第十一章『フェリア、酒乱する』
第十一章『フェリア、酒乱する』
『ははははは……』
酒場の中に笑い声が響き渡る。
あの後、気絶した冒険者達を運び出したり散らかった店内の片づけを手伝わされたり、あれだこれだと事後処理を行っているうちに日が落ちて行ってしまい。
ラックとラルスがゆっくり話しが出来る状態となったのは夕食の時だった。
「それにしても久しぶりだな」
「まったくだ」
チンッ……
とりあえずは乾杯をとばかりに互いのグラスを鳴らし合う。
ラックやフェリアまだ成人の儀を迎えていないためその中身はジュースであったが、ラルスは既に成人の儀を迎えるためそのグラスには酒が注がれていた。
「……ねぇ、ラック。そろそろ紹介して欲しいんだけど」
そんな二人のやり取りを前にそう声を上げるフェリア。
「ああ、……えーっと、構わないか?」
「構わんさ。別に隠してる訳じゃねぇし」
フェリアに紹介する前にラルスの確認を取るラック。
「こいつの名前はラルス・クラウス」
「……クラウス?」
聞き覚えのある姓だった。
「今現在レブルス国の国王代理を務めているランク・クラウスの兄。レブルス国の第一王位継承者。つまりこの国の王子様だ」
「……え?」
口には出さないが露骨に「嘘っ?」と言った表情を見せるフェリア。
それは「どうしてこんな所に王子様がいるのか?」と言った疑問よりも、彼女の想像する王子様のイメージと大分掛け離れていたがための表情だった。
「マ、マジっすか?」
「ああ、前にも話しただろ」
「……あ、もしかしてラックが友達だと思っている人のもう一人?」
そう言えばそんな話を聞いたとばかりにそう述べるフェリア。
「友達か、随分冷たいじゃねぇか。せめて親友ぐらいに言っといてくれよ」
「そう言う事は口に出すと有難みが無くなるだろ」
そんな軽口を叩き合う二人、それだけで二人の仲が普通の友達以上である感じが読み取れた。
「え、えーっと、ちょっと待って……」
そんな二人を余所に一人混乱するフェリア。
「ラルスさんは……」
「ラルスでいい、堅苦しいのは好きじゃないんでね」
フェリアの言葉を遮りそう訂正するラルス。
「ラルスはラックと親友で、ラックはラルスやランクって人と知り合いで、それでランクって人は国王代理をやっていて、ラルスはその人の兄で王子様?」
概ねフェリアの述べた言葉は間違っていないのだが、やはりまだ何かしらの混乱が見られる。
「そう難しく考えるな。俺が単に王族二人と知り合いだってぐらいに考えとけ」
他人の人間関係なんてそれぐらいの感覚で覚えておいた方が楽だとラックは言う。
「それはそれでどうかと思うけど……解った」
ラックのその言葉にとりあえず納得するフェリア。
「で、こっちはカラト村のフェリア・カストゥール」
ラックにそう紹介されフェリアは「どうも」と一度会釈する。
「ほぅ……」
そんなフェリアを見るラルスの表情は何かを納得したような感じだった。
「それで、二人はどうやって知り合いになったの? 前は居候がどうのこうの言ってたけど」
あの時は詳しい話を聞かなかったが、この状況であれば聞いても問題ないだろうと判断しての質問だった。
「俺とラックが出会ったのは六年前、場所は城の中。英雄テラ・ラグファースが十年ぶりにレブルスに姿を現したって言うんで、俺も一目見てみようと見に行ったらこいつが居てよ。噂に名高いあのテラ・ラグファースの息子ならさぞ強いんだろうなと喧嘩を吹っ掛けたはいいが、あっさり返り討ちにあってな。それ以来親友的な付き合いをしている」
「改めて聞くとあれだな、随分と一方的な親友もあったものだと思える」
「そう言うなって、俺としては初めて本音でぶつかれる相手が出来て嬉しかったんだからよ」
どうやら二人の関係はラルスのアプローチから始まったようである。
「ふーん、テラおじさんってすごい人だったんだ」
ギガやストアからある程度の話は聞いた事があるが、その時は今一つピンと来ていなかった。
「何でも俺のじいさんと戦友であり親友の関係だったとか聞いたぜ」
「ラルスのお爺さんって……」
「アベル・クラウス。レブルス国の前国王だ。まぁ、そんな経緯があって俺はクラウス家に居候させてもらっていて、その間父さんはラルスとランクに武術の稽古をしていたんだ」
「ああ、それで二人の構えが一緒だった訳か」
どのような流派かは知らないが、師匠が同一人物であるのならばその構えが同じであっても不思議ではない。
「なるほど、……ん?」
ラックの言葉にフェリアは再び首を捻る。
「……あのさラック」
「ん?」
「今聞いた感じだと、ラックってクラウス家の人達と仲良いんだよね。だったら何でラックはランクって人の事が苦手な訳?」
話を聞いている限りではラックがランクを苦手とする理由が解らない。まだ聞いていない情報があるのだと考えたフェリアはそう問い掛ける。
「あー、いや、それはだな……」
フェリアの問いにラックがどう返答したものかと困っていると
「ははははは……」
ラルスが横で豪快に笑う。
「笑うなよ」
「すまんすまん。けどお嬢ちゃん。それは今聞くよりも後で聞いた方が面白いぜ。そうだラック、明日一緒に城に行かないか? どうせお前も……」
そう言いながらラルスは言葉を続けようとするが
「ラルス、お前……」
ラックはそう言いながらラルスから距離を置く。
「ん、どうし……」
ラルスは不思議そうな顔をしてそう問い掛けようとするが、その次の瞬間……
チュドォォォン!!
「はぶっ!!」
ラルスの頭が突然爆発する。
正確には頭が爆発したのではなく、頭に何かが直撃して爆発したと表現した方が正しい。
「あーあ、やっちまった」
ラックは頭を黒く染めたラルスを見ながらそう述べる。
「ごほ、げほ、な、何だ!?」
どうやら威力自体はそれ程高く無かったらしく、ラルスはすぐに起き上がり周囲を見回す。
「あら、手が滑っちゃった」
するとそこには片手で印を組み、呪法を使用したと思われるフェリアの姿があった。おそらく彼女の得意呪法である火球を使ったのであろう。
「あー、ラルス。フェリアはお嬢ちゃんって呼ばれるのが大嫌いなんだ」
小声でラルスにそう耳打ちするラック。
人間誰にだって禁句と呼ばれる言葉が一つや二つはあるもので、フェリアの場合はそれが「お嬢ちゃん」と呼ばれる事だった。おそらく彼女自身が無意識に自分の体にコンプレックスを感じているためだろうと言う事は想像に難くない。
「はぁ? おいおい何だよ、随分と過激なお嬢ちゃん何だ……」
チュドォォォン!!
「なはぁーーっ!!」
言うが早いか行動が早いか、またもフェリアの呪法がラルスに炸裂する。
ちなみに先程より威力が上がっているらしく、今度は体全体にその影響が及んでおり、酒場の床に黒焦げの物体が横たわる事となる。
「……お前は本当に相変わらずだな」
最早言葉が届いているかどうかは解らないが、その黒焦げの物体にそう述べるラックであった。
「フェリア、もう許してやれよ。ラルスに悪気は無い。こういう奴なんだ」
「駄目よ。こう言うのは最初が肝心なんだから」
「やれやれ……」
こうなったフェリアはそう簡単には自己の主張を譲らない。その事を知っているラックは深く溜息をつくのであった。
「おいおい、楽しむのは良いが店を壊さないでくれよ」
「マスター」
そんな三人のやり取りが流石に行き過ぎたのか、『白ヒゲ亭』の店主がそう声を掛けてくる。
「まぁ、五年ぶりの再会な訳だしうるさくは言わんがね」
そう言いながら店主はグラスを三つ運んでくる。
「サービスだ。あの坊主二人がこんなにでかくなって帰ってくるとは思ってなかったぞ」
「ははは……」
店主のその言葉に苦笑するラック。
「ラック、店主さんと知り合いなの?」
そんなラックを見てそう問い掛けるフェリア。
「ここに来る時にも話しただろ。この店は父さんに何度か連れてきてもらった事があるんだ」
「常連さんの息子と店主の関係だよお嬢さん」
余談ではあるがフェリアは「お嬢さん」と言う言葉には何の反応も示さない。あくまで「お嬢ちゃん」と呼ばれるのが嫌なのだそうだ。
「まぁ、今日はゴタゴタして客ももう来ないだろうし、適当に騒いでくれて構わんよ」
そう述べると店主は再びカウンターの中へと戻っていく。
「痛たた……」
そんなやり取りをしていると黒焦げになっていたラルスが復活する。
「あら、お早い復活で」
「頑丈なのも取り柄でね」
自分を黒焦げにしたフェリアにそう答えを返すラルス。
「いやはや、呪法ってのは殴る蹴ると勝手が違っていかんな。受け身が取りづらい」
「受け身の問題か?」
そう述べるラックだったが、確かにラルスは軽傷だった。フェリアが手加減をしていたとしても、この短期間で平気な顔をして立ち上がるのはラルスだからと言えるだろう。
「何事も気合いで何とかなるもんだぜ」
ラルスはそう言いながら運ばれてきたグラスの一つを手に取り飲む。
「気合いか……」
ラルスの言葉が本気であれ冗談であれ、今のラックにはなかなか考えさせられる言葉だった。
ラルスと同じようにグラスの一つに手を伸ばし口に含むラックだったが
「む?」
その味に一瞬驚く。
いや、別段味がおかしいとかそういう意味ではない。
「マスター、これ酒だよ」
その中身がジュースではなく酒であったがためだ。
「未成年に酒を勧めていいの?」
「おや、子供の頃に何度も城を抜け出し、二人で飲みに来ていた小僧はどこの誰だったかな?」
そう言えばそうだったとラックは思い出す。
子供の頃に親達、この場合はテラとアベルなのだが、二人が美味しそうに酒を飲む姿を見ていたラックとラルスはこっそり城を抜け出し何度もこの酒場に現れては酒を飲んでいた。
十歳そこそこの子供ではあったが、二人は酒に対する免疫が強かったのか子供ながらに酒の味を覚えてしまった。
性質が悪いのはそれを知った保護者二人が面白いと笑いながら更に酒を飲ませた事にある。
良くも悪くも王族。良い酒を手に入れる事には事欠かず、お陰で二人は子供ながらに酒豪の名に恥じない飲みっぷりになったとか。
「そう言う意味じゃ俺達はマスターには頭が上がらないな」
「まったくだ」
無論、その過程において酒に手痛いしっぺ返しを食らった事は一度や二度の事ではない。その度に介抱して貰った恩は今でも覚えている。
懐かしい思いでに浸りながら再びグラスに口をつけるラックだったが、思い出に浸るのはそこまでだった。
「……ん?」
ふと、ラックはある事に気付く。
グラスは三つ運ばれて来ており、誰がどれを飲むか解らない状況だ。
そんな中で自分とラルスのグラスに酒が入っていたと言う事は、必然的に三つ目のグラスにも酒は入っていたはずである。と言う事は
「……ぅくっ」
「フェ、フェリア?」
隣を見れば、酒の入ったグラスを手に持ち焦点の定まらないフェリアの姿があった。
「お、おい。大丈夫か?」
頬は紅潮しており、その手に持たれているグラスの中身はすでに半分以下となっていた。
「にゅ? にゃにりゃっく?」
「あー、駄目だこりゃ……」
記憶している限り、フェリアが酒を飲んだ姿をラックは見たことがない。
どうやらフェリアの意識はすでに酒に飲まれているらしく、呂律は回らず思考能力も著しく低下しており、フェリアが酒に強くない事が証明されているようであった。
「おいおい、グラス一杯で酔うか普通」
一杯ではなく半分なのだが、今はそんな事にツッコミを入れている場合ではない。
「マスター。宿を二部屋、何泊かしたいんだけど空きはあるかな?」
「ああ、宿の方は客入りが悪くてね。好きな部屋を使ってくれていいよ」
手続きは後でいいからと述べる店主。
その厚意に感謝しつつ、ラックは早々にフェリアをベッドに運ぼうとするが
「やれやれ、ラックの連れだってのに酒が飲めないとは、見た目通りのお嬢ちゃんなんだ……」
ラルスが再び禁句を口にする。
チュドォォォン!!
「なっはぁぁーーっ!!」
それが何の爆発で誰が巻き起こしたかは言うまでもない。
「おーい、生きてるかー?」
問題はその火力である。先程までとは明らかに質量も熱量もケタ違いだ。
見れば、今度こそしばらくは復活出来そうにないぐらいに黒焦げになっているラルスが転がっていた。それでもフェリアの最大火力を知っているラックにしてみれば手加減している事は解るのだが、酒の力はフェリアの力加減にまで影響を与えているようだ。
「てんびゃつよ」
「……あー、フェリア」
「にゃに?」
「酔っている時に呪法は使わない方がいい。後で凄まじく気分が悪くなる」
そう述べるラックだったが
「へーきよへーき」
どうやら聞く耳持たずと言った状態であるようだ。
「そりぇよりりゃっく!!」
「な、何だ?」
酔っ払い特有の挙動不審さを全開に、そう声を上げるフェリア。
「もっとにょみましょー」
「は?」
どうやら、酒には弱いようだが味自体は嫌いではないらしい。
「あー、いや、フェリア初めてだろ。この辺で止めといた方が……」
酔っ払いに更に酒を飲ませる事がどれだけ危険な行為であるかは今更言うまでもないだろう。
これ以上の惨劇が起こる前にラックはフェリアを止めようと思ったが
「いーやーやー、にょむにょー」
「……はぁ」
駄目だった。
普段のフェリアでさえ一度決めたら意見を曲げないと言うのに、そこに酒が加わっていては馬の耳に念仏どころの話ではない。
それならばいっそ酔い潰してしまった方が面倒が無くていいだろう。
そう考えたラックは店主に酒の追加を注文するのであったが、それが悪夢の始まりだった。
笑い上戸に泣き上戸に脱ぎ上戸。
酒が進むにつれ段階を踏むようにフェリアの酒癖の悪さは披露されていき、再び復活したラルスを巻き込んでとても人様には見せられないような醜態を晒しまくるのであった。
その事態が収束する頃には日付が変わっていたと言う。
宿の一室にて
「……大丈夫か?」
ベッドに倒れるフェリアにそう声を掛けるラック。
「吐きたくなったら言えよ」
「うー……」
最早返事をする気力すら残っていないのか、唸り声で答えを返すフェリア。
「はぁ、初めてのくせにあんなに飲むから……」
フェリアに付き合わされる形ではあるが、ラックやラルスも酒を飲み、最終的には大きな樽一つが空になっていた。
その内の何割をフェリアが飲んだのかは解らないが、少なくとも初心者が飲んで良い量ではない事は明白だった。
「何も考えずに寝ろ。朝になれば多少マシになってるから」
多少は、である。
気分の悪さはともかくとして、あれだけの量を飲んだのだ。おそらく明日の朝には動く事が出来ない状態になっている事だろう。
自身にもその経験があるため、今晩はフェリアに付き添おうと決めるラックだったが
「ねぇ、りゃっく……」
「ん?」
小さい声を聞き、フェリアに近づく。
「おやふみのちゅーして」
「お前な……」
フェリアのその言葉に苦悶の表情を浮かべるラック。
フェリアの酒癖の悪さが折り紙付きである事はすでに証明され、酔った上での発言である事は解っている。だが、だからと言ってそんな事が出来るはずもなくラックは断ろうとするが
「……だめ?」
フェリアの表情を見てしまったのがまずかった。
酒による症状とは言え、弱っているフェリアのその儚い目を見てしまっては、ラックに断れるはずもない。
「……したら、大人しく寝るか?」
「うん……」
「多分、明日には忘れてるぞ?」
「それでもいい」
だからお願い。
フェリアの目がそうラックに語り掛ける。
「……解った」
そう述べ、静かにフェリアの唇に触れるラック。
それは、とても自然な行為であるように見えた。
一呼吸か二呼吸の間、二人はそのまま動かず、その後ラックはフェリアからゆっくりと離れる。
「えへへ……」
嬉しそうな、実に嬉しそうな表情で笑うフェリア。
「……寝ろ」
「うん……」
ラックの言葉にフェリアは素直に返事をし、眠りにつく。
この時、ラックはフェリアが酔っていてくれて良かったと、部屋が暗くて本当に良かったと思っていた。
何故ならば、フェリアが気付いていたかどうかは解らないが、フェリアから離れたラックの顔は林檎のように赤く、真っ赤に染まっていたからだ。
「(これは、酒のせいだ……)」
そう自分に言い聞かせるように、口元を手で覆うラック。
平静を装ってはいたが、あれこそラック・ラグファース一世一代の演技であり、精一杯の照れ隠しであったのだ。
「(で、でなければこんな……)」
思い返すだけで再び顔が紅潮していくのが解る。
その後、ラックは朝になるまでそんな自問自答を繰り返す事となる。
とにもかくにもそんなこんなで、悪夢の夜は更けていくのであった。