第十五章『レブルス王誕生』
第十五章『レブルス王誕生』
眠りの中、目を閉じているはずなのに目の前が眩しく感じる。
「(……カーテン、閉めてなかったっけ?)」
それが日の光によるものである事はすぐに解った。
あまりの眩しさにゆっくりと目を開き、周囲を見る。
「……あれ?」
見覚えの無い部屋だった。
いや、それは部屋と呼ぶにはあまりにも広すぎる部屋だった。部屋だけではない、大きなベッドに大きな窓、天井にはシャンデリア、床には豪華な絨毯まで敷かれていた。
「えーっと……」
突然の状況にさてどうしたものかと考えていると
「あっ!!」
そんな大きな声が聞こえてきた。
声の方を見ると、使用人の格好をした女性が立っていた。
「ランク様、ラック陛下がお目覚めになられました」
「は?」
声を掛ける前に女性は部屋の外へ向かってそう大きな声を出す。そして
「少々お待ちくださいませラック陛下、今お召し物を持って参ります」
女性はそう一礼すると部屋を出て行ってしまう。
「ラック……陛下?」
何の事だ、と。しばらくその意味に気付かなかったが、寝惚けていた意識が徐々に戻ってくる。
数分後、慌しくランクとラルス、そしてフェリアが姿を現す。
「ラックゥッ!!」
部屋に入ってくるなり、フェリアはラックの名を叫びながら飛び付いてくる。すると
グキ……!!
同時に鈍い音が聞こえた。どうやら良い感じに首の間接に負荷が掛かった様だ。
「起きるの遅いよラックゥッ!!」
そんな事はお構い無しにラックの体を振り回すフェリア。
「……おーい、お嬢ちゃん」
「フェ、フェリアさん、ラック兄さんはまだ本調子ではないんですから」
「え、あ、それもそうね。……ってああっ!!」
時既に遅し、フェリアの腕の中でラックは再び意識を失っていた。
そんなラックが再び意識を取り戻したのは数分後、そこでようやく事情を聞く事が出来た。
「そうか、うまくいったのか」
あれから三日、レブルスは元の姿へと戻っていた。いや、蘇っていた。
「出来れば何があったのかを、事情を説明して貰えませんか」
人々は意外とあっさりその事実を受け入れていたが、実際のところ何があったのかを知っている者は誰一人居なかった。
「そうだな。どこから説明すればいいだろう」
「まず何でレブルスが蘇ったのか説明してよ。私、間違いなく死んだはずなんだけど、気付いたら生き返ってて、もう何が何やらさっぱりで」
フェリアだけではない。ラルスやランク、それに大勢の人々もあの一件で命を落としたはずだった。
「……フェリアが死んだ後、俺はこの国と契約をした」
「契約?」
「機械都市レブルスの全機能をラック兄さんの制御下へ置く儀式の事です」
「イレイザーフォルスはインストールやセットアップと言っていた。尤もその時は必要な機能しか使用せず、残りのインストールのせいで今日まで眠っていたみたいだがな」
「えーっと、つまりどう言う事だ?」
今一つピンと来ていないのか、ラルスはもう少し解りやすく説明してくれと言う。
「レブルスは名実共にラック兄さんの物となったと言う事です。今やレブルスはラック兄さんの思うがままに動きます」
「そりゃすげぇ」
今の説明で解ったのか、なるほどとばかりにそう納得するラルス。
「レブルスの機能を掌握した俺は、レブルスの機能と真眼を使用してレブルスの全てを一度データ化した」
「何のために?」
「皆の運命を知るためだ」
ラックは言う。
「運命は世界に対して超常的な介入力を持っている。運命が決めた事は何があっても変わらない。俺はその絶対のルールを逆手に取り、ライトニングを使って皆の運命を書き換えた」
「運命を?」
「ああ、本来の運命であれば死ぬであろう者達の運命を、死ぬと言うフラグをライトニングで消したんだ。そうすると、運命としては死ぬ運命で無い者を死なせる訳には行かなくなる」
「そうか、例え死んでしまった人間であっても、運命が死んでいる事がおかしいと判断すれば」
「そう、運命が持つ世界への超常的な介入力を持ってすれば、死んだ人間が生き返る事が可能……だと俺は考えた」
「考えたって言っても、そんな馬鹿げた方法がうまく行くはず……」
「まぁ、常識的に考えればないだろう。だが、この世界は0と1で、文字や文章で出来ている」
要するに言葉遊びだ。
普通に考えればありえない現象である。死んだと言う事実が消えたからと言って人間が生き返るはずがない。そもそも死んだ人間が生き返るなどと言う事があるはずがない。だが、それは人間がそう思っているだけであって、世界にしてみればそんな事は一端の出来事にしか過ぎない。
世界の真実を知り、運命を変える事が出来るラックだからこそ可能なまさに奇跡なのである。
「色々と反則的な条件が重なった奇跡のような結果だ。多分、もう二度と同じ方法で人を生き返らせる何て事は出来ないだろう」
一度限りの奇跡だと、ラックは述べる。
「だが、俺がカラト村で御霊を手に入れた時から今日に至るまでに、運命によって死ぬはずだった人達は生き返ったはずだ。多分、カラト村も元に戻っていると思うんだが……」
「はい。すでにカラト村の存在を確認しています」
ラックの言葉にランクはそう事実を延べる。
「そうか、良かった。うまく行って本当に良かった」
ラックのその言葉に皆が同意見だ頷いていると
「でも、レブルスって結構ずぼらなのね」
フェリアがそんな感想を述べる。
「は?」
ラックはフェリアのその一言に多少間の抜けた声を上げてしまう。
「だって、イレイザーフォルスを台座に突き刺すだけで契約出来ちゃんでしょ。それなら誰だって王様になれちゃうじゃない」
「ああ、その事か。さっきは説明しなかったけど、実際は恐ろしく面倒な手続きが必要なんだ」
「そうなの?」
「ああ、俺はそれを六年前にやらされた。仮契約って言って、契約者はレブルスの事が自然と解るようになる。前に何で俺がレブルスに詳しいのかって話しただろ。そのせいだ」
「ラック兄さんはずっと前から王となる資格を有していた訳です」
「よく言うぜ。当時何も知らない俺に父さん達が勝手に施しただけじゃないか」
機械都市レブルスの全機能を把握しようとするのだ。三日間寝込んだぐらいで身に付くようなものではない。予め、ラックにはそういう下地が施されていたのだ。
「それでも、こうなる事はきっと運命だったんですよ」
ランクは感無量とばかりにそう述べるが
「冗談じゃない。何度も言うが俺は王になるつもりなんてないぞ」
ラックはそう答えを返す。
「それが運命だって言うなら尚更だ。俺は運命を変える男だからな。これ以上運命に従うつもりはない。約束通り、王位をお前に譲って俺は村に帰らせてもらうからな」
『……』
ラックのその一言に皆顔を見合わせる。
「何だよ?」
「兄さんの、いえ、陛下の意思を尊重したい所ではありますが、まずはテラスに出ませんか?」
「は?」
ランクはそう述べるとラックを急かすように部屋の外に連れ出す。するとそこには
『わあぁぁぁぁーーーーっ!!』
歓声を上げる民達の姿があった。
城のテラスから見下ろすその光景は絶句するに十分だった。
『ラック陛下ばんざーいっ!!』
『レブルスに栄光あれぇっ!!』
民達は口々にそんな事を叫び、ラックのことを褒め称える。
「な、何だこれは!?」
ラックがそんな光景に気圧されていると
「無論、陛下が王位に着かれた事を祝福しているのです」
「いや、だが俺は……」
「陛下、この国民達の前で先程の台詞が言えますか?」
ランクはそう言ってニッコリ笑う。
「(くっ、嵌められた……!!)」
この場で王位を辞退するなどと言った日には暴動の一つや二つは軽く起きてしまうだろう。
だが、だからといって一度肯定してしまえば後はずるずると流されてしまうだけだ。
打開策を考えようにも後手に回った時点でラックに勝ち目は無い。
「陛下は王としての力を民達に見せ、民達は陛下の力を目の当たりにしました。今やレブルスで陛下が王である事を疑う者は誰一人居りません」
真綿で首を絞めるように、丁寧に説明を述べるランク。
「ま、諦めるんだな。これも運命だ」
どうやらラルスも共謀者であるらしく、観念しろとばかりにそう言ってくる。
「僕もラルス兄さんも……ウィルさえも、陛下が王になる事を望んでいたんですよ」
「ウィルも?」
その言葉にラックは思い返す。
冷静に思い返せば、ウィルの行動には不可解な点が幾つも見受けられた。いや、本当はウィルに非が無い事をラックは知っており、彼に悪意が無い事にも気付いていた。
何故ならば、彼は運命に翻弄されつつも運命を受け入れ、敵である事を演じていたかからだ。
彼は何時もレブルスのために動いていた。彼がどのような思いを抱いていたかは解らないが、今のこの状況を考えるならば、彼は確かにレブルスの騎士であったのだ。
「けど、だからって俺の意思を無視するな。そりゃ成り行きでレブルスと契約をして一度は王を名乗ったが、ずっと王で居るつもりなんてなかった。フェリア、一先ずカラト村に帰るぞ」
ラックはそう言うとテラスから部屋に戻ろうとするが、そんなラックをフェリアが遮り
ゴスッ!!
「へぶっ!!」
問答無用で鳩尾に拳を叩き込む。
余程綺麗に決まったのか、ラックの身体からは力が抜け、行動の自由を奪われる。
「ごめんねーラック。私も女の子だからお姫様とかそう言うのに一度ぐらいはなってみたいのよ。折角の王妃の座を見す見す見逃すのもあれじゃない」
「な、何を言っている!?」
フェリアの言葉にラックがクエスチョンマークを連発させていると
「ああ、言っていませんでしたね。ウィルやコルボはあの大会の後に姿を晦ませてしまい、フェリアさんは武闘大会で三位の成績を収める事になりました。実力式階級制度のレブルスにおいて、王妃は当然女性の中で一番実力がある人がなる事となります」
「つ、ま、り。私って事」
フェリアはえっへんと言わんばかりに胸を張る。
「だ、だから、俺の意思は無視なのかよ……」
あくまで王になる気は無いと言わんばかりに反論を述べようとするラックだったが
「駄目よラック。ラックには私の運命を変えた責任を取って貰わないといけないんだから。だったら、これぐらいはやってもらわないとね」
「……」
フェリアのその言葉に何も言えなくなってしまう。
「ほらほらラック。国民の皆さんに手ぐらい振ってあげようよ」
フェリアが項垂れるラックの手を持ち国民達に向けて大きく振ると
『わあぁぁぁぁーーーーっ!!』
強い歓声が巻き起こる。
民達からしてみれば、王が自分達に向け手を振ってくれているように見えたのであろう。
「か、勘弁してくれ……」
まぁ、その真実は語らぬが花と言うものである。
こうして、ラック・ラグファースはレブルス国の王となった。
そんな彼の事を後の人々は様々な呼び方をしたが、その中で一番多かった呼び名が『運命の王』。
彼が王となったのは運命だったからだと、人々は口を揃えて語ったと言う。
尤も、それが彼にとって幸運な事であったのか不運な事であったのかは、人によって評価がまちまちであった。
とにもかくにも、彼はこうしてレブルス国の王となったのだが、物語はこれで終わった訳ではない。何故ならば、この物語はこれから始まる更なる物語の序章にしか過ぎないからだ。
そう、史上最強の王と称される彼の物語はまだ始まったばかりなのである。