第十二章『それぞれの想い』
第十二章『それぞれの想い』
朝。
窓を開けると心地よく爽やかな風が室内に吹き込んでくる。
小鳥達の囀りや、住宅街が近いのか子供達の遊び声が聞こえてきたりして、申し分無く気持ちの良い朝だった。少なくともラックはそう感じていたのだが
「うぅっ……」
ベッドの上で呻くフェリアはそうではないらしい。
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃない……」
そう問うラックに青ざめた顔でそう答えるフェリア。
「頭痛い、吐きそう、気分悪い、最悪……」
頭を抑えているのか口を押さえているのか腹を押さえているのか。とにもかくにも二日酔いによるあらゆる症状がフェリアを襲っているようだ。
「初めてであんなに飲んで、更に呪法を使ったのが悪かったな」
「関係あるの?」
「呪法は発動する際に少なからず脳に負担が掛かる。通常でさえ一歩間違えば脳が負荷に耐えられない状況があるんだ。酒を飲んだ状態で呪法を使えばどうなるか。頭痛で済んでいるのが幸いと考えるべきだな」
世界の法則に干渉する呪法を人間が無尽蔵に使えるはずが無い。
人が使えるのは人に割り和えられている容量の範囲内の呪法のみであり、人の容量の事をメモリと呼ぶ。一般的にその容量は脳の処理能力と結び付けられ、容量と脳の処理能力は負荷が反比例する。そして、脳が呪法の処理に追いつけず容量の限界を超えた場合の現象をメモリオーバーと言う。
「今は聞きたくない……」
「やれやれ」
今のフェリアにとって必要なのは説明ではなく二日酔いの薬のようだ。
ラックは店主より貰った二日酔いの薬をフェリアに手渡す。事前に胃に優しい朝食をフェリアに食べさせており、昼頃には効果が現れるはずだとラックは説明する。
「ラックやラルスも沢山飲んだのに、なんで私だけ……」
「俺やラルスを基準にするな」
「二人はどれぐらい飲んだら二日酔いになるの?」
「そうだな。夕べの三倍ぐらい飲めばとりあえず記憶を無くすぐらいには酔うかな」
「げほっ、そ、それ本当」
ラックの言葉を聞き、飲み掛けていた薬と水を吐き出しそうになるフェリア。
「まぁな」
「信じられない」
「そうは言うが、父さんやアベル王は俺達の四倍は軽く飲んでいたぞ。子供ながらにあれは化け物だと思った」
「……」
フェリアの表情は既に驚きを通り越して呆れを見せ始めていた。
「そんな表情をするな。俺達を基準にするなと言ってるだろ」
「何か、余計気分悪くなってきた。もう寝る」
「そうしろ」
そう述べながら布団に潜るフェリアの隣でラックは食器を片付けようとする。
「……ラック」
「ん?」
そんなラックにフェリアが話し掛ける。
「その、実は私夕べの記憶があんまりないんだけど。何かやったかな?」
フェリアにしてみれば自身の酒癖の悪さや、記憶が無い間に何か醜態を晒していないかの質問であったのだが
「……」
返答に困るラック。
夕べの事を思い出そうものならば、フェリアの顔がまともに見られるはずもない。
「やっぱ何かやったんだ」
「あ、いやいや、確かに暴れはしたが他に客も居なかったし、その、俺的に迷惑とかそう言う事は無かった」
嘘は言っていない。
だからと言って本当の事を言う勇気も今のラックは持ち合わせていなかった。
「そう……なの?」
「ああ、とりあえず今はゆっくり寝ろ。俺はここに居るから」
「うん……」
その言葉に安心したのか、それとも二日酔いの薬の影響か、フェリアは静かに眠りに落ちる。
約一時間後。
コンコン……
部屋の扉が小さく叩かれる。
「どうぞ」
部屋内から扉の外に聞こえるぐらいの小さな声でそう返事をするラック。フェリアを起こさないようにとの配慮だ。無論、その相手が誰か解っているからの返事である。
ガチャ……
「よぉ」
部屋の扉を開けて姿を現したのはラルスであった。
「はは、案の定二日酔いか」
眠るフェリア見てそう小さく笑うラルス。
「悪いな。気を使わせて」
「気にするな。初めての二日酔いってのはきついもんだ」
性格柄、何でも大雑把なイメージを持つラルスであったが、人への気遣いはこれでなかなか人並み以上だったりする。
先程のノックにしたってフェリアを起こさぬ配慮である事は明確だ。
「それで、どうしたんだ? 昼食のお誘いをするにはまだ早いぞ」
時刻はまだ午前十時ぐらいである。
「何、夕べ出来なかった話をしようかと思ってな」
「一緒に城に行かないかって話か?」
そう言えばフェリアに吹き飛ばされる直前にそんな話をしていたなと思い出すラック。
「まぁ、お嬢ちゃんがこんな状態じゃ明日か明後日になると思うが……」
「……ラルス」
そう述べるラルスに真剣な表情を見せるラック。
「話がある……」
何か重要な話をしようとしている。
「……ここでいいのか?」
そう察したラルスはフェリアをちらりと見て、場所を変えたほうがいいんじゃないかと言う意味でそう問うが
「ああ、ここでいい」
ラックはそう答える。
ラックとフェリア、そしてラルスにも関わる重要な話だ。他所でする訳には行かない。
「実は……」
ラックはこれまでの経緯をラルスに包み隠さず話す。
「なるほど……」
全てを聞き終った上でラルスは納得したと一度頷く。
「それでお前の賞金首の紙が張られていたのか、妙だとは思っていたが……」
今朝街を見て回ったときにはじめてその事を知ったとラルスは言う。
「ラルス、お前はウィル・ワームズと面識はあるのか?」
「ああ、クラウス家御用達の騎士だからな、当然面識はある。けど、俺は直接ウィルの世話にはなっていないし、ウィルが騎士になって本格的にクラウス家に仕え始めたのは五年前で、俺が旅に出た後の話だ。親しいって程の仲じゃない。面識って点で言えばお前だって会っているはずだ」
確かに、ギガの家でウィルを見た時に何かが引っ掛かった。
もしかしたら五年前、クラウス家の世話になっていた時に会っていたのかもしれない。
「ランクはどうだ?」
ラルスとウィルの繋がりが希薄であっても、ランクとウィルの繋がりはそうではないはずだ。
「兄貴の俺が言うのもなんだが、ランクとウィルの信頼関係は相当なもんだ。元々ウィルはランクの付き人だったし、じいさんが亡くなった後のゴタゴタもあの二人が切り抜けてくれた」
何か思うところがあるのか、ラルスはそう言うと少し黙り込む。
「……俺が気にしているのは、ランクが今回の一件にどれだけ関わっているかについてなんだ」
ウィルはクラウス家に仕える騎士であり、国王代理であるランクに仕える騎士団長だ。
ウィルは御霊捜索の任務を受けカラト村にやってきた。それが誰に与えられた任務であったのか、それがランクである場合、このまま城へ出向いて良いのかどうかの疑問が付きまとう。
「ラック、お前まさかランクが敵になるんじゃないかとか考えてんじゃないだろうな」
「可能性はな……」
「馬鹿にするな。俺やランクがお前の敵になるなんて事、絶対にあるはずがないだろ」
真っ直ぐ、睨む様にラックを見ながらそう述べる。
「天地が引っくり返ったってそんな事あるもんか。お前だってそれは解ってるだろ」
確認とか説得とかそう言う類の言葉ではない。
何か既に確定している出来事であるかのようにラルスはそうラックに言う。
「解っている。変な事言って悪かった」
以前も述べた通り、ランクが敵になる事があるとはラック自身も思ってはいない。
「だが、運命ってのはその辺りの事象すらも捻じ曲げてしまう物らしい。可能性ぐらいは考えさせてくれ」
どんな些細な可能性も見逃してはならない。そうしなければ……フェリアを守る事が出来ない。
「そのお嬢ちゃんのためか?」
そんなラックの心中を言い当てるかのようにラルスはそう述べる。
「ああ、そうだ」
ラルスの言葉にラックは即答する。
「……へっ、お前は相変わらずだな」
「はは、そりゃお互い様だろ」
「違いない」
ラルスの言葉に笑うラック、そしてラックの言葉に笑うラルス。
「……そういう事なら、やっぱり城へはみんなで行った方がいいな」
「え?」
「お前が自分で言っただろ。もしもの可能性がある。お嬢ちゃんも動ける状態の方がいいし、一緒に居た方が安全だろ」
「……ああ、そうだな」
可能性の話だ。
ラックとフェリアは昨日街中で多くの人に目撃されている。ラックに掛けられている賞金の条件は首都レブルスの外でラックを捕らえた時にのみ有効となる。逆を言えば、レブルスに居ても外に誘き出して捕らえればいいと言う話になる。世の中にはそう言う事を考える連中も居る。
「何から何まで気を使わせて悪いな」
「へ、じゃあ昼飯と晩飯でも奢ってもらおうかな」
ラルスは邪気の無い笑顔でそう言ってくる。
「王族の癖に意外とせこいな。解った、また後で尋ねてきてくれ、フェリアも夜には食事に付き合えるぐらいになってるだろう」
「お前はどこにも行かないのか?」
「ああ、俺はここに居る」
ラルスの問いにラックはそう答える。
「俺がここに居ないと、フェリアが目を覚ました時に心配するだろうからな」
フェリアの方を見ながら、ラックはそう優しく微笑む。
「好きにしろ」
そう延べ、ラルスは部屋を立ち去ろうとする。
部屋を出る際、ラルスは二人の姿を見て小さく笑っていた。
その笑みが何を意味するのかは当人にしか解らぬ事であったが、そこには僅かばかりの悲しみの色が含まれていた。
翌日。
ラックとフェリア、そしてラルスは城門へ向かっていた。
「ねぇ、大丈夫なの?」
「何が?」
城門へと向かう途中、フェリアがそう問い掛けてくる。
「だって、ラルスって王族なのに五年間も城に居なかったんでしょ。そんな王子様がいきなり帰ってきたら混乱しない?」
昨日の体調不良はどこへやら、どうやら二日酔いの影響はもう残っていないようだ。
「ああ、そう言う事か。その辺は大丈夫だろ」
フェリアの疑問は尤もであったが、ラックはそう軽く答えを返す。
「何で?」
「うーん、人望……かな」
「は?」
フェリアが「何それ?」と問う前に城門前に到着する面々。
「うーん、流石に懐かしいなぁ」
ラルスが感慨に浸っていると、門番の一人が三人の姿を見て近づいてくる。
「お前達、レブルス城に何用だ」
歩いてきたのは一人の老人だった。鎧を着こんでおり威厳のある言葉で話し掛けてくる。
「用が無いのならば、早々に立ちさ……」
「よー、じっちゃんじゃねぇか」
老人が立ち去れと言う前にラルスは言葉を遮って話し掛ける。
「久しぶりだなぁ、元気してたか?」
ラルスの言葉に老人の反応は一瞬遅れていた。だが、すぐに老人の顔が変わっていく。
「ぼ、ぼっちゃま。ラルスぼっちゃまではございませんか!?」
「おう、久しぶりじっちゃん」
ラルスがそう返事をすると老人は突然涙を流し始める。
「おお、おおおお、ラルスぼっちゃま。爺は見違えましたぞ。こんなにご立派になって……」
「ははは、じっちゃんはすっかり老け込んじまったなぁ」
ラルスと老人の会話を残った二人、ラックとフェリアは黙って聞いていた。そして老人がようやく落ち着きを取り戻した頃、改めて確認してくる。
「ぼっちゃま、そちらの方々は?」
「何だよじっちゃん。もう耄碌しちまったのか? ラックだよ。テラ・ラグファースの息子のラック・ラグファース」
「な、何と!?」
「お久しぶりです。マークじいさん」
紹介を受け、会釈しながらそう挨拶をするラック。
「もしやと思いましたがあのラック殿。おお、テラ殿と瓜二つでしたので一瞬戸惑いましたぞ」
テラとマークは知り合いだったのか、ラックを見るマークはどこか懐かしそうであった。
「それであっちのお嬢ちゃんは元宮廷呪法師のギガ・カストゥールの娘さんだ」
余談ではあるが、フェリアはラルスが自分の事を「お嬢ちゃん」と呼ぶ事について既に諦めを見せていた。
先々日のあの悪夢の夜、ラルスはフェリアに何度爆破されても「お嬢ちゃん」と呼ぶ事を止めようとしなかった。そして最後にはフェリアの方が折れてしまうという珍しい状況となったのだ。これにはラックも驚いたと言う。
「あ、どうも。フェリア・カストゥールです」
紹介されたフェリアはラックと同じように会釈しながらそう名乗る。
「何と、今日は何と言う日じゃ。このマーク、レブルスに仕えて五十年、今日ほど嬉しく思った日はございません。こうしてはおられん。この事を早く城の者達にも知らせてやらねば。皆様方しばしお待ちくだされっ!!」
感激の涙を流しながら城内へと姿を消すマーク。
「ははは、本当に変わってないなじっちゃんは」
「まったくだ」
「ラック、今の人は?」
そう話し合うラックとラルスにそう質問を投げ掛けるフェリア。
そう問いたくなるのも無理は無い。ラックとラルスは面識があったようだが、フェリアにしてみれば見知らぬ人である。
「マークじいさん。ラルスの世話係だった人で、俺が居候している間に世話になった人だ」
フェリアの問いに軽くマークの説明をするラック。
「昔俺とラックで色々と悪さをしては困らせたり怒らせたりしたもんだ」
「おい、勝手に共犯者にするな」
「いいじゃねぇか。発案は俺だったが実現させたのはお前だろ」
「俺は方法を考えただけで実行する気はなかったぞ。それなのにお前は人の話も聞かず好き勝手して、最後には俺のせいにしたじゃないか」
どこかで聞いたようなやり取りである。
「お待たせしましたっ!!」
そうやって話し合っているとマークが三人の所に戻ってくる。
「何だじっちゃん、わざわざ着替えてきたのよ」
その姿は先程見た門番の姿ではなく、仕官の服装となっていた。
「ラルスぼっちゃまがお帰りになられたのです。ぼっちゃまに仕える身としましてはこれぐらいの服装はしなくては、それに今日はお客様もおられますしな」
「俺達の事は気にしなくて良いよ。マークじいさん」
「そうは参りません。あのテラ殿とギガ殿のお子様である二方が来られたとあればこれぐらいでは申し訳ないぐらいです。ささ、ランク様もお待ちしております」
マークは先導するように城内へと足を進める。
「行こうぜラック」
「ああ」
ラックとラルスはそんなマークの後を追って城門を潜ろうとするが
「……フェリア?」
フェリアはその場で立ち尽くしたまま動こうとしなかった。
「どうかしたのか?」
「あ、いや、……私、帰ったほうがいいんじゃないかな?」
「え?」
「だって、私だけ無関係でしょ。何か……場違いな感じがしちゃって」
ラルスは王族であるのだから当然として、ラックにも昔居候していたと言う経歴がある。
だが、フェリアにとってこの先はそう言う繋がりが無い場所だ。そうでなくても一般人が城の中へ入ると言う行為はなかなかに抵抗があるものである。
「フェリア、人目なんて気にするな。父さんや伯父さんがこの城の関係者なんだ、俺達はこの城と無関係じゃない。それに、ここには奴が……ウィル・ワームズが居る。俺達はカラト村の生き残りとして、この先に進む正当な権利がある」
ラックの言葉に苦い表情を浮かべるフェリア。
「行こう、フェリア」
フェリアに手を差し出すラック。
「……うん」
フェリアはその手を取る。
城の中へ入る事に抵抗があったのは事実だが、無関係であろうと場違いであろうと、フェリアにとってそんな事はどうでも良かった。
ただ、自分の知らないラックがそこに居るような気がして、つい、そんなラックの気が引きたくて我侭を言ってしまったのだ。
だからほんの少し、ラックがこうやって手を差し出してくれることがフェリアにとっては嬉しく、この先に進む勇気を与えてくれた。
城の中に入った三人は文字通り歓迎された。
その大部分はラルスが帰ってきた事に対しての歓迎だったが、少なからずラックやフェリアも歓迎を受けているところを見ると、テラやギガがこの城でそれなりに人望があった事が伺えた。
「(今更だけど、父さんや伯父さんはこの城でどんな事をやっていたんだろう)」
ギガはテラより運命を教えてもらったと言っていたが、聞いた話や状況をまとめる限りでは、ギガは運命を教えてもらった後にこのレブルス城を後にしている。
テラにしたってその詳しい経歴を知っている訳ではなく、二人の素性ははっきりしているようではっきりしてはいない。
ラックがそう考えている間に、三人は城の応接室へと案内された。
城の応接室という事でその内装は実に豪華であり、そこでしばし待つように言われたのだが、ここで生まれ育ったラルスは別として
「フェリア、とりあえず座っとけよ」
「あー、いや、何と言うかフカフカ過ぎて落ち着かなくて……」
フェリアはどうにも居心地が悪いらしく、ソファーに座らずにその隣に立っている。
「まぁ、気持ちは解らんでもないが……」
自分も子供の頃に初めて城に入ったときはそんな感じだったと述べるラック。
「それに適応出来たラックは凄いと思うよ」
「いや、単なる慣れだろ」
そんな会話をしていると
ガチャ……
応接室の扉が開かれる。
見ると一人の男、いや、一人の少年が数人の従者を引き連れ部屋に入ってきていた。
「お待たせしました」
少年はその年齢とは程遠い程に礼儀正しい丁寧な挨拶をしてくる。
「よぉ、ランク」
そんな少年、ランクに向かって片手を挙げ軽く挨拶を返すラルス。
「……マーク」
「はっ」
ランクのその言葉を聞き、従者の一人であったマークは他の従者を連れ部屋の外へと出て行き扉を閉める。
パタン……
「おかえりなさい、ラルス兄さん」
扉が閉まるのを確認するとランクの雰囲気が一変する。
「おう、ただいま」
先程まではピリピリとした雰囲気を漂わせていたランクであったが、今の彼は年齢相応の普通の少年のようであった。
「ラック兄さんもお久しぶりです」
「ああ、久しぶりだなランク」
ランクの挨拶にラックもそう軽く返す。その言葉を聞きランクは嬉しそうに微笑む。
「ラック……兄さん?」
ランクのその言葉を聞き、フェリアは不思議そうな顔でそう聞いてくる。
「昔ラック兄さんがここに居た時に僕が勝手にそう呼んでいたんですよ。僕にしてみればラルス兄さんもラック兄さんも兄のような存在でしたから」
「そう、なの?」
フェリアは確認するようにラックにそう問う。
「ああ」
ラックもそれを否定しようとはしなかった。
「ご挨拶が遅れました。初めましてフェリアさん、僕がレブルス国の国王代理を務めさせてもらっていますランク・クラウスです」
「え?」
目の前の少年がランク・クラウスである事は三人の会話から容易に予想出来たが、何故彼が自分の名前を知っているのかがフェリアには解らなかった。
「フェリアさんの事はラック兄さんから良く聞かされていました」
そんなフェリアの疑問を読み取ったのか、ランクはそう補足説明を付け加える。
「ランク、余計な事は言うなよ」
「はい」
ラックの言葉に素直に返事をするランク。
どうやら兄のような存在であると言うランクの言葉は本当の事であるらしい。
「お前が変わってないようで安心した。ランク、聞きたいことがあるんだが……」
「御霊の事、カラト村の事、ウィルの事……ですね。全てを知っている訳ではありませんが、ある程度の事情は解っています。ですが、まずはラック兄さんの口から真実を聞かせて貰えませんか?」
「解った……」
そう延べ、ラックはラルスに話したようにランクに全ての経緯を話す。
「……」
ラックの言葉を全て聞き、ランクは考え込む。
「それが例え運命のせいであったとしても、俺はウィルを許すことが出来ない。どうにか出来ないか?」
「どうにか……とは?」
「まず、レブルスの法で奴を裁く事は可能か?」
「……難しいでしょうね」
ラックの質問にランクは答えを返す。
「カラト村が滅亡したのは事実ですが、その直接の原因がガーゴイルの自爆である以上、ウィルにその責任を取らせる事は出来ません。例えウィルがそう仕向けたのだとしても証言だけでは証拠にならず、一国の騎士団長を裁く事は出来ないでしょう」
「そうか……」
元より、そうなるであろう事はラックも予想出来ていた。
「ですが、方法が無い訳ではありません。今の話は現状の法では裁けないというだけの話であって、より強い権限があればウィルを裁く事は可能です」
「国王代理のお前の権限では駄目なのか?」
「代理は所詮代理です。法や経済を整える事が出来ても決定権は無い。ですが正式な王の決めた事であるならば、国民はそれがどんな命令でも従うでしょう」
それが王の力だとランクは言う。
「ランク、お前まだ俺の事を……」
「はい。ラック兄さん、今こそこの国の王となってください」
「は?」
ランクのその言葉に反応したのはラックではなくフェリアだった。
「えーっと、どういう事?」
話し込む二人の邪魔にならぬようにとラルスにそう問うフェリア。
「聞いての通りだ。ランクはラックに王になって欲しいと思っているんだよ」
「え、でも……」
フェリアは混乱する。
それはそうだろう、レブルスが如何に実力式階級制度の国だからと言って、一般人であるラックにいきなり王になって欲しいなどと言う話がでれば混乱もする。
「ランクは昔から自分には王の器は無いって言い続けてきてな。どう言う訳かラックと会った日から「ラック兄さんこそ王に相応しい」って言い出し始めたんだ。それ以来、ランクはラックと会うたびに王になってください王になってくださいと言い続けてきた。そんな訳でラックはランクが苦手なんだ」
「え、けどそんな事出来るの?」
ラルスの言葉を聞き、フェリアもようやくラックがランクを苦手としている理由を知る事となるのだが、初期の疑問の答えにはなっていなかった。
「それはラック次第だ。レブルスは実力式階級制度の国、実力さえあれば王になる事は誰にだって可能だ。まぁ、言うほど簡単な話じゃないけどな」
だが、実力があっても当人にその意思が無いのでは始まらない。
「ラック兄さんは王となるべき人なんです」
「待てよ、だったらお前の兄で第一王位継承者のラルスが居るだろ。レブルスが幾ら実力式階級制度の国だからと言って第一王位継承者を蔑ろにしていいはずがない」
当人の意思に関わらない所ではあるが、実力と言う点であれば血統だって立派な実力の一つだ。
「ラルス兄さんは確かに実力があり、民の人望も厚く何事も大らかな器のでかい人です。ですがそれは個人の話であって国の管理や運営が出来るような人ではありません」
ランクがそう言うとラルスが流石に不愉快そうな顔をする。
「俺、つまり馬鹿扱いされてるのか?」
「個人としては褒められてるからいいんじゃない?」
そう述べ合うフェリアとラルス、だがこの際二人の話は余談に過ぎない。
「兄さん、良く考えてください。このままではウィルを裁く事は不可能です。兄さんがどう頑張ってもそれ以外の方法は考えられません」
「……」
ランクの言い分は正しい。
僅かな希望を抱きランクとの面談には成功したが、先にも述べた通りランクにはウィルを裁く事は出来ない。
現状、ラックには何の肩書きも無ければ何の権限も持ってはいない。ここでラックがウィルを物理的にどうにかしたとしても、ラックは何らかの罪を被せられてしまうだろう。
ラックにとってはどの道を選んでも八方塞、打つ手は無い。
「ラック兄さんが王になりさえすれば、全てがうまく行きます」
出来る出来ないは別として、全てを可能とする方法はそれしかない。
「ラック兄さん、今こそこの国の王となってください」
ラックには王となる意思は無かった。ランクに対してもずっとそう言い続けてきた。
そんな自分が今更王になるなどと言い出すのは虫が良すぎる話だし、それ以前にラックは王と言う存在に常に疑問を抱いてきていたのだ。
王とは民を統べる者、国を治める者。
だが、ラックは自由を好み束縛を嫌う男である。人が人を統べると言う行為はそんなラックの考えに反しており、それを強要する王になりたいなど一度も思わなかった。
「ランク、俺は……」
ラックがランクに対して答えを返そうとすると
バンッ……
応接室の扉が開かれ、一人の男が入ってくる。
「面白い話をなさっていますね、ランク様」
その男とは黒い甲冑を身に纏ったレブルス国の騎士団長、ウィル・ワームズ。
「ウィル・ワームズ!!」
ウィルの名を叫ぶと同時にラックの体は動いていた。
フラッシュバック現象。
強い心的外傷を受けた場合に、後になってその記憶が突然かつ非常に鮮明に思い出されたりする現象を指す。思い出すと記述したが、その際の記憶はあまりにも鮮明に再現されるため、当人にとっては当時の状況を再体験するに等しい。
ラックにとってカラト村での一件はそれに該当し、ウィルを見た瞬間
ヒュッ!!
ラックは考える間も無く床を蹴ってウィルに殴り掛かっていた。
バチィィン
ラックの渾身の力を込めて繰り出した拳を、ウィルはいとも容易く右手で受け止める。
「何っ!?」
拳を受け止められた事が意外だった訳ではない。
意外だったのはウィルの手によって受け止められた事だった。
そう……手だ。
包帯が巻かれているためどのような状態かは解らないが、ウィルの両腕にはラックが切断したはずの両腕があったのだ。
「ふふ、切り落としたはずの腕があって驚いたかね?」
「くっ……」
ウィルの腕を振り払い、距離を取るラック。そして
チャキ……
今度は剣を抜き切り掛かろうとするが
「おっと、抜いていいのかな」
「何だと?」
「レブルス城内で一般人である君が剣を抜き、騎士団長である私に切り掛かればどうなるか。解らぬ訳ではあるまい」
「っ……!!」
客観的に見れば間違いなくウィルの言う通りになるだろう。
そして、その結果がどうなるかも想像に難くない。
「ふ、レブルス国を敵にするつもりがあるならば掛かってきたまえ」
「馬鹿に……っ!!」
ウィルの挑発に乗る形でラックは剣を引き抜こうとするが
「止さないか二人ともっ!!」
ランクの一喝が応接室に木霊する。
その声は先程までの少年ランクの声ではなく、国王代理ランク・クラウスの声だった。
「ここをどこだと思っている。控えよっ!!」
『……』
その声を聞き、ラックは剣の柄から手を離し、ウィルも距離を取るようにラックと対極の位置に移動する。
だが、だからと言って場が収まった訳ではない。
「ウィル、今は客人との会話中であり誰も応接室に入るなと命を出していたはずだ」
「客人? ランク様、この者達は御霊を強奪しカラト村を滅亡させた犯人です」
ウィルは鼻で少し笑ったかと思うと正義は我にありと言わんばかりにそう言い放つ。
「ウィル、私が何も知らないと思っているのか」
ランクのその言葉にウィルは一瞬黙るが
「ランク様、事情はどうあれ彼が御霊を所持している事は事実です。私にも多少の非があった事は認めますが、私はその御霊を回収しようとしたまで、この国を思えばこその行動です」
「抜け抜けと……」
ウィルの一言一言が神経を逆撫でしているのか、ラックは怒りを抑えようと必死であった。
「ウィル、お前の言い分は解った。確かに御霊捜索の許可を出したのは私であり、国益のためであるのならば騎士団はある程度の行動が許可されている」
それが現行のレブルスの法だとランクは言う。
「だが、だからと言って全てを無かった事には出来まい。お前に罪が無いのと同様に、彼にもまた罪は無い。このままでは話は平行線を辿るだけだ」
「はい、そこで私はある提案をしようと思い参上した次第です」
「提案?」
そう延べ、ウィルはニッっと笑う。
「彼を此度行われる武闘大会に参加させる……と言うのはどうでしょう。私としても両腕を切り落とされた借りを返したいと思っておりますし、彼にしてみても公然の前で私を裁く事が出来るのですから問題はないかと」
「ふむ……」
ウィルの提案にランクは少し考え込む。すると
「いいじゃねぇか」
今まで黙っていたラルスがそう声を上げる。
「お互いこうなっちゃ表立って闘えないだろ。なら武闘大会で白黒はっきりつけた方が手っ取り早い。それにその方が実にレブルスらしいやり方だ。強い奴が全てを決める。それがレブルスだ」
そのラルスの言葉を聞き
「……解った、いいだろう。お前の提案を採用する」
ランクは意を決する。
「双方、武闘大会で決着をつける事。それまでの期間、互いに争い事をする事は許さん。どちらかがそれ破った場合は互いに極刑とする」
そう双方に言い渡し
「ウィル、彼には私から説明しておこう。お前は席を外せ」
ランクはウィルにそう促す。
「そうですね。彼に切り掛かられない内に退散するとしましょう」
ウィルはそう延べ、一礼した後に応接室から姿を消す。
「……ランク、武闘大会とは何の話だ?」
ウィルが完全に姿を消した事を確認し、ランクにそう尋ねるラック。
「近々レブルスで開かれる前国王アベル・クラウスの鎮魂祭の事です。祖父が崩御してからレブルスには王が不在でした、武闘大会は次期国王候補を決めるためのイベントでもあります」
「それに参加しろと」
「すみません。場をまとめるためにラック兄さんの了承を得ず承諾してしまいました」
「良く言うぜ、俺がその大会で優勝すれば否応なしに王の候補者となる。その事を見越して打算で了承したくせに」
「……すみません」
図星だったのか、ランクは反論せずに謝るだけだった。
「いや、あれでいい」
「え?」
「どの道、奴と表立って闘えないのであればどう転んでも俺に勝ち目は無かった。それをタイマン勝負にまで持っていけるのならば状況は好転したと言える。それに、大観衆の前で奴をぶっ飛ばせるって言うのは気に入った」
「では、ラック兄さん……」
ランクは期待を込めた表情でラックを見るが
「だが、俺は王になる気は無い。俺の目的はあくまでウィルをぶっ飛ばす事だ。俺が優勝したら王位はお前に譲る」
「兄さん……」
ラックのその一言にランクは目に見えて落胆の色を見せる。
「まぁ、こればっかりはラックの意思だ。強制出来ないだろ」
「ラルス兄さん……」
ラルスの言葉にランクは渋々口を閉じる。
今はとりあえずラックが武闘大会に参加してくれるだけで満足しようと言う算段のようだ。
「ラック、俺もその大会には参加するが、本選で当たった時は本気で行くぜ。負けてウィルと闘えなくなっても恨むなよ」
「本選?」
「武闘大会はレブルス国を挙げての一大イベントです。そのため参加者も多く、予選でまずある程度篩いに掛けます」
「俺やウィルは何だかんだで国の重鎮だ。シード扱いで一足先に本選に出る事になる」
「なるほど」
言われてみれば当然の話である。
「解った。そう言う事なら俺は予選から勝ち上がってくよ。エントリーはどこでやってるんだ?」
「街の広場で一般参加を受け付けています。僕が推薦出来ればいいんですが、露骨な贔屓になってしまいますので……」
「ここまでお膳立てしてくれただけで十分だ。後で登録しに行っとくよ」
明確な目標、目的が出来た今、やるべき事は沢山ある。
折を見てラックは応接室を後にしようと考えるが
「そう言えば、ウィルのあの腕は一体何だ? 俺は確かに奴の両腕を切り落としたはずだ」
ウィルの両腕の事を思い出す。
「あれは義手ですよ」
「義手?」
「簡単に言えば機械で作られた腕の事です。物にもよりますが、ウィルが付けていた義手はかなり性能の良い品のようです」
「レブルスにそんな技術あったか?」
全てを知っているとは言わないが、レブルスにそんな技術があるとは初耳だとラックは言う。
「いいえ、僕も見て驚きました。以前から検討はされてきましたが、実用に耐えうる義手の製作や移植の成功率の面から実例はなかったはずです」
ウィルがどういう経緯でその義手を手に入れたのかは解らないが、どちらにせよラックにとっては厄介な話であった。
「ラック、ウィルは強いぜ」
「ああ」
カラト村ではウィルと直接の戦闘は行わなかったが、ガーゴイルとの闘いで僅かながらに共闘した際、その実力が半端ではない事は読み取れた。
「あの時は不意打ちに近い形で奴の両腕を切断したが、もし本気でやりあえばどうなるか……」
正直な所、自信はなかった。
「大会は何時開かれるんだ?」
「三週間後です」
「そうか……」
ラックはそれを聞くとレブルス滞在中の宿泊先をランクに教え、フェリアと共に応接室を後にする。
「……ラルス兄さん」
「ん?」
ラック達が去った後、ランクは今もソファーに座るラルスに話し掛ける。
「兄さんはラック兄さんを王にする話をどう思っていますか?」
「……そうだな。ラックは確かに腕は立つし、自分自身の信念に従って生きる意思の強さも持っている。だが正直な所、王としての資質があるかどうかは俺には判断がつかないな」
「そうですか」
「ランク、お前はどうしてそこまでラックを王にしたがる」
「僕は……」
ランクはこれまでと同じ答えをラルスに言おうとするが
「そろそろ、実の兄にぐらいは本当の事を教えてくれてもいいんじゃないか?」
ラルスはランクの目を見ながらそう問い掛ける。
それは、一片の曇りもない人に何かを信じさせるような瞳だった。
思うに、ラルスの人望の厚さはその正直さや真っ直ぐさから来る、人に何かを信じさせる純粋さなのだろう。
「……はぁ、適わないな。兄さんには」
ランクは降参とばかりのリアクションを見せる。
「僕がラック兄さんに王になって欲しいと思っているのは本心です。でも、それ以上に僕はテラ様から教えてもらったんです……運命を」
その言葉はここに至る過程でラックから聞いていた言葉だったが
「僕の運命、レブルスの運命、そして……ラック兄さんの運命を。僕は全てを知った上でラック兄さんこそが王になるべきだと思っているんです」
ラルスはそのランクの言葉にこれまでに無い真剣な表情を見せる。
「なるほど、結局俺達はそういう運命なんだな」
「兄さん?」
その後、二人がどんな会話を交わしたのかについて語られる事は一切無かった。
だが、その会話がこの二人の兄弟の運命を変える大きな分岐点であった事を、彼等は知る由も無かった。
レブルス中央広場。
武闘大会の受け付けを済ませ、二人は『白ヒゲ亭』へと戻ろうとしていた。
「はぁ……」
「どうしたの?」
そんな中、大きな溜息をつくラック。
「いや、何か話がでかくなっちまったなぁって」
「仕方ないよ。ラックだってそれが解って今回の提案を受けたんでしょ」
「まぁな。ウィルと闘う事自体はこっちが望んでいた事だから別にいいんだが、問題は……」
「何、ラックはそんなに王様になるのが嫌なの?」
勝利した後の事を今から考えるというのも気が早すぎるというものだが、ラックにしてみればこれでは勝っても負けても自分の思い通りにならない事態になりかねない。
「嫌かと聞かれれば嫌だね」
「どうして?」
「理由は色々あるんだけど、王様になりたいって気持ちにならないって言うか、なっても仕方が無いって感じがあって」
「仕方が無いって事はないんじゃない」
「まぁ、とにかくだ。俺は王になる気はないんだよ」
それなのにランクは自分を王にさせようと躍起になっている。
それをどう回避しようか考えるのも一苦労だとラックは言う。
「ラックはそんなにこの国が嫌いな訳?」
そんなラックを茶化すようにフェリアがそう言うと
「そんな事はない。俺はこの街が好きだ」
ラックはそれを否定する。
「あら珍しい」
ラックの性格を良く知るフェリアはそう驚きの表情を見せる。
ラックは嫌いな事は嫌いとはっきりと言うが、好きな事に関しては嫌いではないと言った間接的な表現をよくする。彼が好きだと述べるものは例外なく本当に好きなのだ。
尤もそう表現する事が本当に少ないからこそ、フェリアはラックの言葉に驚いているのだ。
「何でかな、この国に来ると帰って来たって気になるんだ。カラト村は静かで良い所だったけど、この国は何ていうかすごく居心地がいいんだ」
そう話すラックはどこか嬉しそうだった。
「……ふぅん」
そんなラックを見て、露骨にそう声を上げるフェリア。
「どうした?」
「別に、ラックがそんなにはっきり何かが好きっていうの珍しいなって思って」
「そうかな? そう……かもな」
フェリアのその言葉にラックは普通に返したつもりだった。
「……この馬鹿は」
ラックに聞こえるか聞こえないか程度の小さな声でそう悪態をつくフェリア。
「何か言ったか?」
「何でもない」
「おい、何怒ってるんだよ?」
「私の勝手でしょ」
そんなやり取りをしながら二人が大通りを歩いていると
パッ……
日も落ち、暗くなり始めていた道が急に明るくなる。
「え、これって」
「蛍光灯だ。街の人達は単純に電気が付いたって表現するけどな」
蛍光灯の光。カラト村近くにあった遺跡内で見たあの光だった。
普通であれば周囲はもう暗く灯火がなければ歩けないはずであったが、蛍光灯の光は街全体を照らし、夜だというのに歩く事に不自由しなかった。
「すごい……」
蛍光灯の光によって照らし出されるレブルスの街。
昨日一昨日と屋内に居たため見る事が無かったが、カラト村では決して見る事の無いどこか幻想的なその光景に対し、フェリアは素直に感動の声を上げる。
「レブルスは機械都市だからな。街の至る所に機械が使われている」
「他にもあるの?」
「ああ、例えばあれ」
ラックが指差す先には、人一人が入れるガラス張りの長方体の箱が置いてあった。
「あれは電話って言って遠くの人と会話をする事が出来る。あっちのあれはテレビって言って遠くの映像を映す事が出来るし、あっちのあれは……」
ラックは街の至る所にある機械を歩きながら一つずつフェリアに説明していく。
「ふぇー、ラックって機械に詳しいんだね」
「ああ、この街の大半の機械に関しては知ってるな」
これはラック的にも自慢出来る事なのか、少々胸を張ってそう答えるが
「誰から聞いたの?」
「え?」
フェリアのその一言に少々間の抜けた声を返してしまう。
「誰かから聞いたんじゃないの?」
「……誰かから、聞いた?」
続いて、ラックは驚きの表情を見せる。
「違うの?」
「あ、いや、そう言えば何で俺こんな事知ってるんだろう。誰かから聞いた覚えは無いんだけど、何時の間にか詳しくなってたな」
「何それ?」
「さぁ? 多分レブルスに居る間に見聞きしたんだろ」
フェリアの言葉にそう結論を出し
「それより早く宿に戻ろう。そろそろ腹が減りはじめた」
ラックは宿へ戻る事を促す。
「そうね」
フェリアもその言葉に賛同し、二人は宿へと戻る足を速めるのであった。
この時、ラックはもっと真剣にその事に関して悩むべきであった。
もしもラックがこの時にその答えに辿り着いていれば、きっとこの先の未来は……運命は変わっていた事だろう。
変わらなかった方が良かったのか、変わった方が良かったのか、それは誰にも解らない。だが、ラックは後に知る事になる。
ラック・ラグファースと機械都市レブルスの決して分かつ事の出来ない運命を……。