第十三章『武闘大会開幕』
第十三章『武闘大会開幕』
カランカラン……
ラックとフェリアが『白ヒゲ亭』の扉を開け中に入ると
『なっ!!』
そこには想像を絶する光景が待ち構えていた。
天を突くようなモヒカンに湾曲した白いヒゲ、カイゼルヒゲを生やした身長凡そ二メートルの筋肉の塊。そう、先日キャンプ場でラックとフェリアを襲ったあの化け物がカウンターの席に座っていたのだ。
その化け物は恐ろしい事に飲み物、おそらくミルクをちびちびと飲みながらオムライスを体格に合わない小さなスプーンで形を崩さぬようきれいに食べていた。
実に、異様な光景である。
そんな光景を前に、ラックとフェリアが絶句したまま固まっていると
「ん、ああ、お帰り」
そんな二人に気付いたのか、店主がそう声を掛けてくる。
「マ、マスター?」
「ん、どうかしたかね?」
「そ、そこにいるのは一体?」
「ああ、コルボさんだよ。うちの常連さんだ」
『は、はぁ……?』
とりあえず以前遭遇した時に感じた凄まじい殺気や敵意は感じられなかったが、身に染み付いた恐怖というのはなかなか拭えるものではなく、二人はやや迂回するように店内へと入っていく。
「二人とも一体どうしたんだい?」
「あ、いえ、実は……」
ラックは店主にコルボとの経緯を説明する。
「ああ、なるほど。そう言うことなら大丈夫、コルボさんはもう二人の事を襲いはしないだろう」
「え?」
それはどういう事だとラックが問う前に
「彼は記憶喪失なんだ。どうやらどこかで頭を強く打ったようで記憶を無くしていてね。更にそのせいで言語障害まで引き起こしている。とは言っても話せないだけでこっちの言葉は理解しているんだが」
「は、はぁ?」
いきなりコルボの身の上話をされ、どう対応してよいかが解らなくなるラック。
「彼は記憶を失う前から戦う事を生業にしていたようで、医者が言うには戦う事によって記憶が戻る可能性があるらしい。そんな訳で彼は現在賞金稼ぎをやっており、日夜戦いに身を投じている。おそらく君に襲い掛かったのも君の賞金首の紙を見ての事だろう」
「そう、何ですか?」
ラックがそう問うとコルボは静かに首を立てに振る。
「ついさっき君の賞金が無効になったとの知らせが来た。つまり彼が君を狙う理由は無くなったって訳さ。彼は見た目とは正反対に普段は穏やかな人だよ」
そうは説明されてもいきなり「はい、そうですか」と納得出来るはずもない。
ここはあまり関わらない方が無難だろうとラックは判断し、離れた場所にあるテーブルに着こうとするが
「へぇ、そうなんだ」
フェリアはそう声を上げカウンターの方へと歩いていく。
「私、フェリア・カストゥール。よろしくねコルボさん」
ズガンッ!!
久し振りの超重力が襲うラック。ラックの頭はそれは見事に店の床へと突き刺さったそうだ。
「……」
そんなラックを余所に、コルボはフェリアのその名乗りに対し無言で頷き返す。
「あ、そっか。言葉喋れないんだっけ」
そう言えばとばかりにフェリアはそう述べるが
「おい、フェリア!?」
「何、ラック?」
「お前は何で平然と会話を始めている!?」
「え、だって敵じゃないんでしょ」
「いやまぁ、それはそうだが……」
「この店の常連だって言ってたし、武闘大会までの間ここで寝泊まりするなら嫌でも顔を合わす事になるじゃない。それなら早めに自己紹介しておいた方がいいかなって」
「いや、だからってお前な……」
忘れていた。
ここ数日は何かと非日常的な出来事が続いたため表に出なかったが、フェリアはフェリアでなかなかに天然な性格だったのだ。
「あ、こっちはラック・ラグファース。って、賞金首の紙見たんだったら知ってるか。ほら、ラックも挨拶挨拶」
「よ、よろしく」
フェリアに促され、ラックはそう述べながら会釈する。
「ほぅ、武闘大会に参加するのかい?」
そんなやり取りを見ていた店主がそう尋ねてくる。
「ええ、成り行きで。さっき受け付けをしてきたところです」
隠す事でもないのでラックがそう答えを返すと
「じゃあ二人は再び敵同士になるって事か。いやはや因果だねぇ」
「は?」
「コルボさんもその武闘大会に参加するんだよ」
「マジっすか……」
余り認めたくない事実だが、認めなくてはならない事実なのであろう。
「いいねぇ、祭りの参加者が増える事は実に良い事だ」
「え?」
「最近のレブルスはどうにも活気がなかった。まぁ、前国王が崩御されてから色々とゴタゴタが続いたせいなんだが、今回の武闘大会は国を上げての一大イベント、これを機に皆以前のレブルスを取り戻そうと盛り上がっているのさ」
「ああ、なるほど……」
今に至り、ラックはようやくレブルスの街が依然来た時より活気付いている理由に合点がいった。皆、様々な思惑はあれども今回の武闘大会を心待ちにしているのだ。
「何にせよ、うちの宿から大会参加者が二人も出てくれるって事は実に有難い」
「何でですか?」
「さっきも言ったが武闘大会は国を上げての一大イベントだ。当然大会の模様はレブルスだけじゃなく他の街でも中継放送されるし、上位入賞者は相応の褒美や権力が与えられる。加えて参加者の泊まっていた宿やらなんやらも宣伝されて、経営者としては嬉しい話なんだよ」
「なるほど」
実力者が泊まった宿や飲食店は良い店だと考える事も出来る。優勝者が出ようものならば、一目見ようと訪れる客が現れてもおかしくはない。
「そう言う訳で二人とも頑張って上位に食い込んでくれよ」
「期待に添えるよう頑張ります」
店主のそんな励ましに対し、ラックはただそう述べるだけだった。
宿の一室。レブルス滞在中の自室にて
「……」
ベッドに腰を下ろし、ラックは一人考え込んでいた。
先程の店主の言葉に対し、ラックは「期待に添えるよう頑張ります」と答えた。いや、そう答える事しか出来なかった。
コルボにしてもラルスにしても、そしてウィルにしても、ラックは勝てると断言出来ないでいる。闘いに絶対は無いが、ラックには先に述べた三人に絶対に勝つ自信は無かった。
勝つ意思はある。だがそれを実現する実力が今の自分にあるのかと問われれば答える事が出来ない。
「(……今のままでは駄目だ)」
ラックはレブルスに来るまでの旅の道中で様々な事を考えていた。
裏山に向かったあの時から今に至るまでの過程で、自分に何が出来たかの可能性についてを。考えれば考えるほど最終的にある一点に行きつく事となる。
それは力だ。
理想や願いを実現させるためにはまず力が必要なのだ。今の自分にはその力が足りていない。
「(御霊や真眼は不安定すぎる。何時発動するか解らないものを頼る事は出来ない。少なくとも、三週間後の武闘大会でウィルに勝つだけの力を……俺は身に付けなくてはならない)」
そのために何が必要かも解っている。
「(後の問題は……)」
ラックの中で結論が出そうになった時
コンコン……
扉が小さく音を立てる。同時に
ガチャ……
「ラック、私だけど」
扉を開け、フェリアが中に入ってくる。
「返事聞く前に開けたらノックの意味ないだろ。まぁ、ノックするだけまだましだが……」
フェリアの行動にそうツッコミを入れるラック。
「あはは、ごめんごめん」
どうにも、フェリアにはノックをすると言う習慣がないらしく、昔から返事を聞く前にこうやって扉を開けて入ってきてしまう。だと言うのに、鍵を掛けた日には文句を言われるのだからやっていられないとラックは述べるのであった。
「それで、どうしたんだ?」
時刻はすでに日付が変わるかどうかと言う時間であり、何時ものフェリアであればとっくに眠りについているはずだ。
「んー、ラックさ。しばらく特訓したいとか考えて無い?」
「え?」
フェリアの言葉にラックは驚きの表情を見せる。
「あ、やっぱり」
そんなラックの表情を見てフェリアは予想的中とばかりにそう声を上げる。
「何か最近悩んでるみたいだったからさ。私なりにその悩みを推理してみた訳ですよ。んでもって、その話をどう私に切りだそうか悩んでた……とか」
「……フェリアには敵わないな」
どうやらこちらが考えていた事は完全に予測されていたようだ。
「別にいいわよ。特訓しても」
「いや、けど……」
「私の事なら心配しないで、実はラルスにボディガード頼んでるの」
「ラルスに?」
「府抜けが相手じゃ面白くない。鍛え直して来い……だってさ」
「あいつにも見抜かれているのか」
カラト村滅亡後、ラックはフェリアを守ると誓った。
そのため、一にも二にもフェリアの安全を優先に考えてきたのだが、結局自身の実力の無さを突き付けられるだけで何も出来なかった。
自身を鍛えなおさなければならない。そのためには時間が居る。だが、その隙にフェリアに何かがあったらどうする。
そんな思考のループを、ラックの問題をフェリアは解決したのだった。
「私、弱いラックは嫌いよ」
「ああ、ありがとうフェリア」
フェリアのその一言がラックを叱咤し励ます。
ラック・ラグファースはフェリア・カストゥールのために強くなる。
その言葉一つだけで、ラックは更に強くなると言う意思を持てた。
三週間後。
レブルス城、騎士団修錬場。
何時もであれば騎士達がその身を鍛えるための場所であるのだが、その日に限り武闘大会の予選会場となっていた。
「すごい人だな」
予選会場を見渡しながらラックはそう驚きの声を上げる。
会場にはすでに大勢の人が集まっており、見渡す限り人で覆い尽くされていた。
「……」
参加選手達を見渡すラック。
ピンからキリまで実力様々な選手達がおり、予選が始まるのを今か今かと待ちわびている。
「(しかし、予選方法がまだ説明されていない……)」
大会運営の人に連れられるまま予選会場に足を踏み入れたが、未だ選手達には何の説明もされていなかった。どうやって予選を行うのだろうと考えていると
『あー、選手の皆さん。これよりアベル王鎮魂祭、レブルス武闘大会の予選を開始致します』
会場中に行き渡る大きな声が聞こえて来る。
その声は異常に大きく、見れば仕官と思われる人物は円錐状の筒を持って喋っており、どうやら声を大きくする機械の一種であるようだ。
『ルールは簡単です。現在本選の空き枠は十四枠あり、その十四枠をこの予選で決めるのですが、一戦一戦やっていたのでは日が暮れてしまいます。よって、この場に居る全員でバトルロイヤルを行って頂き、最後に残った十四人を予選通過としたいと思います』
「(また随分とアバウトな……)」
正気かと疑いたくなるような内容であったが、レブルスではこれぐらい当たり前であるらしく、選手達は皆そのルールに異論を唱える事はなかった。
『武器、防具、呪法。毒等の大量殺戮道具を除くあらゆる道具の使用を許可し、一切の反則を設けません』
つまり、基本的に何でもありと言う事らしい。
『では、これよりレブルス武闘大会の予選を開始致します……始めっ!!』
『うおぉぉぉーーーっ!!』
仕官の開始の言葉と同時に予選会場は戦場と化した。
そもそもレブルスは実力式階級制度の国。皆が皆、己の実力には自信を持っている。そんな者達が相手の出方を伺うなどという消極的な方法を取るはずもなく、基本的にはまず隣人を倒し、それを倒したらその先の者を倒す。そんな感じで予選会場は瞬く間に戦場と化したのだった。
ラックもその例外ではなく、すぐ隣の選手が剣を振い切り掛かって来ようとしていたが
バチッ、バチバチバチ……
ラックの右手に稲妻が走る。
「迅雷っ!!」
襲い掛かってきた選手をなぎ払うように腕を振るうと、ラックを中心に稲妻は広範囲に駆け巡り、あっという間に周囲に居た数十人の選手を無力化する。
呪法は先天的な適性が無ければ学ぶ事も使用する事も出来ず、適性があったとしても使いこなせる者はそうは居ない。そのため呪法を使える人間の数は少なく、呪法に対する対抗手段を知っている者はもっと少ない。
呪法は文字や文章を構築する事によって世界に干渉する技ではあるが、その文字や文章は物理的なものではなく人の精神力によって成り立っている。つまり、呪法とは人の意思の力が具現化したものだと言える。
意思の力が具現化したものであるならば、それに対抗出来るのはこれまた意思の力のみである。簡単に言えば「この技で倒れろ」と言う意思に対し「そんな技が効くか」と言う意思で対抗すれば呪法の効果は薄まるのだ。図式として簡略化すればそんな感じではあるのだが、実際にはもっと様々な要素が複雑に入り組んでいる。
当初の話に戻るが、呪法は使用者が少なくその対抗手段を知る者も少ない。こう言う場においては広範囲の呪法は効果が絶大であり、一対一で闘っていくよりも余程効果的であると言えよう。
ドォン、ガガァンッ!!
会場の至る所から爆発音が聞こえてくる。どうやら他にも呪法を仕える者が複数人居るようだ。
「(予選は様子見だな……)」
最終的に十四枠の一つに入れれば当初の目的は達成される。
ここで強敵と闘って無理にリスクを負う必要はない。そうラックは考えていた。
消極的な考えだと非難されるかもしれないが、乱戦時で一番恐ろしいのは横槍が入る事だ。
特にラックの使う技はどれも一対一でこそ最大の効果を発揮するものばかりで、一対多数の状況はマイナス要素が大きすぎる。
そんな訳で出来るだけ乱戦を避けようとするが、そんな心配もすぐに杞憂と終わる。
『そこまでっ!!』
開始の言葉を述べた仕官が今度は終了の言葉を述べる。
ラックが四度目の呪法を使用した辺りで、戦闘可能な選手は十四人を割ろうとしていたのだ。
『戦闘を中止して下さい。これより審議に入ります』
十四人を割った場合は再選考を行わなくてはならない。それを回避するため十四人以上大勢未満の状態で本選に出場出来る選手を審議しようと言う事なのだろう。
『本選出場者を発表します。名前を呼ばれた方は説明と手続きを行いますので仕官の指示に従ってください』
程なくして、その審議結果が発表される。
その中にラックの名があった事は当然と言えば当然と言えただろう。
予選後、必要な書類に記入とサインを行ったラックは本選会場の控え室へと案内された。
本選会場はレブルス城の中央に存在する大闘技場。
レブルス国は基本的に街自体が円状に出来ており、レブルス城はその中心に位置している。大闘技場は更にその中央に位置し、実力式階級制度のレブルスを名実共に象徴する場所だった。
控え室は選手の人数分だけ用意されており、ラックがその一室に入ると
「よぉ」
待ちわびていたかのように、部屋の中に居たラルスが声を掛けてくる。
「予選はどうだった?」
「面白そうな奴が結構いたよ」
面白そうな奴と言うのはこの場合強そうな奴と言う意味である。
ラックが見る限り、コルボを筆頭に一癖二癖ありそうな者達が本選への出場を果たしていた。
「……へ、大分マシになったみてぇだな」
ラルスには今のラックが三週間前とどう違うのかが解るのか、嬉しそうにそう述べる。
「お陰様でな。フェリアの事、悪かったな。恩に着るよ」
「何、府抜けが相手じゃ面白くないだろ」
「言ってくれるぜ」
「……まぁ、お嬢ちゃんの相手はもう勘弁だ。骨が折れる」
「ははは……」
ラルスの言葉に笑うラック。
「ところでそのお嬢ちゃんはどうした?」
「予選会場に入る前に別れた。観客席に居るはずだが、そう言えばどの辺りに座っているか聞いてなかったな」
「そうかそうか……」
そのラックの言葉にラルスは不敵に笑う。
「何だよその笑いは?」
「いやなに、幼馴染の女の子をもう少しは構ってやった方が良かったんじゃないかと思ってな」
「は?」
ラルスが何を言いたいのかが解らず、ラックは頭にクエスチョンマークを浮かべる。
「何々、すぐに解るさ」
「はぁ?」
尚も意味が解らず、ラックがクエスチョンマークを連発させていると
『選手の皆様、お集まりくださいっ!!』
仕官の大きな招集の声が聞こえてきた。
大闘技場。
会場は大いに盛り上がっていた。
観客席の観衆もさることながら、会場の様子を各街に中継するだけでなく、各街の様子までもが巨大なモニターに映し出されており、双方向で中継されていた。その光景は首都レブルスだけでなく、レブルス国全体が盛り上がっている事を見せつけるようであった。
『皆さんこんにちは』
そんな会場に声が響く。
『歴史に名を残すであろう今回の武闘大会の司会進行を任されましたフレケンシィと申します。試合が始まる前に皆さまに今一度ルールを説明致します』
試合は一対一のトーナメント方式。
武器、防具、呪法、毒等の大量殺戮道具を除く全ての道具の使用を許可し、反則行為は特に設けられない。試合は相手が戦闘不能になるか負けを宣言するまで続けられる。
『皆さんご存じの通り、今回の武闘大会はただの大会ではございません。今大会は前国王アベル・クラウス様の鎮魂祭であり、大会優勝者には次期国王候補として正統な資格が与えられます。その辺りを今回ゲストを務めて頂きます国王代理ランク・クラウス様にご説明頂きましょう』
『どうも、ランク・クラウスです』
紹介され、ランクは静かにそう名乗る。
『前国王である祖父が亡くなってから、私は国王代理を務めてきました。何故代理なのか、その事を疑問に思った人も多かった事でしょう』
ランクの言葉通り、国民の多くがランクが王を名乗っても良いのではないかと考えていたが
『私が何故王とならなかったのか、それは私が王に相応しくない人物であるからです』
ランクはそれを否定する。
『何故ならば、レブルス国の王はレブルス国で最も強い者がなるべきだからです。そう、レブルスで一番強い者こそがレブルスの王に相応しい』
ランクのその言葉に国民の誰もが静かに同意する。
『私はここに断言します。今大会の優勝者は次期国王候補などではなく、今大会の優勝者は……この国の新しい王になるべき者であるとっ!!』
『おおおぉぉぉーーーっ!!』
歓声を上げる観客達、モニター越しに他の街の人々も同じように歓声を上げているのが解る。その光景はまるでレブルス全土が震えているようであった。
『ここにアベル王鎮魂祭、レブルス武闘大会の開始を宣言しますっ!!』
場の盛り上がりは最高潮に達していた。舞台は整ったと言わんばかりである。
『これより一回戦第一試合を開始します。ラック選手、リュウ選手、入場して下さい』
司会者に名を呼ばれ、闘技場にラックとリュウと呼ばれた男が姿を現す。
一見して、リュウはただの青年のように見えた。唯一違う点と言えばその耳、彼の耳は文字通り人と違いややとがっており、それは彼がエルフ族である事を意味していた。
無言で闘技場に上がる二人。
この場において会話は不要。相手が人間だろうがエルフだろうが今のラックには関係ない。
『それでは一回戦第一試合、……始めっ!!』
司会者の開始の言葉と共にラックは剣を構える。
ラックが剣を構えるのに対し、リュウは何の行動も見せようとしなかった。
『リュウ選手動きませんね。相手の出方を伺っているのでしょうか?』
『おそらくそうでしょう。エルフ族は種族的に接近戦を苦手とし呪法を得意とすると聞きます』
司会者とランクがそう言葉を交わすが、動きが無かった訳ではない。
リュウの周囲に呪法が展開されようとしているのがラックには解っていた。膨大な文章量である。決まれば防ぐ事が叶わないぐらい強力な呪法。その呪法が今まさに発動しようとしていたが
ダッ!!
ラックが一歩を大きく踏み込む。
呪法が発動する前に相手を叩こうとしているのは見え見えだった。
リュウもそれに気付き呪法の発動を速めようとするが
ヒュッ!!
次の瞬間、リュウが立っていた場所にはラックの姿があり、リュウの体は宙を舞っていた。
そして半瞬遅れて
ドオォォォーーーンッ!!
ラックの先程まで立っていた位置に巨大な爆発が巻き起こる。
『お、おおっとぉ!? これは一体何が起こったのかっ!?』
リュウの体はそのまま闘技場外まで吹き飛ばされ、彼は意識を失っていた。
『先程のシーンを再生してみましょう』
闘技場に設置されていた巨大なモニターに先程のシーンがスローモーションで再生される。
すると、ラックが一歩踏み込んだ次の瞬間、ラックの体が高速で動き出し、あっと言う間にリュウに近づいて掌底を叩きこんでいた。
『これは、凄まじい速さです』
スローモーションの中のラックは、まるで一人だけ違う時間の流れの中に居るかのように行動していた。それを実際の速度に直した場合、それは常識では考えられない高速移動となる。
『何らかの呪法によるものと考えられますが、これでは闘っていたリュウ選手自身、何が起こったか自覚する暇は無かったでしょうね』
『なるほど、それでリュウ選手は自分が既に吹き飛ばされている事に気付かず、無意識に使用していたと言う事ですか』
『これはリュウ選手を責めるのではなくラック選手を褒めるべきでしょうね』
どのような経緯であれ、リュウが戦闘不能な状態である事は誰の目から見ても明白だった。
『一回戦第一試合はラック選手の勝利です!!』
司会者の言葉にラックは腕を突き上げ、ガッツポーズを見せる。
何だかんだと不平不満を口にしたが、ラック自身こう言った場が嫌いな訳ではなく、腕を競ったりする事も嫌いではない。勝利を前に喜びを感じるのも当たり前だと言えよう。
勝利を告げられ、ラックが控え室に戻る途中
「(ん?)」
次の選手とすれ違う。
女性だった。年齢はおそらく二十代後半、この大会に性別や年齢の制限は無いし、女性の参加者がいたとしても不思議ではないのだが、長い金髪とその実に女性らしい体付きには異性で無くとも目を引くものがあった。
「(呪法師……かな?)」
木製の杖のような棒を持っているが、見た感じ近接戦闘タイプではない。
呪法師であるならば見た目でその実力は判断出来ないが、何かが引っ掛かる。
「(何だろう、どこかで会った事があるような……)」
所謂既視感と言うやつだ。
確たる証拠がないので何とも言えないが、ラックには何となくこの女性が次の対戦相手になるだろうと思えて仕方がなかった。
「よぉ、何だよさっきのあれ、何時の間にあんな技身に付けたんだ?」
控え室に戻るとラルスがそう問い掛けてくる。
どうやら先程ラックが見せた高速移動の説明を求めているようだ。
「この三週間の間にだよ。カラト村で無意識に一度やった事があったんだが、最近ようやく意識的にやれるようになってきた」
「へぇ、あんなに早く動かれちゃ堪ったもんじゃないな」
「そんなに自由度の高い技じゃないさ。いや、あれはとても技とは呼べないな」
ラックが言うにはあれは単に高速で移動しているだけであって技ではないらしい。
「あえて名付けるなら超加速って所か。予め自分の行動を計算して呪法で動きを加速させているだけなんだ。だから咄嗟に発動させたり、相手が動き回ってたりすると使えない。まぁ、修錬次第では出来るかも知れないが」
今はそれが精一杯だそうだ。
「おいおい、いいのか? そんな事を俺にペラペラ喋って」
「いいさ、ラルスに使う予定の技じゃないからな」
リュウのような間合いを取って闘うあまり動かない呪法師用に会得した技だとラックは言う。
「ん、って事は対俺用の技何かも用意してるのか?」
「勿論」
「そいつは楽しみだ」
ワクワクしてきたとばかりにラルスはそう声を上げる。そうこうしている間に
『一回戦第二試合を開始します。アリシア選手、ミック選手、前へ』
次の試合が始まろうとしていた。
二人はその勝負を控え室から見ていたが、勝負は僅かに数十秒で決着が着く事となる。
ミックと呼ばれた選手が始めに剣で襲い掛かるのだが先程の女性、アリシアはそれを杖で回避。
数度切り合った後にミックが距離を取り呪法を使用するが、ミックの呪法によって生み出された爆炎は、アリシアを襲う所か彼女の生み出した火球に全て吸収されてしまい。
爆炎を吸収した火球はミックを一撃の下に倒すのであった。
「(すごいな……)」
驚くべき点は二つある。
まず剣と杖が切り合った所。通常であれば木製の杖で鉄製の剣を受け止める事は不可能だ。だがアリシアは杖をおそらく呪法で強化しており、それを見事に操っていた。これは呪法の精度が高い事を意味している。
そして爆炎を飲みこんだ火球。炎が炎を飲みこむ現象は自然界ではそれほど珍しくない現象ではあるが、それは自然界の話であって実際には呪法と呪法のぶつかり合いだ。相手の呪法を全て吸収する呪法などと言うものは、口で言うのはともかく実現するとなると非常に困難である。
アリシアが凄腕の呪法師である事は疑い様が無いだろう。
ラックがどうやって闘うかを考えている内に試合はどんどん進んでいった。
「(改めて見ても、強敵だな……)」
ラルス、コルボ、ウィルの相手は何れも腕の立つ者達であったが、彼等はそれを物ともせずに勝利を収めた。
「(それにしても、ウィルと当たるのは決勝か……)」
トーナメント表を見て、ラックはその事実に気付く。ラックの相手は次の試合でアリシア、順当に行けば準決勝でラルス、決勝戦でウィルかコルボと当たる事となる。そう、ウィルはコルボと準決勝で闘う事となるのだ。
「(どっちが勝っても無傷と言う訳にはいかないだろうな。最悪ウィルが負ける可能性もある。……いや、ウィルの勝利を願うのも妙な話だ)」
自らの手で決着を着けたい気持ちはあるが、だからと言ってウィルの勝利を願うのはおかしい。
「(……とりあえず、当面の問題はあのアリシアって女呪法師か)」
ラルス、コルボ、ウィルは何だかんだである程度の情報を得ているが、アリシアに関しては先の一戦を見ただけだ。対策を練ろうにも情報が不足していた。
「(けど、やはり何かが引っ掛かる)」
先程すれ違った時も先の試合の時も、ラックは何かが気になっていた。
「(この引っ掛かりが解れば何か有効な手が考えられそうなんだが……)」
残念ながら時間は待ってはくれず、気付けば一回戦が終わり二回戦が始まろうとしていた。
『それでは二回戦第一試合を開始したいと思います』
『ラック・ラグファース選手対アリシア・ロードカオス選手ですね』
闘技場にて向かい合うラックとアリシア。
『二人のプロフィールを見る限りでは戦闘スタイルは似た感じとなっていますね。ただラック選手は呪法より接近戦を、アリシア選手は接近戦よりも呪法を得意としているようですが』
『一回戦ではお互いまだまだ手の内を明かしていない印象がある二人なだけに、その闘いぶりに期待が寄せられます』
余談ではあるが、二回戦からは選手の呼び方がフルネームとなったり、希望すれば個人プロフィールが紹介されるなど、勝利者に対する扱いや対応が格段にアップする。その辺りは実力式階級制度のレブルスらしいシステムである。
『それでは二回戦第一試合、始めっ!!』
司会者の開始の合図を受け
チャキ……
剣を構えるラック。
「(さて、剣を構えた所でどうしたものか)」
どうしようかと手段を考えている訳ではない。どうしたものかと方法を考えているのだ。
「(まさか女相手に剣を向ける事になるとはなぁ……)」
勝負の最中に相手の事を気遣う余裕がある訳ではないのだが、ラックにとって女性を切ると言う行為はなかなかに抵抗がある行為であった。
「……女相手はやり辛い。そう思っているでしょ」
「なっ……」
そんなラックの心境をアリシアは的確に言い当てる。
「そのフェミニスト精神は嬉しいけど、それは女を馬鹿にしているのと一緒よ」
「そんな事考えてないさ」
「いいえ、考えているわ」
アリシアがゆっくりと動いたかと思うと
フッ……
次の瞬間、彼女の姿が視界から消え
「だから隙だらけ」
後ろから声が聞こえてくる。
「っ!?」
ギンッ!!
咄嗟に振り向き、アリシアの杖を剣で受け止めるが
「爆っ!!」
ドォンッ!!
杖の先端が爆発を起こし、超至近距離の爆発がラックの身体を吹き飛ばす。
「ぐっ!!」
ズザッ!!
吹き飛ばされながらも体勢を立て直し着地するラック。
『おおっとぉ、これは意外にもアリシア選手の方から接近戦を仕掛けてきたぁ』
『空間転移系の呪法による接近戦、そしてほぼ零距離からの呪法攻撃、見事な連携攻撃です』
爆発の衝撃で耳鳴りするラックの耳に、そんな司会者達の言葉が聞こえてくる。
「(……まともに食らえば吹き飛ぶぐらいじゃ済まない)」
爆発の瞬間、ラックは防御呪法を使用していた。そうでなければ耳鳴りで済むはずがなかった。
「どう、これで少しは本気になってもらえるかしら?」
「ああ、非礼を詫びるよ」
女だからとかそういう理由で手を抜いて勝てる相手ではなさそうだ。
「しかし随分と優しいんだな。さっきの一撃、声を掛けなかったら当てれただろうに」
「油断している相手に勝っても嬉しくないじゃない。今のはサービスよ」
「ご親切にどうも」
「いえいえ」
フッ
またもアリシアの姿が消え、ラックの後ろに現れる。
アリシアは先程と同じように杖を突き出すが
ギンッ!!
ラックはその杖を剣で完全に受け止める。
「あら?」
「流石に同じ手は通じないさ」
ブンッ!!
ラックは受け止めた杖を力任せになぎ払い、アリシアの体を宙に浮かせる。
アリシアの体はそのまま空中を三メートルは移動し
ダンッ!!
そんなアリシアを追い掛けるようにラックは地を蹴る。
ギン、ギン、ギン!!
三度、火花が散る。
接近戦ではラックに分があるのか、一撃毎にアリシアは後退を余儀なくされる。
「くっ!!」
四度目の斬撃がアリシアを襲うとした時
フッ
再びアリシアの姿が消え、アリシアの体は中央へ移動した。
「はぁはぁはぁ……」
見れば、アリシアの息は上がっていた。
「(……まるで付け焼き刃だ)」
アリシアは接近戦が得意ではない。
得意ではないと言うよりは呪法のおまけで接近戦を行っているような印象をラックは受けていた。その証拠に、先程のラックの斬撃によりアリシアの体力はすでに底を尽きようとしている。
接近戦の心得があるものであるならば流石にそこまでの消耗はしないはずだ。
「(それにあの転移呪法、あれは……)」
呪法は発動の際に空間に文字や文章が浮かぶ、それは呪法師にしか見えない存在ではあるが、呪法師毎に独特の構成がされているものだ。
一度目と二度目は気付かなかったが、ラックはアリシアが使った転移呪法に見覚えがあった。
「くっ……!!」
ラックがそんな事を考えている間にアリシアは次の行動に移る。
「炎っ!!」
ラックの頭を指差し発動の言葉を叫ぶ。
シュボッ!!
その声に反応するかのように炎が舞い上がる。だが、ラックはその炎を回避していた。
「炎、炎、炎っ!!」
シュボボボッ!!
次々と闘技場の上に炎が巻き起こっていくが、ラックはその全てを回避する。
巻き起こった炎は消える事なくその場に留まり、アリシアはラックが四度目の炎を回避したのを確認すると
サッ!!
手を十字に交差させる。
「喰らえ、熱波爆裂陣っ!!」
力ある発動の言葉と共に
ゴオォォォーーーーーッ!!
闘技場の上に存在していた炎が共鳴し合い、闘技場全体を飲みこむ巨大な火柱へと変化する。
凄まじい火力だった。その熱は観客席の観客にまで影響を及ぼし、闘技場全体を溶かし始める。
その火柱の中心に居るであろうラックの死を誰もが想像した時
「やっぱりそうか……」
ブゥワッ!!
火柱が消える。
『これは凄い、ラック選手無傷です』
闘技場の上には剣を振るうラックの姿があり、その体には火傷一つ無かった。
「……はぁ」
剣を下ろし、大きな溜息をつくラック。その表情はどこか呆れ顔であった。
「フェリア、お前こんな所で何やってるんだ?」
その言葉に、観客席を含め闘技場の全員がクエスチョンマークを浮かべる。
「なっ……!!」
そんな中、ただ一人アリシアだけが驚きの表情を見せていた。
「どれもこれも見た事ある呪法でおかしいとは思ってたんだよ。それで今の呪法だろ。気付かない方がおかしいって」
「ち、違う。私は……っ!!」
アリシアはラックの言葉を否定しようとするが
「その格好ももういい」
キィン……
一閃、ラックが剣を振るうと同時に
ブワッ!!
まるで風によって煙が散るが如く、アリシアの姿が変化する。
そこには肩に掛かるぐらいの薄紅色の髪と瞳をした少女、フェリアが立っていた。
『これは一体どういう事でしょう。アリシア選手の姿が突如少女へと変わってしまいました』
『いえ、これは変わったのではなく元に戻った。呪法によって姿を変えていたと思われます』
司会者二人のそんな言葉を余所に
「フェリア、一体どう言うつもりなんだ?」
ラックはフェリアにそう問い掛ける。
「……ラックと闘いたかったのよ」
「は?」
「全力でラックと闘いたかった。こうでもしないとラックは私と闘ってくれなかったでしょ」
フェリアの言う事は的を射ていた。
確かにこんな状況でもない限り、ラックはフェリアと本気で闘おうとは、いや、闘おうとすらもしなかっただろう。
「どうして俺とお前が闘う必要があるんだよ?」
ラックにしてみれば当然の疑問であったが
「私が……ラックに勝ちたいからよっ!!」
フェリアはそう叫ぶと渾身の力を込めて印を組む。そして
「大火球っ!!」
フェリアの発動の言葉と共に、フェリアの頭上に直径三メートルの巨大な火球が現れる。
火球は更に増大を続けており、その威力がどれ程のものなのかはそのサイズから容易に推察出来る。
「止せフェリア、そんな呪法を使えば観客に被害が出るぞっ!!」
「なら、ラックが私を止めて見せてっ!!」
フェリアはラックの制止を聞かず
ブンッ!!
その火球をラック目掛けて放つ。
火球はその巨大さからか、先程までの火球とは違いゆっくりと移動を始めた。
「く、この馬鹿はっ!!」
それを見たラックは地面に剣を突き刺し
バチ、バチバチバチッ!!
「爆雷っ!!」
その火球に対抗するかのように両腕に稲妻を溜め、巨大な稲妻を打ち出す。
ゴゴゴゴ……ォッ!!
互いの呪法が闘技場上で接触し、ぶつかり合い、拮抗する。
その余波は闘技場の至る所に現れ始め、地面が砕け強烈な風が巻き起こる。
『ぐっ……!!』
呪法は意思の力が具現化したものだ。それがぶつかり合い、拮抗していると言う事は両者の意思が互角である事を意味している。だが
グ、グググ……
徐々にではあるがラックが押され始める。
彼の心に迷いが生じ始めたからだ。
フェリアは敵ではない。本気で闘う理由も解らない。そもそもフェリアと闘うなどと言う状況がありえない。そんな考えがラックの意思を弱くし始めていた。そんな時
「ラックッ!!」
拮抗する呪法を挟み、相対しているフェリアの声が聞こえた。
「本気を出して、私を倒して見せてっ!!」
「な……」
何を言っているのだと、ラックは思う。
本気で闘えと言った後に、自分を倒して見せろなどと言われればそう思いたくもなる。
「私を倒せないで私を守るなんて言わないで、私を守ってくれるラックは私より強くなくちゃいけないの。ラックは私がどうあがいても勝てないの。私はそんなラックを倒してみせる。今日こそ私は、ラックを超えてみせるっ!!」
「フェリア……」
言っている事が出鱈目だった。
ラックは知っている。フェリアは子供の頃から迷ったり悩んだり追い詰められたりすると後も先も解らずに感情のまま行動する事があった。
癇癪を起こすとかそう言う事とはまた違い、そう言う時の彼女は理屈や理論を無視して自分の感情に素直に従うのだ。
ラックはそれを感情が爆発すると表現している。
だから、今のフェリアは何かしらの感情が爆発して暴走している状態なのだ。
そして、感情の爆発はその思いの強さに比例する。
フェリアが今どんな思いを抱いて自分と闘っているのかが気になるラックだったが
「だって私は、私は……!!」
彼はその答えをすぐに知る事となる。
「ラックの事が、好きなんだからぁぁっ!!」
「っ!?」
答えを知り、ラックは一瞬愕然とする。
ああ、彼女を追い詰めたのは自分なのだ……と。
思い当たる事は多々ある。小さな小さな積み重ねが今日に至りフェリアを暴走させたのだ。
「ラックゥゥゥッ!!」
フェリアの感情の爆発はその思いが強ければ強いほど強くなる。今のフェリアの呪法の凄まじさはそれを体現しているのだ。ラックはその思いに答えなければならない。
「フェリアァァァッ!!」
グッ!!
足を踏ん張り、両手を突き出し、力を込め、全身全霊後先考えずに力を振り絞る。すると
ドオオォォォーーーンッ!!
ぶつかり合っていた呪法が弾け周囲に飛散する。
飛散した呪法はその威力を拡散させただけで、闘技場の至る所で爆発が巻き起こる、そして
「きゃぁっ!!」
その爆発の一つに巻き込まれ、フェリアの体が宙に舞う。
咄嗟に防御呪法を張り直撃は免れたようではあるが、強力な呪法を使用した直後と言う事もあり、宙を舞うフェリアの体は自由に動かず不安定な体勢だった。
そのまま地面に叩きつけられればただでは済まない。会場でその様子を見ていた観客の誰もがそのまま地面に叩きつけられるものだと思っていたが
トスッ……
その体が地面に叩きつけられる事は無かった。
寸前で、ラックがその体を抱き止めたのだ。
『……』
弾けた呪法の爆発も収まり、会場は静まり返っていた。
荒れ果てた闘技場の上で少女を抱く少年の姿は、人々の心に何かを刻み込む。そんな中
「さて、まだ闘うか?」
ラックはフェリアにそう問う。
「……ううん、参った。降参よ」
その問いに対し、フェリアは首を横に振りながらそう答えを返した。
「……えーっと、そう言う事らしいです」
ラックはその返答を聞き、司会者に向かってそう声を掛ける。
『え、あ、はい。それではアリシア選手、あー、いえ、フェリア選手の試合放棄とみなし、二回戦第一試合はラック選手の勝利ですっ!!』
『わあぁぁぁぁぁーーっ!!』
静まり返っていた闘技場に歓声が上がる。大歓声だ。
『いやはや、私今だ状況が飲み込めていないんですが、とにかく素晴らしい闘いでしたね』
『ええ、両者の強い思いのぶつかり合いが生み出した良い闘いだったと思います。これで二人の関係も多少は進展する事でしょう』
『おや、ランク様はお二人の事をご存じなんですか?』
『人伝で聞いた程度ですが、それなりに複雑な関係であるようです』
『なるほど、と言う事は今回の試合はレブルス史上始まって以来の壮絶な痴話喧嘩だったと言う訳ですか』
司会者のその一言に会場の至る所で笑い声が上がる。
後にこの一戦はレブルス最大の修羅場とも呼ばれ、武闘大会の歴史に名を刻んだとか刻まなかったとか。とにもかくにもこの一戦を契機にラックとフェリアの名、そしてその関係はレブルス全土に広まったのであった。
夜。
ラックとフェリアは『白ヒゲ亭』へと戻っていた。
結局、二人の一戦により闘技場はほぼ全壊してしまい。後の試合は明日へ持ち越される事となった。そんな訳で二人は闘いによって疲れた体を癒すために『白ヒゲ亭』へ戻って来たのだが
『はははっ!!』
そこでは宴会が繰り広げられていた。いや、大宴会と称した方が適切だろう。
理由は以前にも述べた通り大会勝利者が利用した施設であるためだ。敢えて更に理由を述べるならば、先のラックとフェリアの一戦のせいである。
あの一戦を見てラックとフェリアに興味や共感を抱いた多くの人々が大挙して押し寄せ、飲んで食って騒いで踊っての大宴会が始まったのだ。
当然、宴会の主役はラックとフェリアであり、二人は休むことも叶わず今に至るまで宴会に付き合わされている。
ちなみに余談ではあるが、レブルスは実力式階級制度と言う制度だけでなく国自体がお祭り好きである事でも有名であった。そんな国であれだけ派手な事を二人はやったのだ。お祭り騒ぎになるのは仕方がない事だと言えるだろう。
そんな二人が宴会から解放され、話せる状態となった頃には日付が変わろうとしていた。
「ふぅ、賑やかなのは嫌いじゃないが、レブルスは相変わらずだな」
どうやらラックは経験者であるらしい。
「でも、みんな良い人ばかりね」
「ああ……」
一緒に飲んで食って騒いで踊れば大体はどんな人かが解る。
少なくとも、先程の宴会に参加していた多くの人達は、純粋に二人に会いたいと言う一心で集まってくれた人達ばかりだった。
「……ごめんね。ラック」
「何で謝るんだよ」
「私、ただラックの傍に居たかっただけなの。大会で優勝したらラックは王様なるかもしれない。そうなったら私はただの一般市民で、ラックが遠くに行っちゃうような気がして、そう考えたらじっとしていられなかった。ラックを困らせるつもりなんて本当になかったの。ラックは私を守ってくれるって言ってくれたけど。私、本当はラックを守りたかった」
「フェリア……」
フェリアの言葉にラックは返す言葉が見つからなかった。
いや、言いたい事は沢山あったのだが、どの言葉を選んでも多分言い訳にしかならない。
「だからお願い、私にも誓わせて」
ラックが自分に誓ったように、自分にも誓わせてくれとフェリアは言う。
「私はラックを守る。何があってもラックを守るから。ずっと……傍に居させて」
それが、ラックによって運命を変えてもらった少女の唯一の願いであった。
「……解った。フェリアの運命は俺が変えたんだ。だったら俺にはフェリアの運命を変えた責任を取る義務がある。その責任を果たせるその日まで、ずっと俺の傍に居てくれ。そして、俺に何かあった時は俺を守ってくれ、フェリア」
「うん……」
ラックの言葉にフェリアは嬉しそうに頷いた。
一方的な関係ではなく、互いが互いを守り合える関係になろう。
そう、二人は誓い合うのであった。