第二章『国王代理と騎士団長』
第二章『国王代理と騎士団長』
やや時は遡り、カラト村から遠く離れたとある城の執務室。
そこで書類の束を相手にする少年の姿があった。
年の頃はおそらく十歳前後、金髪碧眼の端正な顔つきで、見た目で年齢を判断するのが難しい年頃ではあるが、黙々と仕事をこなすその姿は並みの大人顔負けの姿だった。
「ランク様、少しはお休みになって下さい」
そんな少年、ランクに話し掛ける男が一人。
年齢はおそらく三十歳前後、ランクとは対照的な大人であるがための年齢の判断の難しさがあったが、見るからに真面目そうで堅物なイメージが印象的だった。
彼に関して特筆すべきはその黒さにあった。
別に内面がどうのこうのと言う話ではない。言葉通り外見が、彼は黒髪黒眼である上に黒い甲冑を着込んでおり、誰もが一目で彼のイメージを黒だと印象付けられてしまうだろう。
「そうはいかない」
ランクは手を止めずにそう答えを返す。
「国の内情が圧迫している今、及ばないまでも国王代理である私が身を削り仕事を為さねばならない。休んでいる暇などは無い」
そう答えるランクの顔色はあまり良いようには見えなかった。
文字通り、その身を削って仕事をしている様子が伺える。
「ですが、このまま無理を続ければ再び倒れてしまわれます」
どうやら無理が祟って倒れてしまった事がすでに何度かあるようだ。
その言葉を聞き、手を止めるランク。
「ウィルの言う事は解る。だが、それでも誰かがやらなくてはならない。そうしなければこの国は国として成り立たなくなってしまう。……そうだろう?」
「それは、申される通りですが……」
黒甲冑の男、ウィルの言葉をランクは否定している訳ではない。
ただ、ランクは自分が為さねばならない事を自覚しているのだ。若干十歳そこそこの少年であるランクがだ。
「心配してくれている事には感謝している。けど後少し、せめて王位継承の儀が終るまでは私の我儘を許してくれ」
「我儘などとんでもない」
ランクの苦労がどれほどのものかを知っているのか、ウィルはその言葉を否定しようとするが
「祖父、アベル王が亡くなってからもうじき一年。その間国王代理を務めてきたが、それももう限界が近づいている。……この国には新たな王が必要なのだ」
「……」
ランクのその言葉にウィルは何も言えなくなってしまった。
その言葉がどれだけの重たさを持っているのかがウィルにも解っているからだ。
「その件ですがランク様、本当によろしいのですか?」
「ウィル、まだ私に王位を継げと言うのか?」
またその話かとランクは少々困ったような表情を見せる。
「代々クラウス家に仕えてきた騎士の家系だからと言って、今更私を王にする必要もないだろう。そもそも私に王の器はない」
「ランク様以外にレブルス国の王に相応しい方はおりません」
とりあえずこの二人の関係はそう言う関係であるらしく、事情もそう言う事情であるらしい。
「ランク様以上にこの国の事を思っている方を、私は知りません」
そのウィルの言葉にランクは何か言いたげであったが
「だが、この国の王に相応しいのはこの国で最も強き者であるべきだ。例外は無い。それが実力式階級制度を取るレブルス国の最低限のルール。そうだろう?」
実力式階級制度。
それは、文字通り実力ある者が高い階級に就く制度の事である。
様々な問題が指摘されるこの制度を唯一取っている国、それがレブルス国であり、レブルス国の王はレブルス国内において最強の人物がなる事となっている。
「残念ながら、私には兄様達のような武才がなかった。それを知った時、私は一人の文官として王に仕え国に尽くす事を決めたのだ」
残念だと述べながらも、そこに悔いや無念があるようではなかった。
「兄様……達? ランク様の御兄弟はラルス様お一人だけでは?」
ふと、ランクのその言葉を疑問に思いウィルはそう質問をする。
「あ、いや、何でもない。気にしないでくれ」
その言葉を訂正するランク。
「とにかくだ。一月後に行われる武闘大会で全ては決まる。その優勝者が次代の王となるだろう。それまで私は国王代理の役割を果たすつもりだ」
そう述べ、再び書類処理に移ろうとするランクであったが
「……ランク様」
「ん?」
ウィルの言葉にその手を今少し止める。
「先程ランク様はこの国の王に相応しいのはこの国で最も強き者であるべきだと申され、ランク様はご自身にその力が無いと申されました。では、その力があれば、ランク様はこのレブルスの王となっていただけるのでしょうか」
「……そうだな。私に王となれるだけの力があるならば、私が王となる事でレブルスがより良い国となるのであれば、私が王となっても構わないと思っている」
レブルス国のために必要な事を為す。
結局の所、ランクの最終目的はその一点にあった。
「だが、力などと言うものは一長一短で身に付くものではあるまい。それに人には向き不向きもある」
ランクの言う事は尤もだった。
それが事実であるからこそ、彼は自身に王の器がないと言ったのだ。
「いいえ、一つだけ方法がございます」
だが、ウィルはそんなランクの言葉を否定する。
「その方法とは?」
「御霊です」
その言葉を聞き、ランクの表情が変わる。
「先日、城の呪法師達から御霊の所在に関する書類を見つけたとの報告がありました。伝説の神の御霊、それがあればランク様はこの国の王として相応しい力を手に入れる事が出来ます」
「御霊か……」
ウィルの言葉を聞きながら、ランクは何かを考え込むようにそう呟く。
「ランク様、私に御霊捜索の任をお与えください」
「……解った。御霊の件に関してはウィル、お前の好きなようにしろ」
「はい、有難うございますっ!!」
ランクのその言葉を聞き、歓喜の声を上げるウィル。
その後、手続き上の会話を交わしウィルは足早に執務室を後にする。
一人、執務室に残ったランクは深い溜息をつく。
「……ここに来て御霊の所在が解るなんて。全ては運命の導くままに……と言う事か」
誰に言うでもなく、そう呟くランク。
「もしそうだと言うなら、早く帰って来て下さい。兄さん……」
そう呟くランクの表情は、年齢相応の少年のものだったと言う。