婚約破棄された公爵令嬢は最強の騎士に愛を囁かれる~少しばかり愛の重い最強騎士に溺愛される話~
王太子殿下に呼び出されたのは、よく晴れた昼下がりだった。
王都のカフェ。窓際の席に座るユリシアは、運ばれてきた紅茶にほとんど口をつけないまま、向かいの男を見つめていた。
レオニード・ヴァルツ第一王子。10年間婚約者だった相手。しかし彼は、どこか気まずそうに視線を逸らしながら口を開く。
「……ユリシア。君と婚約を解消したい」
予想していた言葉だ。そもそも最近の彼は露骨だった。夜会でも妹ばかりを連れて歩き、私にはほとんど声をかけない。
私の妹であるエレナは明るく愛らしく、人に甘えるのが上手い少女だった。地味で愛想のない私とは違い、彼女の周囲にはいつも誰かがいる。守りたいと思わせる、そういう引力を持って生まれてきた子だ。味方する殿方は数知れない。
「理由を、お聞きしても?」
静かに尋ねると、レオニードはどこか気まずそうに息を吐いた。
「君には感情の起伏がない。正直、一緒にいて息が詰まるんだ」
その隣で、エレナが申し訳なさそうに目を伏せる。
「ごめんなさい、お姉様……」
言葉だけで、きっとエレナは内心ほくそ笑んでいるのだろう。だって同じようなことは、何度もあったのだから。欲しい本、欲しい服、気になっていた人、気が付けば全て妹に取られていた。だからこそ怒りよりも先に、納得が来てしまう。
比べて昔から私は感情を表に出すのが苦手だった。笑うのも泣くのも下手で、何を考えているか分からないとよく言われる。
何も思わないわけじゃない。現に今この瞬間も氷を一粒零されたような、そんな感覚が胸の内に広がっている。感情が存在しないわけじゃない。ただそれは皮膚の内側で、誰にも触れられない場所でひっそりと揺れているだけ。
だから婚約者に愛想を尽かされるのも、きっと当然のことなのだろう。
「……分かりました」
そう答えると、レオニードは露骨に安堵した顔をした。その表情が、少しだけ胸に刺さる。
10年間。少なくとも自分は、彼との未来を真面目に考えていたのに。
「では後日、正式な書類を——」
「それなら必要ありません」
私は立ち上がり、飄々と述べる。
「私はしばらく領地へ戻りますので」
「領地へ?」
「ええ。少し療養も兼ねて」
実家の領地は王都から遠く離れた辺境にある。空気だけは綺麗な、静かな場所。田舎だ。
「お元気で、レオニード様」
最後まで丁寧に一礼し、私は店を後にした。背筋だけは崩さず、堂々とした足取りで。けれど店を出た瞬間、胸の奥がずきりと痛んだ。
ああ、私は振られてしまったのか。
失恋というものは、もっと劇的なものだと思っていた。泣き崩れるとか、怒るとか。けれど実際は違う。熱を失ったみたいに、心がゆっくり冷えていく。気づけば指先まで冷たくなっていて、ようやく「ああ、終わったのだ」と理解した。
妹への恨みも、元婚約者への嫉みも多分にある。正直今すぐにでも彼らをこの拳で殴り倒してしまいたい。でも、きっとそれでこの痛みが安らぐわけじゃない。
実家に帰りそしてご飯を食べ、自然に触れ、お風呂に浸かる。そういう日常を過ごしていればきっとこの痛みも収まるはず。これまでと同じように。
でも、やっぱり次に会ったら嫌味の一つでも言ってやろう。きっとそれくらいは許されるはずだ。
◇
数日後。ユリシアは故郷であるグラナート領へ戻っていた。
王都とは違い、緑の多い穏やかな土地。馬車を降りた瞬間、久しぶりに吸い込む故郷の空気が肺に満ちた。土と草と、微かな花の匂い。王都のそれとはまるで違う、この地だけの香り。自然と、肩の力が抜けていった。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
「ただいま、マルタ」
使用人達は温かく迎えてくれた。その優しさに、張り詰めていたものが少しほどける。
「ご飯になさいますか、それともお風呂に?」
「まずはお風呂に入ろうかな」
湯気の立ち込める浴場で、ユリシアは大きな湯舟へ身を沈めた。肩まで浸かった瞬間、強張っていた力がじわりと溶けていく。
熱を含んだ湯が肌を撫で、冷え切っていた胸の奥までゆっくり温めていくようだった。
「気持ちいぃ……」
思わず吐息が零れる。
嫌なこと、苛立たしいこと、全てが彼方へ遠ざかっていく。現実の境界が曖昧になり、確かな温もりだけが体を包んでいく。まるで体の芯まで、ほどけていくよう。
「もう、一歩も動きたくない」
というか、もう何もしたくない。10年間想い続けた。10年間尽くし続けた。でも、こうして徒労に終わった今全てが滑稽に思えてしまう。
だから、しばらくはもう何もしたくない。怠惰でもいい。愚かでもいい。誰にも尽くさず、誰とも関わらず静かに生きていよう。いつか、この心が晴れるまで。
その後は久しぶりに家族との団欒を過ごし、地元の食事をたっぷりと堪能した。そして自室のベッドに倒れ込む。
夢現の境界線で、ユリシアは帰郷の感覚を噛み締めていた。
少し埃がかった匂い、使い込んで角の欠けた机、風にたなびく紺色のカーテン。実家に帰ったって気がする。
妹もいたし楽しいことだけではなかったけど、それでも実家というのはそれだけで安心する。これならきっと、何日かで回復できるはず……
そうしてユリシアは夢へと堕ちていった。
しかしてそんなユリシアの平穏無事な日々は早急に崩れることとなる。
食事をして、お風呂に入り、読書をする。そんな日々を過ごして1週間程経った後、とある騎士が尋ねてきた。
「……え?」
玄関前で、私は呆然と立ち尽くしていた。屋敷の前に、豪奢な黒馬車が止まっていたのである。明らかに高位貴族、あるいはそれに類する方のものだ。
「な、何……」
戸惑いを隠せずにいると、馬車から一人の青年が降りてきた。
先に見えたのは、磨き抜かれた黒の軍靴。続いて現れたのは、陽光を弾く銀髪だった。鋭い蒼眼がこちらを射抜き、黒い軍服が風を孕む。その胸元には、王国騎士団長の紋章。
思わず目を見開いた。当たり前だ。この人は王国最強と名高い若き騎士団長アレン・クロイツなのだから。
王都でも何度も噂を聞いた。いわく敵兵100人を一瞬で蹴散らしたとか、いわくゴブリンの巣を単独で壊滅させたとか、いわく雷をも切り裂いたとか。とにかくそういった武勇に事欠かない人間、それがアレン・クロイツだった。
でも、なんでここに?話したことどころか見掛けたことすらないのに。
私が瞼をぱちくりとさせていると、アレンは真っ直ぐ私の前まで歩いてきた。迷いのない足取り。まるで、ここへ来ることだけを考えて生きてきたかのような。そして――
「……ようやく見つけた」
低く、しかし確かな重さを持つ声でそう言った。
「え?」
「やっと会えたな、ユリシア」
……意味が分からない。会えたなも何も、彼とは話したことすらなかったはずだ。もしかしたら、過去に会っていて私が覚えていないだけかもしれないが。だとしても、彼の面影のある人に会った記憶はない。
完全に混乱している私を見て、彼はほんの少しだけ目元を和らげた。
「覚えてないか?」
その声に、ふと記憶が蘇る。
9年前、とある雨の日。本でも買いに行こうかと家を出ると、扉のすぐ脇に銀髪の少年が倒れていたことがあった。
頬は骨が浮くほど痩せこけ、手足は枯れ枝のように細く、飢餓状態なのは一目で分かった。雨に濡れた体は冷え切っていて、息だけが微かに白く揺れている。
さすがに見ていられず、食べ物を与え、体を拭き、一生懸命に介抱をした。そのお陰か餓死寸前だった少年はみるみるうちに回復していき、街で見るような普通の子供と変わらないくらいには体型も戻っていったのだった。
話を聞いてみるとどうやら少年には親も家もないらしい。一度助けたからには責任が生じる。だからこそ私はその少年にしばらく一緒に住まないかと提案した。
そうして私は少年に国の制度や仕事のやり方、洗濯などの生活の知恵から計算方法などの学問方面まで幅広く教え込んだ。この先も、たとえ自分がいなくなったとしてもちゃんと生きていけるように。
彼と過ごした日々は3年にも満たないが、それでも殿下との10年間と同じくらい、いやそれ以上に幸福な日々だったとそう思う。
「まさか……9年前の?」
「ああ」
青年は頷いた。
「あなたに救われた、哀れでしかし世界一幸福な子供だ」
信じられない。だって、あまりにも面影がない。あの頃は小さく、怯えた目をした子供だったのに。今となっては私を優に追い越し、目元には歴戦の戦士ならではの皺がいくつも刻まれている。
あの雨の夜の少年と、目の前の彼がどうしても重ならない。
「ずっと、探していた」
アレンは静かに、しかし迷いなく言う。
「どこの家かも分からず見つけるのに時間がかかったが、まさか同じ王都にいるとは」
そういえば、あの時はユリシアとだけ名乗っていたような。なんでそうしたのだろう……?そうだ。貴族の家名を名乗ってしまったら、萎縮してしまうと思ったんだ。
「あなたがいなければ、俺はあの日死んでいた」
真剣な眼差しでそう述べるアレン。
そんなこと、考えたこともなかった。助けるとか助けないとか、そんなこと思う暇もなくあの頃は彼がどうしたら幸せになれるか。それだけを考えていたから。
「だから今度は俺があなたを助ける」
「助ける……?」
助ける。なんのことだろう。まるで身に覚えがない。何か最近トラブルでもあっただろうか?
「あなたの婚約が破棄されたと聞いた」
情報が早い。いや、でも騎士団長なら当然かもしれない。なにせこの国の国防を担っているのだから。
「だったら、もう遠慮する理由はない」
そう言って、アレンはユリシアの手を取った。
昔の小さな少年とはまるで違う大きな手だった。指の節には傷があり、掌は厚く、それでいて不思議とあたたかい。
そういえば、昔はよく寂しくて手を握ってあげてたな。懐かしい。
そんなことを思っていると、真剣な声色で彼は続きを話し始めた。
「俺はずっと、あなたに会いたかった」
彼の蒼眼が真っすぐに私を捕らえる。その瞳に秘めた想いがあまりにも真剣で、私は視線を逸らせなかった。
「……どうして」
「あなたは覚えていないかもしれないが」
そう言ってアレンは少しだけ笑った。何かを思い出すように。遠い場所を見るように。
「あの日、あなたは俺にこう言った。『生きなさい。生きて、自分の道を見つけなさい』と」
確かに、言ったような気がする。かつての彼の瞳があまりにも虚ろで、世界の闇しか映してないようで不安だったんだ。だから、この世界には希望があるのだと。生きる意味もきっと見つかるはずだと。そう願って、言葉を紡いだ。
「だから、その言葉に従い俺は必死に生きた。いつかあなたに全てを捧げるために」
低く静かな声。しかし、そこには想像もしえないような重い感情が、彼の全てが詰まっていた。
アレン・クロイツは剣を磨いた。アレン・クロイツはさらなる学問を学んだ。アレン・クロイツは敵を倒し脅威を退け最強となった。全ては彼女のため。いつかユリシアの力となるため。騎士団長になったのだってそう。国を守ることにより、間接的に彼女を守ることになると信じたためだ。
「俺はこれよりあなたの剣となり、盾となろう。敵を排し脅威を退けあなたを脅かす全てから守ってみせる。俺の全てはあなたのものだ」
あまりの突然の事態に、ユリシアの脳はショート寸前であった。実家でゆったりと過ごしていたら、騎士団長が現れそれがいつか助けた少年でそして目の前で全てを捧げると言ってのけて。
もう何が何やら分からない。
そんなユリシアがやっとのことで口に出した言葉は「仕事はどうしたの?」という、自分が実家に帰った際に親から真っ先に言われた一言であった。
「辞めた」
ユリシアの問いに、アレンはこともなげに答える。しかし、その短い返答がユリシアを現実へ引き戻した。
「最強の騎士が、辞めた……?」
元々、この国の治安はそこまで良かったわけではなかった。山賊、盗賊その類に者は頻繁に出現していたし、近隣諸国との小競り合いもしょっちゅうだ。それがこの数年であっという間に改善されてしまい、今では賊もなければ近隣諸国との小競り合いもない平和な国になった。なぜそうなったのか。それはひとえにアレンの存在が大きい。最強の剣。その存在が強大な抑止力となっていたのだ。
だからこそ、それいなくなってしまった影響は計り知れない。
「だ、だめです!すぐに戻って下さい!」
思わず声を荒げるユリシア。それは国を案じての言葉だった。けれど、アレンには違う意味で届いたらしい。
彼は静かに自らの剣を抜き、その刃を己の首へと添える。そして、微かに微笑んだ。
「あなたの剣となれないのなら、この命に意味はない」
そう言って、アレンの指先に力が込められる。そうして切っ先がアレンの首筋を掠めたその瞬間、ユリシアは急いで止めに入った。
「ちょっ、待って!!!」
咄嗟に飛びつくユリシア。勢いのまま二人は床へ倒れ込み、気付けば彼女はアレンに馬乗りになっていた。
「な、なにをしているのですか、あなたは!」
ぜえぜえと息を切らしながら私はアレンの顔を見る。整った目鼻立ちに、さらりとした銀髪、そして瞳にはかなりの闇を携えていた。
「あなたに必要とされないのなら、生きる意味などない」
そう呟きながらなおも剣へ手を伸ばそうとするアレンを、私は必死で押さえ込む。
「ちょ、だから待ってって!」
しばしの攻防。ぎりぎりの均衡。その状態がどれほど続いただろう。
やがてユリシアは観念したように、深くため息を吐いた。
「わ、分かったから。分かりましたから!剣でも盾でも好きにすればいいです!だから、その剣を置いてください!」
その瞬間、アレンの動きがぴたりと止まる。だが彼はその後、ゆっくりと首を横に振った。
「それはできない」
「なぜですか!?」
「剣がなければ、あなたを守れない」
全く悪びれずに、真っすぐな瞳で言うアレン。
私は思わず額に手を置き頭を抱えた。子供の頃はあんなに素直だったのに。育て方を間違えてしまったのだろうか。
……いや、きっと間違ってしまったのだろう。
たとえその気がなかったとしても、彼にとっての呪いに私はなってしまった。子供が親を世界の全てだと勘違いしてしまうように、彼にとっての全てに私がなってしまったのだ。
助けたからには、責任が伴う。アレンをこんなにしてしまった責任が私にはある。だからこれから彼には、この世界は広くそして美しいもので溢れているのだと教えてあげないと。
この世界はもっと広く、美しく、様々なもので溢れているのだと。自分だけが、彼のすべてではないのだと。
私は軽く息を吐くと、努めて穏やかな声を作りアレンに言葉を掛ける。
「そういえば、まだ朝方でしたね。朝食にしましょうか」
「はい!」
元気よく答えるアレン。そうして二人はダイニングへ向かおうと歩み出した。
「……アレン」
「はい」
「今のあなたには伝わらないかもしれませんが、この世界には楽しいこと、美しいもの、荘厳な景色。様々なものに溢れています。今までにない新しい世界を訪れた時、人はこれまで見えていた景色が変わる。色んなものに見て、触れて、それでも私の元へ来たいというのであれば構いませんしすごく嬉しいです」
一呼吸を置き、私は続ける。
「だから、気が向いたらでいいので外に目を向けてみて下さいね」
柔らかく微笑みながらそう締めるユリシア。けれどそんな彼女をアレンは「分かってないなこの人」と言わんばかりの目で見つめていた。
「そんなこと、とうに経験済みだ」
思わず私は目を瞬かせる。経験済み?
「俺は騎士団長として、周辺諸国含め様々な場所に赴いてきた。地平線まで広がる大海原も見て来たし、凍えるような雪原も見て来た。景色だけじゃない。食事、文化、人、様々なものに触れて、出会ってそれでも俺はここに帰りたいと。あなたの力になりたいと願ったんだ」
アレンの目が真っすぐユリシアを見つめる。そうして、2人の距離はだんだんと近づいていきもう少しで鼻先が触れる所まできてしまう。
「俺はあなたの剣になりたい。盾になりたい。力になりたい。支えになりたい。助けになりたい。どんな時でも側にいたい」
低く、熱を孕んだ声。
「そして叶うなら、あなたの夫になりたい」
「……へ?」
あまりにも突然の告白に、私は思わず変な声を出してしまった。
夫?夫?つまり、私と結婚をしたいと彼は言ったのだろうか。それは要するに……
「おこがましいとは分かっている」
アレンは静かに続ける。
「だが俺はあなたを愛している。俺の全てはあなたであり、これまでもそしてこれからもあなたに捧げたいんだ」
子供が親に対して感じる忠誠心。アレンが私に感じているものはそのようなものだと思っていた。だけど、さすがにこれは違うと私でも分かる。
これはもう、忠誠なんかじゃない。憧れでも、依存でもない。真っ直ぐで、どうしようもなく重い、恋心。あるいはもっと深くて広いそれ以上の何か。
「改めて。俺はあなたを愛している」
真正面からの告白だった。逃げ場などどこにもないほど、真っ直ぐな想い。
初めて。初めて愛していると言われてしまった。どうしよう!心臓の鼓動が早まるのを感じる。血脈がどんどんと流れていくのを感じる。頬が、顔が赤くなるのを感じる。
だめ、だめだ。ちゃんと断らないと。アレンは良い子だし、素直に気持ちを伝えてくれたのは嬉しい。でも、彼は騎士団長なのだ。この国に必要な人材。だから、ここに留めさせてしまうわけには……
そう思っているのに。アレンがさらに距離を詰める。あと少しで唇が触れそうなほど近い。
やばい。鼓動が鳴りやまない。ばくばくと音も鳴りやまない。聞こえてないだろうか。いや、そもそもどこかおかしいところはなかっただろうか?変な表情はしてない?髪はちゃんと整ってる?朝にお風呂に入ったっけ?
いや、そんなことを考えてる場合じゃなくて!
「だめ、だろうか」
目尻を下げ、不安そうな目を向けるアレン。
ずるい。そんな顔を向けられたら、嫌とは言えないじゃない。
「わ、分かりました。とりあえず、婚約ということにしませんか?」
思わず結婚をしてしまいそうな状況で私は何とか婚約に留まらせ、アレンにそう提案をする。
アレンは少し考えるような仕草をした後、渋々といった様子で頷いた。
「ではとりあえず、朝食にしましょう」
逃げるように歩き出すユリシア。けれど胸の高鳴りは、一向に収まってくれなかった。
愛していると言われた。それも、あんな真っ直ぐな目で。胸の奥が熱い。苦しいくらい嬉しい。
ばれないように、アレンを覗く。すると彼の腕に多数の切り傷が見えた。
きっと、彼は私の想像も付かないような経験を積んできたのだろう。私が言うまでもなく、外を、世界を見て来たのだ。そしてその上で私を選んでくれた。
正直、嬉しくないといえば嘘になる。というかすごく嬉しい。幸せだとも感じる。でもやっぱり彼はこの国最強の騎士であり、抑止力だ。だから簡単に受け入れてしまってはいけない。慎重に判断しないと。
それからアレンとの共同生活が始まった。といっても、彼が料理から洗濯、家事全般を引き受けているので私は何もしていないのだが。
さすがに悪いので手伝おうとしても、一向に首を縦に振ってくれない。
困ったことはそれだけじゃない。隣にアレンが座る時、ふとした瞬間に手が触れる時、心臓がどくんと高鳴ってしまうのだ。このままじゃ、生活がままならない。
そうは思っても、やっぱりアレンとの生活は楽しかった。一緒にご飯を食べて、好きな本について語り合って、外を散歩したりして。まるで、本当の夫婦のような生活。殿下とは築けなかった穏やかな日々を、アレンは自然に埋めていく。
そしてこれまた困ったことに、私自身も彼のことをどうしようもなく彼を好きになっていたのだった。
◇
とある夜。少し夜風に当たりたい気分になり、バルコニーに出る。するとそこには夜空を見上げるアレンの姿。
銀髪が月光を受け、淡く輝いている。
「何をしているのですか?」
振り返ったアレンは、静かに笑った。
「星を見ていた。いつかあなたと一緒に見た空と同じだと思って」
その言葉に、ユリシアは目を細める。
そういえば、昔アレンと暮らしていた頃王都の星空を指さして星を説明したことがあった。
懐かしいな。
「確かに、不思議ですね」
釣られて私も空を見上げる。
「あれから何年も経っているのに、空は微塵も変わってない」
外の涼し気な空気に当てられつつも、ユリシアの体温は微塵も下がっていなかった。頬には熱が集まり、相変わらず心臓の鼓動はうるさい。
アレンはきちんと言葉にしてくれた。なら、私もちゃんと伝えないと。……そう、言わないといけないはず、なのに。緊張して口が開かない。どきどきして、体が動かない。アレンの顔が見れない。
おかしい。別に初めての恋愛というわけじゃないはずなのに。まるで少女みたいに胸が高鳴ってる。
「あ、あれんっ!」
いきなり呼ばれ、目を見開きながら顔を向けるアレン。
「わ、わ、たしも……」
言おう。言わないと。じゃないと、彼に向き合ったとは言えない!
「わたしも!あなたが好きです!」
はぁはぁはぁ、いえ、た。言えた!ちゃんと、言えた!
思わず顔を上げると、目の前のアレンは静かに涙を流していた。そしてその雫が地面に落ちる頃、ばたんと倒れる。
「アレン!?」
どうやら突然の幸福に、アレンの体が耐え切れずオーバーヒートしてしまったらしい。
「もう思い残すことは、ない」
そう言い残し、アレンの心臓は止まった。嬉死というものがあるかは分からないが、もしあるのだとしたらこの時のようなことを言うのだろう。
実際数秒の間、彼の心臓は止まっていた。しかし、脳は違う。心臓が止まっているこの瞬間にも脳は動き続け、やがて彼にとある懸念を突き付けた。
このままでいいのか?このまま死んだら、誰が彼女を守る。誰が彼女に支えになれる。
そうだ。死んでる場合じゃない。この命は、彼女の為にあるのだから。
そうして彼は息を吹き返した。瞼を開けると、そこには涙でぐしゃぐしゃになったユリシアの顔。
「心配、させないで下さい……!」
震える声で呟く少女。
「……申し訳ない」
そんな彼女を見て、アレンは珍しくしおらしい様子で謝ったのだった。
それから二人は並んでバルコニーへ腰を下ろし、静かに星空を眺めた。夜風が吹き、木の葉が揺れる。
そうして月が真上に上る頃、2人の手は重なりあっていた。
「いつか、俺の全てはあなたのものだと言ってくれましたよね」
「はい」
「その言葉を、そっくりそのまま返します」
柔らかの微笑を携え、ユリウスは言う。
「私の全てはアレンのものです」
嬉しい、畏れ多い、死んでもいい、いや生きねばいけない、色んな想いがアレンの中で駆け巡る。
再び止まりそうになる心臓をなんとか動かし、彼はかろうじてやっと「嬉しいです」の一言だけを絞りだした。
その珍しい照れ顔に、ユリシアはくすりと笑う。そして、幸せそうに微笑んだ。
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