赤い光を放つ。それが起動の合図である事はすぐに解った。

「くそ、フェリアは下がってろ。ここは俺が……っておいっ!?」

 ガーゴイルの強襲に備え、作戦立てをしようとそう声を上げるラックだったが、振り向き見たフェリアの行動にそんな声を上げてしまう。

「先制攻撃、行くよっ!!」

 フェリアは手で印を組み、呪法を使う体勢に入っていたのだ。

「待て、こんな近くでそんなの使ったら!!」

 時すでに遅し、フェリアの周りを囲むように光の文字が円陣を描き始め

「大火球っ!!」

 力ある言葉と共に、直径二メートルの巨大な火球が姿を現す。

 生み出された火球は一直線にガーゴイルに向かって飛んで行き

 ドオォォーーーーンッ!!

 炎と爆音と衝撃を巻き起こす。

「くっ!!」

 衝撃に備えラックも咄嗟に防御呪法を展開する。

 それは、フェリアの周囲に今も展開されている円陣と同じ物だった。先程フェリアの周囲に現れた円陣は火球を生み出すための物ではなく、その衝撃から身を守るための防衛呪法だったのだ。

「よしっ!!」

 手応えあったのか、ガッツポーズを取るフェリア。

 目の前で未だ巻き起こっている爆炎の凄まじさを考えるならば、その気持ちは解らなくもない。

「やるならやるって言えよ!!」

「いやー、ごめんごめん、何かヤバそうな雰囲気だったからさ」

 先手必勝と言わんばかりにそう述べるフェリアだったが

 ブワァッ!!

「え?」

 爆炎を吹き消すように、質量をもった何かが音を立て高速で迫ってくる。

 ガーゴイルだ。

 驚くことにその体は無傷であり、自身に攻撃を加えたフェリアを最初のターゲットとしたのか、まっすぐフェリアに向かって移動していく。

 鎧であるのだから足があり、普通に考えるならばその移動手段は歩くか走るかに絞られると思うのだが、ガーゴイルは驚くことに地を這うように空中を水平に滑空してきた。

 見ればガーゴイルの背部から何か光が発せられており、その光が何らかの推進力を生み出している事が予測された。そして、その速度は走る速度とは比較にならなかった速さだった。

「フェリアッ!!」

 チャキッ!!

 叫ぶが早いか行動が早いか。

 ラックは剣を抜き取り、滑空するガーゴイルに体当たりするように剣を振り下ろす。

 ガキィィィンッ!!

「ぎっ……!!」

 堅い。

 剣を持つ手が痺れる。まるで大きな岩を棒で叩いたような手応えだった。

 無理もない。相手は岩ではなく鉄で出来ており、ラックが手に持っているのは鉄の剣。普通に考えて刃が通るはずがない。

 だが、それでも衝撃を加える事は出来たのか、ガーゴイルの軌道はフェリアから逸れ広場の壁へと突き進んでいき

 ドオオォォォーーーンッ!!

 巨大な衝突音が広場に響く。その際の衝撃の凄まじさが音から読み取れるようであったが、鉄製の壁は大きく凹んでいるにも関わらずガーゴイルは無傷であった。

 ヒュッ!!

 そんなガーゴイルを追従するようにラックは距離を詰めていた。

 鉄の剣で鉄の装甲を切るのは不可能、それは先程の切り込みで解った。

 ならば、次にラックが狙うのは装甲と装甲の繋ぎ目である間接部分。

 壁にぶつかり体勢を崩している今ならば通常時よりも正確に多く切り込める。そう思い

 ガギギギンッ!!

 一度の踏み込みで三撃。首、脇、腰に刺突、右薙、逆風を叩きこむが

「くっ!!」

 その何れも目に見える効果は得られなかった。それどころか

 ブンッ!!

 今度はガーゴイルの拳がラック目掛けて繰り出される。

 ガキィィィンッ!!

 そのガーゴイルの拳を剣の腹で受け止め盾代わりとするが

 ヒュ、ズザァッ!!

 受け止める事が出来ず、ラックの体は宙を飛びフェリアの居た位置まで押し戻されてしまう。

「呆れた堅さだ。おまけに隙間すら無い……」

 最初の一撃と先の三撃で痺れる腕を軽く振るラック。

「どうする?」

 まともにやって勝てる相手ではない。

 フェリアもそれが解ったのか、今度はラックとすぐに連携して動けるように体勢を立て直す。

「切って駄目なら断つしかない」

 剣を正眼に構え直し、呼吸を整えるラック。

「解った。じゃあ隙は私が作る」

 ラックが何をやろうとしているのかが解ったのか、フェリアは先程とは違う印を組み、呪法を展開し始める。

「(集中……)」

 例外なく、物質とは何かと何かを繋ぎ合せる事で出来ている。

 その繋ぎ目を針に糸を通すより正確に断つ事が出来れば、理論上はどのような物質をも切断する事が可能だ。しかし、理論上は可能であってもそれを実現する事は極めて困難である。

 通常であればそのような事は不可能だと言えるだろう。だが、ラック・ラグファースにはその不可能を可能にする事が出来る特技があった。

「(……見える)」

 ラックの眼にガーゴイルの装甲が映る。その体には薄っすらと細い線が描かれていた。

 それこそが物質と物質の繋ぎ目、極限の集中下でのみ彼はその線が見えるのだ。

「(薪を割るようにはいかないだろうけど……断ってみせるっ!!)」

 以前、ラックが薪を割った際にも同じ現象が起こっていた。

 あの時と同じようにガーゴイルの装甲に走っている線を切ることが出来れば、同じことが起きるはず。残る問題は相手が高速で動く物体だと言う事。薪とは違い容易に切り込めるはずが無い。

「(長引けば長引くほどこちらが不利になる。チャンスは初手の一瞬のみ……)」

 全てを次の一振りに賭ける。そう思い、ラックは更に集中力を高める。

 ゴゥッ!!

 やがて、ガーゴイルは再びこちらを視界に捉えると先程と同じように背部より光を放ちながら高速で迫ってくる。だが、その行動は二人にとってすでに予測された行動だった。

 スッ!!

 手を十字に交差させるフェリア。

「呪縛、スペルバインドッ!!」

 力ある言葉が広場に響き、その交差を解くと同時にフェリアの指から無数の光糸が現れる。

 その光糸は一本一本が意思を持っているかのように伸びて行き、瞬時に全方向からガーゴイルの体に絡みつきその動きを封じる。

 ズ、ガ、ズザザァァァァーーッ!!

 それでも一度付いた加速による慣性移動は止められず、鉄の床の上をスライドしながらガーゴイルが迫ってくる。だが、その速度は滑空時の速度よりも遥かに遅く、ラックにしてみれば目標が正面からゆっくりと迫ってくるに等しい状態となった。

「はあぁぁーーっ!!」

 気合と共に、ラックは寸分の狂いも無く剣を真っ直ぐ振り下ろす。

 キィンッ!!

 断った。

 ラックのその一撃は間違いなくガーゴイルの体を両断した。だが

「何っ!?」

 ガーゴイルが生物であれば、そのまま意識を失うか身体の欠損により体が硬直するなりして、おそらくそこで勝負は付いていただろう。だが、先にも述べた通りガーゴイルは人造兵器、生物ではない。首元から腰にかけ、斜めに両断された体の上半身は左右に分かれながらも動き続け

 ガコンッ!!

 ガーゴイルの頭部が開く。正確には顔部分、扉が開くようにそこが左右に分かれ、その奥にあるものがラックを捉える。

「っ!?」

 見るのが先か撃たれるのが先か、ラックが確認出来たのはそのガーゴイルの顔の奥に何かを打ち出す発射口の様な物があると言う事と

 カッ!!

 そこで何かが一瞬光ったと思えた所までだった。

 ドオォォーーーーンッ!!

 凄まじい爆音と衝撃が広場に響く。

「っ……」

 痛みは無かった。

 ただ、自分の体が吹き飛ばされ、辺りの景色がゆっくりと流れていくのが見えた事を覚えている。そして、その時フェリアの顔が僅かに見えた事も覚えている。

 何か信じられないものを見ている。そんな印象的な表情だった。

 ダンッ、ダンダン……。

 宙を舞い。床に叩きつけられたラックの体は投げ捨てられた人形のように床を二、三度バウンドして転がっていく。同時に

 キン、キキンキン……

 粉々に砕け散ったラックの剣が地面にばら撒かれる。

「ぅ、が……」

 即死は免れた。

 あの瞬間、ガーゴイルの光から身を守るように剣を盾にする事が出来たお陰だろう。

 だが、ラックの意識は既に絶え絶えで、酷くまぶたが重く、このまま目を瞑れば一瞬で死ねると言う事を自覚出来るほどだった。

「(これは、死ぬかな……)」

 自分の血が地面を赤く染めて行くのが見えた。

「(でも……)」

 今にも消えそうな意識の中でそんな事を考えながらも、ラックは良くやれたと思っていた。

 自分もこの有様だが、間違いなくガーゴイルは分断した。如何に人造兵器とは言え真っ二つにされあの至近距離で共に爆発を食らったのだ。ただでは済むまい。つまり、倒す事が出来たのだ。

「(上出来だ……)」

 これで最悪の事態は回避出来る。

 ラックにとっての最悪の事態とは、フェリアにもしもの事が起こる場合を指す。だから、そういう意味ではラックはガーゴイルに勝ったのだ。勝利の余韻に浸るようにそう考えていると

「ラックッ!!」

 時が戻ったかのようにフェリアが叫びを上げる。

 ラックは身を起こしてフェリアを見ようとするがうまく体が動かない。

「ぁ、あああぁ……」

 フェリアの顔が歪んでいく。

 地面に横たわるラックにはその顔は見えなかったが、フェリアの体が震えている姿は見えた。

「(……ああ、そうか)」

 フェリアを守る事が出来ても、それは所詮自己満足に過ぎない。

「(このまま俺が死んだら、フェリアは悲しむのか……)」

 このまま自分が死ねば、フェリアは自分自身を許すことが出来るだろうか。

 おそらく、出来ないだろう。

「(死ねない。死にたくない。でも……)」

 今の自分にはどうにも出来ない。ただただ泣き叫ぶフェリアの声を聞いている事しか出来ない。

 このまま、自分は後悔を残したまま死ぬのだろうか。そう思った時

 ギ、ギギギ……

「……っ!?」

 視界にそれが映った。

 ガーゴイルだ。体を両断され、機能が停止したと思われたガーゴイルがまだ動いている。

 フェリアはまだその事に気付いていない。位置で言えばフェリアの後方、フェリアからは見えず地面に伏しているラックにしか見えていなかった。ガーゴイルも満身創痍なのか、上半身、頭と半分の胴体と右腕のみでどうにかして動こうとしている。

「(ぁ……!!)」

 ギギ……

 その体が徐々にこちらを向こうとしている。こちらを見ようとしているのだ。

 ガーゴイルの顔がこちらに向けば、あの光が、先程自分を吹き飛ばした光が自分達を、フェリアを襲う事となるだろう。

「ぐ、ぁ……」

 逃げろ、フェリア。

 そう叫ぼうとするがうまく声が出ない。

「ラックッ!?」

 寧ろ、その言葉にならぬ声によってフェリアの意識は完全にラックの方へと向いてしまう。

 無防備なフェリア。

 無力な自分。

 打つ手は何もなかった。後少し、ガーゴイルがこちらを向くだけで全てが終わる。

 十五年間生きた自分の人生も、フェリアの十五年間の人生も。そう、諦めかけた瞬間

「ラックゥ……」

 ラックが見たのはフェリアの泣き顔だった。

 そして思い出す。自分が成人の儀の日に何かを言ってくれる事を楽しみにしていると言ってくれた……フェリアの笑顔を。

「(……駄目、だ)」

 グッ……

 体に力が入る。

 ドクン

 心臓が大きく鼓動する。

「(フェリアが死ぬ? 駄目だ、ふざけるな。そんな事があってたまるか……)」

 ドクドクドクドク……

 心臓の鼓動がどんどん速くなっていく。

 心臓が一回鼓動する度に、死にかけの体に力が戻ってくるようだった。

「(認めない。認めないぞ。そんな事は絶対に認めないっ!! フェリアは……)」

 ドックン!!

 一際大きく心臓が脈打ち

「(フェリアは俺が守るっ!! そして俺は……フェリアと一緒に帰るんだっ!!)」

 そう強く思った時

 カチッ……

 頭の中で何かのスイッチが入る音がしたような気がした。

 考える間も無く、ガーゴイルの顔がフェリアの姿を捉え

 カッ!!

 光が周囲を眩く照らす。

 凄まじいばかりの爆音と衝撃が再び広場に起こるかと思われたが……爆発は起きなかった。

「ラッ……ク?」

 状況が飲み込めず、驚きの表情だけを見せるフェリア。

 バリッ、バリバリバリ……!!

 後ろから聞こえるそんな音に気付き振り向く。そこにはこちらを見据えるガーゴイルの姿と、抱きしめるように自分を支えているラックの姿。そして、そこから延ばされる左手が見えた。

 バ、バババッ……!!

 その左手にはガーゴイルから放たれた光が受け止められており、光は今もラックの手の中で弾けようと断末魔の様な悲鳴を上げていたが

 グッ、バチィンッッ!!

 大きな音と共に、ラックの左手によって握り潰されてしまう。

「……すごい」

 その光が一体どのようなエネルギーの集合体であったかは解らないが、拡散されるはずだった爆発をラックは物理的に握りつぶしてしまったのだ。常識的に考えて凄まじい事である。

「すごいよ、ラッ……!?」

 フェリアは歓声を上げながらラックの顔を見る。そして、絶句してしまった。

 ラックだ。目の前に居るのはラック・ラグファースに間違いない。

 だと言うのに、そこに居るのが本当にラックであるかどうかが一瞬解らなくなってしまった。

 表情や顔つきも理由の一つだが、一番の理由は

「(金色の……瞳?)」

 その瞳の色だった。

 ラックの瞳が、あの深く鮮やかな海の色が映ったかのような青い瞳が、まるで獣のような金色の瞳となっていたのだ。

 その瞳を見た時、フェリアの心が震えた。こちらの全てが見透かされる感覚。一度その瞳で見られようものなら、自分の全てを曝け出すに等しい行為に思えた。

「……」

 無言で、フェリアから体を離し立ち上がるラック。

 フェリアが戸惑う一方で、ラック自身も自身の変化に戸惑っていた。

「(何……だ?)」

 目の前に居るのはフェリアだ。フェリア・カストゥールに間違いない。

 だが、今のラックの目に映っていたのは。

「(0と1……?)」」

 フェリアの形を構成している0と1の集合体だった。

 暗い闇の空間に、隙間無く0と1の様々な色で光る文字がびっしりと刻み込まれている。

 フェリアだけではない。地面も空気も自分自身も、全てが0と1とで構成されていた……されているように見えた。

 それらは何らかの法則をもって羅列を組んでおり、本来であれば解るはずも無いその法則をラックは自然と理解し始めていた。この文字の羅列がフェリア、この文字の羅列が地面、この文字の羅列が空気。……そして、あの文字の羅列がガーゴイル。

 ギ、ギギギ……

 ガーゴイルが再び動き出す。

 今一度こちらを見据えて光を放とうとしているようだったが、どうやらあの光を放つには一定時間のチャージが必要であるらしい。先程まではそれが解らなかったが、今のラックにはそれがはっきり解った。まるで未来を読むかのように、文字の羅列の変化がそれを物語っている。

「(どうする……先程のように光を受け止めるか、いや、あれを再び遣って退ける自信は無い)」

 だが、光の発射を食い止めようにも今のラックには武器がない。傷付いているとは言え並大抵の呪法では奴の装甲を破壊する事は不可能だ。そうやって策を思案していると

「っ……?」

 不思議な事に気が付く。

 ラックが断ったガーゴイルの切断面が一様に0で構成されていたのだ。

 切断面だけではない。フェリアが放った火球で焦げた床、ガーゴイルがぶつかった壁、粉々に吹き飛んだ剣の欠片。その全ての構成において0の割合が多かった。

「(……そうか)」

 1とは有の数値、0とは無の数値。すなわち真偽の法則。

「(0が無と言うのであれば、それを集める事が出来れば……)」

 ラックは両手を前に伸ばし意識を集中する。

 空気中の0を一点に集める。出来るかどうかは解らないが、その行為だけに集中する。すると

 ポゥ……

 ラックの周囲に光が生まれる。青い光だった。

 その青い光の粒子は次々と空中に現れ、ラックに従うように漂い始める。

「(……よし、行ける)」

 そう思い、感じた瞬間。意識が一気に収束される。

 同時に周囲の青い光が一点に集まり、大きな球体へとなっていく。そして

「消え去れ……」

 カッ……

 光が一筋の線を描く。

 ラックの手より放たれた青い光は光の線となり放出され、ガーゴイル目掛けて伸びて行く。

 ガーゴイルも再びあの光を放っていたが、光と光がぶつかり合う事は無かった。

 ラックが放ったその光は触れた物を全て飲み込む様に消していったのだ。

 ガーゴイルが放った光もガーゴイル自身も、果てには地面や壁や空気や、何もかも全てがその光に触れる事によって、まるで初めから存在そのものが無かったかのように一瞬にして消え去っていく。

「……」

 まさに、一瞬の出来事であった。

 その光が通った後には文字通り何も残っておらず、床を、ガーゴイルを、壁を消し去り、光は山を貫いていた。結果として、後に残ったのは壁に開く大穴のみとなる。

 これが後に『全てを消し去る無の光』と称されるラック・ラグファースの秘儀『ライトニング』の最初の発現であった。

「っ……」

 ラックはその全てを見ていた。

 ありとあらゆる物が0に塗りつぶされていく光景。その光景に対してこれと言った感情は抱かなかった。何故ならば、ラックにとってそれはただ文字が1から0に変わって行く現象でしかなかったからだ。

 だが、その文字の羅列によって自分が、そしてフェリアもが構成されている事を思い出すと途端に意識が朦朧としてくる。自分達の存在が文字で構成されているのならば、自分達の存在はこんなに簡単に消えてしまうのか。

 フラ……

 その事実を知った時、ラックの視界が歪む。

 視界が歪むと同時に見えていた光る文字は消えていき、世界が闇に染まっていく。

 倒れる寸前、ラックはフェリアの顔を見た。

 泣きそうな表情をしていた。

 だが、そんなフェリアの表情を見てもラック自身は非常に穏やかな心でいた。何故ならば、彼は『フェリアを守る』と言う目的を果たしたからだ。

 だから、自分がどんな有り様であろうとも彼の心は満たされている。

 そんな満たされた心のまま、彼の意識は闇の中へと消えていった。


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