『クロック数を3倍にチューニングした指揮官機』と呼ばれた男 〜大手兵器企業を追放された派遣エンジニア、要塞基地で将軍に拾われて全軍規格化の英雄になる〜
「……次の人事異動、君の行き先が決まったよ。星間要塞アイギスの統合整備本部だ」
ギルフォード・ダイナミクス社・本国第一開発局の片隅で、課長はファイルから目を離しもしないまま冷淡に告げた。
「軍への常駐派遣だ。現場での機体整備支援とデータ収集。まあ、実質的な軍と我が社の窓口だな」
ライル・バロウズは、静かに「了解しました」と頭を下げた。
ライルは企業の正社員だったが、社内での扱いは苛烈を極めていた。
かつて彼が提案した「既存規格の共通化とユニットのモジュール化」は、「設計の自由度を奪う」「職人技を解さない素人考え」と花形の主力機開発チームから猛反発を受け、破棄された。
それ以来、ライルは「余計な屁理屈をつける使いづらい奴」として日陰の部署へ追いやられた。
任されるのは、上層部から押し付けられる理不尽な雑務と、ミスをした誰かの責任を擦り付けられるだけの毎日。
「バロウズ、お前は理屈ばかりで現場の血が通っていない」「代わりなどいくらでもいるんだ」
――会議のたびに浴びせられる罵倒と見下すような視線に、ライルの心はすっかり擦り減っていた。今回の要塞派遣も、社内で持て余したライルを厄介払いするための事実上の追放人事だった。
しかし、星間要塞アイギスの第八機動艦隊基地で、ライルの運命は大きく動き出す。
戦場から上がってくる膨大な不具合やパーツの噛み合わせ異常に対し、ライルは社内では「ゴミ箱行き」にされた規格化の思想を応用。
現場で即座に使えるアタッチメントやOSの簡易補正プログラムを自作し、次々とトラブルを解決していった。
そんなある夜、要塞内の賑やかな兵士向け酒場で、ライルは第八機動艦隊・第3整備工廠の長であるハンス・シュマイザー大尉と向かい合っていた。
カウンターには合成肉のガッツリとした串焼きや、安価な乾燥野菜のニンニクオイル炒め、そして安酒のジョッキが並んでいる。
ハンスは作業用機械の整備兵上がりで、汗とオイルの匂いをさせた叩き上げの技術将校だ。
ライルが現場に持ち込んだ補正モジュールに救われたハンスは、彼をすっかり気に入り、酒に誘ったのだった。
ジョッキを傾けながら、ハンスが尋ねた。
「なあバロウズ、お前ほどの腕があれば、ギルフォードの本社じゃさぞかし重宝されてるんだろう? なのに何でこんな最前線の基地に窓口として寄越されたんだ?」
その問いに、ライルは苦い笑みを浮かべ、グラスの氷をカランと鳴らした。酔いが回ったこともあり、胸の奥に溜め込んでいた泥のような思いが口をついて出た。
「……重宝なんて、とんでもない。社内じゃずっと『お前は役に立たない』『変な理屈で現場を混乱させるな』と言われ続けてきました。提案書は破り捨てられ、失敗の責任だけを押し付けられて……挙げ句の果てに『軍の窓口でもやって、少しは反省してこい』と、追い出されるようにここへ送られたんです。正直、自分はエンジニアとして間違っていたんじゃないかって、ずっと悩んでいました」
「ふん、あのギルフォードの本社ビルで食う気取った人工培養ステーキに比べりゃ、この合成肉の串焼きは固くて顎が疲れるだろ? だがな、噛めば噛むほど合成脂肪の油が滲み出て、粗削りだが現場の汗の味がする。俺はこういう食い物が好きなんだ」
ハンスは串焼きの肉を豪快にかじりつき、脂でギラついた唇をぬぐいながら、空になったジョッキをドスンとテーブルに叩きつけると大声で怒鳴った。
「冗談じゃねえぞ! あのギルフォードの老豚ども、目の色がおかしくなってやがる! お前が作ったあのモジュールとパッチのおかげで、うちの第3工廠の機体は稼働率が跳ね上がって、整備兵の睡眠時間まで増えたんだぞ! お前が間違ってるだと? 冗談吐くな、お前はうちの現場にとっちゃ『クロック数を3倍にチューニングした、指揮官用高機動型』みたいな男なんだよ! 現場の詰まりやトラブルを3倍のスピードで片付けてくれる、とびきり頼もしいエース専用機なんだ!」
ハンスはライルの肩を強く掴み、その目をまっすぐに見つめた。
「そんなパワハラ野郎どものいる会社なんて辞めちまえ! お前の居場所はギルフォードの綺麗な研究室なんかじゃない、俺たちと一緒に本物の機体を動かす、この現場だ!」
その言葉に、ライルは胸が熱くなり、思わず目頭を押さえた。自分の技術と存在が初めて正当に評価された瞬間だった。
だが、叩き上げのハンスとて無鉄砲に突撃するような愚か者ではない。軍から民間企業への正式な要請を通すには、相応の裏付けと正当な軍内手続きが必要であることくらいは熟知していた。
それからの数日間、ハンスは本来の整備業務の合間を縫い、デスクにこもりきりになった。
文字や数字の書類仕事など大嫌いだったはずのハンスが、徹夜で目を血走らせながら、ライルが現場に残した整備実績データ、パーツ交換の短縮時間、稼働率の推移をびっしりとまとめた報告書を書き上げたのだ。
ハンスは完成した資料を手に、まず直属の上司である第八機動艦隊技術本部長、カルロス・ベネット大佐のもとへ向かった。
しかし、ベネット大佐は合理主義のエリート官僚だ。一整備大尉が持ち込んできた提案に対し、ベネット大佐は冷ややかな眼差しを向けた。
「シュマイザー大尉。なぜ派遣のままではダメなのだ? ギルフォード社との常駐契約を延長し、バロウズ技師をこのまま現場に置けば済む話だろう。わざわざギルフォード社と角を立ててまで、彼を軍で『直接雇用』する明確な理由を示せ」
ハンスは待っていましたと言わんばかりに、書き上げた報告書をデスクに叩きつけた。
「大佐殿、派遣のままでは決定的な問題が3つあります! 第一に、『業務権限の限界』です。派遣エンジニアという立場では、仕様書通りの保守・不具合対応しか許可されず、我が軍の機体設計そのものや運用プロトコルを改修する『指揮権』が持てません。」
「第二に、『他社機体への介入不可能性』です。派遣のライル技師にライバル企業であるツヴァイ社やMOP社の兵器の調整をやらせれば、ギルフォード社から契約違反やノウハウ流出だと猛抗議を受けます。ギルフォードの社員である以上、他社機体を巻き込んだ全軍規模の規格統一など不可能なのです!」
「 そして第三に、『撤退リスク』です。ギルフォード本社が『バロウズの契約を打ち切り、本社へ引き揚げる』と言い出せば、我が軍の整備ラインは一瞬で崩壊します!」
ハンスは呼吸を整え、まっすぐに大佐を見つめた。
「我が軍が彼を軍人――『技術士官』として直接雇用し、正式な権限を与えるからこそ、企業エゴの壁を突き破り、全星系軍の機体規格を一本化するプロジェクトを主導させられるのです!」
ハンスの熱弁と、突きつけられた精細なデータに折れたベネット大佐は、溜め息を一つ吐いた。
「……分かった。非公式な打診として、ギルフォードの営業窓口へ向かう許可だけは出そう。ただし、軍の正式な要求としてではなく、あくまで現場からの要望という形だ。角を立てるなよ」
こうして承認を得たハンスは、本国にあるギルフォード社本社へ向かい、技術営業部の応接室に乗り込んだ。
「バロウズ技師を我が軍の技術士官として正式に任官させたい! 手続きを進めてくれ!」
ハンスが息巻いて切り出すと、向かいに座るギルフォード社の営業部長は、手元の紅茶を優雅に啜り、口元に薄笑いを浮かべた。
「ハハハ、シュマイザー大尉。バロウズですか? あんな社内の余剰戦力を評価していただくとは、物好きなことですな。ですがね大尉、社員の軍への移籍など前例がありません。彼はあくまで我が社から軍への『派遣要員』です。派遣期間の延長なら考慮しますが、直接雇用となれば契約の根幹に関わる。だいたい、一現場の大尉殿の気まぐれに、我が社の労務規定を折り曲げろとおっしゃるのですか?」
営業部長は白手袋をした手で受話器を取る仕草をし、「お引き取りを。これ以上お話をされるなら、軍参謀本部の知人に大尉殿の越権行為をご相談しなければならなくなります」と、ハンスを鼻で笑って完全に追い払った。
その夜、いつもの酒場。テーブルには塩を多めに振ったクラッカーと、冷えた塩漬けポークの薄切り、そしてふたり分の蒸留酒が置かれていた。
ハンスは苦い顔でグラスを一気に干し、カウンターを拳で叩いた。
「すまん、バロウズ。あのギルフォードの部長の野郎、鼻で笑いやがった。『社内の余剰戦力を評価するとは物好きだ』だとよ。一現場の大尉の戯言扱いだ」
ライルは冷えた塩漬けポークにフォークを伸ばしながら、どこか冷めた笑みを浮かべた。
「いいんですよ、大尉。予想通りです。あそこはそういう会社です……僕みたいな異端の提案をする人間は、ただの『ノイズ』扱いなんですから。この塩漬けポークみたいに、保存性ばかり優先されて味も素っ気もない管理を好む連中です。お気持ちだけで十分です。これ以上、大尉が本社の連中に頭を下げてまで突っ込む必要はありません」
「バカ言え!」とハンスが怒鳴る。「お前はそれで悔しくないのか! お前の技術も現場の苦労も見ようとしねえ奴らに、いつまでコケにされ続けるつもりだ! 俺は諦めんぞ」
ライルはグラスの蒸留酒を見つめ、静かに呟いた。
「悔しくないわけがない……。でも、僕の立場じゃ、会社命令一つで本国へ連れ戻されたらそれまでだ。現場でどれだけ成果を出しても、結局、契約の鎖で繋がれた『ただの派遣』なんですから」
自らの無力さを噛み締めるライルに、ハンスは「俺が何とかしてやる」と力強く酒を注ぎ足した。
翌日、交渉が無残に失敗したハンスは、ベネット大佐の部屋に飛び込んだ。
「大佐殿! やつらは鼻で笑うばかりで、現場の苦労もバロウズの価値もハナから理解しようとしません!」
息を荒らげるハンスに対し、ベネット大佐は冷静な目で資料をめくっていた。ハンスがギルフォードに蹴られたことで、ベネット大佐自身もまた、ハンスが主張した「直接雇用の必要性」を精読していたのだ。
「要塞基地における機体稼働率24%向上、整備調達コスト31%削減……ハンス大尉、君の言う通りだ。彼を派遣のまま置いておいては、ギルフォードの企業防衛に足を引っ取られ、全軍の統合整備など夢のまた夢だな」
眼鏡の奥の目を鋭く光らせたベネット大佐の顔つきが変わった。
「……理解した。これは単なる現場の要望ではない。軍の兵装維持とサプライチェーンにおける国家的利益だ。ギルフォードの一営業担当にあしらわせていい問題ではない」
ベネット大佐は自ら最高幹部クラスの権限を携え、ギルフォード社の緊急取締役会に乗り込んだ。
ベネット大佐は大型モニターに数値を映し出し、冷徹に迫った。
「バロウズ技師がもたらす規格化は軍に不可欠だ。彼の軍への移籍を認めよ。移籍に伴う違約金、ギルフォード社が被る育成損失の補償金として、軍の予備費から提示額の1.5倍を支払う。さらに、次期主力機開発におけるインセンティブ契約も保障しよう」
条件としては破格だった。しかし、ギルフォード社の役員たちは互いに顔を見合わせ、不敵な笑みを浮かべるだけだった。役員代表の専務が優然と口を開く。
「ベネット大佐。大変魅力的なご提案ですが、お断りいたします。我が社は最大の兵器メーカーであり、我が社の技術者とそのノウハウは会社の重要資産です。バロウズが我が社を離れ、軍の技術士官として他社の機体にギルフォードの設計思想やモジュールを適用するなど、あってはならない。我が社の知的財産と市場での独占的優位性が損なわれるリスクは、金銭では補償できません。軍といえど、民間企業の所有権とガバナンスを侵害することはできんでしょう」
ベネット大佐が「戦時下の国家的要請だ」と語気を強めても、役員たちは「ならば軍参謀本部や最高評議会に法の正当性を問うまで」と、民間企業の権利と軍事インフラの独占的地位を盾に巧みに突っぱね続けた。
巨額の補償金も官僚の権勢も、企業の強固な利権の壁を崩すことはできなかったのだ。
数日後の夜、三度同じ酒場。今度はベネット大佐も加わっていた。テーブルには自家製オイルサーディンの缶詰と辛口の合成チーズ、そしてベネット大佐が持ち込んだ軍用上級レーベルのボトルが置かれていた。
グラスを揺らしながら、ベネット大佐は苦々しい顔で言った。
「ダメだった。補償金の増額も優先発注権も提示したが、専務どもは『知的財産』と『独占優位性』を盾に突っぱねてきた。軍の権力すら企業保身の盾で防ぎ切るつもりだ」
ベネット大佐は缶詰のオイルサーディンを整然とフォークで突き、口へ運ぶと、ほんのわずかに眉をひそめた。
「……ふむ。軍の補給物資と比べれば、この酒場のサーディンは油の臭みが強いな。だが、安物のチーズの癖と合わさると、不思議と悪くない。本国で流行る気取った料理とは違うが、ここではこの雑味が実に理にかなっている」
ベネットの感想を無視するハンス。
「あのクソ豚どもめ!」と吐き捨てる横で、ライルは静かにグラスを傾けた。
「大佐殿、ありがとうございました。あなたの口から『全軍の国家的利益』という言葉を聞けただけで、僕のエンジニアとしての誇りは救われました。……でも、ギルフォードが僕という存在を握り潰したがるのは当然です。僕が外に出れば、彼らが作り上げた『独占の城』に風穴が開く。だからこそ、死んでも僕を離さないつもりなんです」
ライルは力強く自らの手を見つめた。
「現場を救いたい。企業の都合でパーツが届かず、戦場で死んでいくパイロットたちを……僕の作ったシステムで救いたい。でも、僕一人の力じゃ、あの巨大な企業の壁は破れない」
「バロウズ……」とハンスが息を呑む。
ハンスはベネット大佐をまっすぐに見つめた。
「大佐殿。法と金でダメなら、もう残されているのは一つしかありません。軍の最高意思決定――あのお方しか、この状況を破砕できないはずです」
ベネット大佐は眼鏡を押し上げ、深く頷いた。
「……理解した。一技術者の移籍問題ではない、我が第八機動艦隊の全軍戦略として、中将閣下にご決断を仰ぐ」
すべての報告を受けた艦隊司令、ドレイク・ヴァレンタイン中将が大きく目を見開いた。顔の傷痕をピクピクと震わせ、巨大な拳で司令卓を叩き割らんばかりに打ち鳴らす。
「なにぃ!? 現場の兵が汗と血を流して戦っておるというのに、ギルフォードの肥えた豚どもが自分の懐と利権を心配しておるだと!? ベネット、ハンス! そのバロウズという男、何としてもこの要塞に引き抜くぞ!!」
数日後。ギルフォード社本社の豪華な役員応接室。
重厚な軍靴の音が鳴り響き、ドアが豪快に開け放たれた。
現れたのは――巨躯を軍服に包んだドレイク・ヴァレンタイン中将その人だった。背後には静かに眼鏡の位置を直すベネット大佐が供として従っている。
「ド、ドレイク閣下!? な、なぜ自らこのような場所に……!?」
狼狽しガタガタと立ち上がる社長と役員たちに対し、ドレイクは豪快に笑い声をあげながら、応接室の中央へと歩を進めた。
「ハハハ! なに、そう構えるな重役ども! 本日は我が第八機動艦隊と、我が国を支える名門ギルフォード社との親睦を深めるべく、特別交流企画を提案に参ったのだ!」
「は、親睦の交流企画……でございますか?」
社長が困惑顔で尋ねると、ドレイクは巨大な腕組みをしてニカッと凶悪な笑みを浮かべた。
「うむ! 題して『軍・社合同 交流拳闘親睦大会』だ!! 貴様ら重役陣から代表を一名出せ! ワシと拳闘で一勝負つき合ってもらう! ワシが勝てばライル・バロウズ技師の軍への完全移籍を認めてもらう。貴様らが勝てば……そうだな、移籍の話は諦めてやろう!」
「け、拳闘!? 滅相もございません! 閣下のような巨漢と拳を交えるなど、死ねとおっしゃるようなものです!」
社長と役員たちが青ざめて首を横に振ると、ドレイクは「カカカ!」と大口を開けて笑った。
「あんずるな! 貴様ら素人相手に無茶は言わん! ハンデとして……俺は左手しか使わん!!」
「ひ、左手だけでも十分危険です!!」
必死で抗弁しようとした社長の言葉を遮るように、ドレイクは「問答無用!!」と叫び、豪快に踏み込んだ。
次の瞬間――ズゴォォォォン!!!という猛烈な破壊音が応接室に響き渡った。
ドレイクの唸りを上げる右足が、役員たちの目の前にあった最高級マホガニー製の応接テーブルを真上から叩き割っていたのだ。極厚の木製テーブルは一瞬で粉々に砕け散って木片を撒き散らしていた。
「ヒィィィィィッ!!????」
社長と役員全員が、悲鳴をあげてひっくり返った。目の前で粉砕されたテーブルの残骸を見つめ、ガタガタと全身の震えが止まらない。
ドレイクは右足を下ろすと、何食わぬ顔で太い左腕の筋肉を誇示するようにグッと力こぶを作ってみせた。
「どうした? 左手しか使わんと言っただろう! なんなら小指だけでも構わんぞ。さあ、正々堂々と拳で語り合おうではないか!!」
圧倒的な武の理不尽さと、物理的な死の恐怖を目の当たりにした社長は、絨毯に顔を擦り付けながら泣き叫んだ。
「ま、参りましたぁぁぁっ!! 勝負は我が社の不戦敗でございます!! ただちに! ただちにバロウズ技師の移籍手続きを行います! 違約金も補償も一切不要でございますので、どうかご容赦をぉぉっ!!」
「む? なんだ、戦いから逃げるのか。つまらん奴らめ」
ドレイクが肩をすくめた横で、供をしていたベネット大佐が深く溜め息を吐き、静かに言った。
「……中将。拳闘で蹴りは反則ですな」
「なに、細かいことを気にするなベネット! 交渉成立だ!!」
ドレイクは高らかに大笑いしながら、木くずの舞う応接室をあとにした。
◇
数日後。要塞基地の大格納庫。
勢揃いした整備兵たちと巨大な人型兵器群を前に、ライル・バロウズの胸には「技術中尉」の階級章が取り付けられていた。階級章を授与したのは、ドレイク中将本人だった。
「ライル中尉! ギルフォードの老豚どもを叩きのめして手に入れた男だ、存分にこの要塞でその腕を振るえ!」
「ハッ! 感謝いたします、ドレイク閣下! ハンス大尉、ベネット大佐! すべての企業エゴを超え、全軍の機体規格を一本化してみせます!」
「うむ! 堅苦しい挨拶はここまでだ!!」
ドレイクが大手を広げて大声で宣言すると、格納庫の奥から大量の酒樽と肉の丸焼きが運び込まれてきた。
「これより、我が第八機動艦隊の新しい宝――ライル・バロウズ中尉の歓迎会を執り行う!! 今日は無礼講だ! 飲め! 喰え!!」
「「「うおおおおおおおっ!!!」」」
格納庫中に整備兵とパイロットたちの歓声が響き渡り、ハンス大尉が豪快にライルの肩を組み、大きな金属ジョッキに並々と酒を注ぎ入れた。
ドレイク中将も自らジョッキを手にライルのもとへ歩み寄り、ガツンとジョッキを打ち合わせた。
「ライル中尉! 兵たちの命と勝利、貴様のその頭脳と腕に預けたぞ! 飲めい!」
「ハッ! ありがたくいただきます!」
かつて自社でパワハラと無理解に晒され、閑職として追いやられていた派遣エンジニア。自らの信念と現場の信頼、そして軍最高幹部の情熱(と理不尽なまでの腕力)によって救い出された彼は、温かい仲間の大歓声と酒杯に包まれながら、後に兵器史を大きく変える全軍規格化計画の主導者として、最高の第一歩を踏み出したのだった。
◇
数ヶ月後。敵連合艦隊の大攻勢により、星間要塞アイギスは光と炎の地獄と化していた。
敵の新手兵器による熱線が要塞を焼き抜き、絶対的な数の暴力と、恐るべき戦闘力を誇る“蒼い死神”率いる部隊が要塞防衛線を次々と突破していく。
弾煙が立ち込め、警報が鳴り響く司令部地下の整備ドック。
ライル・バロウズ中尉は、出撃準備を進める超大型決戦兵器「レヴァイアサン」の足元で、ドレイク・ヴァレンタイン中将に直訴していた。
「閣下! 撤退してください! 敵の『蒼い死神』の動きは規格外です! 我々が構築した統合OSの予測回避演算すら、あの機体は強引に上回ってくる……! 正直に申し上げます、レヴァイアサンをもってしても、この要塞を防ぎ切ることは不可能です!」
オイルと硝煙に汚れた軍服のまま叫ぶライルを、ドレイクは静かに、しかし巨大な岩山のような眼差しで見下ろし、豪快に笑うと大手を肩に置いた。
「ライル中尉……いや、バロウズ。貴様の作ったシステムのおかげで、我が軍の稼働率は最後まで保たれた。多くの兵が今日まで生き延びられたのは、貴様のおかげだ。だがな、ワシが逃げては要塞の兵たちの士気が持たん。ワシはこの機体で打って出で、敵の首魁どもを道連れにしてくれる! ……ハンス大尉!」
「ハッ!」
背後で手傷を負いながら控えていたハンス大尉が前に出た。
「バロウズ中尉とベネット大佐を連れ、裏の脱出艇で要塞を脱出せよ。貴様らの仕事は現場で死ぬことではない! ライルが残した規格化思想を、未来へ繋ぐことだ! この男を死なせるな! これは軍命である!!」
「……閣下!!」
ライルは溢れ出る涙を拭いもせず、胸が引きちぎれる思いで敬礼を捧げた。ドレイクは力強く頷くと、タラップを駆け上がっていった。それが、豪胆なる将軍の最後の背中となった。
要塞は陥落した。
ドレイク・ヴァレンタイン中将の壮絶な戦死とともに艦隊は壊滅したが、ハンス大尉やベネット大佐らに守られ、ライル・バロウズは密かに脱出艇で要塞を脱出。その後の決戦と敗戦を経て、残党とともに極寒の辺境拠点へと流れていくこととなる。
敗北と過酷な潜伏生活の中で、ライルが提唱した「部品規格の統一とモジュール化」という思想は、物資の乏しい辺境拠点でこそ真価を発揮することとなった。
限られた資源で多様な機体を製造・維持するため、彼の構築したサプライチェーンと共通設計プロトコルは、技術基盤として深く静かに根を張っていった。
数年後、辺境拠点の工廠で産声を上げた、美しい曲線のバインダーを持つピンクとホワイトの異形機――次世代サイキック兵器。
特殊なシステムと美しいフォルムを兼ね備えたそのモンスターマシンの内部フレームや、高密度モジュール規格の設計図の隅には、一人の元派遣エンジニアのイニシャルが刻まれていたという。それとも単なる現場の整備兵たちの都市伝説であったのか。それは神のみぞ知るところである。
かつて自社で「役に立たない理屈屋」と切り捨てられ、最前線に追いやられた一人の男。
彼が現場の汗と油の中で紡ぎ出した技術とシステムは、時代を超え、星々の闇をひそかに支え続けていくのだった。




